僕の実力
感想、ダメ出し、誤字脱字、あったら教えてくれるとありがたいです。
暗い……普段なら人が寄り付かない湿っぽい廊下。
僕は、いつものように同年代の男子生徒らに殴られていた。湿った石畳に打ち付けられ、血が出ることなどもはや日常茶飯事だ。
「なぁ、落ちこぼれ、お前もうすぐ2年にもなんのに、まだ属性魔法の一つも発現しねぇのかよ」
「……うん」
「何とか言えっての、このぼんくら」
「ほんと、平民のくせに夢みるからいけないのよ」
(こっちも好きでやってんじゃないんだよ……)
僕――メッツ=ワイナーは、魔法学校の魔術士だ。いや、正確には魔道士の一歩手前が正解だろう。
杖が火を噴く魔法や、振れば風を起こす、そんな魔法は僕には扱えない、まだ発現してないのだ。無能のワナー、という蔑称があるくらいだ。
「こんの……僕だって!」
「お前学習能力もねぇのか、救いようねぇよお前。燃えろ、ファイア」
「っぐっがああああああああ!!」
この魔法学校では一年目は、基本座学、自分の進むべき属性魔法の選択、その魔法の発現に費やされる。そのため、一年の最後となればほとんどの人が自分の魔法を発現している、僕のような例外の人間を除けば。
もし僕が高貴な貴族ならば、騎士、魔法士の息子ならこんなにいじめられなかったかもしれない。
だが、僕は何も後ろ盾がない平民。一方、僕を殴ったローブの少年少女達は貴族や魔法士の子。僕を殴ろうが蹴ろうが、殺さなければ問題無しとして扱われる。
僕は魔法が使えない、故に弱い。
僕は貴族ではない、故に権力など皆無。
僕にはこいつらに歯向かう勇気が無い……故に、二年生になっても変わらず虐められるだろう。
こいつらだって、僕もそう思っている。きっとこの上下関係は変わることは無いはず――――
「えっ……?」
コン、と靴が床を叩く音が響いた。
今にして思えば、僕の変化を告げる音だった。
「……ねぇ、何しているの?」
薄暗い廊下から、人影が歩いてきた。
あ、女の子か。こんな廊下を利用するなんて珍しい人間もいるものだ。
「ん、何だお前。その剣……お前騎士科の生徒か。こんな通路を人が通るなんて珍しいもんだ」
「何してるって聞いてるの」
「この魔法使えない奴に思い上がるなって教えてんだよ。なんで学校も入学試験で魔力値が高いだけの奴を採用しちゃうかねぇ」
「そう……」
二振りの剣を携えた少女だった。
茶髪のよく似合う少女だった。
僕よりも少し背のちいさな少女の声は落ち着いていて、整った顔立ちは美しかった。
騎士の娘といったところだろうか。歩き方、立ち方に至るまで気品に溢れていた。
「ひどい怪我……」
少女は、僕をいじめていた奴らを素通りし、僕の前に立った。
少女がかがみ、僕と視線が合う。
「ねぇ貴方、貴方は今弱い立場で、あの人たちにいじめられている、という認識でいい?」
「……ぅん」
「じゃ、貴方を助ける」
僕は静かに、温かい血で塗りたくられた重い頭でうなずいた。
それだけだった、それだけで彼女は二本の剣を腰から抜き去った。その行動に周りが旋律する。彼女は彼らと戦おうとしているのか?なんのために?
「なんで――」
「私、お父様と約束しているの。弱い人は助けなさい、て」
「弱い人……」
「だから助けるだけよ。私、騎士を目指しているから」
弱い人……確かにそうだ、この状況をみれば誰の目にも、僕が弱者であることは明らか。でもストレートに言われると、やはり傷つく。
「動かないで」
小柄な少女が駆ける。
剣が一閃の煌きとなり、一人に肉薄する。
気が付けば、杖を抜こうとしていた魔道士の片手を払っていた。速いなんてものじゃない、僕の目では追いきれない。
残り数は四人……あ、今三人に減った。
「こいつ、剣術科でもかなりできる方だぞ!」
「もうなんなのよ、ファイ――――」
「遅い」
ありえない……何が起こった?
少女は、魔法を構成する暇すら与えなかった。こんなにも速い剣は剣術科でもそうそう見たことが無い。
それほどまでに彼女の剣は風のように速く、槍のように鋭く、小柄な体に似つかわないほど強烈だった。
「はい終わり」
「すっご……」
一瞬の出来事だった。
これが剣士の戦い方なのか、初めて見た。なんと言うか……都合のいい妄想を見せられている気がした。
「お……ありがとう」
「礼はいらないわ。じゃあこれで」
少女は薄暗い廊下に姿を消した。
これだけだった。
こんな小さな出来事で僕の生活と環境は狂い始めたのだ。
***
授業と授業の間の休憩時間というのは、よっぽど勉強熱心な奴意外暇なものだ。勿論僕も、その例に漏れることはない。
「って事があったんだよ。凄いだろ、レジ?」
「ふーん、災難だったわね。それにしてもこんなバカ助ける人がいたもんねー」
「誰が阿呆だとテメェ……僕がせっかくお前に絡んでやって――」
「いや、お前も私も、このクラスどころか学校に絡む友人なんていないじゃない」
くそ……悔しいが反抗できないのがまた悔しい。
この学校で友人と呼べるものがあるなら、僕にはコイツしかいない。
彼は、レジ・カラースという僕と同じ年になるシスターだ。シスターだというのに素行の悪さで更正のため学園にブチこまれたとても残念な奴だ。
この学校で僕と同じようなはぐれ者コイツしかいない。よって自動的に僕ら二人はクラスの輪から外れ、二人で話すことが多くなっていた……遺憾ながら。
「私がアホっつたのは、今後の事だ、メッツよ」
「今後ってなんだよ」
「お前の話だとその女は、五人をボコボコにしたんだろ? 少しでも頭に脳みそ詰まっている奴なら、コテンパンにやられた相手に勝負は挑まない、だとすれば収まりきらない怒りはどこに向くよ?」
「あ、サンドバックの僕か」
急に背筋がゾっとした。
いつもいつも僕をいじめてくるあの五人からはキツイのを貰うが、昨日の一件をふまえるとキツイで済まない物を頂くのだろうか、やだなぁ……。
「そうだ、早めに帰ろう」
「あいつら、魔法で飛べるぞ。すぐ追いつかれる、却下」
「じゃあ、罠にはめよう」
「魔法もないのに穴掘るのか。何日かける気だ、却下」
「じゃあこっちから襲おう」
「倒せても二人がせいぜいだろうな」
あーあ……今度は何をされるのだろうか。
この前は指の骨折られたっけ、じゃあ今度は腕の骨だろうか、いやだなぁ。せめて利き腕は勘弁して欲しい。
「ここは急襲を採用でいこう。どうせあっちのヘイトは最高なんだ。アンタが二人くらいふっ飛ばしても今更変わらない、そうだろメッツ?」
「日時はどうするんだよ」
「やられる前にやる。今日の放課後すぐだ」
「精々、足掻いてみるか…」
僕とレジは俗にいう落ちこぼれだが、このままボコボコにされるのを良しとする人間じゃない。明日にはワナー・メッツとレジ・カラースという名前が名簿から消えてるかもしれないのだ。だから、せめて一矢報いるくらいは――
「おーいワイナー君。魔法粉と魔封じのレリーフを倉庫まで運んどいてくれ」
「っち、せっかく詳細な作戦を練ろうとしたんだが……早めに済ませろよ」
「へいへい」
先生の声を聞き、立ち上がる。
昨日の奴らとは別の、僕を苛めていた奴らと視線が合うが、すぐに外される。
もう少し、急襲の時間を早めて方がいいのかもしれない。
***
――昨日と同じ石畳の廊下。
――昨日と同じ湿り気。昨日と同じ温度。
自分の本意ではないが、この湿っぽい通路を通ることなった。非常に嫌だが。
倉庫に行くための通路はここしかない。一応、遠回りをすればこの通路を通らなくてもいいのだが、倉庫への距離は三倍に膨れ上がる。
(待ち伏せとかいないだろうな?)
今、こんな所で待ち伏せなんてされてたら一貫の終わりだ。僕とレジの二人ならともかくとして、僕一人なんてケンカにすらならない。まずは火か風の魔法あたりでダウンさせられて、その後五人がかりで杖でフルボッコというところだろうか。
「……何?」
「おいおい忘れちまったのか。昨日はよくもやってくれたなぁ? 魔術士だからって舐めんなよ?
「あれは貴方達が悪かった」
(あの子、なんでここに……)
薄暗い廊下に佇むのは、昨日僕を助けてくれた小柄な少女。そしてその周りには昨日彼女に瞬殺された五人組……というか、ホントにあの子を狙ってくるなんて……馬鹿なのだろうか? レジの言っていたように彼らの頭には脳みそが詰まっていないのだろうか?
「で、コイツが昨日の?」
「ああ、さすがに九人がかりならどうにかなる筈だ」
「恨みを買うのには慣れてる」
(五人じゃないじゃん! 頭数増やしてきたのかアイツら)
昨日の五人の他に、剣や槍を携えた人間の姿が見えた。
少女を囲んでいるのは、昨日の魔道士五人の他に、剣術科の生徒が二人、槍術科の生徒が二人ずつ。
明らかに分が悪い。それに昨日は少女の不意打ちだったが、今回は魔道士達も一定距離の間合いをとっている。
さて、どうしたものか……ここを通らなければ倉庫までたどり着けない。もしも、ここを通ろうものなら、僕も日課のような感覚で絡まれるかも……いや絶対に絡まれる。
ここは少女に加勢するべきだろうか? でも僕に魔法は使えないし……。
「昨日の不意打ちは通じねぇよ、借りは返させてもらう。腹の虫が収まらないんでね」
「そっちが悪いことしてた、見ていて気持ちよくなかったし」
「この状況で善悪を諭す気かよ。ははは、さすが騎士様は違うねーー」
「騎士を馬鹿にしないで」
僕が思案している間にも事態は刻一刻と進んでる。
助けるべきか否か。少女とは赤の他人だ、そんなことをする義理はないが、昨日助けてもらったという恩もある……僕戦力になりそうにないけど。
『礼はいらないわ。じゃあこれで』
礼はいらない、そう彼女は言った。
きっと僕は少女に助けられた人間の一人なのだろう。恩に感じる事はない、そういう事だろう。
それに戦力外の僕なんかが出しゃばっても足手まといだろう。
『私、お父様と約束している。弱い人はできるだけ助けなさい、て』
(弱い……)
カチリ、と。弱いという言葉が心に引っかかった。
僕は魔法が使えなくて、いじめられても為す術なんか無くて、もう魔法の才能が無いと諦めかけている自分がいたりする……怖い……返り討ちにされるは必至。
防御魔法も張れないから、痛いどころじゃ済まないのは僕自身がよく分かっている。
何よりも、弱いから助けられた……そのことが悔しかった。
(でもここは――)
授業に使った道具箱を床に静かにおく。
落ち着け、全員を相手にしなくていい。一人でも仕留められれば上々だ。それ以上を望むのは傲慢だ、確実に一人だけを潰しにいけ。
少女は礼はいらないといった。それがどうした。
自分を助けた人が、明日にでも医務室に運ばれた、なんて聞いたら、それこそ自分が嫌になる。
身を低く――殴打用に杖を構える。
(せめて恩くらい返せなきゃかっこ悪いか!)
集団に向かって走り出す。
一直線に、迷うことなく。