第3の駅
───小林。
にやにやと下卑た笑みを浮かべて話しかけて来るこの男は、列車の面々に相応しいというか何というか、よくわからない人物だ。俺は少女からの伝言を伝えたのだが、小林はやはり笑みを浮かべるばかり。そして小林はまた、降車に俺を誘った。何も話さないまま自分の要求だけを通す小林の態度は、俺を大きく苛立たせた。
「何故、俺を連れ出した?」
俺は率直に訊いた。小林は笑みを浮かべたまま、しかし、やや暗い面持ちで俺の質問を受け流した。やはり、小林を好きになれそうにはないな、あの少女とえらい違いだ。俺はそんなことを思いながら、小林の背を見ながら歩いた。
しばらく歩いた小林と俺は、古臭い酒場に辿り着いた。
店内は、砂埃にまみれた外観とそう変わらない。
古ぼけた床板がぎしぎし言っていた。小林がカウンターに座り、俺も一席おいて席についた。
マスターは背の高い、顎髭を伸ばした男だった。名を村田と言った。
小林が言う。
「この店には、奇妙な奴らが集まるんだ。
お前も見ておけよ」
すると、マスターの村田は、半分笑いながら小林に声をかけた。
「じゃあ、たまに来る小林さんも、奇妙な奴らの1人ってことにならないか?ははは」
小林も笑っている。が、村田に聞こえない様になのか、小声で「お前こそ奇妙だろうが、異常者め」と言ったのを俺は聞き逃さなかった。実に憎々しそうに吐き捨てた姿に、俺は不穏なものをかんじた。
俺達が来てから、ものの10分も経っていなかったはずだが、店は客で一杯になり、村田も忙しそうに動いていた。店の騒がしさは凄まじい程だった。
それからどれくらい経ったろうか。店内では皆、口々に自分の居た過去の話をしている。その話はどれも後ろ向きで、自慢話さえも自己満足でしかなく、とても陳腐で薄気味悪いものと俺の目には映った。俺と小林は帰路についた。
まさに小林の言う通りだった。とても奇妙な人間ばかりが集まっている。
「どうだ?おかしい奴ばかりだろう?お前もいつか、あの店の連中みたいになるのかもな」
「失礼な奴だな。俺はああはならんよ」
俺は口を尖らせ、すぐさま小林に反論した。小林は少し慌てた様子で、俺に向き直る。
「悪い悪い。そうだな。お前はああはなりそうにはないな」
「おう」
申し訳なさそうな顔をする小林の顔は、これまでと違って不快にはかんじない。俺は、あの店に行く前に比べて、小林と何か打ち解けた気がした。小林もその様だ。にやりと口元に笑みを称えている。
「どうだ岩岡。明日も行かないか」
俺は2つ返事でOKした。こいつはこの世界の他の住人と何かが違う気がする。あの少女とも。帰路の途中、俺は、小林の卑屈で下卑た笑みが嫌いでは無くなっていた。
次の日も、酒場は薄気味悪い雰囲気で、夜も更ける頃、恰幅のいい男が入って来た。その男は既にもう酔っ払っていて、どっかりとカウンターの椅子に座った。
ぶくぶくと肥えた体は醜悪そのもので、頬に無数のにきび跡が残り、そして吹き出物が今また顔にびっしりある。恒常的な自己管理のなさが伺い知れた。
村田はギョッとした顔で、俺達の方を見た。と同時に、小林が疾風の様に駆け、その太った酔っ払いを床に蹴り倒した。
酔っ払いは小林の顔を見て、慌てて懐を探り出した。
小林は素早く馬乗りになって酔っ払いの胸ぐらを掴み、顔に頭突きを1発叩き込んだ。そして酔っ払いの懐から光剣をひったくると、怯える酔っ払いの左肩に突き刺した。
酔っ払いは泣き叫びながら命乞いをしている。他の客は、見ているだけだった。
「俺の銃はどこだ!」
小林が声をあげた。いきなりのことで、俺は固まっていた。小林が俺に向けて言う。
「このデブはな、俺の剣と銃を奪いやがった奴の1人なんだよ。死んで当然の奴さ」
酔っ払いはヒーヒー言いながら泣き、村田を指差した。
「マザーとグルですぅ~」
見た目もそうだが、中身も醜悪な奴だ。マザーが誰かは俺は知らないが、小林の剣と銃を奪った相手なのだろう。小林は村田に向き直った。たじろぐ村田の手がカウンターの下に伸びた。小林には見えていなかった様だが、俺の場所からは丁度、村田が銃を手にするのが見えた。
次の瞬間に俺は、自分の銃で村田を撃っていた。
俺は手を狙ったんだが、弾丸は村田の腹に当たっていた。村田がよろけて崩れ落ちた。
「恐い奴だな、お前!」
小林は村田の手当てをしながら、銃をぶっ放した俺に向かって爽やかに破顔した。いつもの下卑た笑みと違う小林の顔は、きっと大部分は光剣を奪還したことで現れたのだろうが、俺が小林を助けたことも作用しているらしかった。俺に笑って話しかける小林を尻目に、あの太った酔っ払いが、そっと逃げようとする。
「逃げるなって」
小林は光剣で酔っ払いの脚を軽く斬った。泣きながら命乞いをする酔っ払い。その左肩の傷を足蹴にした小林は冷たく言い放った。
「マザーを呼べデブ野郎。生きていたかったらな」
小林はマザーとやらから銃も奪い返すつもりらしかった。




