第5話 恋愛事情
◆
部隊員が全員揃ったことで、仕事が楽になるどころか忙しくなったのはどういうことでしょうか? 思わぬ昔話を聞いてから数週間が過ぎたが私の仕事は増える一方だ。主に、叱るという方面で。私の唯一の味方はロッタ大佐のみなのだ。
怠け者も度が過ぎるので、上官を下官が叱るという事態が生じている。……当然のごとく、アケミ少将の場合、遅刻は無いのだが、寝坊は多い。仕事は他人任せだ。それは上官なので仕事を振り分けるのは当然なのだが、紅茶を飲みながら本を読んで暇そうにしている姿をみると、どうにも納得が出来ない。提出期限が差し迫っている書類を平然と後回しにするし、期限が過ぎてから提出する場合も多い。戦闘訓練というか、訓練という名のつく全ての軍人に必要な訓練はロッタ大佐の指揮のもと行う始末だ。
……同期にはロッタ大佐の直接指導を羨ましがられるけど、軍人として堕落の一歩を踏み出している気がするわ。なにせ、上官が遥かに堕落しているのだから。
「おはようございます……」
早朝というには遅い――アケミ少将は早朝だよと言うが――8時50分に図書館の一室に出勤すると、最早見慣れた光景がそこにあった。
「毎度のことですが、レベッカ大尉、フラン中尉の女性軍人が男性軍人であるアケミ少将と同衾するのは余りよろしくないかと」
「やっぷー☆ 今日もレベッカちゃん同衾中~♪ 3人でハアハア♡」
せめて着替えて欲しい。女性2人共は寝間着なのだ。出勤時間はまでの余裕はない。どうにも、レベッカ大尉の行動に対して私は頭に血が登ってしまう。
「早く着替えてください! 殆ど裸じゃないですか! 淫らです!」
レベッカ大尉は、堂々とその場で着替え始めた。唯一の救いとは言い難いが、アケミ少将はまだ起きていない。軍服を羽織るだけの状態で寝ているのだ。本当に、面倒くさがり屋だ。寝間着に着替えない理由は、いつ何時でもすぐに軍人として行動できるように備えているなどという屁理屈を言っていたのだが。
確かに、そういった軍人はいるけれども、アケミ少将ほどそれが似合わない軍人はいないだろう。
「フガッ。朝か。今日も仕事じゃのぉ。ホレッ」
バチンッと、軽音が響いた。本人はあれで相当軽く……優しく起こしているつもりなのだろう。強烈なビンタでアケミ少将が起きた。数回フラン中尉と自主性に任せられた就業後の訓練で手合わせしてみたのだが。
……訓練用の剣を何本壊されたことか。素手で剣を握りつぶされて破壊された時には戦慄したわ。素手で戦うのはエルフ流の基本闘法だと言っていたが、武器を持たせたらどれほど恐ろしいか。それに、身体強化魔法すら使っていない状態で、剣を素手で壊すのだ。種族が違うとは理解していたが、その本質は理解できていなかった。身体の作りが根本から違うと思う。人族は長らく使ってきた身体強化魔法によって昔の人族よりも、身体は強い。それこそ身体強化魔法を使わずとも、昔の人族を圧倒出来るだろう。しかし、魔族はそれ以上だ。
「ハッ?! 寝過ごしたかな? レベッカ。下着姿で勤務かい?」
「魅せつけてるぅ~。どう?」
「早く着替えないとロッタとエドが来る」
というか、毎日5分前には2人共来る。そして、もう5分前だ。
「何をしとるか! レベッカは馬鹿か! 馬鹿は馬鹿か! フランも早く着替えなさい! 馬鹿になっては手遅れだぞ!」
一度、レベッカ大尉の刺激的な姿を見て以来、何気に紳士的なエドヴァルド少佐は扉の外で待機している。
そして、これがこの数週間のいつもの光景だったのだ。それにしても、だ。アケミ少将はレベッカ大尉の下着姿を見ても眉1つ動かさないのは、どういうことなのだろうか。
……やはり、見た目通り女性なのだろうか? いやそれはない。その証拠は数回確認した。確認したくて確認したわけじゃなく、偶然によるものだが。
胸は無かった。男性の象徴は見ていないが……。やだ、何を考えている……!
「レベッカ。どういうつもりだ?」
「ロッタちゃんの顔が怖いよぉ~」
ロッタ大佐頑張ってください! 私は味方です。
「ど、同衾とは何のつもりだ? アケミとそういう関係と言うわけじゃあるまい?」
「いやぁ~。自分の部屋に戻るのしんどい~。ここ楽ちん。フランちゃんと一緒にお風呂入れるしぃ☆」
「品性がないな。それに淫らだ。男の部屋に入り浸るなど……」
「部隊部屋でもあるからお泊りは自由ぅ~。ロッタちゃんもここで寝ればいいじゃん?」
「――ッ。馬鹿が移る!」
今日もダメか。いっそ、時間ギリギリにこようかなぁ。
「頭は不能じゃないはずですが、フランはともかく、レベッカ相手によく持ちますね」
動悸が跳ね上がった。ここ最近の自分の体調は妙だ。レベッカ大尉がアケミ少将に対して馴れ馴れしくしていたり、引っ付いていたり、ましてや同衾していたりを見ると冷静でいられなくなる自分がいる。
頭に血が登る、動悸が跳ね上がるなどの身体的不調もあるし。休暇を願おうかなぁ。
「? 私が不能とは客観性がある実に正しい人物評価だね。軍人として不能であることは承知だ」
「そういう意味じゃ無いんですがねぇ……」
アケミ少将の顔は晴れやかだ。それを見ても身体的不調は現れる。どうにも疲れがたまっているみたいだ。
……何かと、アケミ少将の顔を見てしまう自分がいるが、どういうことなのだろうか。表情から内面を洞察することは出来ないし、基本的に柔和な顔を崩さないアケミ少将の顔から何もかも読み取れない。それは軍人として正しいのだろうが……。
「そうそう、今日はお昼までの勤務で皆早上がりしてもらう。午後から来客があるのでね。と、言う訳で皆で事務処理ね。それが終わり次第上がってもらって結構」
珍しく、仕事をこなそうとしている。いや、本当に珍しく自主的に働くつもりだ。記憶にある限り、始めてのことではないのかと思う。
「おい、馬鹿。私は聞いてないぞ」
「ロッタだけじゃなく、全員に通達してないので安心してもらっていい」
「何を安心するんだ馬鹿。来客とは誰だ?」
「それは言えない」
「? 何の用事で来るんだ?」
「それも言えない」
「性別は?」
「女性」
……。何やらロッタ大佐の様子がおかしい。この人もあまり凛とした表情を崩さないのだが、今は不機嫌そうだ。
その会話を最後に皆黙々と事務処理を行った。驚くべきことに、アケミ少将の事務処理速度は私よりも速かった。
◆
「はい。終わりね。では皆は解散で。12時から図書館は一時的に閉鎖されるので早めに出ること。誰が来るか調べないこと。特にロッタとレベッカ」
「はぁ~い。じゃ、ロッタちゃんとエイラちゃんは私の部屋にご案内~」
「ちょ、なんで私まで?」
「私も少し体調良く無いので遠慮しておきたいのですが……」
だぁ~め。女の子同士話すことがあるからねぇ。特にエイラちゃんは重症っぽいし。それにアケミにも頼まれているしねぇ。何だかんだで良く見てるわぁ。
……恋愛感情についてだけ、アケミの洞察力が働かないってのが、納得いかないけど。
「良いからぁ。エイラちゃんの治療に付き合いなさいよぉ」
「分かったから服を引っ張るなレベッカ」
「妾は~?」
「あっしと訓練場にでも行きますか?」
「おおぅ。身体を動かすのも良いのじゃ」
エドはそれとなくフランちゃんを連れて行くことになっていた。中々気が利くわね。
「じゃ、休み明けにまた」
アケミを残して全員で部屋を出た。図書館を通りすぎて、私は私の部屋に2人を引き連れよう。エドとはここでお別れぇ~。部屋に行く前に寄るところがあるけどぉ。
「訓練場におる童達でも軽く撫でてやるかのぉ」
「殺さん程度でお願いしやすぜ。全員が全員あっしみたく丈夫じゃありやせんので……」
少々不安の残る言葉は聞かないことにした。
「で、何だ?」
「まあまあ。流石にアケミとエドには劣るけど、紅茶とついでにお昼買ってから部屋にいこぉ!」
「……」
さてさてぇ~。お昼を食べながら女の子同士、お喋りぃ。
「最近、私……妙なんです。レベッカ大尉が、そのアケミ少将と仲良くしているのを見ると身体的不調になるというか……」
うんうん。これは重症。ロッタちゃんは気付いていなかった様子。
「結論から聞く?」
「それでこの不調の原因が分かるなら是非……」
ロッタちゃんはオロオロ。上官としての責務として下官の体調管理を怠ったと思っているのねぇ。
「2人共自分の気持ちに正直になりなさい」
「――!」
「……あの、どういうことでしょうか?」
うんうん。ロッタちゃんはお気づき。
「ロッタちゃんもぉ、エイラちゃんも同じ病気~」
「ロッタ大佐も? 本当ですか?」
「チッ。余計な事を……いやなんでもない」
さっさと正直になれば楽になれるのにねぇ。古風というか古い女というか。凛々しい見た目とは裏腹に、中身は完全に乙女なのにねぇ。
「2人共、恋の病なぁ~のだぁ~☆」
おー。エイラちゃんの顔が物凄い勢いで紅色に染まっていくぅ。ロッタちゃんは諦めムード。
……ほんと、恋は唐突だと聞くけど、ロッタちゃんはともかくエイラちゃんは唐突だったわねぇ。
「エイラちゃんは初恋で恋の病☆ ロッタちゃんも初恋で恋の病♪ 人を好きになるのに時間なんて関係ないのよ」
「レベッカはいつから気付いていた?」
「エイラちゃんの方は~朱炎のアケミの正体がアケミ少将でしたぁ~って辺りから憧れぇが恋に変わりぃ~。ロッタちゃんの方はぁアケミ少将が私を引き抜きに来た時~、物凄い睨んでたぁ~から、アレアレ~私おじゃま虫~って♪」
あれほど分かりやすい嫉妬の視線は始めてぇ。
……そして数年も片思いを秘めておくなんて馬鹿。さっさと告白して玉砕するなり、恋人になるなりすればいいのにね。私としては、断然後者になる可能性が高いと思っているけど。何気に、アケミはすんなりと受け入れると思うし、断わる理由もないだろうしね。
「あ、あ、あの……この不調は恋患いというやつですか?」
「正解~。ロッタちゃんも上手く隠しているつもりぃ? バレバレだったよぉ~」
「本当か……? いや、本当なんだろうな。客観的意見はいつも主観的意見を覆す事が多いからなぁ」
「アケミっぽいねぇ。染まっちゃった~? 私がわざとらしくアケミにくっついてたのもぉ、なるべく自覚して欲しかったんだけどぉ。無理みたいだったから、助言~」
「おい。馬鹿は気付いてるのか? その、私が想っていることに……」
おおぅ。流石にロッタちゃんも顔が赤い、赤い。
「不調には気付いてたけどぉ、その原因は分かってなかったみたい~。それでぇ、私に様子を見てくれってぇ。ベッドの中でお願いされたぁ~」
本当は、私とフランちゃんがベッドの中で、アケミはソファーで寝てたけどね。今朝起きたらフランちゃんは何故かアケミのソファーの方に移動していたけど、寝ぼけて移動したのだと思うわ。結構アケミは眠りが浅いみたいだし。
「ッ!」
「――ッ! ああ、そうですか。この気持ちは嫉妬なんですね」
「そうそう~。認めちゃうと楽ちんっ。ね? 病気は少しは楽になったぁ~でしょぉ~」
「かなり自分の中で整理出来ました。ありがとうございます。ですので、同衾はもうやめてくださいね」
おおぉ、怖い怖い。でも、素直に認めて納得できるのは凄い。ロッタみたいに足掻かないのが強味ねぇ。
「部下がきちんとしたんだから、上司もきちんとしなよぉ」
「あ、ああ……。なんだ、その。エイラ少尉はアケミの事が好きか?」
「レベッカ大尉の指摘通りですね。思い返せば憧れは確かにありましたし、その後、徐々に不調になっていったので……アケミ少将が好きなのでしょう。思えば、男性に魅力を感じたことすら始めてだったかもしれません」
晴れやかな顔だぁ~。うん。認めてそれを口に出すのはぁ勇気がいるけどぉ、乗り越えればその先は楽なのだぁ~。
……そう言えば、アケミが言ってたっけ。頭で考えているだけより、言葉にした方が情報は整理されるって。頭を使うだけでなく、五感を使うほうがなんたらかんたら……。医学的な言葉を述べていたような気がするが、私には難しくて分からなかった。
「あぁ……なるほど。レベッカ大尉。非常に気持ちが楽になりました。貴女は非常に優秀なお医者様です」
「いぇーい。優秀な患者でぇ良かったねぇ」
「……ああ! もう! 私はダメだな。いつもは馬鹿に言いたい放題なのに、自分の気持ちを口に出すのが恐ろしい」
「もうひと押しぃ~。ここで言わないと多分一生言えないよ? それで良いの? 女でしょ?」
葛藤。長い間病にかかっていた所為で、なかなか治療が進まなぁい。
……はぁ~。敵と相対するときは勇猛果敢なのに。命すらかかっていないが、命以上に大切な物がかかっているということね。
「ロッタ大佐。口にすればかなり、いえ……絶対に楽になります。胸の締め付けも、鼓動の高鳴りも、不思議と心地良い物に変わります」
「……私はなぁ――。一目惚れだ。こんなに美しい男がいるのかって。私は女らしくないと思う。それが、女らしい男に惚れた。下心で近づいたらアケミは馬鹿で、怠け者で、私が面倒見てやらなきゃなぁって。幾つかの機会で馬鹿の才幹を知って、ますます好きになった。くそ。惚れた腫れたは、惚れた方の負けだと聞くが本当だな」
お~。一目惚れかぁ。乙女チック。そう言えば、ロッタちゃんとアケミの初対面した時の話しは聞いたことがない。けど、いま聞くことじゃないわね。
「しかし、確かに口に出して好きだと言うと実に爽快で晴れやかだ。礼を言う。ありがとう、レベッカ。だが! 同衾はもうやめろ。斬り殺してしまうかもしれん」
わ~。こわっ。うん、でも良い顔。女の子の顔だぁ。2人共可愛い。
◆
「ご機嫌麗しゅうございます。アケミ少将。御壮健でありましたでしょうか? あの事件以来お顔を拝見する機会もなく、煢然としております」
「……頬が痙攣を起こすくらいならやめればいいのでは?」
この男……! 仮にも、いや正真正銘の姫様だぞ。いやまあ、姫様だということを威張り散らすことはないけどな。
「ホホホッ。何のことでしょう? 御冗談がお上手なこと」
「握り拳で我慢してて楽しいのですか?」
「てめぇ! こっちが下手に出てりゃあ調子に乗りやがって! 姫様だぞ、コラァ!」
あ……。やっちまった。
「5年間で進歩なしとは恐れいったね」
「ハハッ。5年で人が変わるかよ。身体の方はずいぶん女になったんだがなぁ。どうにもお淑やかは無理だ」
こんな姿を見せられるのはお父様と元帥以外ではこいつだけだ。普段はおとなしくしている。というか、政治には口を出すなと言われているし、軍事には関わっていない。取り敢えず、花嫁修行中だが。料理を作るのはうまくなった。つまみ食いも多いが。
「護衛は? また誘拐されると、困る。とは言え帝城内だから可能性は低いけど……」
「いる。図書館の方とこの部屋の周辺に潜んでいるはずだ。まあ、近衛は女ばっかだから私は気にしてねぇ」
アケミと最後に会ったのは、1年前か? それも偶然だった、こうして面と向かって話すのは約5年ぶりになるか?
……そういや、元帥がアケミの発言を真に受けるなと言っていたな。護衛の有無は敢えて聞いてきたのだろう。たぶん。
「てめぇが通信に出ないから来てやったぜ。嬉しいだろ?」
「全く嬉しくないね。午前中に仕事を終わらせることになるし、部下には気を使わせるし、良い事なんて1つもない」
「ちったぁ口を慎めよな。私も昔はそれほどでもなかったが、印象が深いお前に影響されたとお父様は嘆いていたぞ」
「仮にも王様が自分の無能っぷりを他人のせいにするとはね。娘の家庭内教育はしっかりとして欲しいものだね」
相変わらずだな。お母様はまだ諦めてないけど、お父様はなぁ。半ば自由に生きろと言われているような気もするぞ。
「お母様は始めはお前に感謝してたが、随分とお父様から吹きこまれて逆にお前をかなり信用してるぞ」
「いい迷惑だね。まあ、今日の感謝すべき点は、普段の昼食より遥かに豪華な昼食くらいだね」
「私は飯以下か?」
ちょっとショック。アケミの顔を凝視しても柔和な顔が崩れていないから冗談だと思うけど、それを口にするのは私ですらどうかと思うぞ。
「見目麗しいお姫様と豪華な食事を出されて喜ばない男はいないだろうね」
「そうか」
どうやら褒められたらしい。さて、何を話すかなぁ。
「帝城の近衛兵士を使って、私に密かに連絡してくるとは、やんごとなき事情がある……訳ないか」
「無いな。ただ、顔を合わせて昔話でもしようと思ってな。誘拐事件の時に話をしたくらいで、そう言えばそれ以来まともに顔を合わせて会話をしてねぇーなぁと思ってよ」
「通信装置の動力を落とした弊害だな。重要性のある連絡があるなら勝手に私の部屋に来いって通達したのが間違えだったな」
居留守を平気で使うからなぁ。それで軍人としてやっていけるのか?
……いや、重要性のある連絡なら直接会えば答えてくれる。私の場合、重要性がなくて連絡すらない、ただの昔話をしに来ただけだけどな。
「それで、軍人としてやっていけるのか? 居留守使うって相手に失礼じゃねーのか?」
「いちいち、くだらない問い合わせに答えて、互いの時間を無駄に消費するほうが軍にとって損害になる。私が答えなくても私以外に適任者がいるはずだ。それに、無駄な問い合わせが多いと思うのでね」
「あれか、作戦本部が騒いでる新しい陣形の。陣形研究って作戦本部担当か?」
軍務省のことは良く分からない。私には軍事に関わらせたくないという両親のせいで、殆ど知らない。私の軍事情報源は元帥から聞く話くらいだ。
「そういうこと。本職の仕事なんだから頑張れって感じだね。……軍事の話をしていいのか? 察するに軍事の事を殆ど分かってない様子だが……暇な元帥辺りに話を聞いているのかな?」
おおぉ! 的確に相手の思考を読めるって元帥の話通りじゃん。
「殆ど知らない。時たま元帥に話を聞く。で、最近はお前の話題が多くて昔を思い出した。だから昔話と近況を聞きに来た」
「単純明快で」
「褒めるなよ。くすぐってぇ。口も達者になったなぁ。女を褒める男は伸びるって話だ」
元帥がそう言ってた。アケミのことはよく元帥に聞くし、それ以外のことも元帥によく教えてもらうことが多い。
……特に誰と誰が恋仲で、どこの部隊が優秀だとかな。あれ? よく考えてみると結構軍事のこと聞いてねぇか?
「……元帥にだいぶ吹き込まれるんじゃないのか? あの人は古い人間だからね。まあ古くても良いところはあるから短所と長所を知るのは良い事だろう」
まただ。また、思考を読んできた。バーカ、バーカ。
「良からぬ事をお考えで」
「すっげぇ。なんで考えてることわかんの?」
「顔に出過ぎ。私を心のなかで馬鹿にしていたでしょう? 子供でも分かりますよ」
「嘘は嫌いだからな! 正直者で有りたい。確かに心のなかで馬鹿と2回ほど思った」
「王族の人間が顔で考えてることバレたらダメでしょうが」
良く言われる。だけど、腹の探り合いなんてゴメンだ。
「そういや、新しい部隊はどうなんだ? なんか美人と美少女を集めて良からぬ男女関係を築き上げてるって聞いたけど」
「それは帝王から聞いたでしょう? 別に良からぬ男女関係なんて築き上げてませんよ。何の証拠もない想像で物を言ったものなので、気にしない方がいいですね」
そんな事も分かるのかぁ。確かにそいつはこの部屋に行くって言った時にお父様に聞かされた事だ。
「今度、女性部隊員を紹介してくれよ。なかなか姫様ってのは不自由でなぁ。友達作るのにも一苦労なんだ。社交界は疲れるし、貴族相手に喋るのはもっと疲れる。お? 気を使わずに話できる相手ってお前くらい?」
「さあ? 知りませんよ。それに一国の姫様が不自由などと言ったら姫様よりも平民の女性の方が自由だと思われますが。ある意味それは事実ですよ。生き方の自由度で考えれば平民の方がよっぽど王族よりも好き勝手にできる」
「私の自由はその平民やら貴族やらの血税で得られてるってのは理解してる。20歳になったのだから、結婚して落ち着く時期だとも言われる。平民の女は15歳の成人と同時に結婚すると良く聞くしな。私の場合誘拐事件で男が苦手になったって言い訳があるから20歳までもったと思う」
男が苦手になった訳じゃないが、ほんのり恐怖があるんだよなぁ。特にあの暗殺部隊はゴツイ身体してたからゴツイ男を見ると少し怖い。助けに来てくれたこいつらもこいつ以外はゴツかったからなぁ。
……王族とはいえ、そろそろ行き遅れと言われ始めるなぁ。
「普通、王位継承権第3位の結婚適齢期になっている女性ならば政略結婚に使われるでしょうね。現状なら国を盤石にするために大貴族のところに嫁がせるとかですかね」
「ああ、ダメダメ。大貴族のボンボンは殴っちまってパーになった。その話が広まって今じゃ小貴族のとこから話が来るか来ないかだ。東側諸国に嫁がせる話は出てこないけど何で?」
「意味が無いからですね。東側諸国はネビスト連邦とカムイ魔王同盟の2つが大きな力を持っていますが、そのどちらかに嫁がせるとなると、片方に敵対するとも取れます。そうなると、例えば連邦に嫁がせたら、帝国は連邦と一緒に同盟と戦わなければいけなくなるかもしれない。その逆も考えられるので、東側諸国の方に嫁がせると無意味に戦争の火種を植えることになりますから。そして、貴族がダメとなると大商人か、平民か。もしくは軍内部で地位の高い者と結婚してもらって国内安定を計るとかでしょうかね」
こいつの話は分かりやすくて助かる。自分でも頭の方は芳しくないと思うからな。
「国内の安定って?」
「大商人なら相手なら経済の安定に繋がります。また、平民と王族の結婚となれば大きな話題になる。王家が平民と結婚したという前例を作ることで、貴族と平民の結婚件数が増えるかも知れませんし、結婚一周年、二周年と祝えば安定した消費が生まれるでしょう、何より幸せそうな夫婦を見れば自分も結婚しようかな、と考えて結婚する人が増える。そうすれば子供が増えて、成長すればそのまま労働力になります。軍人と王族の結婚はこの国の歴史上でも割りと多い出来事で、軍事権力の掌握に軍人と王族の結婚は使われてましたね。軍内でも派閥がありますから、派閥同士のいざこざを安定させるためにも、軍人と王族の結婚は有効だったということですよ」
「半分くらい理解できた!」
ともかく私が結婚すれば多くの人が幸せになるってことは何となくわかった。でもなぁ、大貴族の時もそうだが、気に食わない相手だとついつい手が出る、口が出るんだよなぁ。
「教育係の苦労が理解できるね。セラスは馬鹿だな」
「馬鹿じゃないぞ! 物覚えが悪いだけだ! あと口より先に手が出る!」
「偉そうに言うことじゃないですね。それで、現在、結婚相手か候補はいるんですか?」
「探して来いってさ。私が認めたやつじゃなきゃどうせ手が出るって言ったら、じゃあ1年やるから気に入った相手を連れて来なさいって言われた。どうしよう?」
「……自分の蒔いた種は自分で刈り取れば良いと思います。それに例えばですが、私が推挙した男性をセラスが気に入って結婚したとしましょう。そうすると、確実に私が結婚式に出席させられて挨拶をさせられる」
そう言えば、思い出した。こいつ、怠け者で面倒くさがりだって言ってたな。
「アケミは結婚しないのか? もう25歳だろ?」
「はて、誰の入れ知恵ですかね? まあ、結婚相手の前に彼女すらいませんからね」
「私と同じだな! 馬鹿め!」
ん? こいつは独身で良い歳だ。でもって私はこいつを気に入っているだろう。手を出していないし。何よりも私が私らしくしていても大丈夫な奴だ。それに、少将の階級はそれなりに高いと思う。あれ? 好都合じゃねーのか?
「馬鹿と言った方が、馬鹿ですよ。異性と交際していないだけで、相手を馬鹿にする輩は頭が腐ってるとしか思えないですね」
「頭が腐ってたらそれは死人だろ。んじゃまあ、今日は楽しかったぜ。また来る」
「時間が時間ですからな。もう来なくて結構です。と言っても無駄と思うので、せめて仕事のない時間にしてくださいよ?」
「夕方以降だな。わかった。ちょっとお父様とお母様に言うことが出来たぜ。ハハハッ」
例え話で、こいつは平民、軍人と王族が結婚しても問題ないって感じの事を言っていた気がするし、私が結婚すれば皆幸せになる。平民で軍人である人物と結婚すればもっと幸せになるかもしれない。相談してみよう。
◆
どっと疲れた。何やら良い事を思いついた顔をしていたが、セラスの事だから馬鹿な思いつきに違いない。
「ふぅ……」
紅茶を飲む。いつもより上等な紅茶を。
……久しぶりに1人になれたな。この世界に来てからというもの、生きるのに精一杯で異性のことなど気にも留め無かったと思う。この1年は安心して引きこもれてたが、何故か性欲があまり沸かなかった。いや、自己発電はしてたけど圧倒的に数が少なくなっていた。思い返せば、フランは10歳くらいの身体とはいえ、客観的に考えてめちゃくちゃ可愛いと思える。レベッカは巨乳で美人だ。あれだけ抱きつかれて何の反応も俺の身体は起こさなかったし、頭の方も煩悩が消失したかのごとくだった。
生殖機能は正常だが、心のどこかでストッパーが働いているのか? 異世界に迷い込んだ影響か? あの時、元の世界に帰れないと理解したから? それとも人を殺す軍人の責務で? いやそこまで繊細じゃない。むしろ図太い方だったはずだ。
ちゃんと女の子が好きだし、思春期には好きな女の子もいた。中学生時代に付き合ったこともある。まあ中学生時代はピュアな付き合いで、結局は童貞だけど。
無意識的に俺が理想とする軍人像になろうとするあまりに、無理をしている? そんなつもりは毛頭ない。怠け者が俺の本来の姿だし。
改めて身近にいる女性を評価してみよう。異世界に迷い込んだ悪影響があるか、ないかを自己判断してみるか。あと煩悩回復のためにも必要だろう。三大欲求は人として必須だしな。
エイラは15歳にしては身体つきが良い。引き締まった身体してるし、茶髪のセミロングが似合う可愛い系の女の子だ。雰囲気としては実妹に近い気もする。
ロッタは、赤みのかかったショートカットでスレンダーな身体しているが、それは鍛えた結果引き締まり過ぎているのだろう。それでも女性的な身体と特徴は失っていない。むしろ、健康的な身体だと言える。
レベッカは琥珀色のロングヘアーをポニテにしてる巨乳美人だが、ぶりっ子してて素の言葉は荒っぽい。フランは金髪碧眼のエルフの少女。
セラスは栗毛のお嬢様ヘアー。黙っていれば美人というタイプで身体付きは平均的と思う。いや、胸は多少大きめか。
エドは趣味が乙女で男だ。2メートルを超す身長と、筋肉もりもりの巨躯。顔に大きな傷跡がある益荒男だ。
「仕事でもしよう」
なんか、変な気分だ。こういう時は普段やらない事をやるに限る。不整合的な行動により、整合性を正すのだ。
……正直、俺達の部隊でまともな任務って哨戒任務くらいか? 軍の形式上、敵の情報収集する任務には、哨戒任務か、偵察任務って名前が付いている。事務処理の内容は、基本的に魔法技術装置で遊んだ結果を整理してどのような日用品、もしくは生活用品として役立てられるかを報告書として作成するのが殆どで、予算の申請やら経費の申請などは月に一度か、多くても三度だ。最近だとロッタ達に向けた陣形の座学が事務処理枠に入っているが……。いろんな事を現場で学ぶのも立派な仕事だ。それに、月に最低でも5回は魔物を討伐に出かけないとダメだ。俺はいかないけど。実戦経験を怠らないためと、本当に無駄飯食いな軍にならない為の苦肉の策なんだろう。あと、合同訓練が前年度よりも増えている。軍全体の練度は高いほうが良いに決まっているからなぁ。
そして、敵の哨戒任務の目を誤魔化すためでもあるが。こちらの情報収集をして、あちらが、帝国軍は客観的に見て自国軍より優れており、戦争したら確実に負けると報告させられれば、戦わずに勝つという最良の勝利を得られる。――元トーテ公国には多くの元トーテ公国軍人が存在しているからな。しかし、彼らも今の平和を享受している。
ただ、それがどれだけ続くかは分からない。せめて、俺が生きている間は戦争が起きなければ良いと考えている。戦争を根絶することは、不可能だ。しかし、手段を選ばなければ戦争を根絶する方法はある。地上から戦争を根絶したければ、人類を根絶すれば戦争は起きない。
国として歴史の長い日本でも戦争が無かった時代は全体として見れば数十年だ。ましてや、人類全体で見れば戦争をしていない時代なんて無い。
戦争を起こさせない為の策はあれど、戦争を無くす為の策は無し、か。
……もしもだが、戦争を起こさせない為の策を問われた場合に俺は、素直に解答するだろうか。後者を聞かれた場合、俺は不可能であると即答するだろうがね。頭で考えていることと、心で感じたことを無視して口が勝手に動く時があるからなぁ。
はぁ……日本で生きていたらこんな考えすらしなかっただろう。いつからか――異世界に迷い込んだ瞬間というか、ここが異世界だと理解した瞬間から俺はずっと生き残る為に知恵を絞り出す為に頭をフル回転させていると思える。自覚したくなかったが、戦争に関して才能があると自覚してからは上手くいく事が多かった。思い切って言えば、チート能力で俺つえー! の方が気楽だったかもしれん。男としては剣を振るうのにも、魔法を使うのにも憧れがあるし。
だが、生き残る方法を考慮すると剣の腕を鍛える気など無かった。魔法については有りがちな異世界人だから魔力持ってません的な流れかと思いきや、俺の身体には魔力がほんの少しある。体外から吸収して、体内のどこかしらに魔力を蓄積する器官か、入れ物が出来たのだろうと考えている。恐らくは後者であり、それを確かめる方法は無いが。
憶測であり、正しくないと思うが敢えて例えるならば、日本語と英語を喋れる人の脳は、日本語を使っている時と、英語を使っている時の脳の使用領域が若干変わるらしいので、それと同じようなものだと捉えている。
あまり、深く考えても意味が無いと思う。ここは異世界でファンタジー世界なのだ。理論的に答えが出せるとも思えん。使えるんだから使えるで良いだろう。
……基本的な魔法を使うのがやっとな俺が魔法を使えると言っていいのか、と問われれば解答に困るけどな。
その代わりに魔法技術で作られた道具を使えばそれなりに、戦える。ゲームで言えば、魔法と同じ効果を発揮するアイテムを消費しまくって戦う感じだ。当然、ゲームと同じくアイテムを消費したら金を使って補充しないといけないわけで、それはこの世界でも同じだ。金食い虫なんだよねぇ。言い換えれば金で戦い、命を買っている。
「げ、仕事消化しすぎた」
良し、一息いれて本でも読むか。む……勤務時間の終わりが近いか。ちょうどいいか、紅茶飲みながら本を読もう。その前に、通信装置を稼働させておくか。居留守を使うとどうやら弊害を生み出すらしいからな。
◆
「12時から一時的に閉鎖されていた図書館は15時には閉鎖が解かれたようです」
「図書館を3時間に渡り一時的とはいえ閉鎖できるとなると、相当な権力者が馬鹿に会いに来たと考えられる。また、帝城近衛兵士部隊が動いていたとの情報を掴んでいる。外来なら相当準備が必要になり、少なくとも噂は流れる。が、今日の来客は突発的なものだと思われる上に、近衛兵士が動いたとなると1番の可能性はセラス姫だ」
「おぉ~。アケミの真似してもアケミみたいに上手くいくぅ~?」
うるさいな、馬鹿。レベッカの挑発行為は支援――私が自ら動くための挑発ともいえる――だったらしいが、いい迷惑だ。レベッカはアケミの事は好きだが、その好きは恋愛感情的な好きではなく、友情的な好きらしい。自分自身の気持ちの整理はレベッカのおかげで、上手く片付いた。好敵手もいる。いや、戦友か。どちらでも良い。将来的に家族になるやもしれんし。
本妻かそうでないかの違いだけだ。本妻が1番寵愛を受けると聞く。ならば誰が馬鹿にとって1番か、それを決めようじゃないか。そういう話になった。アケミには内密でだが。
「セラス姫は未婚ですよ! それに結婚相手がいないとか。あくまで、噂で聞いてる限りですが……。しかし、どこで知り合ったのでしょうか? 姫様自身がわざわざ会いに来るとしたら、相当な仲なのでは?」
「誘拐事件のことを忘れたのか? 姫様と馬鹿はその時に知り合ったはずだ。その後は正式な礼をする為に会談の場を設けるだろう。しかし、ここ数年で馬鹿がセラス姫と会談したという話は本人から聞いていない」
馬鹿本人から語ることが無かっただけで、既に何度も会談をしており、仲睦まじい関係になっていて結婚も秒読み段階に来ている……とは思えん。馬鹿はともかく、セラス姫が腹芸をできると思えない。
「レベッカちゃんとしては、こんなところで情報収集したり、行動予測してないで、さっさと本人に聞いてこいって感じぃ~」
馬鹿の暮らしている部屋には、窓があってそこからカーテンが閉じていなければ中が見える。図書館の裏道というか、人通りの無い裏通りの茂みから様子見だな。エドとフランはまだまだ訓練場で暴れているし、明日からは休日でこの部屋には確実に馬鹿しかいない……。
「まだ、アケミ少将は仕事してますよ! それも1人なのに!」
我々が、観察を始めて小一時間といったところか。時刻は、午後17時。1時間も自主的に仕事をしているとは驚愕でしかないが、行動原理が読み取れない。
……いや、これまでの多くの時間を共に過ごしてきたがアケミの内面を洞察できた事例は少ないな。
「レベッカちゃん、帰って良い~? 珍しく仕事している姿はぁ見飽きちゃったぁ」
「勤務時間が終了と同時に、仕事を終えるはずだ。1705に突入する。なに、せっかく自主的に仕事をしているのだから止めるのは勿体無いだろ。では、行動開始だ」
私達は移動を開始する。律儀なことにレベッカも一緒だ。
迅速な行動で、部屋の前に辿り着いた。ノックをすべきか……。いかんな、物凄く緊張しているぞ……。
「やっぷー☆ レベッカちゃん登場~」
ノックなしで、躊躇なく突入するとは……。仕方ないので、続いて入っていくことにした。慣れたはずのこの部屋の香り。慣れたはずの顔。慣れたはずの……。
「――はい。そうです。ええ……。それはどうでしょうね。陣形での戦闘は、あくまでも戦術的な勝敗を有利にするための部隊展開ですからねぇ。戦術的に優勢でも、戦略的に劣勢でしたら、どれだけ戦術的勝利を積み上げても、最終的に負けるのは戦略的に劣勢な方ですよ。局地的に優勢であっても、国が落とされては意味が無いでしょう? ええ、そうです。――」
む。なんだ? 始めて勤務時間外で仕事をしているのか? それも、通信装置を切って居留守は止めたようだ。今日の来客の影響としか考えられない。……この馬鹿に仕事をさせる? てっきり、セラス姫が客人と予測していたが、もしや、帝王か、元帥閣下か?
馬鹿が、こちらを通信装置で会話しながら、空いている手で好きにしろと伝えてきた。
「紅茶でも飲んで、待っているか。滅多に無いだろう勤務時間外に働いている馬鹿を見ながらな」
「さんせ~。惚れた相手のためにお仕事頑張ってるのかなぁ~?」
「……有り得ませんよ。たぶん。むしろ、このように勤労者であるのが正しい、本来あるべき帝国軍人の姿です」
酷い言い様だな。これまでのツケが一気に返ってきているのだろう。
「――息災だったか? こちらは相変わらずだ。はは、酷いな。こうして働いているじゃないか。そもそも、一度繋がったからって、たらい回しにしないでほしいね。一体どれだけの人間が時間外労働を好き好んでするんだい?」
随分と親しげに話す相手だな。通信装置は相手の声が聞こえないので、どういった相手と話をしているか分からないのが、今の私には気になってしょうが無いのだ。
「――いや、私に戦術理論講座をして欲しいと言われてもなぁ。そんなもの、私以外に適任者がいるだろう。元帥など暇をしているのだから、そっちに回してくれ。何よりそちらの方が、皆が、傾聴するだろうしね。では、時間外労働は趣味じゃないので、以降は次の機会に。ああ、居留守はなるべく止めておく。どうにも、弊害を連れて来る原因の1つらしいからね。ああ、そっちこそな」
見事に通信装置の稼働を止めた。発言と行動が一致していないぞ。
「3人が一緒とはね。勤務外で仲良くするのは円滑な人間関係の構築にも役立つ。はぁ……疲れた。勤務時間外にも通信装置を稼働させるものじゃないね」
「随分と親しげに話してたじゃないか」
「そりゃ、同じ平民で同じ階級の軍人だからね。いやでもそれなりに話すことになるさ。それに相手のほうが一方的に仲良くなりたくて私によく話しかけてきたからね」
通信の相手は、レイノマン少将か。……安心してしまうのは、やはり以前と私の心が変わったということか。
「……」
「……」
おい。なぜ、沈黙が流れる。何というか、妙な雰囲気だ。
「何というか、ロッタは硬さが抜けたような気がするね。エイラ少尉も調子は回復したようだし。レベッカはちゃんと何かしらの成果を挙げたらしい」
「そーでーす。成果には報酬~。まだレベッカちゃんが、食べたこと無い美味しいお菓子で~、よろしくぅ」
~~マズイ、マズイ、マズイ。……顔が火照る。1秒にも見たない、視線の交差。それだけで、変化に気付いた。それは、つまり……普段から良く観察しているということ。上官なのだから体調の変化には気を配るだろうが、それでも恥ずかしい。
「それにしても、勤務外の自由時間に好き好んで職場に顔を出し手に来て……紅茶とケーキでも食べに来たとしたら、夕食が困るぞ。夕食後に一息、紅茶を飲みに来る……と言うほどに紅茶好きでも無いわけだし」
「レベッカちゃんとしてはぁ、ここにいれば勝手に夕食が運ばれてきて、デザートが勝手に出てきて楽ちん~」
入り浸っていた経験か。馬鹿の私生活など、想像が着いてしまうが、実際どうなのかは知らない。
「レベッカは私以上に何もしないからね。食後の紅茶にケーキをつけろだの、スコーンをつけろだの、フランと結託して駄々をこねるから仕方なく出した。私は紅茶で終わりだがね」
「ずぅっと、何か難しそうなぁ本読んだりしてて楽しいのぉ? 着替えとかしてても全然見てこないしぃ。割りと裸だったんだけどぉ……」
む。レベッカを怒ればいいのか、それを容認していた馬鹿を怒ればいいのか。勤務時間外なのに、私と言っているあたり、馬鹿の中では、まだ仕事中なのだろうか。
「どんな本を読んでるんですか?」
エイラ少尉が食い付いたな。いや、もうエイラ呼んで欲しいと申し出を受けていたな。あちらは、さん付けで呼んでくれるようになった。あくまでも、勤務中は今までと変わらずだが、親睦は深まった。
「100年ほど前の魔術理論関係の本」
「面白いんですか? それに、魔法理論じゃなく、魔術理論?」
「興味深くて面白い。魔法と魔術は便宜上、分けられているが、それは規模の違いで分けられているだけで、根本は同じなんだよ。火の魔法を例えにあげると、指先に炎を灯す、火種を作る、手のひらくらいの物を燃やす、辺りまでが魔術で、それ以上が魔法になる。建物を燃やす、岩を溶かすほどの高温の炎を出すなどが、魔法といった感じだが、根本的に魔力を使って火を作り出すという現象は魔法であるってね。この本には、魔術で効率良く魔法と同じような効果を発揮するにはどうすればいいのか、と言う内容が書いてある」
「少ない魔力で大きな魔法を使うための効率化の理論みたいなものですか?」
「そんな感じだね。エイラ少尉は、小型魔法技術装置を使って魔力効率化運用をしているから、今度読んでみるかい?」
「是非。できれば、アケミ少将の意見も聞きたいので、その時は2人きりで指導をお願いします」
――ッ。思った以上に好戦的だ。レベッカも苦笑いしている。覚悟を決めたエイラは、強い。
「ところで、昼の来客は誰だったんだ?」
「ロッタの予想している人物で間違いないと思うよ」
自分の口からは言えないといった感じか。
「セラス姫だな。図書館を一時的に閉鎖できて、近衛兵士部隊が動いていたとなると相当絞れる」
「そこまで分かっているなら、隠す必要はないな。そもそも、セラス自体隠し通せるとも思ってないだろう。なに、私達が昔話をしていたのに同調してしまったのか、少々昔話をしに来ていたのだよ」
それにしても、妙な繋がりがありるなこの馬鹿には。まさかというか、ほぼ可能性は無いと思うが姫様がこいつに惚れているとか無いよなぁ……。それにこれ以上好敵手はいらない。嫉妬心で心が焼かれてしまいそうだ。
……どうにも私は、嫉妬心が強いらしい。軍人として訓練してきたおかげか、心を落ち着かせる術が私を助けている。
「アケミ少将は、セラス姫と男女の関係になりたいのですか?」
なるほど、エイラはただ暴走しているのか。
「何をどう考えればその質問に至るのか理解ができないが、手に負えないじゃじゃ馬を飼い慣らす苦労と、その馬が血統証付きで飼う前から非常に、そして、飼い慣らすためのさらなる苦労を考えると遠慮願いたいね」
一応は、気を使っているな。姫様と交際したいか、と問われてはっきりと断ればそれは問題発言だと思われてもおかしくない。かといって、交際したいといえばそれはそれで問題発言だ。
「さて、時間も時間だし、ここで夕食を食べていくかな」
私の精一杯の勇気だろう。始めてここで夕食を取ることになった。