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異世界で引きこもり軍人してます  作者: 多聞天
第一章 怠惰な軍人生活
8/16

第8話 お泊り


 ◆


 ――不利な状況に陥った場合、相手がどのような有利を求めているのかをよく考えること。その前に不利な状況を作らせないのが、良いんだけどね――。

 ――熟考は大切だけど、存外なことに直感に従ったほうが良い結果を導くこともある。ただし、直感ばかりを信じてしまうのは良くない。常に考えて行動するか、考えながら行動した方が、最終的に良い結果を残しやすいはずだと思う――。

 私の監視という提案は、矛盾が内包していると思う。アケミと、ハンナが1つの部屋で寝泊まりすることを許せなかった。それを阻止するためにはどうすれば良いのかと考えながらも、ふと直感的に思いついた。私も、泊まれば良いではないか、と。

 思考を巡らせている際に、思いついたのか、心のどこかで馬鹿の部屋に泊まることに抵抗があったのかは分からない。

 しかし、思いついた案は結果的にハンナの発言にあった、アケミが隠れて魔法の訓練をしている点、2人が淫らな行為をしないよう監視できる点の2点……いや、この部屋に初めて泊まる口実ができた、も含めると3点か。

 はっきり言って、以前から馬鹿の私生活には興味があった。普段が怠け者の一言で片付けられる人物がやはり、私生活も普段通りなのか、それとも今日知ったばかりの情報が正しいのか。否、今日知った情報が無くても興味があった。

 軍服を脱いで、シャツとズボン。やはり、一般的な平民の服装だ。というか、寝る時までその格好なのか? いや、まだ風呂に入っていない。

 そもそも、ハンナは相変わらず、ベッドでゴロゴロしているし、馬鹿は本を読んでいる。これが普通なのか?


「む? チェスを嗜むのか?」

「そこそこにな」


 ハンナは現在、馬鹿のシャツと私が貸した下着にスカートを着用している。流石にシャツ1枚のままという訳にはいかないだろう。


「馬鹿のチェスの腕には期待しないほうが良い。私でも勝てるくらいだ」

「ならやるだけ無駄なのだな。私はかなり強いのだ。ロッタよ一勝負してみるのだ?」


 面白い。賢者の二つ名を持つ相手とチェスで一勝負か。


「高名な賢者の相手が務まるか分からんが、やるだけやってみよう」


 ……10分も持たなかった、だと……。


「ロッタの腕前は中の下くらいなのだ。アケミはどうなのだ? 私と一勝負するのだ?」

「ロッタが勝てない相手に勝てるわけがないよ。それにチェスが強いからって何の自慢にもならないよ」


 何というか、読書の邪魔をするな、という口調にも思えるな。何を読んでいるかと本の題名を見ると……料理の本か。

 何の意味があるのだろうか。意味など無いと思う。料理の本を読んで何が楽しいんだ?


「料理の本なのだ。楽しいのだ?」

「興味深い。近年の料理本と、100年前の料理を読み比べているんだが、似たような内容なんだけど、同じではない。基本的な食材に変化は無いという事がわかった。それはつまり、食材……農作物の安定供給が出来ていた、ということになる。だからこそ、戦争は続けられた。食べ物が無ければ戦うどころの話じゃないからね……」


 ほぉ~。なかなか勉強家だ。素直に感心できる。私生活でも考えることを続けているのか。考えてみればこいつは何もしていない怠け者ではなく、何かしら本を読んでいたり、考え事をして手が止まっているという類の怠け者なのかもしれない。まあ、ダラダラとはしているが。

 それでも、仕事をせずに他事をしている。それはそれで大問題ではあるが、その他事が勉強……知識を蓄えるのだと、考え方を変えてみれば存外に怠け者ではないとも思えてくる。

 

「しかしなのだ……本に書かてている知識を無条件に肯定して従っている訳ではないのだ?」

「本に書かれている事が全て真実だとは思ってないよ。特に個人が書いているような本は信ぴょう性が薄い。研究論文だって、同じ研究内容なのに、人によって結果が違ったりしてるからね。この世の中に絶対の正解って物があるなら楽なんだけどね。結局、正解というものはあやふやな物だね。何が正しいか、何が誤りなのか、その時には分からないのさ。それが分かるのは全てが終わったあと、結果が出てからだね」

「チェスにも同じ事がいえるのだ。この一手は正しいと思って打ったのだが、後々に誤りだったのだ、とかよくあるのだ。何が正解の一手なのか、それは結果を見なければわからないのだ」


 分かりやすいな。流石は賢者か。待てよ……。賢者に通じる話を馬鹿ができている? 確かにこいつは、戦争の天才だと思える。しかし、頭の方はどうなのだ? 悪くは無いはずだ。だが、別段良いとも思えない。それこそ、待てだ。

 ……印象操作だとしたら? 果てしなく頭が良い可能性が捨て切れないぞ。もしかしたらチェスの腕だって擬態の可能性がある。


「おい。アケミ。私とチェス勝負だ。負けた方は何でも1つ、勝者の言う事を聞く。棄権しても敗者だ。つまり、お前は私の言う事を何でも1つ聞かなければならない」

「強者の暴論だね。じゃ何を求めるんだ?」

「勝負しないのか?」

「やっても負けるからね。俺のできる範囲で、可能な限りでなら言う事を聞いても良い」


 ……何も考えてなかった。チェスの実力を隠しているものだと思い込んでしまっていたな。本当に弱いのか。

 何をさせるべきか、何を聞かせるべきか。直感、思いつきで行くか。


「アケミが何を隠しているかを聞こうか」

「……負けた方は何でも1つ、勝者の言う事を聞くだからね。じゃあ、1つだけ答えよう」


 ……チッ。まあ良い。何を答える。何を隠している。


「俺の部屋の食器棚の中に同盟で手に入れた高級な紅茶が隠してある」

「……は?」


 あ……。しまった。何を隠しているのかと聞いたから、それに本当に、真面目に答えただけだ。隠している実力だとか、道具だとか……隠している気持ちとかを聞きたかったと次々と、今更思いつく。


「おお、ではそれを夕食後のお茶にするのだ」

「高級だっての。まあ、良いか。仕方ない……選択とは他の可能性を捨てることなりか……」


 ふと、そよ風が顔を撫でる様に、一瞬何かを懐かしむような表情がアケミの顔をそよ風のように通り過ぎた。何かを思い出したのか、何を懐かしんだのか。

 ……気になるな。やはり、恋焦がれる相手が何を思っているのか、考えているのか。強烈に知りたいと思える。


「どれだけ卓抜した能力を持っていようとも、望むもの全てが手に入る訳ではないのだ。アケミは何を得て、何を捨てたのだ?」

「大き過ぎる自由を捨てた代わりに、細やかな自由を得たね」


 冒険者としての生活を捨てて、軍に所属したということで良いのか? のほほんとした顔からは読み取れない。それに、重大な問題はそこではない。


「……す、好きな女性の種類は?」

「は?」


 私自身、何故それを聞いたのか分からない。いや、チェス勝負を仕掛けた時から漠然と脳裏で考えていたのかもしれない。しかし、どうして今、聞いた?


 ◆


 唐突で、脈絡のない質問だな。ロッタにしては珍しく、自分自身の発言に驚いているようだ。それに、好きな女性のタイプを聞いてくるとは、どういう思考をしたんだろうね。別に答える必要は無いだろうが、初めて俺の部屋に泊まるロッタの私的な質問だ。仕事外で会話をすることはあまり無い。いや、以前休日に出かけた時に会話したか。

 しかしながら、ロッタは客観的に見れば美人の一言に尽きる。雰囲気と顔つきで、厳しい人だと思われがちだが、女性的な魅力は当然あるし、可愛い物が好きだという一面もある。俺よりも年下なのに、しっかり者だしな。

 それにもう少し、全体的に力を抜いて物事を捉えられるようになれば何も教えることが無いくらいに優秀だ。

 出来の悪い上官……つまり俺のことだが、その俺の面倒を見ないとダメなのだ、という気概を感じられる。ダメ男に彼女がいるというケースを知っている俺としては、ロッタはダメ男を見て見ぬふり出来ないのだろう。たぶん。

 さて、どう答えようか。これといって好きな女性のタイプは無いんだよなぁ……。強いて言えば、互いに優しく、尊敬できて、一緒に……側に居たいと思える間柄だといいなぁとは思う。

 

「……ロッタの問いに答えよう」

「――」


 ん? なんでそんなに緊張しているんだ?


「好きな女性の種類というか、なんというか。一緒に居たいと思えるような女性が好みだな」

「答えが広範囲的だ。具体的には?」

「……一緒に居て落ち着くとか、苦にならないとか、楽しいとか、喜んでくれたり、悲しんでくれたり、怒ってくれたり。そう、一緒に居て喜怒哀楽を感じた時に、違和感無くいられるなら最良だと思う」


 それが続けられると思える相手がいたら、結婚するんだろうが、永遠にそれが続けられる訳が無いとも考えてしまう。

 物事に永遠なんて無いからな。永く続けようと努力することは出来ると思う。だが、永く一緒に居ようと努力するってまるで、それが義務のように感じる。まあ、その全てを通り越して、理性や理屈無しで、相手を愛せる愛情という感情があるからなぁ。それすら、脳科学的に脳内ホルモンが分泌されたものであって、脳内ホルモンがずっとドバドバと分泌される訳じゃないとも考えてしまう。

 心や感情を一方では、認めているし、もう一方では心や感情は脳内ホルモンの作用であり、心や感情は全て脳の働きだと、それらを認めていない。表裏一体だな。時々、自分が理屈っぽくて嫌になる。いや、それらを含めた全部が自分自身なのだが。

 そう、理屈っぽい一面。それは自分を構築している一部なのだ。心や感情は確かに理屈では語れない部分があるし、科学的で証明不可能はことも多い。つまり、感じたままに受け取ればいいのだと思う。不思議なことに、訳の分からない質問でほんの少しだけ成長したような気がした。


「珍しく、私にも分かる位に……ニヤけてるぞ」

「いや、なに……。何がきっかけで人は成長するんだろうなぁ、と思ってな。……人と人が顔を合わせて会話するだけでも、成長のきっかけになると理解できたよ」

「ロッタ相手に不埒なことでも考えていたのだ?」


 ボッと音が聞こえてくるくらいな勢いで、ロッタの顔が真っ赤に染まった。

 ……この手の話に弱いらしい。こういった一面が見れるのは良いと思う。

 メイドに夕食を"4人分"用意してもらい、扉の前においてもらうよう手配し、それを食べ終わる頃、ロッタの落ち着きはいつも通りになっていた。


「美味いのだ。高級な紅茶だけあるのだ」

「ハンナは健啖家なのね……。2人分の食事を食べて、その体型を維持できるものなのか?」


 さて、ロッタは師匠のことを呼び捨てにするようになっている。ハンナがそうして良いと言ったし、もともと堅苦しいのは嫌いだ。それにプライベートな時間なので、周囲を気にする必要も無いしな。


「今日はかなり抑えたのだ。あと3人分は軽く食べられたのだ。夜食は出るのだ?」

「ケーキやらパンくらいならあるぞ。一応、部隊の備蓄品として、保存食もある。全部食べるなよ」

「甘味があるならば、大丈夫なのだ」


 ロッタは呆れ顔をしている。魔法を使うと腹が減るのは確かだが、師匠の場合は燃費が良いのか悪いのかよく分からん。常時展開している魔法も幾つかあるだろうから、腹が減るんだろう。


「常時展開している魔法をやめれば腹減りも多少マシになるんじゃないか?」

「無理なのだ」

「――、隠匿の魔法で何を使っているのか分からんな。さすがは、賢者ということか」

「隠匿の魔法を使っていると分かるのだ? ロッタもなかなかに魔法の才能があるのだ。一定の能力、才能が無いと私が隠匿の魔法を使っていることすら分からないようにしているのだ」


 俺はそれを聞いていたから分かっていたのだが、俺は師匠の言う一定の能力、才能が無いからなぁ。魔法石で一時的に底上げすれば見破れるかもしれないが、意味が無い。

 午後8時か。この世界の人間は時計があるのに、早寝早起きすぎるからな。午後9時には一般的な店は閉まるし、午後10時にもなると帝都でうろつく人間は殆どいなくなる。午後11時には殆どの人間は就寝といった感じだ。

 フランが俺の部屋に泊りに来るときは大体午後9時には寝るし、レベッカだって午後10時には寝ていたな。

 俺はいつも午前1時くらいに寝るのだが、日本でも深夜だが、こちらの世界じゃ相当深夜だ。そして、午後11時から午前1時までの間にいつも室内でできる魔法の訓練をしているのだが。今日はどうするかなぁ。


「ア、アケミはいつもこの時間帯は何をしているんだ?」

「本を読んでいるか、ま――いや、風呂に入っているか、ソファーでゴロゴロしてるかだな」


 魔法の研究していると言ったら絶対に、何か突っ込まれる。俺1人だと大抵は魔法の研究しているんだけど、それを言ったら普段からしろとか言われるに決っている。魔法の研究とは言っても、魔法を使って科学的な事象を引き起こせるかの研究だから、傍から見ると何をしているか分からんだろうけどな。


「そういうロッタはこの時間帯は何をしているんだ? 寝てるとか?」

「入浴して、明日の予定を確認して、剣や防具の手入れをし、戦史や魔法の勉強をした後に寝る」

「アケミとは随分と、いや……大違いなのだ。私はこの時間帯にそろそろ寝るのだ」

「ベッドを占領するなよ。ロッタもそっちで寝るんだからな」


 結構デカいベッドだから2人で使っても余裕だ。俺はソファーで寝る予定。6人は余裕で座れるソファーだから昼寝には最適だし、普通に寝れる。


「ぐぅ……」

「はやっ……もう寝たのか?」

「大体そんな感じだ。俺が生徒時代だった頃から変わらんよ」

「……」


 何だ、その目は。やましいことなどなにもしていないぞ。それに、ハンナ師匠は寝ていてもいくつか魔法を常時展開しているからな。


「はぁ……。一応、聞くが。このような無防備かつ蠱惑な女性に対して……よ、欲情しないのか?」

「全くしないと言えば嘘になるね。だけど、手を出したら魔法で反撃されるよ。それに生徒時代は就寝時間には身動き取れないほど疲労していたしね」


 というか、毎日ぶっ倒れるまで魔法使えとか、根性論の色が強い訓練が多かったような気もするな。いやまあ、必要だったと思うけどね。


「では、魔法云々(うんぬん)は置いておいて、私がいなかったら手を出していたか?」

「それは無いだろうね。色々と厄介なことになるだろうし、そもそも同意無しで手を出すほど腐った人間じゃない」

「そうか……そう、だな。……風呂に入る。覗くなよ?」

「読書でもしている」


 ロッタは着替えを持ってさっさと風呂に行ってしまった。何を読むかなぁ。ロッタが言っていた、戦史か、魔法関係の本でも読むか。

 …………30分か。女性にしては早いな。いや、軍人としては遅い方か。まあ、気にすることもない。本を顔に被せて一応は、気を使う。

 ついでに考え事もしたかった。

 ……魔法を使って科学的事象を起こして攻撃魔法として使えることは以前からというか、冒険者時代に証明していたし、実際何回か使った。使ったが、あくまでもこの世界の魔法に見える科学的事象だ。魔法で――某有名錬金術師に若干似ているし、それを思わせる出来事だったが――火薬も作った事がある。黒色火薬こくしょくかやくの原材、木炭と硫黄と硝石を用意し、魔法を使って粉末にする。その際、混合比は無視されて、調度良い塩梅でイメージ通りの黒色火薬が、イメージ通りの可燃物として出来上がってしまうのが、魔法の恐ろしいところだ。

 俺は黒色火薬の原料に何が必要かは知っていたが、混合比やどのようにしたら火薬になるのかは知らなかった。だが、それらをすっ飛ばして、欲しいと思ったイメージの物を作り出してしまえた。

 幸いにもと言って良い。ダイナマイトの原料となるニトログリセリンの原料は知らん。だが、核爆弾の原理と原料は知っている。魔法でウランを核分裂させれば、大量殺戮兵器の出来上がりだ。それを作る気も、使う気も全く無い。そもそも、この世界にウランがあるとも限らないしな。

 ……どれだけ過去の本を読んでも、異世界から来たという人間も、異世界に関係する言葉すら無かった。それはつまり、今のところ俺以外、異分子はいないと言う事だ。俺以外にこの世界に異世界から何者かが迷い込む可能性はゼロではないが、ゼロに等しいと思いたい。

 それでも、この世界を混乱に陥れるような何者かが現れた場合、あらゆる手を使って確実に……殺す。穏やかじゃないね。だが、魔法の恐ろしさはよく理解している。簡単に悪用できる上に、知識さえあれば世界を壊せる兵器さえ作れるだろう。

 ふと、視界が明るくなった。ロッタが、俺の顔に乗っていた本を取り上げたのだ。


「なんだ、起きてるのか」

「ああ、起きているさ」


 ロッタは寝間着を着ていた。ロッタはフリルやレースなどの可愛らしい装飾が付いたワンピースというか、ネグリジェを着ていた。ちょうど、前屈みで俺の本を取り上げたらしい。

 視線の先には、胸の谷間が見える。

 ……率直に、エロい。風呂あがりの女性というのは、エロいな。久しぶりに、"女"を意識した気がする。

 う……っ。まずいな。いつもの凛とした感じじゃなくて、可愛らしい感じだ。これがギャップ萌えか!

 

「な、なんだ。人の顔をまじまじと見て……」

「……いや、身体を冷やす前に寝ると良い」


 精一杯、普段通りを装った。欲望というか、性欲というか。この手の感情は抑制すべきだろう。第三者がいる上に、ロッタと俺はそういった仲じゃないからな。


「夏だぞ。そう簡単に身体が冷えるかよ」


 何故か、俺の頭の上の方……ソファーに座りやがった。手にはコップ。水か。寝転がるのをやめて座ることにした。少なくとも、下から眺めているよりは、座っていたほうがマシだ。


「そうだな……。しかし、その……。なんというか。新鮮だな。ロッタの寝間着姿は、なんだ……。異常に可愛らしい」


 言葉にするつもりなど無かったが、つい出た。いや、ここで褒めなければいつ褒める。


「ば、馬鹿……! な、何を言ってるんだ」


 紅色する顔と、仕草がたまらなく可愛らしいと思った。これは遺憾である。水風呂で頭を冷やそう。


「お、俺も風呂はいるわ」


 ロッタが、何かしら言いたそうだったが、無視した。


 ◆


 胸の高鳴りは、そろそろ落ち着いた。


「可愛らしい、か……」


 普段見れない顔を見た。可愛らしい男の子というか、照れている顔だったなぁ。わ、私の肢体を見て欲情した? いや、まさかな。フラン、レベッカのきわどい格好を見ても眉1つ動かさんような男だぞ。それに、ハンナのシャツ1枚の時も同じだったわけで。

 私のような女の身体を見て、照れる? 私だから、照れた? 

 ソファーから身動き1つ取れないな。あいつの温もりがある。そこにあいつと同じように寝転がってみる。


「こ、これは……」


 死ぬほど恥ずかしい。すぐに止めた。座る。冷えた水を飲む。風呂あがりだから火照っているんだな。うん。そうに違いない。

 落ち着かないな。あいつが風呂に入っている。私は風呂あがりで、ハンナはぐぅぐぅ寝てる。

 ……ソファーでその、あれか! いや、始めてはベッドが……いやいや、何を考えている。同意の上じゃないだろう。まだ、気持ちも伝えていない。いや、そもそも、気持ちを伝えるとかいう考えじゃない。今日は監視なのだ。日を改めて、だ。

 それはいつ? 知るか!


「……午後9時30分過ぎか。早いな」


 悶々としていたら、もうそんな時間だった。アケミは風呂から出てこない。いや、もう出てくるか。待てよ? いや、待て。待て。

 ……私が風呂を出てそれほど間を開けずに、あいつ風呂に入ったぞ……! 風呂の水は抜いたが、それでも恥ずかしいものだ。

 ガチャリと音がした。風呂場の扉からアケミが出てきた。


「まだ起きてたのか」

「起きていてはダメなのか?」

「いや……もう寝ていると思ってたんでね」

「いつも大体、午後10時か午後11時頃に寝る」

「そうなんだ」

「そうだ」

「……」

「……」


 アケミは黙って冷えた水をコップに淹れて、飲んでいる。コップを空にして、本を取り読書を始めた。

 しかし、服装はシャツとズボンなんだな。何があっても良いように、軍服で寝る奴らも少なくは無いから気にはならないが。こいつの場合、面倒臭いからその格好なんだろうな。だが、シャツのボタンを大きく開けて、胸板が見えている。

 なんだろう、この女として色気で負けているような感覚は……。一瞬だが、アケミが女に見えた。いや、見慣れていないと数多くの人間が、見間違えるだろう。それほど、風呂あがりのアケミは女性っぽい。

 それを言ったら、怒るだろうか……。


「と、ところで何の本を読んでいるんだ?」


 かなり、年季の入った本だ。こいつは、本の虫でもあるからなぁ。様々な種類の本を読みまくっているのだが、その理由は知識の収集だと分かるが。何をそんなに知りたいのだろう。


「……魔法と魔力を使わないで、魔法を再現する方法を考察した本」

「? そんなの不可能じゃないか?」

「火の魔法を使わずに、蝋に火を灯す方法は、ある」


 うん? 始めての口調だ。恐らく、困っている。


「どうやってだ?」


 気にせずに、聞いてみる。こいつを困らせている理由は何だ? それは聞けば分かるはずだ。


「……この本には、鉱物と鉱物をぶつけ合った際に発生する熱を使えば可能ではないか、と書いてある」

「そんな面倒な事しなくても、魔法を使えば……。いや、何でそんな無駄なことを考察するんだ? 作者は何を考えてそんな本を出した?」

「かなり、危険思想の持ち主だね。この作者は。魔法を使わずに、魔法と同じ事ができる可能性があるそうだ。……400年前の人物なのだが、いやはや……奇才だね」


 おいおい。大丈夫か? その作者。大陸全土の人間を敵に回すぞ?


「……? 奇才、だと? そんな危険思想の持ち主が?」

「生まれつき、魔法の使えない人間などいない。この大陸全土の常識だね。ただ、魔法以外の力で、魔法のような物を生み出そうと考えられる人物が、いる。それは、奇才だよ」


 発想の転換か。アケミの言葉を聞けば、確かにそうだな。魔法以外の力、か。今、この瞬間まで、確かに考えられなかったな。


「さて、ロッタ。今から俺が本を持ち上げて、手を離す。するとどうなる?」

「馬鹿か? テーブルに落ちるに決っている」

「そう。では、その本がテーブルに落ちる理由は?」

「……落ちるから、落ちる」


 何だ? 何の問題だ? それとも、無意味な質問か? 物が落ちる。それに理由など無いだろう。落ちるから、落ちる。魔法を使えば、落ちないという結果もあるが……普通は落ちる。


「そうだね。うん……。ロッタ、この世界は不思議に満ちている。このように、手から本を手放せば、テーブルに落ちる。そう、落ちるんだ。その理由をただ見たままの結果で語っては、詰まらない」

「そんな堅苦しくて、難しいことをいつも考えているのか?」

「この本の作者はそうしていたようだ」


 どの時代にも変わった人物はいるみたいだな。今の時代だと、この馬鹿が歴史に名を残して、後世の歴史家などを困らせるだろうなぁ。たぶん。

 ……いかんな。時間的に眠くなってきた。


「眠いなら寝ると良いよ。夜更かしは、健康を害するからね」

「お前はどうするんだ?」

「この本を読み終えたら寝るよ」


 本当だろうか。内緒で訓練をする様を見たいのだが。


「魔法の訓練をするんじゃないのか?」

「まあ、バレてしまったからなぁ。これとって特別な訓練をしているわけじゃない。ただ、魔力を使い切るまで、基礎を繰り返す訓練だからね。この部屋でできる程度だ」


 なんだ。本当に、魔法の訓練をしていたのか。いかん。欠伸が出そうだ。本当に、寝るかな。


「――寝る」

「おやすみ」


 ◆


 午後11時。魔法の訓練を終えて、本を読む。魔法と魔力を使わないで、魔法を再現する方法を考察した本の作者は、間違いなく科学を意識している。

 魔法以外の力があると確信している。手探りでだが、科学を捉えている。奇才だな。ほんと。

 火打ち石に、重力の考察、それに化学の考察もしている。とはいえ、小学生の教科書に出てくる科学以下の科学的な考察になっているが。

 やはりというか、当然だ。ロッタは重力の存在を知らない。それに、重力について考えようともしていないし、魔法以外の力がある可能性さえも、考えようともしていなかった。俺が少ない魔力で、この世界の日常的に魔法を使う人間達に対抗できるのは、科学的な見地と魔法を掛けあわせた効率化によるものなのだ。

 火球を飛ばす。その際に、空気中の酸素を多く取り込んで燃焼させるイメージを加えると、通常以上の大きさと、火力を持つ火球を飛ばせるのだ。

 魔法の天才と呼ばれる人達は、無意識的にそれを行える人物達だと思う。

 ……迷いがある。科学のことを、ロッタに教えるべきか、教えないべきか。教えたら、確実に魔法関係の実力が伸びる。だが、同時に科学の存在が周知になる。魔法の実力が急激に向上する事例はあるが、ロッタは正直過ぎる。ほぼ確実に俺が科学というか、魔法の実力向上方法の知識を持っていると喧伝するだろう。

 そうなると、再び戦争が起こる可能性が高くなる。人手不足を質で補えてしまうからな。


「火、風、土、水。それに、光、闇、空間。魔法に属性があるが、自由度は高い。組み合わせは7×7の49が基本として、7の累乗(べきじょう)……7^7となると823543になるな。基本と応用の組み合わせは無限に等しい……か」


 とてもじゃないが、823543^49の計算は計算機でも無いと出来ん。いや、根気よく計算すれば答えが出るだろうが。面倒臭い。それに、この数値だって俺が勝手に数値化したもので、正しいとは限らない。更に、使う魔力量で威力も変わってくるので、その差異を考えるとやはり、魔法の組み合わせは無限に等しい。だが、基本、応用、個体差などを加味した組み合わせの数は少なくとも万を超えるだろう。

 ……一般的な軍人の魔力量を考えると、個人差もあるが、平均数百の魔法を使うのがやっとだ。普通に考えれば数百使えることをやっと、と言って良いのかわからないけども。いや、そもそも魔法を使って戦うというのは、個人の戦闘レベルの話だ。……魔法か。弓よりも遠くに遠距離攻撃ができる攻撃方法の1つでしかない。


「違うな。攻防どちらにも使える。だが、魔法は……」


 この世界の魔法は……本来、戦いに使うものじゃないはずだ。いや、魔法に限らず、科学だって本来は戦いに使うものじゃないはずだ。

 生活を便利に、より豊かにするための物だと思う。確かに、戦争に使えば効率良く人を殺せるだろう。

 ……全くどうして人間は、正しく力を使えないんだ? 日本の小学生でも戦争は正しくないと言うだろう。そう教わったからな。

 だが、何れは日本でも戦争は正しくないと言いつつも、戦争をする日が来るだろう。何時の時代でも戦争は正しくないと理解しつつも、戦争をしていた。世界は異なっても、人間は同じだ。だとしたら、この束の間の平和も何れ終わる。それは理解している。毎晩、戦争を起こさせない最善の方法を考えているが……。

 随分前に元帥に話した戦争の必勝の策……敵に充分な兵站を用意させないことですら、本当に最善なのかも分からない。

 本当に、戦争を根絶させるには、人間を根絶させるしかないのか? それは極論に思えるし、極端でもあるが、確実だ。

 有史以来、戦争が無くなることは無かった。それは地球とこの世界の歴史が証明している。この世界には魔法がある。

 ……大陸全土、いやこの世界中の人間がある日突然、魔法が全く使えなくなったら戦争どころじゃなくなるな。恐らく、数百年単位で原因を解明しようとするだろうし、魔法を使わない戦法を確立するには数十年は掛かるだろうが。それでも、やはり戦争が起きない期間は長くて数百年。短くて数十年かな。

 前者つまり、数百年戦争が起きない場合は科学が発展するだろう。そうなると、何れ地球と同じような兵器が出来て、大量の人間が死ぬ。後者の場合、緩やかに人間が死んでいくし、科学も発展していくだろうが、前者よりも人間が死にゆくスピードは緩やかだろう。たぶん。


「恒久的な平和か……」

「……まだ起きていたのか……」

「起こしてしまったか?」


 ロッタが起きた。もう午前1時過ぎだ。妙な時間に起きるもんだな。寝付きが悪いのか?


「いや、ハンナの寝相が悪くてな。それで起きた」


 そうは見えなかったが。ロッタがそう言うなら信じても良い。自然に目が覚めてしまったとしても、不自然に目が覚めてしまったとしても、起きたことには変わりがない。


「何をこんな夜中にしているんだ?」


 ソファー近くに置いてあるテーブルには、紅茶と本。それに読書ができる程度の光源があるくらいで、部屋全体は薄暗い。ロッタ達には迷惑がかからないように配慮しているのだが、なぜソファーに来る?

 割りと、薄暗いとはいえ肢体……身体のラインは見えるんだがね。


「見ての通り、読書と考え事だ」

「なんだ、この数字は。とんでもなく大きな数値だな」


 ……寝ぼけているな。無防備過ぎるし、近いし、素肌が、主にロッタの腕が俺の腕に当たっている。俺がメモ用紙に書いた数字を見ているが、どうにも身体に力が入っていない気がする。


「……ちょっとした計算結果だよ。眠いなら、ベッドに戻ると良いよ」

「う、ん……っ……」


 俺の膝に倒れ込みやがった。そして、そのまま寝息を立てて寝た。こんなにも無防備なロッタは始めて見るな。しょうがないから、ベッドに運んでおくか。


「安らかなもんだね。普段からこんな顔してれば……」


 してれば? ……可愛いと思えるな。はぁ……真面目に考え事していたのが馬鹿みたいだな。ロッタをベッドに運んで、静かに寝かせる。

 俺も寝るかな。

 ひと目、ロッタの顔と、ハンナの顔を見てからソファーで寝ることにした。

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