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白詰草の伝承

 俺にとって第二の人生となる舞台は、王道ファンタジーから少しばかりずれた世界だった。


 第一に、人間には魔力はあれども魔法が使えないという点。


 当然ながら俺は嘆いた。せっかくのファンタジー世界で何故、と。


 俺は格好良く魔法ぶっ放してみたかったんだ。炎の玉とか。氷の槍とか。厨二病ごっこしたかったのに。うぅ。現実は無情です。


 とは言え、絶望するにはまだ早い。

 そんな人間が魔法の代わりに開発した便利道具として、魔道具まどうぐが存在するのである。


 これはもう全力でガッツポーズものだった。


 魔道具というだけって、動力源は魔力。

 基本的には使用したい魔道具に素肌で触れるだけで稼働させることができるという優れものだ。


 どんな構造をしているかまでは知らないが、特殊な鉱石を使用しているらしい。

 日常生活の至る所で活躍しており、構造を知らなくても使える辺り、前世でいう電化製品と似たような感じだな。


 けれども電化製品とは違い、魔道具には大規模なものがほとんど存在しないという欠点もあった。

 魔道具の大きさと性能に比例して、魔力の消費量が跳ね上がるからだ。


 いくら高性能の道具を作っても、使えなきゃ意味ないもんな。


 結果としてこの世界の文明水準は、ファンタジーの王道である中世くらいで中途半端に留まっていた。


 他に王道からずれてる点といえば、倒すべき魔物なんかが存在しないことだろう。つまり、冒険者や勇者なんかも存在しないってことである。

 その代わり、魔獣まじゅうと呼ばれる動物が数多く生息していたりする。


 魔獣はその名の通り、魔力を有した獣の総称だ。

 馬のように騎乗できる個体や、ペットとして人気のある個体もいる反面、あらゆる魔法をぶっ放せちゃう個体もいるそうだ。恐ろしい。


 にも関わらず、わざわざ討伐しに行く対象になっていないのは、魔法を使えない肉食動物だって危険でしょう、ということらしい。


 正論だけど、魔獣も野獣も同列って凄いよな。

 軽く精神的な衝撃カルチャーショックを受けたぜ。


 数が少なく、実害があまりないからこそ言えることなのかもしれない。被害状況とかよく知らんけど。


 そんな良くも悪くも平和な世界において、そうそう特出した出来事など起きる筈もなく、あっという間に俺は八歳になっていた。


 この三年の間で俺は、とりあえず勉強と基礎体力作りを頑張ってみた。

 前世の記憶という強みを最大限に生かす為だ。


 田舎出身の平民なので、入手できる教材には限りがあって勉強は思うように捗らなかったが、その分、体力面の成長は著しかった。

 毎日、野山を走り回っているおかげで足腰の強度もばっちりだぜ。


 そろそろ早朝の走り込みの距離を伸ばしてみてもいいかもしれない。

 今ならちょうど西の花畑が見頃を迎えている筈だし、帰りに寄って、母さんへの土産にしようかな。


「うん。我ながら良い案だ。そうしよう」


 俺は走り込み順路の最後の方で花畑へとやって来た。辺り一面に様々な花が咲き乱れていて、とても色鮮やかな光景である。

 ここから家までは走って数分程度。距離的にも順路的にも走り込みにちょうど良い感じだ。


「さーてと、母さんの好きな黄色を中心に、白の小花をちらして……お、白詰草クローバーだ。四つ葉あるかな」


 気がつくと、白詰草クローバー探しに熱中していた。


 はっ。違う。花束を作って母さんに渡すんだった。

 四つ葉はズボンのポケットに入れて、花集め再開だ。黄色い花を探せー。


「黄色い花。黄色い花。白い小花に黄色い……金色の頭?」


 自分の髪以上にキラキラした金髪が前方に見えた。

 あの後ろ姿には見覚えがある。あれは間違いなく同じ年の少女、ミレニアだ。


「ミレニア、こんな朝早くから何やってるんだ?」

「っわ⁉︎ え、あ! ク、クルルガ」


 実に挙動不振な反応だった。


 何か後ろめたいことでもしていたの勘繰りたくなるが、ミレニアの挙動不振はいつものことだと思い出す。

 昔はそんなこともなかったのだが、一年くらい前から何故か急に言動が怪しくなったのだ。


 今のは俺が急に声をかけたせいだけどな。


「おはよう。ミレニアも朝の散歩か?」

「う、うん。そう! そうな……の、だ、よ……?」


 なのだよって何だよ。

 思っていても突っ込まないのが優しさです。


 ミレニアの吃り方には癖があって、何故か語尾でつっかえることが多かった。

 見た目だけは金髪碧眼の可憐な少女なのに、言動が全てを駄目にしている。実に残念な子だ。


 精神年齢が三十路を越えている俺としては、思わず生暖かい目で見守ってしまう。


「あの、クルルガ? その、えーっと……わ、たし? に何か言いたいことがあるのか……しら?」

「え、何で?」

「なんて言うか、温かく見守る視線みたいなものを感じるような、ちょっと違うような……」


 俺は素直に驚いていた。


 だって、八歳の女の子が相手の視線の意味を正確に読み取ってるんだぞ。凄くないか。

 それとも小さな子供だからこそ、そういったことを敏感に察知できるもんなのだろうか。


 どっちにしても温かい視線って言葉を知ってることに驚きだ。

 ミレニアが物知りって印象はなかったんだが、おかしいな。この一年の間に本当に何があったんだろうか。


「クルルガ?」

「あ、ごめん。何の話だった?」

「だから、何か言いたいことがあるのかって……あ、いや、えー……アルノカシラ?」


 何故、言い直した。何故、言い直した部分が片言。

 思っていても突っ込まないのは面倒臭いからです。


「あー……そうだ。これやるよ」


 ポケットから取り出したのは、先ほど入手した四つ葉の白詰草クローバーだ。


 探してみたら、以外にもいくつか見つけたんだよ。


「俺の幸運をミレニアにもわけてやろう」

「幸運?」

「うん。四つ葉だからな」


 ミレニアは受け取った白詰草クローバーと俺とを何度も見比べた。

 その顔が徐々に険しいものになっていく。


 え、何で?


「四つ葉の白詰草クローバーを見つけれたら、ラッキー?」

「そそ。ちゃんと知ってるじゃないか」


 知らないのかと思ったよ。なんて、冗談にもならない冗談を、俺は言うことができなかった。

 いよいよミレニアの表情が鬼気迫るものになってきたからだ。


「どうして、四つ葉の白詰草クローバーのことを知ってるの?」


 どうして、と言われても、そんなことくらい誰でも知ってる常識だろうに。


 ミレニアは何でそんな怖い顔してんの。口調もやけにキツくないか。って言うか吃ってなかったじゃん。お前、普通に喋れるんのかよ。


 俺は驚きつつも、頭の隅でどうでも良いことを考えていた。

 その間にもミレニアの視線は鋭さを増していく。


 これ、普通の子供だったら泣いてるんじゃなかろうか。


「あー……ミレニア。何でそんな怒ってんの? 四つ葉の白詰草クローバーのことなんて、だれでも知ってることだろう」

「知らないわ! だって……」


 ミレニアは少しだけ迷うように顔を逸らし、改めて決意に満ちた目を向けてきた。


「だって、この世界には四つ葉の白詰草クローバーが幸運だなんて考え方はないんだもの!」

「…………マジで?」


 俺は今生最大の間抜け面を晒した。

2016.10.7 一部修正しました。

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