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血生臭い倉庫から出ると、東の空も大分明らみ、夜明けが間近だった。そろそろ往来にも人が出てくるころだと思っていたら、案の定近くのあばら家から水汲み用の桶を持ったみすぼらしい身なりの女が出てきたので、慌てて身を隠す。こうなった以上、人目につくのは賢くない。幸い貧民区から目的の場所は遠くなく、俺達は誰に見られることもなく下町の繁華街へとたどり着いた。
夜は賑わう繁華街の通りも、明け方に見るとなんだかうらぶれて見える。いつもなら安酒場から聞こえてくる喧騒や、酔っ払いの喚き声の絶えないところだが、朝の光の元では死んだように静まり返っている。それは月明かりの元で見ると、悦びと期待を抱かせる葡萄の房を象った看板も同じだった。『黄色い葡萄亭』と書かれた古びた樫の木の看板は、春風に揺らされ、寂しげにキイキイと鳴いていた。
「あらぁ~、ウェルシュじゃない。どうしちゃったの、こんな時間に?」
「よお、しばらくだなコレラット」
店に入るなり、目的の人物はすぐに見つかった。長い金髪に赤い唇。大きく胸元の開いたけばけばしいドレスの美人は、この店で一番人気のコレラット。彼女は酒場のカウンターで、一日の上がりを勘定している所だった。
黄色い葡萄亭は、この辺では貴重な女の子と一緒に夜を過ごせる宿‥、まぁ、早い話が娼館だ。もちろんリステリアでは公に営業を認められてない為、表向きは宿屋件酒場で通しているが、そこは公然の秘密と言う奴で俺もよくお世話になったものだ。だから、この店が国や神殿に協力的じゃないことも知ってるし、金次第でやばい仕事を引き受けることも知っている。
「ふーん、しばらく来ないと思ったら、そんな娘に入れあげてたのね」
一緒に入ってきたセレウスに気付いて、拗ねたような声を出すも、どこか媚びを含んだような言い草だ。彼女は天性の娼婦で、言葉尻の一つをとっても男を誘惑するかのようだ。蠱惑的な笑みを浮かべカウンターから出てくると、甘える猫のように身をすり寄せてくる。
「ねぇ、最近貴方が来なくて寂しかったのよ、どう、今晩あたり?」
こんな状況であるにもかかわらず、悲しき男の性で胸の谷間に目が行ってしまうが、セレウスのわざとらしい咳払いで我に返る。そうだ、今は鼻の下を伸ばしている場合じゃない。
「嬉しいお誘いだが、今ちょっと神殿に追われててやべえんだ。な、コレラット、一儲けする気はねえか?」
神殿と聞いてコレラットは怪訝な表情を浮かべるも、金の匂いを嗅ぎつけてか。娼婦の顔から商売人の顔に変わる。俺は懐から大事に取っておいた宝石を取り出して、彼女の手に握らせる。
「ふーん、なかなかの値打ちもののようね」
「アメジストの良品だ。どこの宝石商に出しても金貨十枚以上の値はつくはずだ」
その辺の貧乏庶民と違って、彼女の宝石を見る目は確かだ。俺の言うことに嘘はないと判断したのか、にんまりと笑みを浮かべると、大事そうに宝石をしまい込む。やれやれ、これでこっちに来てから稼いだ金の半分が不意になっちまった。とは言え金なんざ、生きて使ってなんぼのもんだ。命がかかってる時に惜しむもんじゃねえ。
「いいわ、引き受けた。それで何して欲しいわけ?」
「まず匿ってくれ。おそらく神殿の連中が探しに来るが、見つかるとまずいんだ。それから、俺と彼女をこの街から安全に外に出れるよう手筈を整えてくれ」
「お安い御用だけど、それで金貨十枚?一体何やらかしたの?」
「‥その辺は聞かない方がいい。それと、俺の首に懸賞金がかかっても売ったりするなよ」
「引き受けた以上、その辺は仁義を通すわよ。ま、いいわ、聞かないのも料金の内ってことで。でも‥」
不意にコレラットは俺の頬に手を触れると、息がかかるほど近くまで顔を近づけてくる。彼女とは何度か夜を共にし、肌を重ね合わせた間柄だ。もちろん金払ってのことだが、一緒に燃え上がった夜を思い出し胸が高鳴る。
「‥街を出るってことは、もうリステリアには帰ってこないのよね、寂しくなるわ」
その言葉に本当に寂しげな響きを感じ取り、胸の鼓動はさらに高鳴る。彼女は男の気を引くためならあらゆる手管を用いる女だが、一瞬見せた憂いのような表情は、はたして本心なのだろうか。それを確かめる間もなく、コレラットは身をひるがえして背を向ける。
「じゃ、『薔薇の間』に隠れてて。場所はわかるわよね。鍵は王の一五七で開くわ」
「‥あ、ああ、じゃ、よろしく頼むぜ」
「手筈がついたら呼びに行くけど、ちょっと時間がかかるかもしれないわよ。貴方が何か騒ぎを起こしたなら、警戒も厳しくなるからね。ま、長引くようなら、お相手もいるようだし、エッチでもして待ってて」
「おい、こいつは‥」
皆まで聞かず、コレラットは扉の奥へと姿を隠す。後に残された俺は、なんだか不機嫌そうな表情を浮かべたセレウスを連れて、酒場の奥にある階段へと向かった。
全部で六室ある黄色い葡萄亭の宿部屋は、全て二階にある。宿部屋と言っても、実際は女の子とナニする部屋なわけで、それぞれ花の名を冠した部屋名がつけられているが、そこにこれから向かう薔薇の間はない。衝立と絨毯で巧妙に隠された、階段裏にある秘密の床扉を開けると、地下への階段が現れる。この秘密の地下階にも二部屋が用意され、主にお忍びで来る上客を相手にする時使われる。この店で用心棒を務めたこともあるからその存在は知っているし、一度客で来た時に利用したこともある。獣油のランプに火を灯し、壁の鍵箱を開くと、中には百本近い鍵が掛けられている。その中から王の一五七と彫られた当たりの鍵を選んで、薔薇の間の錠を外す。扉を開けると、セレウスが驚いたような声を漏らした。
部屋は鮮やかな薔薇色の織物で彩られていた。西方から仕入れたパラチフス織の織物が壁を幾重にも覆い、地下室という空間を別世界に作り替えている。床に敷き詰められた絨毯も部屋の中央に設えられたベッドも同色の織物で覆われ、さながら薔薇の海に迷い込んだようだ。普段なら、そこにいる男女を扇情的な気分に盛り上げてくれるのだが、疲れ切っていた俺は剣を壁に立てかけると、壁際のソファに倒れこんでしまう。
ようやく腰を落ち着けると、いかに疲れていたかがよくわかる。胸当ての重さに辟易して組紐をほどいていると、ベッドに腰掛けたセレウスが、俺の顔をじっと見ながら尋ねてくる。
「それで、これからどうするおつもりですか?」
「どうもこうも、後はコルレットが街を出る手筈を整えるのを待つだけさ。とりあえずひと眠りさせてもらうぜ、さすがに身体がもたん。お前も今のうちに寝とけよ」
肩当てと手甲も外して床に置いて、ごろりと横になる。せっかく娼館に女の子と来てるんだから一緒に、と言いたいところだが、こんなとんでもない女を抱く気にはなれねえ。そもそも手でも出そうものなら、あの紫の雷を放たれるか‥いや、下手をすれば亡者にされちまう。
「あの、その前にお尋ねしたいのですが、アニサ・キースとはどのような方ですの?」
そう言えばこいつは本当に知らないんだったな。まぁ、自分の命を狙ってる相手の話だ、気になるのは当然か。しかし全く知らないとなると、一体どこから話せばいいか。
「あー、そうだな。もう四年ほど前の話になるが、ここから西に三日ほど行ったところに、セキリキンって村があってな。かつてそこを拠点に、エルシニア教に仇なす妖術師共が武装蜂起したわけだ。当然国を挙げての討伐隊が組まれ、サー《偉大なる》・ルモーネ・ラーキン国王陛下の勅命の元、国内の騎士はもちろん、大勢の傭兵も参加。実は俺の初陣もこの時で、その中核が神殿騎士だったのは言うまでもないな」
頷きながらもセレウスは、旅用の外套を外して綺麗に畳む。どうも彼女は几帳面な性格のようだ。
「敵の中核は邪神を崇めるエロモナス教団の信徒で、戦いは国軍優勢のまま次第に追い詰めて行ったんだが、劣勢を覆すべく、妖術師共が自らの魂を生贄に悪魔を呼び出したんで、これまた戦況が一変。その後は酷い乱戦でな、我ながらよく生きてたと思うよ」
当時を振り返り、しみじみと感慨に耽る。その後も色んな戦いに参加したが、あれよりひどい戦いはなかったと思う。
「その悪魔を倒し、戦いに終止符を打ったのは、実は神殿騎士でも国軍でもない。なんとセキリキン村からの義勇兵で、しかも女。それがアニサ・キースだったと言うわけさ」
「まぁ‥、そんなことがあったんですね」
「って言うか、本当に知らないのか?この辺じゃ誰でも知ってる英雄譚だぞ」
「ちょっと人里離れたところで研究に没頭してまして、世事には疎いものですから。それより、そのアニサさんはお綺麗な方ですの?」
「ああ、遠目でしか見たことないが、凛々しい顔立ちをした金髪の美人だったな」
「‥先程のコレラットさんも金髪でしたね。ウェルシュさんはああいう方が好みですの?」
‥なんだか話が逸れてきたような。見ればセレウスは、何やら熱っぽい目つきで俺を見つめている。ちょっとドキマギしながらも気がつかない振りをするが、さすがに意識してしまう。
「とにかくその功績が認められ、アニサ・キースは神殿騎士に取り立てられ、一躍異端審問官のトップに躍り出たと言うわけ‥、わっ!」
皆まで言うことができなかったのは、セレウスが俺の上にのしかかってきたからだ。今や彼女ははっきりとわかる色っぽい目つきで、俺の顔を覗き込んでくる。
「そう言えば私、貴方に助けて頂いたのに、何のお礼もしてませんでしたわね」
おいおい、まじかよ。今度こそ胸当て越しではなく、柔らかい身体が押しつけられ、甘い吐息が鼻先をくすぐる。何だ、お固そうな女だと思っていたが、案外こっちの方も行けるのか?
「ねぇ、せっかく時間もあることだし、楽しいことして過ごさない?」
それまでの丁寧調から一変して、妖しく歪む彼女の唇が誘惑の言葉を紡ぎ出す。熱い血がたぎってくるのを覚え、俺は彼女の身体をソファの上で組み敷いた。疲れているのは本当だが、戦いの前後ってのは気分が昂ぶるものだ。本能的な征服欲に支配され、心の中の獣が目を覚ます。乱暴に彼女の服に手をかけると、柔らかなピーをピーして、ピーなピーを‥
‥って、何だこれは。いいとこなのに、いきなりピーピーうるせえぞ。
‥何だ、頭の中で声が聞こえる。なになに、ケンゼンナセイショウネンイクセイノタメ、セイテキカンジョウヲシゲキスルコウイノチョクセツテキビョウシャハキンシシマス?
ば、馬鹿野郎!子供じゃねえんだ、んなこと知るか、俺はやるぜっ!
悦びに震えるセレウスの身体をベッドに押し倒し、夢中でピーなピーにピーを埋め、ピーをピーして‥
くそっ、うるせえ、黙れ!
剥き出しになったピーに、ピーからピーをピーにして‥
畜生、負けるか!
ピー‥ピー‥ピー‥ピー‥ピー‥




