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食堂車

 かなりの時間が経ったと思う。


 どこまで行っても荒野が続き、俺は、俺の期待感とは裏腹に変わり映えのしない、面白味のない景色にいささか辟易していた。


 腹も減ったが、食料の類は持っていない。


 俺は、久遠に何かないか尋ねようと思った。


 丁度、久遠が車両に入って来たところだった。


 俺が空腹を伝えると、久遠は前部車両に食堂車があることを教えてくれ、そして来た方向へきびすを返し、案内してくれた。


 久遠について行く途中、俺は下を向いて歩いていた。その時初めて、上から下までパリッとした制服を着ている久遠が、靴だけは古ぼけてくすんだ変な襤褸(ぼろ)を使っていることに気付いた。


「揺れますから、お気を付けて……」


 久遠が言うが早いか、列車がガタンと揺れ、俺は前方に少しつんのめった。


 食堂車には山本という料理長がいた。その風貌は、小さいが固太(かたぶと)りで、剃り上げたスキンヘッドとつり上がった目が迫力あるものの、久遠と俺をにこにこと迎えてくれた第一印象そのままの、気持ちのいい性格の好漢であった。いささかお喋り好きの様だが、覇気のある元気な声は、俺を饒舌にしてやまなかった。


 山本はもう30年、この列車に乗っているという。


「慣れれば、この世界ほどいいもんはないよ!」


 俺はすっかり山本と打ち解け、適当に回った後に気に入った駅で下車するつもりだと話した。山本は旅の楽しい話や経験談を聞かせてくれたりして、俺はこの世界で生きて行くという気持ちが固まりかけていた。


 ふいに、食堂車の扉が開き、若い男性が入って来た。


 山本はその男を見ると、一見怒気を孕んでいる様な声を上げた。


「小林!!お前早く列車降りろこの穀潰(ごくつぶ)し!!お前のせいで俺は休まる暇がない!!」


 内容に反してにこにこしている山本に対し、小林と呼ばれた男も笑みを返した。小林のやや卑屈なその笑みは、うつろな目と相俟って、何だか俺の心を無性にイラつかせた。


 小林がカウンターの席に着くと、いつからか俺達に同席していた山本は席を立ち、オープンキッチンの厨房に立っていた。そして料理を片っ端からこしらえて行く。小林はそれを全て平らげて行った。


 ついにはメニューの端から端まで平らげた小林は、また卑屈な笑みを浮かべながら、食堂車を出て行った。俺は自分の他の乗客を初めて見た訳だが、その時は呆気に取られる他なかった。


 小林が食堂車を去ると、山本は先程の元気の良さがなくなり、虚ろな目で立ち尽くしていた。そして山本は、頼んでもいないスパゲティを無言で2皿こしらえて俺達に出すと、覇気なく厨房の奥の部屋に引っ込んでしまった。


 そんな山本を俺は、無言で見送る他なかった。

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