不穏
小林は俺が近くに差し掛かると手を振り、俺が片手を上げて会釈すると、そのまま声をかけて来た。
「その辺に座んなよ」
見た感じ、俺よりかなり年下だ。
俺は本来、あまり人と積極的に話す方ではないし、年下のこういう態度は好きではないのだが、不老で実際の年齢がわからないし、何より人恋しさがあったのだろう、すぐさま通路を挟んだボックス席に腰を下ろした。
素直に小林の話を聞きはしたが、この距離が、小林に対する俺の警戒心の表れだったろう。小林は、ふん、と鼻で笑った。そして不敵な笑みを浮かべながら、自分の境遇を話し始めた。
「俺は50年以上も、こうして列車で旅をしている。そう、米英との戦争中から来たんだよ、俺はな」
俺は息をのんだ。本当に不老の世界なのだ。
山本はそれなりの年齢に見えたので、違和感はなかった。が、小林は見るからに若い。
「この世界は、何だ?」
気付くと俺は、漠然とした質問を小林にぶつけていた。小林は一瞬きょとんとした後、破顔して笑いながら答えた。
「この世界は次元が違うのさ」
小林は目をらんらんと輝かせて早口でまくしたてた。
「俺達の元いた世界は三次元だったろう!? 俺の調査に基づく予測と計算ではな、それより少なくとも四次元は多い、成り立ち自体がいわばブラックボックス化されているとしか言い様がない、高次元の世界なんだここは! お前のいた時代にも、時空間移動の概念はあったろう!? それはまさに」
小林は夢中で話を続けている。が、核心は何も知らないのだろう。突飛な理論展開を続けている。
俺は考えた。この世界が何故、俺に関わったのか。何故、俺の感情にリンクしたのか。この世界と元の世界との繋がりの意味は何なのか。だが、全てが謎で曖昧だ。俺は、この世界を知らなさ過ぎる。
俺は、漠然とした不安感に襲われ、そして、ある腑に落ちない点に気付いた。
「何故、この世界は元の世界と平行した時間軸に存在しているんだ?」
不老なんていう、不自然極まりないことがまかり通る空間なのに、独立した空間ではないのか?時間とは無縁の空間なのに、時間軸は独立していないのか。
作為的なものを感じた俺は、車両に入って来た久遠に質問をぶつけた。久遠は、眉をぴくりと動かしたが、無言のまま歩き去った。
俺はこの世界について夜通し考えていたのだが、情報が少な過ぎた。当然、すぐに行き詰まり、何とも言えない永い夜を過ごした。