4.5 猫舌のタンゴ
テレプシコーラの巣の中で、ぼくたちはなんとなくぼーっとした夕方を過ごしていた。朝方雨が降ったからか、いつもより周りがしんとしている気がする。そんな風に考えながらマグカップを傾けたのがいけなかったのか、うっかりベロを火傷してしまったみたいだ。ぴりっと痛んだベロを反射的に突き出して冷ますぼくに、テレプシコーラが笑いかけた。
「アウトサイダー、きみはそんなに猫舌だったかな?」
「そういうつもりはなかったけれど……あちちちち」
「あはは……災難なきみにこれをあげようじゃないか」
口をはふはふと動かすぼくにテレプシコーラが、可愛らしい紙箱を差し出してくれる。なんだろう? パステルカラーの模様にサテンのリボンがかかっていて、とっても品がいい感じの箱だった。ぼくは尋ねる。
「テレプシコーラ、これはなぁに?」
「それはねぇ、猫の舌だよ」
「ええっ?」
ぼくが目を丸くすると、テレプシコーラは三日月のようなニヤニヤ笑いを浮かべてみせた。ふたり合わせたらちょうどチェシャ猫みたいになるなぁ、なんて思う。チェシャ猫のまま、テレプシコーラが言った。
「今日のおやつに食べようと思っていたのだよ」
それを聞いて少しほっとする。ぼくだって、ちょっとくらいテレプシコーラの言うことに慣れてきたつもりだ。ぼくはリボンに手をかけた。
「わかったよ、テレプシコーラ。さてはこれラングドシャなのでしょ? ざらざらした丸いクッキーだから、フランス語で猫の舌って呼ばれてるって……またぼくを驚かそうとしたんでしょう」
「素晴らしいじゃないか、アウトサイダー!」
テレプシコーラが嬉しそうに手を打った。やったぁ! 早速箱を開けようとするぼくの手を、だけど、テレプシコーラはそっと押さえた。
「だけどね、残念ながらそれはクッキーではないのだ」
「え……? じゃ、じゃあ、中身は……?」
サテンのリボンが窓からの日射しをうけて、つやつやと濡れたように光る。テレプシコーラの白い手が、その輪っかをしゅるりと解いた。
「見てみればわかるさ」
促されてぼくは、どきどきしながら箱の蓋に手をかけた。大丈夫、テレプシコーラが見せてくれるのはいつだって優しい物語だ。思い切って蓋を開ける。中にきっちりと詰められていたのは、つやつやと濡れたように光る、柔らかな茶色の——
「——チョコレート?」
「そう! 一枚出してみたまえ」
ぼくは頷いて、一つを抜き出してみる。それは薄い板状の、真ん中がくびれたチョコだった。丸っこい形は、確かに猫の舌みたいだ。
「うん、それはドイツ語でカッツェンツンゲンと呼ばれているたぐいのチョコレートなのだよ。そのまま、猫の舌、という意味だね」
「へぇー……カッツエン、ツンゲン? テレプシコーラ、きみ、よく舌を噛まないねぇ」
「なんたってボクの発言は黒猫仕込みだからね。これをお土産にくれた子が直々に教えてくれたのさ」
テレプシコーラはチョコレートを一枚、ぱくりとくわえた。ニャァ、と猫の真似をする。びっくりするほどよく似ていた。ぼくも手に持っていたのをくわえて鳴いてみるけど、彼女ほどうまくはできなくて、でも、チョコレートの味は、痛かったべろに優しかった。