第12話
「久しぶりね、おねえさま……」
クロエが黒い乗馬服を着て不敵に微笑んでいた。
あいかわらずふっくらとした体型だが、想像よりもやつれていた。
「クロエ……リード家の財産はどうしたの? ダニエルさまは?」
「リード家の財産ですって? そんなのとっくにダニエルが使い果たしたわよ! おまけに借金まで作ってとんずらしたわ! わたしが返済したのよ! その分の請求はきっちりさせてもらいますからね!」
「クロエ! 罪を犯して逃亡しておきながら、なんてことを!」
「あら、エマ! ちょっと見ないうちに言うようになったじゃない? その子はあんたの子なの? いったい、いつの間に……ダニエルに似てるわね。えっ? 待って! オリバーさま!」
オリバーがノアを抱えたまま背中を向け宮殿へと歩きはじめた。
ノアは静かに抱かれている。
「クロエ、行くわね……」
「ねえ、エマ! いつからこの宮殿に? オリバーさまってすごいわねえ。ルイーズ・ケルアイユ公爵夫人といえば、フランスから来たリチャード王の有名な愛人でしょ? オリバーさまもなかなかやるじゃないの! どうやって国王の愛妾に取り入ったの?」
クロエのいやらしい視線。
そういえば王室の東の離宮というのは聞いたことがある。
ルイーズ・ケルアイユはフランスの下級貴族の出身だがたいへん品があり慎ましやで女らしく、イングランド国王に気に入られ公爵夫人に叙せられたと聞く。
では、この宮殿はその女性の住まいなのか。
「チッ! はあっ!」
――パカッパカッパカッパカッ!
物言わぬわたしに焦れ、クロエは馬を駆っていってしまった。
わたしは言い知れぬ厭な予感にとらわれていた。
オリバーはどうしてそのことをわたしに伝えなかったのだろう。
わたしとノアが与えられた部屋の場所は、王家でいうところの後宮ではないだろうか。
「いけない! ノア! オリバー!」
ぼうっとしているうちにオリバーとノアが視界から消えていた。
いそいで木々の生い茂る離宮の庭へと入っていった。
オリバーがさきほどの中庭にあるデイジー園で花同士を繋いでいた。
ノアが熱心にその手元を見ながら花冠の作り方を教わっている。
彼もオリバーの言うことなら大人しく聞くみたいだ。
自分には叶わない相手だとわかったのか、もしくは本能で父親だとわかっているのか。
いずれにしても微笑ましい光景だ。
しばらく遠くから父子の姿を眺めていた。
――キイーッ。
そのとき、とつぜん母屋の2階の窓が開き、バルコニーに侍女を従え妙齢の女性が姿を現した。
「オリバー! あなたの正妻のお子さん? わたしの子供とどちらが年上かしら?」
「ケルアイユ公爵夫人……」
ルイーズ・ケルアイユ公爵夫人その人だった!