修学旅行
修学旅行の一日目、札幌での自由時間も終わり、
ホテルに戻った私は、
部屋に戻る前にホテルの一階にあった自動販売機で、
飲み物を買おうとしていた。
「あ…」
私がミネラルウォーターのボタンを押す前に、
なぜか「カツゲン」というドリンクのボタンが押される。
ーーーあり得ない…!誰よ、こんな悪戯…。
いらっとして振り返ると、そこに澤野くんが立っていた。
「ごめんごめん」
なぜか可笑しそうに、澤野くんが笑う。
「なんで笑ってるの?」
つられて笑いそうになるのを、なんか悔しいから堪えながら言う。
「私、水飲みたかったのに…」
「これ、美味かったよ、飲んでみ?」
ーーーーってそれ、私のお金で買った飲み物ですから…。
奪うように澤野くんの手からドリンクを奪う。
「なんで…構うんですか?」
ーーーーこないだの保健室のこともそうだし、今も…。
私と澤野くんの間にはなんの接点もないはずなのに。
「間宮は変わってるから」
澤野くんが悪びれずに即答する。
ーーー『変わってる』って言いました?今…。
「自分が怪我してるのに、俺に元気出せとかいうし、
風邪引いてるのに保健室から教室に戻るし。」
ーーーーう…。詳細まで言われるとなんか恥ずかしい…。
「北海道に来てるのにこのドリンク無視して水わざわざ買おうとするし…」
「それは関係ないですよねっ?」
ーーー何飲もうと、私の勝手でしょう?
「ーーー俺のこと好きだとか言いながら、避けるし。」
突然どさくさに紛れて、直球がとんできて、
私の心臓にドンとぶつかった。
「ーーそそ、それは…」
ーーー迷惑だと思ったから…私なんかが抱いてる“想い”は。
「俺、まだなんも言ってないじゃん…」
「否、言わなくて結構ですから…分かってますから…」
ーーーーなぜわざわざ傷口に塩を…。
私は両手を前に出して必死に振る。
「俺、間宮のこと嫌いじゃないんだけど?」
澤野くんが、必死に振り回してた私の手を握る。
心臓が跳び跳ねる。
「え…」
ーーーーそれって…どういう意味?
てか、ててて…手が…。
こんなことされたら…、期待してしまうのに…。
「さ、澤野くんには、私なんかより佐々木さんとかあぁいう人が似合いますよ…。
というか…そもそも、粟野さんと別れてないですよね?
なのに色んな人に手を出してますよね?」
ーーーー何言ってるの私…。
これではまるで、浮気を問いただす彼女…。
「だから、なに?」
「いや、だから…。
そういうの、なんの意味があるんですか?
澤野くんは好きな人がたくさんいて、私もその中の一人って事ですか?」
「はぁ?間宮何言ってんの?」
澤野くんが苛ついた様子なのが伝わってくる。
「あ、私は好きな人…ではないですよね、すみません…」
私ったら…調子に乗りすぎ…。
私なんかがその中の一人に数えられる訳もないのに。
というか、そんなことを問いただす立場でもないのに…。
「“好き”なんて感情、誰にも持ってねぇし…」
冷めた目で、澤野くんが呟く。
「なんで…?澤野くん、粟野さんが好きなんじゃないんですか?」
「“好き”?そんな感情必要ないだろ。俺はただ、お願いされたから、茗子に。」
「ーーーえ?」
「おそらく、粟野が茗子を脅した。
俺と付き合えないならバスケのマネージャー辞めるって。
ーーー茗子が困って…俺に頼んできた。
だから付き合ってる“事にしてる”んだよ。」
「ちょっと待ってください…それは…」
「“間違ってる?”ーーーわかってるよそんなことは…」
私の言葉を遮るように、澤野くんが声を荒げる。
「茗子の役に立てれば俺は別にどうでもいい」
「頭おかしいのは、澤野くんの方ですっ」
やばい、涙が…。
というか、
なぜに私は好きな人に喧嘩をふっかけているのでしょう?
「なんだよ、突然」
「こないだ保健室で私に怒鳴りました、頭おかしいんじゃねえのかって」
「いや、言ったけども…」
澤野くんが面食らった表情で言う。
「ーーーー澤野くんの考え方、間違ってますよ、分かってるとか言ってますけど、判ってないからそれ、続けてるんですよね?」
「は?」
「そんなこと、相田先輩が望んだと?本当に思ってるのですか…?」
ーーー相田先輩は、そんな事望んでいないはず。
澤野くんが粟野さんと付き合いだして、きっと一番責任を感じています…。
新学期初日に相田先輩が澤野くんを見ていた表情も、
言いかけた言葉も…。
どうして解らないの?
「うざいな…お前に関係ねぇ…」
「関係ねくないですよ!」
ーーー“うざい”という言葉は私の心に突き刺さったが、
怯むことなく言い返す。
…噛んでしまいましたけど。
「お前さ…本当に変わってるよな」
ため息をついて、澤野くんが私の手を離す。
そして、背を向けて歩いていってしまう。
ーーーーあ…。また余計なことをして怒らせてしまった…。
どんどん遠くなっていく澤野くんの背中を見つめながら、
私は心の距離も離れていくのを感じた。
でも、私は…そう思っているから…。