~ 4 ~
「この悪魔、てめえ一体何考えてやがる!」
倉庫に残っていた荒縄で二人の身体を縛り上げると、俺はセレウスに食ってかかった。まったく、大人しそうな外見に騙されたが、こいつはとんでもない奴だ。
「一体何を怒っていますの、貴方のおかげで私達助かりましたのよ」
「何を、じゃねー。なんだあれは、どういうつもりだ!」
俺は倉庫の壁際で不気味に佇む、首無しの騎士を指さして言う。奴は今もセレウスの支配下にあるようで、縛られた騎士達に剣を突き付け、見張りを務めている。
「まぁ、その事ですの。ご心配なく、彼の魂はあの中にはありません。今は肉体に別の霊を一時的に入れて‥」
「そう言う問題じゃねえんだよ。ふざけんな、お前命をなんだと思ってやがる!」
「命は尊いものですが、あの方たちは剣を持って人の命を奪うことを厭わない人達です。でしたら自らが殺されることも覚悟の上ではないのですか?」
「そうかもしれんが、だからと言って死者を弄んでいいはずがねえだろ!」
「弄ぶだなんてとんでもない。あれは残された肉体を有効活用しているだけですわ」
‥こ、こいつは!
仮にも戦で飯食ってる傭兵が言うのもなんだが、世の平和の為にもこいつはここで殺しといたほうがいいんじゃねえか?思わず剣を握る手に力がこもる。
「‥お主、その女の仲間ではないのか?」
殺気立った俺に声を掛けたのは、神殿騎士のおっさんだ。訝しげなその声には当惑が混じっているが、今更気付いても遅えんだよ。
「だから最初に初対面だと言ったろうが。こいつとはさっき知り合ったばかりなんだよ」
「ならば、なぜその女を守ろうとするのだ」
「アホか、そいつがいきなり首を薙ぎに来たからじゃねえか!」
そうだ、こいつがもうちょっと冷静な対応をしてれば、こんなことにはならなかったんだ。いまだ気を失っている騎士バクターに憎々しげな視線を向けるが、もう後の祭りってやつだ。
「そうですわ、この方は見ず知らずの私に、理由も聞かず守ってくださると言ってくれましたのよ」
何でこいつは火に油を注ぐような真似をするかな。よせばいいのにセレウスが余計なことを付け加える。どうも女ってのは自分の都合いいことしか聞こえねえらしい。俺の胸中を知ることなく、にっこりと微笑みかけてくる。
「私嬉しかったのですよ、殿方にあんなこと言われるなんて、本当に久しぶりでしたもの」
‥ぐおぉ、神様時間を巻き戻してくれ。三十分でいい、その台詞を撤回する!
くそぉ、俺はあの時うっかり悪魔と契約しちまったに違いねえ。気がつけば神殿を敵に回し、今やお尋ね者の道をまっしぐらだ。その代償に何を得た?畜生、何もねえ。思えばあの裏切りの騎士が現れた時、こいつとは別方向に逃げればよかったんだ。
「そう言えばお前、あの時の騎士もまさか‥」
「ええ、私の操っていた亡者です。貴方が時間を稼いでくれたおかげで、彼を追いつかせることができましたのよ」
‥聞くんじゃなかった。やはりこいつは疫病神だ。一刻も早く縁を切るべきだが、こいつの魔法は侮れねえ。せめて街を出るまでは一緒にいねえとまずいだろうな。
「ついでに聞くが、お前さっき妖術は使えねえって言ってなかったかよ」
「私が使えないと言ったのは、悪魔の力を借りて行う妖術のことです。先程のは、私自身の魔力を用いた純粋な魔術ですわ」
剣士の俺には魔法の違いなんてわからねえが、とにかくさっきの雷の魔法は今も使えるってわけだな。
「じゃあ後の問題は、このおっさん達がどうやって後をつけてきてるかか‥」
と言っても、素直に答えてくれるわきゃねえが、さて一体どうしたものやら。こいつら悪の僕に屈するくらいなら喜んで死を選ぶような連中だ。脅したところで口を割るとは思えない。かと言って殺したら殺したで、神殿連中の怒りを増幅させるだけだし、何とも扱いづらい捕虜だな。
「それなんですが、せっかく悪漢の方も捕まえたことですし、私が尋問してみますわ」
なんだかジャガイモでも剥きますって言ってるような気軽さだが、亡者を使う女が爽やかな笑顔で尋問と口にするのは、何ともシュールだ。こいつは尋問がなんだかわかっているのだろうか。
「お前、こいつらがそんな簡単に口を割ると思ってるのか?」
「大丈夫です、私に任せてください」
やけに自信満々だが、もしかして魔法で何か口を割らせる方法でもあるのだろうか。どの道俺じゃ情報は引き出せそうにないし、ここはひとつ任せてみるか。ちょうど呻き声を洩らし、騎士バクターが目を覚まし始めたようで、セレウスが奴の兜を重たげに持ち上げると、中からは意外と若くハンサムな顔が現れた。もちろん奴は状況を見て取るや、呪い殺すかのような目でセレウスを睨む。
「ええと、教えて頂きたいんですけど、貴方がたはどうやって私の居場所を突き止めていたのですか?」
「貴様、よくもビブを‥、カンピーロを‥、あんなおぞましい化け物に変えやがって!」
「あのー、教えて頂かないと私とても困ってしまうのですが、お答え頂けないでしょうか?」
「ふざけるな、貴様ら悪の僕に語ることなどない!」
‥駄目だこりゃ。ちょっとでも期待した俺が馬鹿だった。よもや丁寧に聞けば答えるなんて思っていたのなら、女の浅知恵と笑う他ねえな。やれやれ、痛めつけるくらいじゃ、どうせ何も吐かねえだろうし、とにかくこれ以上追ってこれないよう、どこかに武装解除して監禁‥
などと悠長な考えに浸っていると、惨劇はあっという間に起きた。セレウスの首無し騎士が声もなく、‥って口がねえんだから当たり前だが、とにかく剣を振り上げるや、いきなりバクターの首めがけて振り下ろした。
肉と骨を断つ嫌な音と共に血が飛び出し、勢いよく死の噴水を吹きあげる。びちゃびちゃと血が壁や床に飛び散り、瞬く間に辺りを地獄絵図へと変える。血がかからないよう、脇に避けていたセレウスの足元をゴロゴロと丸い物が転がり、隣で縛られていた騎士の前で止まる。茫然とした表情で死に顔をさらすバクターの生首は、どこか無念そうに虚空を眺めていた。
「おぉ、うおおぉぉっ!」
騎士のおっさんが野太い声で、悲鳴とも叫びともつかぬ声でわめくが、それも無理はなかろう。唖然とする俺の前でバクターの身体はゴトンと倒れ、赤黒い血溜まりを広げていく。当のセレウスは涼しい顔で、服にかかった血を気にしているようだった。ようやく我に返った俺は憤懣やるかたなく彼女に詰め寄った。
「‥こ、ここ、この馬鹿野郎!何で殺した!」
「いえ、どうもお話頂けないようなので、正直に話して頂けるように‥」
「どあほう!死んだら話もくそもねえだろうがっ!」
「ですから‥」
「い~や、もう何も言うな。いいか、お前とかか‥わ‥」
るのは金輪際御免だ!‥と言おうとした言葉は尻すぼみに消えてしまった。何故なら、セレウスの隣に白い影が、そう、影と呼ぶしか思い当たらない何か白いもやもやしたものが現れていたからだ。
「うひょおほぉっ!」
間抜けな悲鳴を上げて飛び退り、何かにつまづいて尻もちをつくが、目はその影から離せなくなっていた。それはおぼろげに人の形を為しており、首無し死体から生える不吉なキノコのようにも見えた。
「あら、霊を見るのは初めてですか?私が側にいると見えちゃうみたいですね」
こともなげに言ってのけるセレウスに何か言おうとするも、陸に上がった魚のように口をパクパクさせるだけで、言葉が出ない。それはおっさんも同様で、驚きに目を見開いたまま固まっている。俺達の見ている前で、その白い影は顔らしき部分を下に向けて、己の運命を悟ったようだった。
『‥ワタシハ‥シンダノカ‥』
まるで地の底から聞こえてくるような声が頭の中で響く。それが白い影の、つまり霊の喋ったことだと理解するには数瞬の間を要したが、セレウスだけは生きてる人間と話すかのように受け答えする。
「はい、残念ですけど貴方はお亡くなりになりましたのよ」
『フクチョウハ‥ドチラニ‥カンピーロ‥ビブリオ‥』
「それより私の質問に答えて頂きたいのですが、貴方がたはどうして私を追ってこれたのですか?」
『‥‥ワタシハ‥シラナイ‥フ‥‥‥クチョウノ‥シ‥‥ジニ‥シタ‥ガッタ‥』
「まぁ、では副長さんならご存知なのですね?」
『ソ‥ウダ』
「ありがとうございます、ところで、ここはもう貴方のいるべき所ではありません。どうぞ行くべき所へお進みください」
そして白い影は消えた。それこそかき消すようにいなくなった。後に残ったのは血を流し続ける首無しの死体と、得意気な笑みを浮かべる霊術師の女だけだった。
「えっとですね、尋問の結果、そちらの副長さんに尋ねるのが良いようですわ」
俺はもう言葉もなかった。そもそもこの状況で笑っていられるとは一体どういう神経してるんだ。やばい奴はいろいろ見てきたつもりだが、こいつは違う。マジでやばい。
「と言うわけで、教えて頂けませんか、副長さん?」
さっきと同じようにセレウスは穏やかな口調で問うが、今度は限りなく不気味だった。もし話す気がないのなら、おっさんの運命は火を見るより明らかだ。断頭台の刑吏のように剣を振り上げる首無し騎士を見て、俺は慌てて叫んだ。
「おっさん、答えろ、頼むから喋ってくれ!」
「しかし儂は‥」
「頼む、黙ってたらさっきみたいに喋らされるんだぞ。んなこたぁ、神だって望んでねえはずだ。今はとにかく生き延びることだけを考えろよ、なっ!」
ああ、くそ、なんだって俺が生きることを諭さにゃならんのだ。それも神殿関係者を相手によ。だが必死さだけは伝わったようで、おっさんはそれこそ煮え湯を呑むような苦悶の表情を浮かべはするも、渋々ながらに口を割る。
「‥貴様の、その悪の紋章が目印となっているのだ」
「悪の紋章‥って、もしかしてこれの事ですか?」
おっさんの視線に気づき、セレウスは胸の首飾りを手にとる。月に浮かんだ髑髏の紋様は、まるで俺達をあざ笑ってるかのようだった。
「そうだ、神聖魔法には悪の象徴を探知する魔法があるのだ」
「まぁ、貴方は司祭位を有する騎士なのですね。でも、その魔法は持ち主を特定できるようなものではなかったと思いますが?」
「馬鹿者、このリステリアでそのような不埒な物を持ち歩く輩が、貴様をおいて他にあるか!」
‥そりゃそうだろうな。要するに神殿騎士はセレウスではなく、首飾りを魔法で見つけて追いかけてきたというわけだ。なら話は早い。俺が声をかけるより先に、セレウスはさほど執着した様子も見せず、あっさり首飾りを外して床に落とす。これでもう追ってこれないはずだ。
「ところで貴方、副長と呼ばれてましたが、貴方がたの隊長はどなたですの?」
「覚えておくが良い、貴様を追い詰め、地獄へ送り返すのは我等がキース隊長だ」
「キース隊長だって!あのアニサ・キースがこの街にいるのか?」
「そうだ、きっと儂に代わって、その魔女を地獄へ送り返してくれるだろう」
「あら、お知り合いですの?」
「馬鹿、お前本当に知らないのか、セキリキンの聖女で名高い有名な神殿騎士だぞ?」
一体こいつはどこまで世間知らずなんだ。まさかこのリステリア近辺において、聖女アニサを知らない奴がいるとは驚きだ。だが今はそんなことを言ってる場合じゃねえ。苛烈な異端審問官としても有名な彼女が来ているなら、いよいよもって逃げ出さないとまずい。
「とにかくだ、アニサ・キースに見つかったら、俺は絞首刑、お前は間違いなく火炙りだ。とっととずらかるぞ」
「まぁ、それは大変。では後始末を‥」
そう言うなり、再び首無し騎士が剣を振り上げたので、俺は慌てて止めねばならなかった。
「うぉい、こらっ、ちょっと待たんかい!」
「‥あのー、もしかしてこの方を生かしておくつもりなのですか?」
「もしかしてもへったくれもあるか、簡単に人を殺すんじゃねえ!」
「でも、これから城門を破るわけですから戦力は多い方が良いかと‥」
一瞬何のことを言ってるかわからなかったが、ぞっとする考えが頭をよぎった。城砦都市であるリステリアから外へ出るには、街を囲む城壁の、三つある城門のどれかを通らねばならない。こいつはこのおっさんも含めて三人の神殿騎士を首無しの亡者にして、今から城門を力づくでこじ開けようと考えていたのだろうか。冗談じゃねえ、これ以上神殿の権威を損ねるような真似をしたら、地の果てまで追ってこられるぞ。こいつは自業自得かもしれんが、俺まで巻き込まれては堪んねえ。本当に命が幾つあっても足りやしねえ。
「待て待て、わかった。いいか、俺に考えがある。ちゃんとお前を城門の外まで出してやる。だから、このおっさんは殺すな」
「あら、貴方がそうおっしゃるのでしたら構いませんけど‥」
「なんじゃと、お主、儂に生き恥をさらさせるつもりか!」
まとまりそうな話に異を唱えたのは、事もあろうに当事者のおっさんだった。くそぅ、誰の為にやってると思ってるんだ。
「黙ってろ、おっさん。話をややこしくすんじゃねえ!」
「目の前で部下を三人も殺され、おめおめ生き残ったとあっては隊長に合わせる顔がない。いっそ、儂の首も刎ねて行け」
「あのな、恰好悪かろうがみっともなかろうが、人間生きててなんぼなんだよ。勝手に生き恥でも何でもさらしてくれ」
まったく、どいつもこいつも命をなんだと思ってやがる。これ以上面倒に巻き込まれては敵わん。俺はセレウスの手をとり、足早に倉庫を後にした。




