~ 2 ~
狭い路地を駆け抜け、俺達は街の奥へと向かう。道幅は狭く、ゴミゴミした下町の中でも特に治安の悪い貧民区にたどり着くと、かつて倉庫として使われていた廃屋の中へ駆けこむ。以前この辺で仕事をした時に目をつけておいた、いざという時の隠れ家だ。さすがに馬でここへは入って来れまいし、複雑な街区の奥の奥だ。余程土地鑑のある者でなければ見つけることはできないだろう。
安全な場所に避難したと思うと、どっと疲れが噴き出てきた。まさか徹夜の仕事明けの後、神殿騎士と刃を交えるなど夢にも思わなかったぜ。もしもこれが神の思し召しだってんなら、二度と神殿関係の仕事はしねえぞ。
そもそもなぜこんな事態に陥ったんだ?冗談抜きで危うく命を落としかけたぞ。いや、それだけじゃない。あのネロだったかノロだったか言う騎士は、俺の顔も名前も知ってるんだ。これでは街のお尋ね者どころか、下手すれば異端扱いされ、エルシニア教の信徒全員を敵に回すことになりかねない。それなのに元凶である女は、無邪気な笑みを浮かべて礼を述べてきやがった。
「貴方のおかげで助かりましたわ、本当にありがとうございます」
「‥ば、馬鹿野郎、お前のせいでとんだとばっちりじゃねえか。一体、何をしたんだ!」
「私は何も悪いことなどしていません、ただ人助けをしただけです」
「なら何で騎士に追われることになるんだよ。お前、あれが誰だかわかってんのか?」
「あの人達は‥剣を持った悪漢です」
「ふざけんな、あれはこの国でも最高の騎士。エルシニア教の敵を排除するために創立された、ボッツ・リーヌス法皇猊下直属の神殿騎士団だぞ。どういうことか、ちゃんと説明しろ!」
ブチ切れそうになるのを堪えて女に詰め寄るも、彼女は一向に悪びれた様子をみせない。むしろ、あまりにも平然としているので、俺の方がおかしなことを言ってる気分にさせられる。そうだ、考えてみればおかしな話だ。そもそも神殿騎士とは、邪神を崇める暗黒教団とか神殿の財宝を狙う盗賊団とか、とにかく神の権威を損ねようとするあらゆる異端者と戦う武装集団だ。もしくは悪魔や魔獣など神敵と戦ったりするような手会いで、最近ではセキリキンの悪魔を討伐した聖女の話が有名だが、とにかくこんなちょっと見綺麗なだけの村娘を襲うのは、どう考えてもおかしい。こいつは一体何者なんだ?
「えっと、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私、セレウスと言います」
女はそう名乗ると、これまでの経緯を話し始めた。それによると彼女は東へ向かう旅の途中で、聖地に訪れる巡礼者の一団と一緒に、昨日ここを訪れたらしい。
幾らか治安がましな地域とは言え、女の一人旅は危ない。だから多少遠回りになるにしても、大人数の旅団に加わるのは何も珍しい話ではない。だが巡礼者はここで一カ月の滞在となるので、セレウスは旅団と別れ、一人街の上流区画で宿を探して歩いていたそうだ。
「‥それで、宿を探して街を歩いてましたら、噴水のある神殿前の広場に出ましたの」
上流区画に足を運ぶことはあまりないから、うろ覚え程度だが、たしか上等な宿があるのはその辺りだったと記憶している。
「ところが、そこで痛ましい事故が起きてまして。神殿の壁を補修していた大工の方が、倒れてきた石材の下敷きになってお亡くなりになられてましたの」
沈痛な面持ちの彼女は、本当に故人を悼んでるように見える。俺のような生き死にも仕事の内、って生き方だと他人の死には無頓着になるんだが、こうして見ると思いやりのある、普通の村娘にしか見えないな。
「可愛そうに、その方のお子様が近くにいらしてましてね。小さな女の子が父親にすがりついて、一心に起きて、目を覚ましてって泣き続けていましたの。周りの聖職者や巡礼者の方々も目を伏せるばかりで、私見ていられませんでしたわ‥」
どうやらこの辺は追われる理由と関係ないようだ。もう少し関係ある出来事に話を促した方がいいかもしれん、と思って軽く聞き流していたら、ここで彼女はとんでもないことを口にした。
「‥ですから私、その女の子の願いを叶えて差し上げましたのよ」
「‥‥おい、ちょっと待て」
「はい?」
「何だ、その願いを叶えたってのは?」
「ええ、ですからその子の願い通り、お父様を起こして、目を覚まさしてあげましたの」
お淑やかそうに、セレウスはにっこりと微笑んでいるが、なんだかその笑顔は不吉なものを感じさせる。
「‥目を覚まさせたって、今、大工は死んでたって言ってなかったか?」
「ええ、残念ですが内蔵が飛び出て、完全に事切れていましたわ」
えげつない死に様をこともなげに言ってのけるが、まるで肉は焼いて食べますか、それとも煮て食べますかと言ってるような口ぶりだ。ここにきて俺の第六感は戦場にいる様な冴えを見せてきた。まずい、まずいぞ。なんだかひどくまずいものに関わってる気がする。
「待て待て、死んだ者を起こしたって、一体何を言ってるんだ。そんなことできるわけねえじゃねえか」
「あら、そんなことありませんわ。ちゃんと魔術で本人の魂を呼び戻して、肉体に戻して差し上げましたのよ」
‥今何て言った、この女。魔術?魂?
たしか神の力を借りて奇跡を行う神聖魔法には、死んだ人間を蘇らせる御業があると聞くが、それって相当高位の聖職者にしか執り行えない秘義のはずだよな。こいつはどう見ても聖職者には見えないし、仮にそんな力を持っているとすれば、それこそ神殿騎士から守られることはあっても狙われることはあるまい。それに聖職者であれば、魔術なんて言葉を使ったりしない。神殿の連中は魔術師を、特に悪魔の力を借りて魔力を使う妖術師を天敵のように忌み嫌ってるからな。
待てよ、そう言えば粗末な旅装の割に高価そうな首飾りをしているが、あれと同じ奴をどこかで見たことがなかったか?髑髏の浮かんだ月をあしらった紋様など、そうそう見るものじゃねえ。そうだ、たしかセキリキンの戦いで、亡者を使う妖術師がつけていた指輪にも同じ様なものが‥
限りなく嫌な予感が頭をよぎり、恐る恐る尋ねる声は震えていた。
「‥お、お前、まさか妖術師なのか?」
「妖術ですか?ええ、たしかに妖術も使いますが女妖術師ではありません。私は霊術によって死者復活を研究する霊術師ですわ」
目の前が真っ暗になるような衝撃に、思わずよろめいてしまう。亡者を操る霊術師と言えば、神殿が最も敵視してる不浄の魔術師だ。この、私は神の敵ですと言うも同然の事を笑顔で答える女は一体どこまで馬鹿なんだ。いや、待てよ、と言うことは‥
「‥つまり何か?お前はこの聖地リステリアのど真ん中、それもエルシニア本神殿のど真ん前で、多くの聖職者や巡礼者が見守る中、堂々と亡者を作りだしたと言うわけか?」
「えぇ、そう言うことになりますけど‥」
沸々と煮えたぎるような怒りが湧いて来て、ついに俺はブチ切れた。
「‥こ、このどあほう!馬鹿かお前、神殿に喧嘩売ってんのか!」
「まぁ、ひどい、私はただ可愛そうな女の子を‥」
「やかましい、黙れ!どうりで神殿騎士が血相変えて追っかけてくるわけだ、最悪じゃねえか」
しかも何か?俺はその史上最悪の悪事の片棒を担いだことになってんのか?うが~、冗談じゃねえぞ。これじゃマジで殺されっちまう!
たっぷり絶望に浸りながら頭を抱えて悶える姿は、さぞや滑稽に見えたろう。この鈍そうな女にも少しは事態ってもんが呑みこめたのか。さすがに申し訳なさそうな声で、おずおずと声をかけてくる。
「‥あ、あの、もしかして私、貴方にまでご迷惑をおかけしたのでしょうか?」
「おかけしたのかじゃねーよ、およそ考えうる限りの中で最悪の事態じゃねえか!お前一体何考えてんだ」
「何と言われましても、私はただ霊術によって世の中を平和にしようと‥」
「何が平和だ。お前らどうせ世の中の人間を殺しまくって亡者の世界でも作る気だろうが!」
この言葉が癇に障ったのか。セレウスはむっとした表情を浮かべると、不満も露わに詰め寄ってくる。
「それは私達霊術師に対する偏見です。霊術は死と向き合って、それを乗り越えようとする純然たる魔法技術の体系です!」
「なら何で亡者なんか作ったりするんだよ」
「あれは‥霊術の不完全な研究成果に過ぎません。私が目指しているのは、死からの完全復活です」
「アホか、そんなことできるわけねえだろ」
「まぁ、貴方も他の人達と同じことを言うんですね。でも私は諦めませんわ。たとえどれだけ時間がかかっても、人々が死に怯えることなく、平和に生きられる世界を実現してみせます」
さも心外そうな顔でセレウスは非難するが、今度はそれが俺の癇に障った。一体この女は自分が何を言ってるのかわかってんのか。このふざけた誇大妄想のせいで、俺の命まで危機にさらされているんだぞ。少しは言い負かせてやらないと気が済まねえ。
「あのなぁ、人間が皆不死になったら、世の中人で溢れかえっちまうだろう。そんな世の中が平和か?」
「そうではありません。たしかに霊術を研究する者には、不死を目指す者もいますが、人間は神から与えられた寿命が来たら死ぬべきです。限りある生を全うしてこそ、命は輝くのですわ」
「なら何で死者なんか蘇らせようとするんだ。人間死んだらそれでおしまい、それが世の摂理ってもんだろ?」
「貴方の仰ることはもっともです。でも、何の罪も犯してないのに戦争で命を奪われた方や、飢饉や疫病で死んだ方はどうですか?私は望まぬ運命に巻き込まれて天寿を全うできなかった人々に、復活の機会を与えたいだけです」
「つまり、寿命で死ぬ前に死んだ人だけ生き返らせるってことか?」
「そうです。と言うより死んだ方の肉体を修復して、そこに元の魂を戻すわけですから、寿命で死んだ方を蘇らせることはできません」
俺は呆れた。こいつの考え方は、壊れた玩具は直して使えばいいじゃないって言ってるようなもんだ。さも当たり前のことのように言ってのけるが、そんな簡単に人間が蘇ったりするわけねえ。一体死を、いや、命をなんだと思ってやがるんだ。
「お前なぁ‥、傭兵の俺が言うのもなんだけど、命ってのはもっと尊いもんじゃねえのかよ」
「私は命の尊厳を踏みにじってるわけではありません。聖職者や医術師が怪我や病気から命を守ろうとするのと同じです。ただ彼等とはアプローチの仕方が異なり、死そのものを乗り越えようとしているだけです」
「そうは言うけど、その死者の復活って悪魔の力を借りるんだろ」
「そうですけど、それが何か問題でも?」
‥おぉ、すげぇ、言いきった。
「問題も何も、そりゃまずいだろ」
「あら、神だって聖職者の祈りで魂の循環を変え、人を蘇らせていますのよ。どうして悪魔が相手じゃいけないのですか?」
「だけど悪魔の力を借りるには、何か代償が必要なんだろ」
「よくご存じですわね。もちろん、ただで手を貸してくれるわけではありません。ですが、それは何かおかしなことですか?貴方だってお仕事をされる時には代価を求めたりするでしょう」
「そりゃそうだが、それとこれでは訳が‥」
「同じです。私がしていることは聖職者の復活の儀式と変わりません。彼等は神と言う上位存在に祈りや供物と言う代価を捧げ、力を借りているに過ぎません。霊術はその相手が悪魔と言う上位存在に代わっただけですわ」
駄目だ、こいつはあれだ。こう、自分が正しいと思ったら、何があっても考えを変えねえタイプだ。理屈をつければ何でも自分が正しいと信じて、人の話には耳を貸さねえ。こう言う奴に関わるとろくな目に会わねえんだが、こればっかりは今更言っても始まらん。そんな俺の胸の内も知らず、セレウスは自分の理想を語り続ける。
「素晴らしいと思いませんか、この魔術が一般化すれば人々は死に怯えることなく暮らすことができるんです。それだけではありません、もう誰も戦争なんて起こさなくなりますわ」
‥たしかに殺しても死なねえんじゃ、戦争なんてやっても意味ないわな。もっとも人間はそんな平和的な生物じゃない。こいつの言うような世界が来るかどうかは別として、仮に来たとしても必ず何か他の方法で争いを起こすだろう。
「それにしても、どうして神殿の方達は霊術を目の敵にするのでしょう。人々の平和を願う点で、志は一緒ですのに‥」
「そりゃお前、悪魔の力なんて借りてる奴には正義がないからだろ」
「まぁ、神を信じる者の行いが必ずしも正義とは限りませんわ。現に神の僕である騎士達は、何の罪もない貴方をいきなり殺そうとしましたのよ」
「いけしゃあしゃあとお前が言うな!」
やばい、本当に切れそうだ。いっそこいつの首を神殿騎士に差し出したら助かるんじゃないだろうか。
‥待て待て、短慮はまずい。どうせそんなことしても、仲間割れを起こしたと思われるのがオチで、異端扱いは変わらねえ。一度神殿に異端の疑いをかけられたら、死ぬまで付いて回るって話だ。むしろこの女を利用してでも生き延びることを考えなきゃならん。
「とにかく、これからどうするかが問題だ。この街に居続けたら殺して下さいと言ってるようなもんだぞ」
「それなんですが、昨日からあの方達を捲いてますのに、どうしても居所を知られてしまうのです。それに今宵は新月。妖術も使えなくて本当に困っていますのよ」
「何だと、それを先に言いやがれ!じゃあ、すぐに逃げねえとまずいじゃねえか」
「‥その必要はない」
重々しい声が俺を凍りつかせた。見れば唯一の退路である倉庫の入り口から、三人の騎士達が入ってくるところだった。どうしてこの場所が分かったのか、先程の仲間割れはどうなったのかという疑念が頭をよぎったが、後者の方は聞くまでもなかった。
「貴様等は、ここで神の身許へ召されるのだ」
向けられた血塗れの剣が、裏切りの騎士の末路を物語っている。戦いは避けて通れない。俺はあの血の一滴に加わらないために、剣を引き抜いた。




