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島の娘  作者: M38
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第1話

「エマ・カーライル……デイジーの花の下で、君に永遠の愛を誓うよ。ぼくのエマ、ぼくのデイジー……」

「オリバー・リード……わたしも永遠に誓います……」


 聖職者の代わりに白い老犬が立ち会った。

 鐘の音の代わりに海鳥たちが鳴いていた。

 指輪の代わりにデイジーの真っ白な花冠が与えられた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「恋人と同じ夢が見られるからと枕の下に忍ばせた花冠はすぐに枯れてしまったっけ……わたしのように……はあ……」


 乾いた麦わらのような髪を見つめながらため息をついた。

 金髪を摘む手は荒れ果て、紅もささずに青白い顔色をした痩せて病的な女。

 実際ぜんそくの持病がある。

 今年16歳になったばかりとは思えないほどけている。

 それがわたしエマ・カーライルだ。


 ここはイングランドにほど近い孤島の丘の上。

 今日も作業の合い間を縫って人生という名の愛犬ゾーイの墓参りにやってきた。

 辛い労働もこの真っ白なデイジーの花畑へお参りするときだけは忘れられる。


「エマー!」

「エマ!」

「メアリー! ジャック!」


 丘の向こうから手を振る同い年の幼馴染たち。

 この島の住人はみな金髪に碧眼の持ち主だ。

 

――メエーッ!


 うしろにたくさんの羊たちを従えている。

 2人は恋人同士だ。

 将来の結婚に向けせっせとお金を貯めている。


「またゾーイのお墓参り? あの犬が亡くなってからもう8年も経ったのね……」

「お父さまもお母さまも同じ年に亡くなったわ……」


 父はこの島の領主で男爵だった。

 8年前、母と共に流行り病で亡くなった。

 側室だった継母がいまではすべての実権を握り、異母姉妹のクロエと共に島に君臨している。

 わたしは男爵令嬢という立場を追われ、屋敷の下働きとして従業員たちと寝起きを共にしている。


「あしたクロエの婚約者がくるんだろ? リード伯爵の1人息子のオリバーさまだって? すごいじゃないか!」

「8年前にも滞在されていたのでしょう? わたしたちはお目にかかることはなかったけれど、エマは交流があったんじゃない?」

「憶えてないわ……子供の頃のことですもの……」


 そう、子供同士のたわいのない約束。

 それを実行に移そうだなんて。

 オリバー・リードはなんて誠実な青年なのだろう。


「オリバー・リードと言えば、今年18歳になったばかりなのに騎士の称号まで得た天才だろう? 頭脳明晰で剣や馬の名手でもあるそうじゃないか」

「イングランドの社交界でも注目の的らしいわよ。憧れのプリンスが、孤島からどんなステキなプリンセスを連れてくるのかってね。背が高くてハンサムで、すごくかっこいいんでしょう?」

「メアリー! 背ならおれだって負けてないさ!」

「ジャックったら! 背だけならね?」

「こいつーっ!」

「きゃあーあははー!」


 2人はじゃれあいながら羊と一緒にいってしまった。

 うらやましい。

 わたしもあんな風にオリバーと2人で、デイジーの咲き乱れるこの花畑を走りまわってみたい。

 だが、それは叶わぬ夢だ。


 オリバー・リードは金髪の巻毛に碧い瞳の美少年だった。

 母方の遠い親戚を頼りこの島にやってきた。

 8年前に出会ったときは2つ年上の10歳。

 背が高くほっそりとしていた。

 わたしは反対にぽっちゃりとした薔薇色の頬の持ち主だった。

 オリバーはわたしに会ってもエマだとは気がつかないだろう。

 それほどまでにわたしも、わたしを取り巻く環境も変わってしまった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。

 朝からオリバーのお出迎えで屋敷は大騒ぎだった。

 わたしは掃除がひと段落ついたので丘の上へ散歩に出かけた。

 できたらこのまま屋敷へは帰りたくない。

 オリバーとクロエが一緒にいるところを見たくないからだ。


 今年に入りオリバーが婚約の話を我が家に打診してきたとき、クロエ母娘は真っ先に名前の訂正をした。

 8年前にオリバーが結婚の約束をしたのはエマではなくクロエですと。

 喘息持ちで虐げられてきたわたしには反論する余地はなかった。

 リード家はその嘘を鵜呑みにしてクロエを正式な婚約者とした。

 そして今日、婚約書を交わすために8年ぶりにオリバーがこの島へやってくる。


「わたしの出る幕はないわ……はあ……」


 運命とはなんと残酷なのだろう。

 できればオリバーには義理の妹ではなく誰か知らない人と結婚して欲しかった。

 ため息をつきながら坂をのぼっていくと、丘の上に誰かたたずんでいた。


「誰かしら? 背が高いわ……ジャック?」


 近づいていくと向こうからこちらに走り寄ってきた。


「クロエ! やっぱりここにいたんだ!」

「えっ? まさか……オリバー?」


 目の前に金髪の美丈夫があらわれた。

 背がとても高い。

 手も足も長く伸び伸びとしてスタイルがやたらといい。

 騎士のような白装束に身を包んでいた。

 高い鼻柱の上に大きな碧い瞳がキラキラとまぶしく輝いていた。


「クロエ! 会いたかったよ……!」


 いきなり青年が抱きついてきた!

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