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異世界で引きこもり軍人してます  作者: 多聞天
第一章 怠惰な軍人生活
7/16

第7話 師匠


 ◆


 今日も今日とて暑いの一言なのじゃ。よう妾の旦那――嫁候補から格上げじゃ――は涼しい顔をしておられるのじゃ。

 つい昨日のようにも思えるのじゃが、エルフの時間的感覚は人間と違うので多少の誤差はあるのじゃが。10日ほど前に軍全体で緊急訓練が行われたのじゃ。軍に所属しておる少佐階級以上は1対1の戦闘じゃったようで、妾としてはそちらのほうが心躍るものがあるのじゃが。妾達といってもエイラとレベッカと妾の3人じゃが、妾達は同じ階級同士で誰が1番強いかやってみようという感じの訓練内容じゃった。当然、人間と大きな差がある妾が中尉の中で1番じゃ。加減するのに苦労したのじゃ。どうにも人間は壊れやすいのじゃ。怪我がないように配慮されて刃を潰した剣を使うのは勝手じゃがその剣を素手でぶち壊したからといって、棄権するとは情けないのじゃ。剣が壊れたのなら魔法。その魔法も軟弱で、妾に傷を付けることすら出来んのじゃが。剣も魔法もダメなら知恵と勇気でなんとかしてみせい。と思うのじゃが。なかなか、勇者はおらんかったのじゃ。

 やはり、妾の旦那は良い。元々、剣も魔法もダメダメなのじゃが、知恵と勇気があるのじゃ。

 ……気に入らんのは、ロッタの左手に嵌められておる指輪じゃ。妾の旦那から送られたものじゃ。皆すぐに指輪に気がついた。女同士集まって問いただしたら、しぶしぶ口を割ったのじゃが。そういう意味で送られたもので無いと理解はしておるのじゃが、それは送り手の考えで、受け取り手と周囲はやはり、そういう意味であると思うしかあるまい。一足進まれたと妾は思う。じゃが、本妻は妾じゃ。

 なに、ロッタに妾の旦那が寵愛を与えるのは寛容の範囲内なのじゃ。むしろ、妾の旦那は優秀な雄であると誇れるのじゃ。

 わけのわからぬ仕来りなど無視して、10人でも20人でも雌を娶れば良いのじゃ。妾の旦那が選んだ雌ならば、器量良しの妾は許す。

 それにしても暑いのぉ。部屋の中でこれじゃ。外はもっと暑いのじゃろうな。


「――古代魔法師に存在してみたいですね。アケミ少将のように法式紙片を使った戦法を得意としていた魔法師は確かに存在していました。現在ではアケミ少将くらいでしょうね」


 エイラは勘違いしておるのじゃ。ソレは知恵と勇気で戦うアケミの戦法の1つでしかないのじゃ。しかし、何百冊とあるこの図書館の本から必要な情報を探しだしてくるとは、執念か、恋慕か。相手を知りたいと思う気持ちなのだから、恋慕の情が妙な方向へ走った結果なのじゃろう。


「別に私は法式紙片を使った戦法を得意としているわけじゃない。その前に、個人としての戦闘能力はそれほど高くないし、戦闘そのものも得意じゃない」

「貴族式の剣と魔法のみを使った決闘の場合で、かしらが勝てる相手となると、相手を探すのに苦労するでさぁね」

「個人の戦闘能力がそのまま士官に必要な能力である訳じゃない。あるに越したことはないが、無くても困らない程度に指揮能力など別の能力が秀でていれば、士官の戦闘能力のみを評価するという判断は間違いであると言える」

「戦闘能力も無く、特に秀でた能力も無かった場合はどうするんで? 人脈と家柄でそういった立場に立てる輩もいますでさ」

「その対策が、前回の緊急訓練であり、それ以前から対策はあったが、前回のは過去類を見ない厳しいものであったのさ」


 士官個人の戦闘能力の評価をするための訓練と、その後の刷新の為の布石の意味を持つ緊急訓練とかなんとか言っておったのぉ。難しいことはアケミの仕事じゃ。


「それでも、あっしらの特別第零部隊の部隊長と副隊長の人事異動無しでさ。一先ずは安心してよろしいんで?」

「この部隊が左遷先だという考えは軍司令部の方でしていない。再度適性を判断する機会が用意されるらしいが、私達には関係のない話になる」


 同じ階級同士で誰が1番強いかやってみよう訓練の結果の事じゃな。エイラのみ少々話が変わって新人少尉同士での競い合いだったのじゃが、士官学校主席は伊達ではなかったのじゃ。レベッカ、エドは論ずるに値しないのじゃ。

 優秀な者のところには優秀な者が集まるものじゃなぁ。この部隊の中で誰が1番強いのかやったら面白そうじゃな。


 ◆


 フランが、何やら良からぬことを考えていそうな顔をしているな。一言に強さと言っても様々あるが、軍が求める強さとは、敵をどれだけ効率的に殺せるかである。

 どうにも、今回の緊急訓練に何かしらの意図が組み込まれているような気がしてならない。人事を刷新する……それもある。別の何かを引き起こす為の呼び水である、とは思うが、何を引き起こすつもりなのか……。

 軍事構造改革かな。以前にロッタに言ったことを思い出す――戦争が終わって軍全体が緩んでいて、軍内部もそれを承知している。特にこの3年間は結構な頻度で緊急訓練を行っている事実から考えると、軍上層部か、軍司令部辺りが、今までに前例のないほとの大きな改革を考え始めてもおかしくない。

 軍の縮小か、もしくは兵の質を高める……その両方を行うための改革なら大賛成だね。真っ先に俺を解雇すればいい。

 この部屋は確かに怠情をむさぼるには適しているが、小さいながらに家を買って、俺の面倒を見てくれるメイドなりを雇って数年は怠情な生活を送れる資金は溜まった。その数年間で何かしら働かずに稼げる方法を生み出して、人生の大半を引きこもって怠情な生活を送れるようにする。ささやかながら、結婚して子供を作って幸せな怠惰な生活を送れれば最善だろうが。俺のような人間を好きになるような変わった女性は多くはないだろうが、ゼロではないはずだ。

 ここ数ヶ月……演習訓練、緊急訓練などで働かされすぎた。余計な考えが浮かんでは消えていく。今の生活に不満は少ない。人間に取って欲というものは際限がないが、俺はそこそこの満足度で満足できるし、より多くの欲は身を滅ぼすと考えている。多少不自由で、その不自由の中に自由があれば満足感を得られると思うが、それは俺個人の考え方であり、全ての人がそうでないと理解している。

 ……ここ最近の女性陣は妙だ。妙な俺でさえ気付くのだから自覚が無いという事は無いだろうが。仕事に不備は無い。むしろ、俺を働かせようとしてくる動きが強くなっている。

 伸びしろが大きいエイラ少尉を筆頭に、ロッタ、フラン、レベッカと……以前に俺が通信で会話していた戦術理論講座をしてくれないか、という話を聞かれていたのが不味かった。

 面倒なことに、個人講座を頻繁に開くことになる原因になったのだ。それも勤務時間外で。

 しかしながら、後の楽を考えると教えた方が良いに決まっているので、しょうがなく教えているが。学習能力が高いのは、やはり若いエイラ少尉。その次にロッタとフランが並び、最後にレベッカとなる。レベッカのみ、興味半分だが……それでも、時たま鋭いことを聞いてくるので侮れない。

 個別に所有する能力を客観的に評価するなら、エイラ少尉は万能型。戦闘もさることながら、様々な分野でその才幹を発揮できる将来性がある。ロッタは近接戦闘が得意であり、特に魔法剣士として一流だ。指揮能力、戦略、戦術も高く戦闘も指揮もできる優秀な軍人だ。正直、俺よりも働き者で、帝国軍人らしさがあるので、部隊長に相応しいと思うが。

 フランは、エイラ少尉と同じく万能型だが、その全てが人間を超越している。フラン自身が得意としているのは、近接戦闘と魔法戦闘だが……殺傷能力が高すぎる為に、訓練では苦労している。しかし、軍が求める……効率的に人を殺す能力は抜群に高い。一対一の戦闘でフランに勝てる人間は数えきれるほどしかいないだろう。レベッカに関しては、天才的な遠距離型であると言い切れる。魔法と弓が得意なのだが、持ち前の自由奔放な性格とは相反して、精密な射撃と魔法。それに柔軟で臨機応変な動きで敵を翻弄して遠距離から戦力を削る天才であり、優秀な遊撃兵だ。

 エドはその見た目は、重装歩兵だ。大盾の二つ名は伊達じゃない。ほぼ全ての攻撃を完璧に防御できる。その上で、剣の腕前は一流の冒険者レベルなのだ。攻守が優れていて、バランスも良い。何よりも、敵の攻撃を真っ先に受け止め、囮役をこなせる度胸と勇気がある。また、生き残るという一点で考えれば帝国軍人の中でもトップクラスで生存率が高いだろう。

 しかしながら、この世界の人間は俺の知る人間とは一瞥しただけでも大きな違いがある。外見的特徴はファンタジー的な要素を含む物が見て取れるし、何よりも仔細に観察すれば身体能力が格段にこの世界の人間の方が上だ。凡夫な人間と貴族から言われている平民出身の軍人でさえ、俺から見ればオリンピック級の身体能力を持っていると思えるし、訓練していく過程でその身体能力は更に向上する。それに加えて魔法が追加されるわけだ。

 試したことは無いが、一般的な平民の10歳程度の男の子と俺が腕相撲した場合、いい勝負になるだろうし、魔法を使われたらまず間違いなく負けるだろう。下手をしなくとも、同じ条件で女の子が相手でも同じような結果になると思われる。

 

「――フランの問いである、この部隊の中で誰が1番強いのか、という疑問に解答を述べるとするならば、一対一の条件なら、フラン。一斉に皆が戦った場合で、最後まで倒れない者が勝者という条件ならば、エド。同じ数、同じ実力を持つ部隊を率いて戦うならロッタだろうね」

「おや? ロッタが勝つ場合の条件ならばかしらが1番だと思いますが?」

「いや、その場合の条件だと、戦闘が均衡状態になるからね。私とロッタのみ均衡状態にならない。同じ数と実力の両者の均衡が部隊を率いている人物、つまり部隊長である私の敗北によって崩れるということだ」


 一言に強さと言っても様々ある。特定の条件を定めれば尚更だ。一対一の条件ならまず間違いなくフランが最終的な勝者になるだろうし、一斉に皆が戦った場合だと、フランの脅威を知っている皆は、一時的に協力してフランをまず最初に倒す。後はどう転ぶかはその時の状況にもよるが、やはり最終的な勝者はエドだろう。

 エイラ少尉には経験が、レベッカにはやる気が足りなくて途中で脱落するだろう。


「現段階でエイラ少尉とロッタが同じ条件で部隊を率いて戦った場合、結構いい勝負するかもな」

「ほう、エイラ少尉の評価は随分と馬鹿の中では高いと見えるな」

「私がロッタ大佐といい勝負ができるとは思えませんよ……」


 言葉足らず、だな。戦闘が開始されて中盤戦まではいい勝負するだろう。だが、中盤戦から終盤戦はロッタに軍配が上がる。その辺りの理由は、序盤戦でロッタは相手の攻勢に対して受けに回って対処するはずで、中盤戦までは相手の出方を探ることに徹する戦い方をすると思われる。そして、中盤戦から終盤戦にかけて序盤戦から中盤戦で得た情報を考慮して、相手の弱点か、隙を作り出してそこから一気に勝負を付けるはずだ。

 

「……馬鹿の考えはたぶん、正しいな。そういう条件でエイラ少尉との訓練の場合、私ならそう動くだろう」

「……」


 エイラ少尉は、おそらく訓練を通して指揮を学べというロッタの心中を予想しているんだろう。


「そして、前提条件として間違えがあるな。アケミの発言は確かに的を射ているが、その全ての前提条件にアケミが本気で戦う事が抜けているな。なぁ馬鹿、お前が本気で戦いに臨んだら私はあらゆる条件でお前が勝ち残ると考えているぞ」


 ……過大評価だね。いや、そうあって欲しいという願望かな。そして、他の皆も同じような雰囲気を出しているので、どうしよもない。俺の言葉を待っている感じだが……。


 ◆


 さあ、どう答える? この私が馬鹿の評価をするならば、常時の勤務態度は最悪。怠け者の一言に尽きる。

 過去の訓練時の態度からも最悪な評価を下されているが、近頃の働きによりその最悪な評価が向上されている。あの休日に聞いた……印象操作というところだろう。

 色眼鏡なしで、評価しよう。部隊を動かす訓練、もしくは実戦ならばまず、誰も馬鹿に勝てない、と思う。どうにも、こいつが負けるという想像が出来ない。いやまあ、手を抜いて過去の様々な訓練で負けていたが。それでも、大敗は無かった。必ずその大敗の前に馬鹿が自ら降参していたしな。

 紅茶を飲んで、どう答えれば無難かを考えているんだろう。こいつの怠惰の衣を剥がすには、一体何が必要なのだろうか。

 ……疫病の話から察するに多くの人命がかかっている時に、この馬鹿は誰よりも勤労に働くはずだ。そして、この情勢を考えるにもしかしたら、一生この馬鹿の怠惰の衣が剥がれることは無いかもしれない。というよりも、そんな情勢に陥るのを、私は望んでいない。

 ――戦争を起こすのは簡単だ。しかし、戦争を終わらすのは難しい。200年も続いた戦争がそれを証明している。運良く戦争を終結出来たのは私の微々たる働きと成果が多少なりとも影響しているだろうが、戦争活動と戦争の維持など戦争を続けるという行為そのものが、限界だった。ほんと、ロッタ中佐の発言は憶測だよ。私を過大評価するのは勝手だけど、発言には気をつけて欲しいね――

 あの時、いや、今でも私は本気で……戦争を終結させたのは、アケミだと信じている。後世の歴史に、戦史に残るであろう、トーテ公国とアリイ帝国の間にある、アルル回廊の戦いにおけるアリイ帝国の戦勝は、確実に後世に語り継がれる戦勝だ。主役はビノス元帥閣下であることは、軍人でなくとも知っているが、その主役に多くの助言をし、また自ら動いた脇役の名前は、殆ど知られていない。

 あの時に……私は彼を戦争の天才だと実感した。


「……ロッタの発言は、憶測だよ。私を過大評価するのは勝手だけど、発言には気をつけて欲しいね。ん? はて、どこかで同じようなことを言ったような気もするが……。まあ、同じ部隊内で強さを競い合うことなど、そうそうに無いだろうし、切磋琢磨するなら訓練の範囲内で行ってくれると有難いね。多少の怪我ならともかく、大怪我をされては困るからね」


 やり口が変わらん奴だな。自分のことになると過小評価と謙虚が過ぎる判断をする。いや、本当は自分の出来る事、やれる事の範囲を弁えていて、それ以上の働きをしないだけだ。もどかしいと言ってしまえばそれで終わりだが、出来ないことをしようとすると無理が生じる。しかし、無理を承知で成さねばならないこともある。

 ……こいつが追い詰められる。それは想像が難しいが……追い詰められた時、どうしよもない状況に陥った時、こいつはどう動くだろうか。


「怪我と聞いて思い出したんでさぁ。かしら、魔法を使った際に起きる魔法反動は無くなったように思えますが、どうでさぁ?」

「……まあ、無いな」

「5年間で成長しましたさぁね。ハンナの苦労も報われ始めているということでさね」


 ハンナ? 誰だ? ……心当たりがある。いや、まさかな。あのハンナの訳がない、はずだ……。それに妙な話だ。魔法反動など幼少期に終えているものだろうに……。


「アレを基準にされると、誰も彼も見劣りするがね。私は一般の基準以下なのだから、さぞ生徒としては劣等生だったと思うよ」

「むしろ、見放されなかった事が奇跡的でさ。何かを言われれば理屈をこねて反論。しかし、魔法に対しては真摯な態度なのだから、質が悪いっと。あっしも何度かその光景を見ましたがね……。確かにかしらは生徒としては最悪でさ」

「ハンナという人物は何者ですか? まさかと思いますが、あの賢者のハンナですか……?」


 エイラ少尉の弱々しい発言は、確かに分かる。賢者のハンナといえば、魔法使いの頂点に君臨している人物だ。魔法の家庭教師をしているのは有名だが、彼女は偏屈者としても有名なのだ。例え王族から魔法の家庭教師を頼まれても、平然と断わる。有名な事件がある。とある貴族が強引な手で家庭教師を頼んだところ、貴方の子供には魔法の才が全く無いと公言される始末。その公言は事実だったが、そんな無礼を許す貴族では無かった。ハンナを無礼者として理由なき懲罰を加えようとしたのだが……。見事に反撃されてその貴族の資産は全て焼き払われた。その事件は最終的に貴族の暴走によるもので、ハンナの反撃は正当的なものであったという形で終結したのだ。


「冒険者同士の繋がりというのは、中々にして奇妙な物でしてね。その当時からあっしの二つ名は、冒険者の間で通っていたのでさ。ま、それは自慢になるでさぁが。ともあれ、伝手を頼ってその当時は今よりも魔法が使えなかったかしらの魔法を使えるようになりたいという無垢な頼みを叶える為に、尽力したわけでさ」

「――そうそう、あの大盾のエドヴァルドが他人の為に動いていると聞いて、興味が湧いたのだ。まあ、あってみれば女のような顔をしているじゃないか。魔法を教えてみれば、まあ、私に対して口は悪い、態度は悪い、しかし魔法に関しては真剣で真摯だ。困ったことに、私は魔法に真摯な者を無碍に出来ないのだ」

「な、――!」


 いつの間にか、ソファーに深く座り込んで、紅茶を飲んでいる女性。紫がかった赤色の髪を肩口で揃えていて、赤い外套、赤いシャツ、赤いスカートを着こなしている。胸部の主張は、同性の私からみても良い形をしていると思う。それに、たぶん年上の女性だ。自然と発せられている蠱惑が年上だと感じさせなおかつ、魔法使いの頂点であるという雰囲気を作り出している。

 ……全身が赤い。そのせいで、燃える炎を連想させる。赤く、紅く、朱く燃えるそれは――朱炎にも思える。


「楽にしてくれていいのだよ? そう。楽にすると良いのだ。なに、不肖で劣悪生徒の様子を見に来たのだ。無病息災(むびょうそくさい)そうで何よりなのだ」


 微笑。同性をも惑わせる、とても魅力的な微笑を向けられた私は、魔法そのものに魅惑されたような感覚に陥った。


 ◆


 おおよそ、大陸全土に名前が知れ渡っているであろう、魔法使いがこの部屋にいるなんて……。私のような人間が、同じ空間にいる。どれだけの奇跡を使っても普通なら会うことさえ出来ないだろう。

 しかし、帝国軍人になってからというもの、驚愕の嵐だ。今日の驚愕は、青天の霹靂だろうか……。


「ちょうど、私の噂話をしていたのだね。なかなか良い機に懐かしい顔を見たくなったのだ。さて、アケミ。魔法の反動は無くなったのだと聞いたのだ。ので、1つ。いや、2つ。いやいや、沢山? まず始めに脱ぐが良いのだ」


 な、なにを! 女性が男性に脱げとは!!


「上半身のみですね。はいはい」


 素直に脱がないでください。はぁ……。いや、見慣れたものと思ってはダメなのだろうが。随分と見慣れたアケミさんの裸、と言っても上半身だが……。


「なかなか育った身体なのだ。相変わらず、ね。さて……」


 アケミさんの胸の中心に手を、美しい手を置いて何か探っている。魔法……それもかなり、いやそれ以上だ。高度な魔法だと私でも理解できる。だが、どのような魔法を使っているのか理解できないのは、さすが賢者だ。


「どうやら根付いたようなのだね。……5年。そう、たった5年なのだ。私は私の予言を上回った例を今、始めて体感したのだ。鍛錬は怠っていないのだね。うむ。やはり、根本的な性質は真面目であるのだ」


 はて、何の話だろうか。それよりも、目の前で使われている魔法に目が行ってしまう。他の皆もそうだ。


「アケミに取っては朗報になるのだ。今後、魔法の鍛錬を今まで以上に行っていけば、あと5年もすれば平均値に追いつけるのだ。不肖で劣悪生徒なのだが、努力は人の数倍、いや数十倍はするのだ。ただし、人から隠れて努力する悪癖は相変わらずなのだね。皆の目を欺くのが好きなのは変わらんようなのだ」

「何のことやら。それで、ハンナ師匠は何をしにここへ?」


 珍しい、と思う。師を師として仰ぐ。いや、これが普通なのだ。

 ……口が悪いけど尊敬はしているような顔をしている。ただ、機微としているが。


「言ったのだ。出来の悪い生徒の様子を見に来たのだ、と」

「ほぉ。10年は魔法が身体に根付くまで時間がかかると仰ったではありませんか。それに、7年は顔を見たくないとも言われましたね」

「星を読み解いたのだ。いや、女性としての勘の部分が強かったのだ。教え子の中でも最も、馬鹿で不肖で劣悪生徒に発芽ありなのだ、と。……よく生き残れたのだ。よく、練り上げた、のだ」


 まるで、愛おしい物を見る瞳だ。まるで、愛おしい人へ送る言葉だ。

 ……どういう関係なのだろう。男女の関係とは思いたくないし、7年は顔を見たくないという訳のわからない発言もあった。


「手のかかる生徒ほど可愛いもんでさ。で、どのくらい滞在するつもりで?」

「久しいのだ。大盾の。そちらも相変わらずデカイのだ。エドヴァルドも鍛錬は怠ってないようなのだ。練度もそこそこに上がっているのだ」

「あっしは生徒じゃありやせんがねぇ」

「うむ。そうだったのだ。しばし滞在する予定なのだ」


 それは、吉報だ。魔法を教授してもらえるかもしれないのだ。あの賢者に。いや、そんな機会があるかわからないし、いきなり申し出ても失礼だろう。賢者のハンナに邂逅できたというだけでも有難いことだ。


「私は、ロッタと言う者だが……その、だな。ハンナ殿。アケミが隠れて鍛錬しているとは真で?」

「そうなのだ。おっと、自己紹介がまだだったのだ。私はハンナ。賢者など言われておるが、まだまだ未熟者なのだ」

「妾はフランなのじゃ。アケミは妾の旦那なのじゃ。ハンナとやら……アケミが欲しければ妾を倒してからにしてもらおうかのぉ」

「レベッカちゃんで~す☆ 驚きぃ~♪ 賢者のハンナ。大陸全土で知らない者はいないと言われる魔法使い~」

「エイラです。賢者のエイラ様に会えて光栄です。魔法教えてください」


 物の序でだ。無理を承知で言うだけ言う。……よく考えれば自己紹介ついでに言うものじゃないわね。アケミ少将の口の悪さに染まってきたのだろうか……。


「ロッタ、フラン、レベッカ、エイラ。覚えたのだ。魔法は気が向いたら見てもいいのだ」

「ほ、ホントですか!」

「フランを倒すのは骨が折れそうなのだ。エルフ族と戦うのは疲れるのだ。レベッカちゃんは元気なのだ。良い仲間を持ったのだ……。冒険者として二つ名が聞こえてきたと思ったら、軍人になったと耳を疑う情報を聞いたのだが。欲しい物を手に入れたのだ?」

「私には過ぎた者達ですがね」


 本当に珍しい。謙虚な態度だ。いや、これが普通なのか。随分と毒されているな。


「アケミが隠れて鍛錬していたという事実は一応は真実だと思っておきましょう。賢者のハンナ殿に改めてお聞きしますが。アケミの魔法の実力はどの程度ですか? 本人は平民以下と言っていますが」

「うむ……。それは正しい評価なのだ。ただ単純に一般的な魔法の実力を問えば、平民以下なのだ。ただし、魔法の使い方を問えば、賢者の二つ名において保証しよう。……一流魔法使いの腕はあるのだ」


 えっ? 耳がおかしくなったのだろうか。二つ名の名において保証するなど、聞いたことがない。


「は?」


 ロッタ大佐も、きょとんとした顔と、随分と間抜けな声を出していた。


「言葉通りの意味で、"魔法の使い方"は一流と言える腕を持っているのだ。それに見合う魔力があれば名の通る魔法使いになれたのだ。天は二物を与えずなのだ。……私に並べる魔法使いになれるかもと、儚い夢だったのだ」


 心底残念そうにさせるほど、アケミ少将への期待は高かったようだ。信じられないことに……。


「やれやれ。私に対する過大評価は置いておいて。エイラ少尉が、私の代わりになりますよ。生徒ではなく、正真正銘、賢者のハンナの弟子として育てるなら、エイラ少尉を見てはどうですか?」

「は?」


 今度は、私がロッタ大佐の様になった。混乱の中、私はハンナさんに連れて行かれていく。


 ◆


 別室……エイラという少女の部屋に女性陣が集まっているのだ。アケミの言ったことを確かめてみるのだ。

 ……生徒ではなく、弟子として見てみろ、なのだ。それはつまり、第二の賢者を、二つ名を引き継がせられる人物であるということなのだ。


「――アケミとは全く逆なのだ。魔法の腕は平均的なのだが、魔力の方は充分あるのだ。魔法の使い方さえ覚えていけば、アケミの言った通りになるのだ」


 エイラの魔力量は、常人の約10倍。しかもまだ伸びしろが大きい時期なのだ。これは、確かにアケミの代わりになり得るのだ。

 ……この子はいずれ怪物に、化ける。可能性があるのだ。そして、私の二つ名を引き継ぐ資質が感じられるのだ。とはいえ、まだまだ私は現役でいるつもりなのだし、エイラは軍人なのだ。私自らが、彼女に二つ名を贈る形になるのだ。


「今日、今この時よりエイラを、軍人なので仮がつくが仮弟子とするのだ。不満はあるのだ? 」

「い、いえ! ありません! こ、光栄です……!」


 初々しくて良いのだ。やはり、これが普通なのだ。


「あの不肖の劣悪生徒とは大違いなのだ。考えてみれば、アケミは魔法を教えて下さいではなく、魔法の使い方を教えろと言っていたのだ。順序が違うと言ったのだが、貴方は魔法の家庭教師なのだから魔法を教えるのは当然だと言ったのだ。あんな失礼な生徒は始めてだったのだなぁ……」

「アケミ少将は昔から口が悪いんですね。軍人になっても変わらない人……」

「そう、それが原因で私とアケミの関係は終わったのだ――――」


 今も相変わらずのようなのだ。しかし、あの小僧っ子が今や人の上に立つ人間に成長しているのだ。生徒としては、過去類のないほどの劣等生。普通ならば教える価値無しとするのだ。エドヴァルドの紹介が無ければ確実に断ったのだ。魔力量は一般以下。魔法が身体に根付いてもない。言葉も理解できない赤子に魔法を教えるようなものなのだ。

 だが、アケミは言葉は理解できたのだ。1つ教えれば10の応用を見せてくるのだ。それこそ、赤子が言葉を覚えていく速度以上に、魔法の覚えは良かったのだ。異常とも言える魔法への執着と魔法の理解力、学習能力は高かったのだ。朝から晩まで質問が尽きない日々だったのだ。

 魔法の覚えが良いと言う一点のみ、過去類のないほどの優等生だったのだ。3ヶ月もしない内に教えることは無くなったのだ。

 ――たった3ヶ月で教えることがない? 思った以上に師匠は教え下手だと思っていましたが。ここまで教え下手でよく魔法の家庭教師などやっていられますね――

 ――――その言葉が原因で、私とアケミの師匠と生徒の関係は終わったのだ。


「――それで、7年は顔を見たくないか。まあ、分からんでもないな。しかし、聞けば聞くほど勤勉だな。今とは大違いだ。これは何、あれは何と……まさに言葉を覚え始めた幼児だな」

「そうなのだ。魔法のことは根掘り葉掘り聞く癖に、私のことは……」


 興味が無いようだったのだ。いや、ロッタという女の子の言葉通り、幼児。生きるのに必死な幼児だったのだ。それと、あらゆるものに興味津々な幼児でもあったのだ。当時、すでに充分な年齢の大人の男の子だったのに。

 ……魔法の才はある。だが、その才を発芽させ、花開かせるだけの魔力が無いのだ。本当に残念であるのだ。確かめなければ行けない事が出来たのだ。

 ――5年なのだ。その月日でアケミは何らかの方法で、魔法で戦う術を身に付けているはずなのだ。いや、生徒時代から小生意気に、魔法の反動を我慢しながらも小狡い戦い方は身に付けていたのだ。

 魔法がアケミの身体に根付いているのは、確かめたのだ。次は、魔法そのものを見てやるのだ。


「私のことは? 何ですか? 興味があったとでも?」

「……その蠱惑で、アケミを馬鹿を惑わせたか? 奴が惑わされるとは考えたくもないし、考えられないが。そちらには、魔法がある。そう、強引に……手段を選ばなければやりようはあるなぁ」


 ほうほう。アケミもやはり、男の子だったのだ。しかし、この手の話は長くなるのだ。今、私は確かめたい事があるのだ。ここは魔法を使ってアケミのとこへ行くのだ。


 ◆


「む?」

「お?」


 俺とエドは部屋でまったりしていたはずだ。一瞬、視界にハンナ師匠が現れたと思ったら、訓練場に移動させられていた。


「――、――。これで周囲の目を気にすることもないのだ」

「なんというか……突然すぎてよく分かりやせんが。まあ、ハンナとかしらが戦うと言う事をたった今、理解しやしたわ」


 魔法使いの杖……。その言葉から連想、或いは想像できるそのまんまの魔法使いの杖を、ハンナ師匠が構えている。エドの言葉通りなのだろうなぁ。


「どういったご用件ですか?」

「見ればわかるのだ。5年でどれだけ戦えるようになったのか、見てやるのだ」

「ハッ! こりゃあ、良いでさ! いや、面白い。全く飽きないですわ。ある意味、役得と言っていいでしょうさね。ではあっしは、見学を決め込みますわ。ま、危なくなったら全力で止めますので、どうぞ全力で」


 やれやれ。他人ごとだと思って。そして、このハンナ師匠は思い立った即行動という信念というか、癖は治っていないらしい。


「常在魔法使いであれ。教えを忘れて無ければいつなんどきでも万全であるのだ」

「本気ですか? 本気ですね。全く、その顔。生徒時代に戻ったようですよ」


 俺のことをとやかく言うが、師匠の方こそ魔法に対しては誰よりも真摯だ。さて、絶対に俺の戦い方を見て満足するまで結界を解く気は無いだろうし、上手く言いくるめられる自信も無い。というか、話を聞かないだろう。すでに師匠の身体には闘志と魔力が充溢している。どれだけ戦えるようになったか見ると言ったので、先手はくれてやるか。

 さて、何を使えば良いだろうかねぇ。真意、狙いは俺自身の魔法の使い方を見る事だろう。だとしたら、紙片を使っても納得しない。


「……はぁ~。嫌になるね。これ、高いんですよ」


 魔法石。純粋な魔力が秘められているだけの、魔法石を取り出した。言葉通り、この魔法石は高い。鉱山で採れることもあるし、魔物の体内から取り出せる事もあるが、どちらにしても購入するとなると日本円感覚で100万円以上する。


「久しぶりにかしらの本気が見れそうですわ。いや、魔法石を使うところは見たこと無いですけどねぇ。顔つき、雰囲気……闘志は殆ど感じませんが、そのあたりかしららしいでさね」


 魔力が足りないなら、魔力があるところから持って来れば良い。数は有限だし、補充するには金がいるけど。


「師匠相手に、傷の1つでも作れれば私の勝ちということで」

「相変わらず、生意気な口を聞くのだ。私に傷を付けるか。勝利条件はそれで良しとしてやるのだ」


 エドが、それは難題でさね~。と言ってるが無視しておこう。魔法石を右手に4つ。左手に4つ。それぞれを、指と指の間に挟んで魔法石に秘められている魔力を使う。出来れば初手で決着をつけたい所だな。単純計算で800万円を訓練と言えないような訓練で使うと考えるとバカバカしくも思えるが。


「――、――、――――、――――――――、――――――――――――――――」


 先手を俺に譲ったのが最大の隙だね。しかしまあ、高速圧縮の詠唱でも長くなるな。傷を付けるなら鋭利な物がいい。

 使ったのは、風、水、氷を二乗させた魔法。真空の刃、氷の刃、水の刃……物量で攻める。一撃くらいは当たるはず。たぶん。

 魔法の暴力がハンナ師匠を襲う。反撃に備えて新たな魔法石と準備する。

 

「か、かしら! こりゃ戦略級でさぁ! ハハッ! とんだ隠し手じゃありやせんか!」


 相殺は難しいはずだ。真空を作る魔法は無い。科学的な発想がなきゃまず真空を作って攻撃しようと考えられない。氷の刃はこの世界でも使われているので、こいつは本命を隠すための囮。水の刃はウォーターカッターと同じ原理で、これまた科学的な発想がなきゃ対処のしようが無い。と思いたいね。

 ……魔法で科学的な事象を発生させて攻撃するという考えは、古代の著書に考察程度であるがあった。しかし、実際に使った例はもしかしたらこの世界ではこれが始めてかもしれないな。皮膚感覚的に魔法を感じられるようになったのは、ここ最近だ。だからこそわかる。ハンナ師匠は、この程度で倒れない。


「空気の刃と、水の刃か、なのだ。氷の刃に目を引きつけておいて、実は可視が難しい水の刃が潜んでいて、その奥には不可視の空気の刃なのだ……。なるほど、妙な魔法だが合格なのだ」


 驚きはしない。本気で魔法をぶつけても、大丈夫だと確信があったしあの程度と言っていいかは分からないが、あの程度で、師匠がどうにかなるとは思えなかった。

 しかし……杖を盾代わりにしたのか? 杖を持っていた手に傷が幾つか見える。それにしても、魔法とは違った科学的な攻撃を魔法で防ぎ切るか。


「それはどうも。道具を使えば、人、1人倒せない魔法を使える程度にはなりましたよ。ま、勝負の条件は、師匠に傷を1つでも作れれば私の勝ち。その両手の傷は自分で治してくださいね。魔法石使うのにも自分の魔力は使いますし、治療の魔法は使えますが……その両手を治すとなると、限界値ギリギリになるのでね」

「ふん。自身の魔力量を正確に把握しておるのだな。見るものも見たのだ。……びしょ濡れなのだ。部屋に帰るのだ。風呂を使わせてもらうのだ。それと、この魔法について詳しく聞きたいのだ。――、――」


 身勝手だ。一瞬で俺の部屋に戻った。どういうことか、びしょ濡れの師匠と俺の2人だけだぞ? 


「おい、エドを忘れて――」

「むむ、――」


 幾つかの必然が重なった結果だろう。1つは、ハンナ師匠が思った以上に魔力消費で魔法疲労を起こしていたようだ。2つ、ハンナ師匠が魔法疲労でふらついたので、俺が支えようとしたら、ハンナは自ら身体の姿勢を保とうと動いた。

 身体を支えようとした手は見事に、すっぽりと、狙ったように――ハンナ師匠の形の良い、程良い大きさの、女性特有の柔らかさと、身体的特徴である――両胸囲左部分《左のおっぱい》に片手が収まった。

 ……事故だな。実際、ラッキースケベってあるんだなぁ。そして、こういう場合、大体他の女性に目撃されて、男は痛い目にあうか、スケベのレッテルを貼られるか、変態扱いされる。よって、1秒以下の判断で手を戻す。


「あぅ……? な、お、おま……」

「事故だ。それに服が随分と冷たい。早めの着替えと、身体を温めることを勧めるよ」

「……む、胸触っといて、その、なんなのだ?」

「聞かれても。魔法疲労で倒れそうだったから支えようとした。結果的に不慮の事故が起きた。それだけだ」

「あの程度で倒れるか、なのだ。たんに、着地を失敗しかけたのだ。……はぁ~」


 深い吐息だった。その後は、風呂場へ直行してしまった。服はどうすんだろう。予備はあるのだろうか。


 ◆


 滅多にお目にかかれないであろう、かしらの魔法戦が見れたのはいいでさ。しかし、置いてけぼりをくらうとは思いやせんでさ。ま、さっさと部屋に戻ったのですがね。

 しかし、そこで見たのは女性陣に囲まれたかしらの姿。呑気に紅茶を飲んでいまさぁ。いやぁ、あっしが訓練場からここまで移動してくる間に何やら面白そうな事が起きたようでさ。

 ぱっと見、女性陣……エイラ、レベッカ、ロッタ、フランに囲まれていますが、ハンナは風呂あがりという感じで、恐らくかしらのシャツを着てベッド上で寝具に包まっているでさ。これは……今から"始めよう"って感じにも見えますでさぁねぇ。

 あの模擬戦から想像を働かすと、ずぶ濡れになったので風呂に入った。着替えは無いのでかしらの服を借りた。模擬戦で少々疲れたからベッドで横になっていた。そこへ、女性陣が現れて頭に事情を聞いている真っ最中。といった感じですかね。

 舌戦は女性の方が有利な上に、人数も多い。形勢は圧倒的不利でさぁねぇ。あっしは傍観を決め込むとしやすか。かしらかしらで、舌戦は得意ではありやすが……。他人の考えはよく読み取れるものだと思いやすし、心の動きもよく予想しやすが、どうにも自分自身に向けられる好意には疎い。敵意には人2倍、いや5倍以上は敏感なんですがね。

 

「――馬鹿のシャツを着て、馬鹿のベッドで、シャツ1枚でいる……しかも、だ。勤務時間外で、それだ。勘違いされても致し方無いぞ」


 ロッタは、いつも以上に顔が厳しいでさ。怒っている……いや嫉妬でさ。それが分からんかしらじゃあるまいでさ。いや、あの顔じゃ分かっていないか。あっしに、かしらの心情は読めないでさ。エイラはどうにも、何かしらの事情があって今の状況になっていると理解しているでさ。が、感情……心の方はどうにも落ち着きが無いでさね。あっしが分かるくらいだから、他の女性陣も分かっているはずでさ。

 フランはどっしり構えていて、レベッカはこの状況を楽しんでいるようでさ。


「これは、どういう状況なのでしょうか?」


 一瞬、かしらとハンナの視線が交わったのを見た。こりゃ模擬戦のことは内密にするつもりでさ。手札を隠すのは相変わらずでさぁねぇ。面倒事を極端に嫌うのにも程があるでさ。その怠惰が面倒事じゃなく、厄介事を引き起こしている気もするでさぁが。

 ……どうやらこの質問が出るということは、かしらは何も話していないし、風呂あがりのハンナがベッドの上に寝転がっている状況を発見したばかりなのだろうさね。

 

「宿泊費を浮かす為に、ここに泊まるらしい。しかも、ハンナ師匠は有名冒険者だ。どの宿泊施設に泊まろうとも、どこからか賢者のハンナが帝国にいるという情報が漏れてしまう。常に居場所不明で、魔法の家庭教師として優秀である為に、各国の冒険者ギルドには、賢者のハンナの居場所を教えて欲しい、または探しだして連れて来て欲しい、などのクエストが後を絶たない。要するに保護だね。もちろん、師匠に関わるクエストを受けているであろう、冒険者達の保護だ」


 なかなか理にかなっている言い訳に聞こえますが。冒険者達の保護というのは正しいでさ。しつこく追えば、手痛い反撃を受けるでさ。そうそうに、いや安々と傍目に見ても美人なハンナを泊めるねぇ。

 それはそれで、女性陣の反感を買うでさぁ。


「泊める? 馬鹿の部屋に? その格好で?」


 流石に、ロッタの口調が強くなった。あのレベッカでさえ、ここまでの格好はしなかった。下着姿はありやしたがね。シャツ1枚とはなかなか攻め気でさ。ハンナがかしらのことをどう思っているか。はっきりとはわかりやせんが、手のかかる生徒から1人の男になったということでさ。たぶん。頭が攻められているのを楽しんでいるようにも見えやすが……面白いので黙っておこう。


「私の部屋に訪問してくる者は部隊の人間以外にメイドくらいしかいないし、そのメイドも扉に掛け札をしておけば入ってこない。よって、私の部屋が1番……ハンナ師匠を隠しておくには最適だ。魔法で姿を誤魔化せるが、万が一バレた場合、非常に面倒なことになるしね。ロッタの発言にあった勘違いする人間には勘違いさせておけばいい。私が娼婦でも連れ込んでいると勘違いしてくれていれば、私の評価が下がるだけで、それ以上の面倒事は起きないはずだ。幸いにも明日は祝日だしね。それに、ハンナは冒険者だ。何からも縛られなく、自らの信念に従い冒険を――」


 さてさて、ロッタの怒りも限界か?


「ちょっと良いか? 話を中断させて済まないな。いやなに……私もこの部屋に泊まるぞ。監視だ。勘違いするなよ? 監視だからな? そうだな……始めからそう提案しておけば、馬鹿の無駄話に耳を傾ける必要などなかったな」


 ほう! 踏み込みまさぁね! ロッタがここに泊まるとは……始めてですさね。こりゃ面白い。あっしも普段のかしらは知ってますが、軍人になってからの私的な生活はあまり知らないでさ。まあ想像はつきやすが。

 ロッタの方には何かしら考えがあるようで。他の女性陣も泊まると言い始めやしたが、ロッタが私だけで充分だと随分と強い口調で言いくるめやしたねぇ。

 後日、頭の私生活を聞いてみやすか……想像通りだと良いんですがね。それと、ロッタ以外の女性陣を引き連れたのは貸しにしときやすかね。もちろん、ロッタとかしらの2人にね。


見なおしと推敲してから投稿しているので投稿にばらつきがあります。


およそ、18万文字程度まで書き終えてますが、見なおしと推敲で変わると思います。



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