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異世界で引きこもり軍人してます  作者: 多聞天
第一章 怠惰な軍人生活
9/16

第9話 魔物討伐


 ◆


 この世界は、剣と魔法の異世界ファンタジーに付き物の、魔物がいる。魔族と魔物の違いは、人間と動物の違いと同じくらいに、差異がある。

 しかしながら、異世界ファンタジーだ。多くの魔物達は魔法を使ってくる。それに、魔物の中には王と呼ばれる、共同体(コミュニティ)のボスが王って感じだが、王がいる。ボス猿みたいに、体格が他の猿よりデカく、その上使ってくる魔法も強いという感じだ。

 ……問題は、魔物が動物と同じく数が多いという事であり、人間を食べる魔物もまた多いという事だ。それが冒険者達に仕事を与えていると言えばそうなのだが。

 魔物体内にある魔法石は大きさによって値段が変わるが売買がされているし、魔物の皮、牙、体毛などは色々な素材として使われる。特に、王と呼ばれる魔物の魔法石や素材は高価だ。それ以上に高価になると……王よりも強力な先祖返りの魔物になる。

 人間の祖先は遡ると、進化の過程に不明な点があり、どのような過程を辿って人類が生まれたのか分かっていない。科学技術で、化石などを調べても分からないのに、異世界の魔物の生態系にもなると図書館にある魔物図鑑が一般的な魔物知識になるしかない。それ以外に知識を得ようとしたいなら、冒険者に聞くか、冒険者になって実地で学ぶしかない。

 だが、意外と言っていいのか……魔物図鑑はしっかりとしているのだ。王のことも、先祖返りのことも書いてあるしな。

 しかし、異世界ファンタジーで冒険者の1番の犠牲者となるゴブリンはこの世界の場合、中堅向けのクエストだ。確かに、1匹だったら成人男性数人集まれば対応できる。しかし、ゴブリンは基本的に群れて暮らす魔物だ。最低でも10匹単位で行動する。その上、洞窟や、森などに巣を作って短期間で爆発的に増える。

 よって、1匹でも見つけたら即座に冒険者ギルドに報告が来るほどなのだ。

 ゴキブリみたいな存在だと、思う。嫌われっぷりも、増殖速度も、気持ち悪さもな。

 ……冒険者ギルドで手に負えない内容のクエストが、軍に回ってくる事がある。それは、自然災害に近い出来事なのだが、稀に1つの魔物が一箇所に多く集まって狂乱状態になり、人々を襲うという事があるらしいが、今のところ、それに出会ったことはない。

 また、ドラゴン級の凶暴さと、強さを持つ魔物が人里を襲うなどの緊急事態の場合は、冒険者ギルドと協力して軍も動くこともある。

 軍と、冒険者ギルドの区分は軍は人を殺す、冒険者は魔物を殺すと考えれば簡単だ。夏本番といったこの時期は、太陽と同じく魔物達の活動も活発になる。軍の魔物討伐訓練もまた、活動的にならざるを得ない。

 事前に、冒険者ギルドに軍がどの辺りの魔物を討伐しに行くと通達してあるので、冒険者は少ないが、商人ギルドにも、通達してあるので、商人はいるのだ。現地で色々と商売するのだが、その為に護衛を冒険者ギルドに依頼するので、多少の冒険者がいる。とは言え、軍の討伐訓練は基本的にゴブリンの巣を大人数で撲滅するので、それなりに安全と言えば安全だが、ゴブリン以外の魔物もいるので、多少は危険なクエストになる。

 ……それにしても、100匹以上はいるだろうゴブリンに対して300人からなる軍人が対応する今回の討伐訓練に、何故か元帥が視察として付いて来ている。


「――セキ鉱山麓の、洞窟にゴブリンの巣があり、入り口は狭く一度に出てくるゴブリンの数は5匹程度だ。各部隊が交代で討伐していく方針とは言え、ゴブリンの方からすれば包囲戦と消耗戦を強いられる負け戦だね。立地条件が悪すぎる良い例だよ」

「して、アケミ少将なら、どうやってゴブリン達を討伐するかのぉ?」

「訓練じゃなけりゃ、入り口を壊すか防ぐかして洞窟内に閉じ込めて餓死させるかな。時間は掛かるだろうけど、安全で確実な上に何より楽だ」

「ハハハッ。違いないの。じゃからと言って、商人から紅茶を買って呑気にお茶しておる場合か?」


 商売魂たくましい商人達が、簡易的なテーブルと椅子を用意していて野外テラスが構築されているので、こうしてのんびりできるのだ。

 俺の真正面に、ビノス元帥が座っていて何が楽しいのか、男同士で呑気に紅茶を飲んでいる訳だ。それに1度目の討伐は既に終わっているしな。他の部隊だって休憩中は、この簡易野外テラスで休んでいるし。

 それにしても、ビノス元帥に遠慮しているのか、四人用のテーブルと椅子が用意されているのに、俺と元帥だけで使っている。


「そもそも、休憩中だしな。元帥に気を使っているのか、他の奴らは誰も寄り付かないな。人望が無いんじゃないか?」

「阿呆か。ゴブリンとの戦いの前に部隊員達に注意をしておる者、戦い後の反省会をしておる者が普通じゃ。アケミのとこはどうなんじゃ?」

「エイラ少尉以外は注意すること無いし、戦いに対しての助言は私以外がしていたし、戦い後の助言も私以外がしていた。それに副隊長が優秀だと部隊長は暇になる。そもそも、約3倍の戦力差で挑んでいるんだから、1匹に対して3人で対処すれば安全性を保ちながら討伐できるからね。多少の軽い怪我位はするだろうが、大きな怪我は無いだろうね。油断しなければの話だけど……。元帥がいるから油断も隙もないね」

「近年、魔物討伐訓練でも重症者が出ると聞き及んでいるのでな。軍人が訓練を軽視するようになっては終わりじゃ」


 まだ、そんな状態になる前だが、早めに手を打っておこうということか。やはり、元帥だな。


「軍全体の兵力の3割も使ってゴブリンの巣を撲滅の上に、元帥付きとは、豪勢だね」

「儂が若い頃には、もっと兵力はあったのじゃがなぁ……。顔なじみも随分と減ったわい。しかし、新しい世代を見るのは心が踊る」

「女性軍人の尻ばかり見てるとそのうち嫌われるぞ」


 300人の軍人が集まっているが、男性軍人は約100人程度だ。200年近く続けてきた戦争の結果が、これだ。


「若さの秘訣じゃて。……万が一の話じゃが。今、帝国が、ネビスト連邦か、カムイ魔王同盟と戦争した場合、どうなるかの?」

「分かりきったことを元帥が聞かない方が良いと思いますがね。まず、負けますね。長期戦に持ち込んで何とか講和まで持っていけたら良い方ですけど。その頃には、一般国民ですら剣を持っているでしょうし、子供達も戦場に出ているでしょうね」

「そうじゃろうな。元トーテの方から軍人を引っ張ってきても総数2000人が限界じゃろう。連邦は6000、同盟は8000じゃからな。3倍以上の兵力差じゃ。儂らは、ゴブリンの様に無残になるの。して、本題は、3倍以上の兵力差を持つ敵に対してアケミ少将はどう戦い、勝つ?」


 さて、どう答えるかな。興味本位で聞いているのは分かる。


「数で劣る劣勢を覆すには、数以外の劣勢状態を優勢にすれば良い。局地的に優勢を作り上げられれば、たいした被害を出さずに相手を撃破できるでしょう。目の前に良い例があります。洞窟にいるゴブリンが私達だとして、考えましょうか。まず、洞窟から出ません。敵を引き込みます。入り口は狭いので、一度に侵入できる数は多くない。というか、今私達がやっている、ゴブリンを洞窟から誘き寄せて、包囲、撃破の逆を洞窟内ですれば良いですよ。ま、入り口を塞がれたら終わりですけどね。地形的優位があればまあ、3倍以上の兵力差でも何とか戦えます」

「ほう……! では、その地形的優位が無ければ?」

「あらゆる局地で臨機応変に奇襲、待ち伏せ、補給の破壊など攪乱や攻撃を行う遊撃戦を使います。特に相手の指揮官達を狙うと良いでしょうね。その上で、少数精鋭を持って敵軍の総司令官を狙うか、王族を狙います。短期間的にしろ、長期間的にしろ、こちらの好きな場所で、好きな条件で戦える状況を作り続けられれば、勝てます。ゴブリンに知恵があれば、洞窟にこもっているゴブリン達を囮にして、今いる私達の周囲を包囲するでしょうね」


 はて、元帥が驚いた顔をしているが。余計なこと言ったか?


「ふ、ふふ、ふはははっ! そうか、そうか!」


 何で大爆笑? 近場の奴らが驚いてるじゃないか。


「何が面白いんですかね?」

「いや、なに……。普通、3倍以上の兵力差で戦い勝てるかと問われて、解答に困る者の方が多いのに、スラスラと戦える、ましてや勝てると答える者がおるではないか。それも、怠け者が答えるではないか。儂が予想していたのは、3倍以上の兵力差なら負けるから降伏するしか無い、と答えると思っていたのじゃが。なかなかどうして、予想は大きく外れたの」

「おい、馬鹿……。ついに元帥閣下に笑われるような醜態を見せたのか?」

「ロッタ大佐。一応、元帥閣下の前なので、アケミ少将と呼んだ方がいいのでは?」


 援軍ではないな。この2人、エイラ少尉とロッタは元帥の笑い声を聞いて駆けつけてきたのだろう。


「儂のことは気にせずに、いつも通りでよい。ロッタ大佐と、エイラ少尉だったな。1つ、聞こう。3倍以上の兵力差を持つ敵に対してどう戦い、勝つ?」


 意地の悪いジジイだ。普通なら、解答に困る者が多いと自分で言ったばかりじゃないか。


「……地の利を使います。数で劣っているなら、せめて、地の利は優勢でないと、戦えません。地の利を上手く使い、各個撃破していけば、いずれ勝てるでしょう」

「私は、ロッタ大佐の意見を聞いてしまったので、それ以外の方法となると色々な所に伏兵を置いて、奇襲するとかしか思いつきません……」

「ふ、ふふふ。ふぁはっはっは! そうか! そうか! これは良いな!」


 困惑している2人を置いて再び笑う元帥。気にするなと言ったが、気になるだろうなぁ。


 ◆


 若い世代が育っておる。


「な、どうしたんですか?」

「さぁ? ボケたんじゃないのかな……歳だし」

「おい、馬鹿。元帥閣下だぞ!」


 エイラ少尉は困った様子じゃが、なかなか美少女の困り顔は見応えがあるの。それに、ロッタ大佐も困惑気味でなお良いわい。妻に怒られるな。孫に嫌われるかもしれんが。まだまだ現役でありたいんじゃ。


「良い。愉快じゃな。同じ問いに答えられる軍人は少ない。いや、普通なら負けると答えるか、戦うだけ無駄だと言うじゃろうな。アケミ少将のところの軍人は、充分にアケミ少将の影響を受けておるわい」

「あ、あの褒められているんでしょうか……?」

「さ、さあな。馬鹿の影響を受けた人間として笑われていると思うが……」


 平然と上官を馬鹿と言う。なるほど、確かに馬鹿じゃな。このような問に答えられる人間は、大馬鹿者じゃ。


「根本的に、戦略で負けていますけどね。3倍以上の兵力を集められたという時点で、戦略的に劣勢ですからね。普通なら負けますよ。戦術的に勝利を積み上げて、兵力差を徐々に無くしつつも、長期戦で相手の士気を削ぐことで、講和に持ち込むのが最善でしょうね。互いに大きな消耗は嫌ですし、沢山の人間が死ぬのも嫌ですから。出来るだけ戦争被害は少ない方が良い」


 相変わらずだのぉ。戦略的には負けていても、戦術的には勝てるか。その矛盾を理解しつつ、落としどころまでも理解している軍人は少ない。

 

「どうじゃ? 戦略講義か、戦術講義を士官学校で行わんか?」

「軍内部で講座をやるのを断ったからって、次は士官学校ですか……」

「現役の少将が、講義をしてくれるなら喜びますよ、きっと。でも」

「そう。でもこの馬鹿じゃなぁ。怠け者が増えてしまう」


 ハハハッ。なかなか言うではないか。じゃがなぁロッタ大佐。アケミ少将以上の才幹を持つ人間を儂は知らん。


「しかしのぉ。戦争に関して、これほどの才幹を持つ人間を儂はアケミ少将以外に知らんのじゃよ」


 エイラ少尉とロッタはついにヒソヒソ話を始めていた。馬鹿が、元帥閣下に認められているだの、士官学校に行っても自習で終わりだのと聞こえてるぞ。


「新しい世代を見るのは心が踊ると言っていた、元帥が行けばいいのでは?」

「阿呆か。毎年、新入生歓迎挨拶をしておるわい。……士官学校の夏季合同訓練前に、講義をねじ込むかの」

「そんな面倒なことお断りしますよ」


 ふん。平然と元帥である儂の頼みを断わるか。それもまた良しじゃな。上の命令を聞くのは軍人として当たり前だが、間違った命令に疑問を持つのもまた、軍人じゃ。下官が命令が間違いである指摘しても聞き入れる上官は少ないがの。


「第一、私は軍歴が短い。それに、面倒臭い。あと、私よりもレイノマン少将の方がそういうのに向いています。更に、士官学校の夏季合同訓練前といえば、1週間もないじゃないですか。それだと、のんびり休む暇もない」

「はぁ~。変わらんのぉ! 終戦前もっと真面目にやっとりゃ、今頃大将でもおかしくないはずじゃったのにのぉ」

「過度な期待と、過度な願望ですね。いや勘違いと言って良い。過大評価ですよ。ほんと……」


 こやつは、自分の評価を相当低く考えておる。いや、ある程度は認めておるが、高評価を迷惑だと考えている節がある。それは、人間としては謙虚だと思うが、余りにもそれが過ぎると唯の、馬鹿に見えるもんじゃ。帝国軍人としては、もっと上を目指そうと気概を見せて欲しいものなのじゃが。余りにこちらからしつこく言うと、どこぞへ消えそうな感じもする。


「しかし、無理に講義をやれとは言わんが、士官学校の方から将来有望な若手軍人に生徒達へ向けて何かしら話をして欲しいという要望は来ておるのじゃ。どうじゃ? 話をするだけじゃぞ」

「それなら私以外に多くの適役がいるじゃありませんか」

「若手の男性軍人となると、数はそう多くはないぞ。なに、頭の片隅にでも置いておいておけば良いのじゃ」


 強制すると、あの手この手で断わるじゃろうからな。……しかしながら、儂の命令に文句を付けつつも、改善策と問題点を返答し実行しよる。そう、命令ならいやいやでも聞くという軍人らしい一面もある。ただし、素直に命令をきかんのが欠点じゃが。


「忘れておきましょう。では、そろそろ私達の部隊の2度目のゴブリン討伐が回ってくるので、失礼します」


 普通、部隊長なら私の部隊とか言うもんじゃがの。私達か、なかなか大切に思っているらしいの。


 ◆


 レベッカさんが、囮役として洞窟からゴブリンを誘き寄せて来た。囮役……下手をすれば確実にゴブリンに囲まれて死ぬ可能性が高いのに、レベッカさんは1人で囮役を引き受けたのだ。私には無理だ。ロッタさんはできるだろう。フランさんは囮役には向いていない。たぶん、1人で勝手に何十匹も撲殺してきてしまうだろう。

 エドヴァルド少佐は、体格に似合わず俊敏だからやろうと思えばできると思う。アケミ少将はどうなのだろうか。


「ちょっち、多めの10名様ご案内~☆」

「エドが先陣して10匹を足止め。レベッカはそのまま迂回して遊撃。ロッタとエイラはエドに群がるゴブリンを左右から攻めて殺せ。フランは洞窟に逃げようとするゴブリンを殺して良いぞ」


 2度目だが、慣れない。アケミ少将が、明確に敵を殺せと言い切る冷徹な声と、少しでも連携を乱したり、気を抜くと怒られるのに、慣れない。それに、普段とは違い、私も呼び捨てにされるのだ。確かにゴブリン討伐は士官学校時代にもやった。その時は3人一組で、1匹のゴブリンを殺すといった訓練だったが。1度目はロッタさんとレベッカさんと私で1匹のゴブリンを殺したが、この訓練で経験を積まなくてはならないのは私だ。だから、1度目の討伐訓練はロッタさんとレベッカさんは支援くらいで、ほとんど私1人でやったのだ。

 2度目は、1人で最低2匹は殺せと言われている。その命令をしたアケミ少将は、私達が戦っている場所から少し離れたところから全体を見て、指示を飛ばすと言った感じで戦うつもりは全く無いようだ。

 ……指揮官だったらそれが普通ですよね。他の部隊だと、全員がゴブリンと戦っていたけど。


「エイラ! 戦闘に集中するように! レベッカはエドに兵力が集まるように動け。フランは洞窟の方にも注意を向けろ。ロッタはもっと周囲に気を配れ。全体の動きを予想しながら、自分がどう動けば効率的に敵を減らせるかを考えろ」

かしらぁ! あっしにはなにか助言的な物はないでさ~?」

「皆の仕事を取らないよう、反撃は加減するように、と言っても加減してるからね。怪我しない程度にな」


 う~む。やはり、付き合いが長い上に、さすが冒険者上がりの軍人だ。エドヴァルド少佐は上手く大盾と魔法を使って自分自身にゴブリン達の攻撃を引き付けている。というか、10匹のゴブリンに囲まれて何で平気なんだろう。


「妾は~? 洞窟入り口に潜んで、様子見しておる数匹のゴブリンは出てくる気なさそうじゃ」

「現状維持。出てきたら殺して良い」


 ロッタさんが、もう2匹目を殺していた。私は、エドヴァルド少佐と私を交互に見る……どちらの相手をしようと迷っていたゴブリンを奇襲したのだが、一撃目が上手く入らず、やっとの思いで1匹殺せたところだ。レベッカさんは弓で上手くエドヴァルド少佐にゴブリンが集まるように支援攻撃している。少佐から離れようとしたゴブリンに弓矢で攻撃して、足止め。足が止まったゴブリンに対して少佐が軽い攻撃をして再び引きつける、か。上手な連携だわ。それに背後から躊躇無く心臓を一突きにするロッタさんも凄い。普通、戦場で剣を突き刺すと抜くのに手間取ってしまうのに、私がゴブリンを斬るよりも速い動作でそれを行う。それができるのは、少佐が注意を引き付けているからだし、万が一手間取ってもレベッカさんの支援攻撃があると信じているのだろう。邪魔にならないよう、少佐に注意を向けていて、なおかつレベッカさんの支援攻撃が届きにくいこのゴブリンの首を狙うことにしよう。


「2匹め!」


 よし。上手く首を撥ねた。これでゴブリンは5匹。


「ロッタは攻撃を止めて、遊撃と援護に回れ。レベッカ、狙って良い。フランも残りを殺していいぞ。エドも加減無しで終わらせて良い。エイラはあと1匹殺せたらいいね」


 これも2度目だが、フランさん……エルフの戦いを見るのは慣れないなぁ。拳で頭を吹き飛ばすとか……。レベッカさんは、ゴブリンの心臓と頭、二箇所をほぼ同時に弓矢を打ち込んでいるし。エドヴァルド少佐はゴブリンを真っ二つに叩き斬っている。改めて、思う。この部隊の人間は異常に強い。

 ……あと1匹殺せる隙が無いかなぁ。フランさんが、既に2匹目殺して残り1匹もレベッカさんの攻撃を受けたのに、エドヴァルド少佐が真っ二つにした。

 そして、私達の部隊と入れ違いに、次の部隊と交代だ。


「反省点としては、エイラ少尉は考え事をしていなければあと1匹は殺せたな。ロッタ大佐は先に述べた通りだね。レベッカ大尉は狙えるようなら機動力である足を負傷させられれば言う事は無いな。フラン中尉はもう少し殺す順番を考えて効率的に敵を減らしていくことを考えような。近場の敵から殺すのは今回の場合は正解だが、味方の状況次第では援護に向かった方が良い場合もあるからね」

「あっしは?」

「特に反省点は無いね。盾役としてほぼ完璧な働きだったと思うよ。強いて言えば1番隙のある敵を味方に教えてくれればエドの仕事は楽になるだろうね」


 普段怠け者なのに、訓練となると真面目なんだなぁと思う。いや、今後、自分が楽するために私達を成長させようとしているんだ、とロッタさんは言っていたな。

 ……それにしても、アケミ少将が上官らしい仕事をしている様はどうにも妙な感じがするわね。元帥閣下がいるから真面目にやっているのだろうかしら? それは無いわね。まだ半年くらいの付き合いだけど、分かる。元帥閣下の頼みを平然と断っていたし、本質は怠け者なのだと思う。

 でも、反省点は確かに事実だし結構ズバズバと言われる。目の前の敵だけを見ていてはダメだとか、視野を広く持て、とか。たぶん、始めて直接指導されたような気もする。


「では、次の出番までエイラ少尉以外は解散で良いよ」


 え……? 何かやっただろうか。アケミ少将に限り、気に入らない動きをしていたから叱られる、ということは無いだろう。


「ま、さっき居たテーブルにでも行って話そう」

「は、はい」


 元帥閣下がまだいるんですけども? そこへ、行くつもりだわ。客観的に見ると、元帥と少将に捕まった可哀想な新人少尉といったところかしら。


「ん? 片手に花じゃな。どうにも、最近の若い者達は肝っ玉が小さいようじゃの。儂のとこに誰も訪れんわ。まあ、視察の邪魔をしてしまったら失礼だとでも思っているのじゃろう」


 確かに、元帥閣下の言う通りだと思う。テーブルに座って紅茶を飲んでいるとはいえ、ちゃんとその視線の先は訓練している様子が見える位置に座っているのだ。それを読み取れない軍人はいないだろうし、自ら、元帥閣下に声をかけようという軍人もまた、いない。何故ならこの場にいる誰よりも、いや軍内で最も階級が高い人物なのだから。

 ましてや、少尉が元帥閣下に話かけるなど、周りから見れば失礼極まりない。だが、少将以上の階級ならば元帥閣下とは言え、その意見を聞かない訳にはいかないだろう。そして、普通なら少尉が少将に話しかけるのも失礼極まりないなのだが、同じ部隊だということで周りは納得するだろうけど……。

 周りの視線が厳しいわね。アケミ少将は滅多に表に出ないからこういう時、目立つ。特に、女性軍人の眼差しは、強い。

 ……春の合同演習以来、思えば公の場に姿を見せたのは2度目じゃないのかしら? 現在でもアケミ少将宛の手紙は途絶えないのだが。その理由は、ご丁寧にも手紙を出してきた全員に返信しているからだろう。情報収集に使っているとアケミ少将は言っているが、どうなのだろうか。


「ま、元帥の人望の無さは置いておいて、座るといいよ。エイラ少尉」

「ハッ! ビノス元帥閣下殿、アケミ少将殿! 相席失礼します!」


 上官より、先に座るとあとで誰に何を言われるか分からない。


「アケミ少将のところの人間の中じゃ1番礼儀正しいの。まあ、気楽にすると良い。むしろ儂が相席して良いのかどうか迷うところじゃの。ハハハッ」

「元帥がいるところは空いているからな。周りも気を使って近寄ろうともしない。静かでいいじゃないか」


 そう、静かだからアケミ少将の発言や元帥閣下の発言が周りに聞こえてしまっている。


「さて、エイラ少尉が帝国軍務省に籍を置いて、約半年になるね。特別第零部隊の隊員達は皆、特徴的な人間が多い」

「フッハハッ。特徴的な人間しかいない、の間違いじゃな」

「――その中で、エイラ少尉は特にロッタ大佐から色々と学んでいるようだけど、将来的に何を目指すかによっては、ロッタ大佐から学ぶより、他の人物から目指すものに役立つ物を学んだ方が良いと思う」

「早くも指針を決めさすか……」


 なんだろう。元帥閣下の眼は鋭く、私を仔細に観察しているような眼に見える。それに、アケミ少将は何を考えているんだろうか。通常なら2~3年かけて色々なことを学んでいき、将来的な指針を決めるはずだ。


「軍に籍を置く前と、置いた直後は帝国近衛兵部隊に所属できれば幸いだと思っていました。しかしながら、客観的に考えると、私は恵まれています。剣と魔法はロッタ大佐から学ぶ事が多く、弓……遊撃関係と、連携の柔軟性などはレベッカ大尉から。防御術や自分自身を守る術はエドヴァルド少佐から。体術と知恵をフラン中尉から、学んできました。補給、兵站、支援、戦略、戦術などは、アケミ少将とロッタ大佐から盗んで学ぶことが出来ます。……このままでは器用貧乏になるでしょうか?」

「そうならないように、今のうちに自分に適合した指針を決めると良い。私としてはその学んできた全てに置いて一流の能力を発揮できる才幹を秘めていると思っているので、私が楽して怠けられるように精進してくれると有難い」


 ガクリ、と肩の力が抜ける。結局は、それなのね。……いや、認めてもらっているとは思うけど、どうにも素直に納得出来ないような感じだわ。


「アケミ少将よ。エイラ少尉の才幹は、軍人に必要な能力全てに置いて一流の域に達せられるとでも言うのか?」

「約半年間、私が見る限り、知る限りに置いて、エイラ少尉以上の才を持つ人間は出会ったことがないですね」


 ……なんだろう。異常なまでに、恥ずかしい気分だ。正面から堂々と褒められる。認められているというのは、思った以上に恥ずかしい。

 それに、私はそんな完璧超人じゃないし、なれる訳がない。アケミ少将じゃないけど、過度な期待、過大評価ね。


「うむ……。アケミ少将の部隊の動きを邪魔しておらんのは見ておった。若干、周りに気を取られて戦闘中にも関わらず考え事が出来るほど部隊の人間を信頼しておるのは素直で純粋な新人らしいと言えばらしいが。逆に言えば、新人を抜けだそうとする時期に既に周りが見えるほど、心に余裕があるということかのぉ」

「そのようなことはありません。まだまだ未熟者なだけであります」


 ……そう、まだまだ未熟者だ。剣も魔法も、いや、どれを取っても、全て皆に敵わないもの。唯一優っているといえば、アケミ少将にチェスで勝てるくらいだろうか。チェスの腕前を私の感覚で順位付けするなら、1番はフランさん。2番はロッタさん。3番はレベッカさんと、エドヴァルド少佐。4番がアケミ少将で、私は2番と3番の間くらいだ。

 

「まあ、比較対象が特徴的な人間ばかりだからね。今のまま学んでいっても良いし、何か専攻したい物を見つけても良い。その辺りはエイラ少尉に一任しよう。さて、騒がしくなってきたし、私達もゴブリン王が討伐される様をここから眺めていよう」


 それで良いのだろうか。他のゴブリンよりも一回り大きいゴブリン王は30匹ほど引き連れて、既に交戦状態にある。周りの部隊は援軍に駆けつけているし、その様子は慌ただしい。

 凡そ、100人に包囲されたが、流石にゴブリン王はしぶとい。


「少しは率先して援軍しに行くとか、指揮を取ってみるとかせんのか?」

「洞窟入り口……ゴブリンにとっての退路は人間に塞がれて、包囲されていますからね。300人はいるとは言え、一度に戦えるとなると、この場所だと100人程度が限界でしょう。まあ、エドとフランが援軍として前線にいるので楽に終わるでしょうね」


 確かに、ここから見える様子だとゴブリン王相手に、真正面から大盾で攻撃を受けているエドヴァルド少佐がいる。フランさんは、身長が低いので見えないが。拳で頭を吹き飛ばす音が途絶えたので、雑魚を平らげたという感じだろう。

 それにしても、エドヴァルド少佐は凄いなぁ。背中にも目が付いているのだろうか。援護の攻撃を上手く誘導しているし、自分自身を上手く守っている。包囲している人間は安全圏から魔法で攻撃するだけで良いのだ。アケミ少将の言う通り、楽に終わるだろう。

 ……うわぁ~。レベッカさんは容赦無いなぁ。両足、両目に弓矢を打ち込んで仕事終わったって感じだ。ロッタさんは、近場の人間に指示を出しているし、何気に特別第零部隊が活躍しているわね。

 うん。誰か知らないけど、ゴブリン王の首を落とした。これで終わりね。

 ――――!!! 咆哮が響く。

 え……? 洞窟の入り口を囲んでいた軍人達が、脱兎の如く散開、離脱した。


「ほぉ……! 先祖返りのゴブリンじゃな」

「そのようですね」

「お、落ち着いている場合じゃないですよ!」


 何を呑気に紅茶など啜っている暇があるのよ!


「ゴブリン王が自ら外に出てきた辺りから妙じゃと感じておったが。先祖返りのゴブリンがおるとはのぉ」

「先祖返りのゴブリンは地竜並の強さですからね。ゴブリン王を従えるなど造作も無いですよ」

「いや、あの……落ち着いている場合ですか?」


 先祖返りの魔物は、ドラゴン並みの強さを持っている非常に危険度の高い魔物だ。


「ロッタが、先に戦っていた100人と後方に控えていた100人を上手く交代させ始めましたね。残り100人は予備兵力と、怪我人が出た場合の救護班を作らせるよと指示しているでしょう。エドはまだまだやれるといった感じですし、フランは暴れ足りないでしょうが下がらせましたね。むしろ、100人に魔法障壁を作らせてエドとフランで戦わせた方が効率的で、楽でしょうが。先祖返りの魔物と戦う経験を積ませるつもりですね、これは」


 確かに、アケミ少将の言った通りの動きが見て取れる。


「私も参加します」

「いや、無駄だね。予備兵力としてここで待機しておこう。今しゃしゃり出ても邪魔になるし、訓練とはいえ、先祖返りの魔物だから、武勲を横取りするのかとあとで文句言われるよ。まあ、魔物相手に武勲なんて無いけど、功労賞位はもらえると思う。それに、ロッタも兵力交代が終わったら誰かに指揮権を移譲するでしょう」

「そうじゃの。他のも大佐の階級を持つ人間はおるしの。余り指揮権を独占して嫌われ者になる必要もないしのぉ」


 それにしても、この場で動じたのは私だけだったのが、恥ずかしい気がする。先祖返りの魔物なんて、図鑑でしか知らない。たぶん、この訓練に参加している殆どの人間が、知識だけで知っているはずだ。それでも、大きな混乱がないのは流石、帝国軍人だ。

 身内贔屓になるが、きっとロッタさんの指示が良かったのだろう。しばらくすると、そのロッタさんも戦場を抜けだしていた。

 ……ロッタさんから指揮権を引き継いだ人、余り良くない。

 全体の動きがまるで違う。


「アケミ少将のところの人間がいなくなると、見劣りするの。先程は被害が皆無じゃったが、今は徐々に押され始めておる。全く、同じ兵力を使っても指揮官と戦っている人間が変わると結果も変わるようじゃの」

「エドみたいに1人で盾役をこなせる人間はそうそういませんよ。あのように重装歩兵で取り囲んで戦うのが普通です。攻撃の的を散らすのはいいですが、まあ見事に一撃で吹き飛ばされますねぇ。その隙に攻撃すれば良いのに」


 確かにそうだ。重装歩兵の軍人が先祖返りのゴブリンの一撃で後方まで吹き飛ばされる。その隙に攻撃を加えれば良いのだが、空いた穴を埋めるように、次の重装歩兵が攻撃の的になりに行くではないか。

 ……魔法の攻撃も重装歩兵が魔物の周りを囲んでいるから、大きな物は使えない。徐々に体力を削っていく戦法を取るつもりね。


「目眩ましを使って視界を奪って、その隙に重装歩兵を一旦下がらせて、それと同時に一斉に大きな魔法で仕留めれば終わるのに……」

「ほほぉ。なかなか言うではないか。そう、それも正解の1つじゃな。今の戦法……消耗戦に近い戦法もまた1つの正解と言えば正解じゃ」


 あ、小言が聞こえてしまったか。


「エイラ少尉。元帥は自称、地獄耳らしいから気をつけたほうが良いよ。ま、確かに短期的に戦いを終わらせて、被害を最小に抑えるならエイラ少尉の言った戦法は正解だね。今の指揮官は、長期的に戦いを続けて被害は多少出ても良いから確実に相手の体力を奪って倒すという戦法だけど、皆に経験を積ませるならこちらの方が、正しい。援護と支援が充実しているから出来る戦法だけどね。痛い思いをして学べばそうそう忘れないだろうからね」


 そういう考え方も出来るのか。というか、今は訓練なのだからむしろ今の戦い方は正しいのか。


「理解していても、やはり見劣りするの。まあ、訓練に怪我は付き物じゃからな。予備兵力で控えている人間もそれなりに忙しそうじゃの。周囲を警戒し始めておるな。先祖返りの魔物が現れたのが良い刺激になったようじゃ」

「そうそう魔物が襲ってくる訳ないのに、ご苦労なことですね。ましてや、先祖返りのゴブリンがいるとゴブリンはともかく他の魔物は近寄ろうとしないでしょうに」


 それでも周囲を警戒するのは、不安の現れなのだ。


「もう1匹か2匹、ゴブリン王かゴブリンの先祖返りが現れれば面白いことになるのにのぉ」

「そんな面倒なこと嫌ですよ。帰りも魔物討伐しながら帰るんですから、そいつらが現れたら訓練が長引く」


 長引くだけで、勝てないとか、被害が出るとか言わない辺りが、アケミ少将らしいと言えばらしい。この人が指揮を取っていたらどうなっていたのだろう。


「アケミ少将がもしも先祖返りのゴブリン相手に指揮を取るとしたらどうしますか?」

「訓練中だからね。今とそう変わらない指揮を取るだろうね。むしろ、指示だけエイラ少尉に伝えて後は指揮権もエイラ少尉に移譲して観戦するかもしれないな」


 何事も経験だよ、経験と言いのけた。危ないな。もし、ここにいなかったらそうなっていた可能性が高かったわ……!

 その後、1時間近くかけての交戦は終わった。無事に帰るまでが訓練だと仕切りにアケミ少将は言っていたが、特に何も問題なく無事に帰ることが出来た。


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