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~ 3 ~

 実践慣れしている神殿騎士達に隙などない。騎士の一人が出口を塞ぎ、残りの二人が左右から間合いを詰めてくる。この倉庫はもともと農機具等の保管場所として使われており、木造で古いが壁は丈夫で、おまけに窓もない。何とかして出口の騎士を倒さねば、外へ出ることは叶わない。しかしそれは、限りなく無茶な注文だった。

 なにしろこちらは街区戦を想定した軽装備で、胸当てだけは鋼鉄製のものをつけているが、肩当てや手甲は革製のものだ。対する相手は全身金属に覆われ、盾まで持った重装備の騎士。いくらなんでも長剣ロングソード一本で立ち向かえる相手じゃねえ。せめて鎧の上からでも打撃の与えられる鎚鉾メイスくらいは欲しいところだが、どの道相手は三人もいるんだ、焼け石に水か。唯一勝ってる機動力を頼りに出口へ向かうしかないが、向こうも百戦錬磨の戦士だ。そのくらいお見通しだろう。はっきり言って、状況は絶望的だ。

 頼みの綱とも言える疫病神の妖術師、いや、霊術師だったか。どっちでもいいが、どの道魔法が使えないんじゃ、お荷物に過ぎない。じりじりと近づいてくる騎士達の動きに注意を払っていると、不意にセレウスが後ろから囁く。

「三十秒時間を稼いでください、状況を五分にします」

 その時、左右の騎士が一斉に襲ってきた。

「くそっ、どうにでもなれ!」

 俺は足元に落ちていたを、右から襲ってきた騎士に向かって蹴り上げる。長年の埃や砂をかぶった粗末な敷物が見事に兜に命中すると、騎士は無様な声を上げてのたうつ。ざまあみやがれ、兜なんぞかぶってたらこれは堪らんだろう。

 だが、左から襲ってきた騎士は迎え撃つしかなかった。首を狙ってきた鋭い斬撃を剣で受け止めるが、そのまま押し込まれてしまう。体勢を崩さないよう足を踏ん張ると、すぐさま鋭い突きが襲ってきて受けに回らざるを得ない。くそっ、強え、今まで戦った誰よりも強いぞ。ぎりぎりのところで攻撃を捌くが、全く余裕がねえ。

あま(クリ)ねく(プトス)大気ポリ(ジウ)ちし()らよ()、集()りて(ロン)()()()なれ‥』

 唄うような調べと共に紫の輝きが現れたのは、危うい一撃が胸当てを掠めた時だった。光の源はどうやらセレウスがいる辺りの様だが、もしかして魔法を使っているのか?さっき妖術は使えないと言ってたはずだが‥

「ビブリオ、女に魔術を使わせるな!」

 相対している騎士が、目潰しを食らわせた騎士に大声で怒鳴る。甲冑を着てるとどれが誰だかわからないが、声で判断する限り、どうやら対峙しているのは隊長格の騎士のようだ。ビブリオと呼ばれたもう一人の騎士がよろめきながらもセレウスに迫るが、こっちは防戦一方で、とてもじゃないが助けに行けねえ。

『空()りては(クロ)をな(ボラ)し、地()りては(タネン)とな()す。我が(ディ)に宿()りしは(ロモ)破滅()光芒。疾()()ける()紫光()矢!』

 空気が生温かくなり、妙な臭いが漂い始めた。何か焼けるような臭いなのに、火を使ってるのとは違う。とにかく嗅いだ事のない臭いに混じって、バチバチと弾けるような異音がする。セレウスに迫った騎士が剣を振り上げた瞬間、彼女の魔法は完成した。

紫電撃マイコトキシン!』

 目の眩むような閃光と共に紫色の稲妻が迸り、それは一瞬にして騎士の兜を貫いた。轟音が空気を震わし、場に居合わせた者達の動きが止まる。まるで時間が止まったかのように静まり返った廃倉庫の中で、一人稲妻を食らった騎士だけが、剣を振り上げたままの姿勢で後ろ倒しにぶっ倒れる。転がった盾が甲高い金属音を響かせた。

「ビ、ビブリオ―!」

 出口を守っていた騎士の叫びで呪縛が解けるが、さすがに隊長格の騎士も動揺を隠せない。俺はここぞとばかりに剣を振るい、猛然と攻勢に出る。それにしても、セレウスがあんな強力な魔法を使えるとは思わなかったぜ。火の玉を飛ばしてくる魔術師となら戦ったことあるが、重装備の騎士を一撃で倒す呪文を使えるとはとんでもねえ。倒れた騎士に目をやると、兜の隙間から白煙が上がり、肉の焦げる嫌な臭いが漂ってくる。

「おのれ、魔女めぇ!」

 まずい、退路を阻んでいた騎士が、持ち場を放棄してセレウスめがけて突っ込んできた。いくら強力な魔法が使えると言っても、魔法ってのはそうポンポン放てるもんじゃねえ。それに彼女は丸腰だ。今襲われたらひとたまりもないぞ。何とか彼女を守りに行こうとするが、相手もそう甘くはない。俺の動きに気付くや、すぐさま進路を妨げてくる。

 あわやセレウスの命は風前の灯火かと思われたが、予想もしない事態が俺を驚かせた。なんと、完全に絶命したと思われた騎士が身を起こしたのだ。

 普通甲冑を身にまとうと、重さで一人では起き上がれないものだが、そいつはむくりと上体を起こすや、ぎこちない動きで立ちあがろうとする。あんな無茶をすれば身体も傷もうと言うのに、騎士ビブリオは意に介した風もなく、ついに剣を片手に立ちあがる。黒ずんだ兜からはまだ白煙が上がっており、あれで生きているとはとても信じられん。神殿騎士の執念とはかくも恐ろしいものか。

「ほおおぉー」

 空気が漏れるような奇声を上げ、死にかけの騎士は剣を振り上げる。ただし今度は向ける相手が違った。勢いよく振り下ろされた剣は、近づいてきた仲間の騎士に向けられ、それはかろうじて盾で受け止められた。

「ビブリオ‥まさか、お前もなのか!」

 困惑した声が動揺を物語っているが、死んだはずの騎士はセレウスを守るかのように立ち塞がる。なんだ、どうなってるんだ?

「バクター、それはもうビブリオではない。戦うんだ!」

 隊長格の騎士の叫びに騎士バクターは剣を構えるが、状況を把握できてない。それは俺も同様だった。ビブリオではないとはどういう意味だ?

「しかし副長、ビブとは子供の頃から一緒なんですよ、こいつを殺すなんて‥」

「そう言う問題ではない、そいつはもう‥」

「ほ、ひゅ~!」

 それ以上喋る間もなく、ビブリオはバクターに猛然と襲いかかる。力任せに振り下ろされる剣は、神殿騎士の洗練された剣技とは程遠い雑な攻撃だったが、先の裏切りの騎士を彷彿とさせる怪物じみた力を発揮する。

「くそ、やめるんだ、ビブリオ!」

 受けに回っていたバクターの牽制に放った一撃が、ビブリオの兜を捉えて弾き飛ばす。ガランと音を立て兜が床に転がると、俺は驚愕のあまり凍りついた。何故なら兜の下から現れた顔は、完全に黒焦げていたからだ。

 ‥馬鹿な、あれでは生きてるはずがない、どう見たって死んでるじゃないか。

 ‥‥‥死んでるのに動いてる?

 限りなく嫌な予感を覚えつつも、素早く頭を巡らせる。あの男は間違いなく死んでいる。それなのに剣を手にして戦っている。しかもこちらを守るように。そして俺の後ろには死者を操れる霊術師がいる。ってことは‥

「セレウス、てめえがやってんのかっ!」

「そうです、状況を五分にしましたでしょ?」

「馬鹿野郎、てめえなんて事しやがんだっ!」

「そんなこと言ってる場合じゃありません、私も亡者アンデッドを操りながらでは魔法は使えませんわ」

 くそったれ、なんてこった!よもや亡者と一緒に戦う事になろうとはよ。しかも相手は神殿騎士、これじゃ完全に悪の味方じゃねえか。とは言え俺も命は惜しい。ええい、後悔は生き残った後だ。

 騎士バクターと亡者騎士アンデッドナイトビブリオの戦いは互角と見ていい。剣技は比べるべくもないが、死体とはいえかつての仲間とは戦いにくいようで、傍から見てても攻撃にキレがない。そしてキレがなくなってきたのは、俺の相手も同様だった。考えてみればこいつらがどうやってここを突き止めたのかはともかく、総重量六十キロはある武装のまま、ここまで走ってきたのだろう。しかも相手はおっさんだ。そりゃ当然疲れるわな。 

 俺は攻撃の手数を増やし、相手を疲れさせる戦法に切り替えたが、さすがに敵もさる者。無駄な攻撃を減らして防御に徹され、なかなか有効打が与えらない。その上攻撃の合間を縫っては、起死回生の一撃を繰り出してくる。そこで捨て身技として‥

「おらぁー!」

 横殴りの一撃で頭を狙い上体を反らさせるや、肩から体当たりを食らわせる。肩当てをつけてるとは言え、金属の塊にぶつかるんだからこちらも無傷とはいかないが、その甲斐あって相手が体勢を崩した所へ、すかさず足払いをかける。これは戦場で学んだ戦法で、先にも述べたが甲冑をまとった騎士は一人では起き上がれない。あの亡者となった騎士は例外だが、戦いの場で身動きが取れなくなるのは致命的だ。見事にひっくり返った騎士の鎧の胸甲板を足で抑え、兜の隙間に剣を突き付ける。

「‥剣を捨ててくれ、殺したくねえ」

 どうやら挽回は不可能と悟ったようだ。騎士の手から剣が転がり落ち、勝負はついた。だが、戦いはまだ終わりではなかった。

「貴様、ノロ副長から足をどけろ!」

 怒声と共に騎士バクターが駆け寄ろうとするが、亡者騎士ビブリオに阻まれる。まさか劣勢になるなど考えてもいなかったのだろう。彼の怒りと焦りは剣にも表れ、力技が多くなる。

「ビブリオ、そこをどけ!」

 無造作に放たれた横薙ぎの一振りが、かろうじて胴体とくっついていたビブリオの首を捉え、宙に刎ね飛ばす。たとえ死んでいるとわかっていても、仲間の首を刎ねたことはショックだったのか。硬直したように動きを止めたのをビブリオは、いや、彼の死体を操るセレウスは見逃さなかった。今や首無しとなった亡者騎士は、猛然とバクターに掴みかかるや、そのまま壁に向かって突進する。

 ドォンッと激しい音と共に、バクターの身体は壁とビブリオに挟まれ、倉庫の壁を派手に揺らす。いくら鎧をまとっていても、今の衝撃は強烈だ。死んではいないだろうが、気を失うくらいはしたはずだ。力なくくずおれる姿を見届け、ようやく俺は肩の力を抜くことができた。

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