第4話 過去と昔話 後編
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哨戒任務、別名観光旅行に行っていた3人からのネビスト連邦とカムイ魔王同盟の報告から予測すると、今後あちらさんがこちらに攻勢をかけてくる可能性は低い。ただ、ゼロではない。限りなくゼロには近いだろうが。よっぽど、戦略兵器を開発されるなどの新兵器が登場するか、王が当然死するなどの急変が起きない限りは中小規模の戦争を続けながら国力を伸ばすという方針を取るだろう。
暗黙の了解だが、連邦の王と同盟の魔王は互いに理解しあっていると思うが。怖いのはこの2つの国家が連合することだ。資源、土地、人。それぞれ満足しているが、欲というものには際限が無い。
連邦と同盟には過去に恩を貸してある。だが、同盟の場合軍隊を貸したのだからチャラだと言われればそれまでだが、それでも国民は強く反対してくれるだろう。いやぁ、善行は自分に返ってくるというが、その時が来なければいいね。
……それに、東側諸国と西側諸国の中央に位置する要所には、リング王国がある。雲まで届く断崖絶壁――グランドキャニオンのような感じの大峡谷の中に国がある――に囲まれ、東側諸国から1つのか細い道がリング王国に繋がっていて、リング王国を中継して、西側諸国の1つ細い道がある。更に、リング王国は中立国家だ。この世界の中立国家は、戦略兵器を持つ。東西側諸国がリング王国に攻め入るためには、か細い道……成人男性が、横並びで10人並べるかどうかの道があるが、そのか細い道に向けられている戦略兵器は、過去何度も東西側諸国の侵略を防いでいるのだ。
……巨大な火炎放射装置らしい。しかも、か細い道が全て射程範囲内だ。過去の資料によると、1000人もの兵士が一瞬にして、焼け死んだとあった。ただ、侵略さえしなければ絶対にリング王国は手を出さないし、諸外国の戦争に加わらないのだから、中立国家なのだろう。
そして、この断崖絶壁は文字通り雲まで届いている。標高何メートルかは分からんが、感覚的には富士山より高い気もするし、実際見たこと無いが、エベレストより高いかもしれない。そうなると、標高1万メートル以上になると思うが。1万メートル以上の崖? が存在する辺りが、異世界だなぁとも思う。崖の上には天界があるとかいう話も聞くが……それは誰にも分からないだろうな。登る気も起きないほどの、断崖絶壁だし。
意外性を考えるならこの大陸の外から別勢力が訪れることだが。どうにもこの世界の海は凶悪だ。海中には魔物が沢山いる上に、巨体な魔物ばかりだとか。それに海の空には多くの魔物が飛び交っているらしい。それに、人間を食べる。海はまっとうな弱肉強食の世界で、人間は捕食される弱者ということだな。
この世界には、海に出ると空と海中の魔物に囲まれてあっという間に船は沈むという歴史がある。それでも可能性はゼロではないが。結局のところ、物事の可能性はゼロに近づくが決してゼロにはならないのだ。
俺みたいに異世界に迷い込むという事例も普通に考えるなら可能性はゼロに等しいが、神隠しなどの科学では説明ができない超常現象はあるからなぁ。
……それにしても、この世界に20歳の時に迷いこんでから5年か。短かったような長かったような。日本で暮らしていては決して芽吹かなかっただろう、戦争の才能が時たま嫌になる。
いや、薄っすらとは気付いていた。何かしら計画を立てたり、遊びの際に作戦を練って上手く相手を負かせるといった事が多くあった。中学受験じゃ過去問題からどのような問題が出てくるのかとかを予測して見事にそれがあたって進学校に入れたわけだし。その後も、高校、大学と試験で困った事は不思議と無かった。ほとんど無意識的に、問題を出してくる敵……この場合、教師とかだが。その人達の思考を読んだり、問題の傾向を予測していたと思う。
そりゃそうか。受験戦争って言葉もあるくらいだしな。局地的戦術は問題を正しく解くことで、戦略は良い点数をどのようにとるか、つまりは、問題の予測などかな。兵站は体調良く受験を受けるために健康管理するとか、かな。
でもって、心理学の分野になってくるが相手が何を考えて行動したいか、何をされたら嫌なのかを的確に見抜いて心理的に追い詰める、と。
……はっきり言って、人殺しの才能だ。それも、効率良く数多くの人を殺す才能が俺にはある……。決して少なくない人数の軍人を殺しているし、味方も死なせた。ただ、この世界に限らず軍人の仕事には死ぬことも含まれていると思う。自分が行ったことで発生した全ての死を背負う、と考えてしまうほど繊細ではないが、それでも自責の念はある。
そして、戦争の才能なんて無くてもたぶん、一般教養を受けてきた大学生くらいならこの世界で名将になれるだろう。
陣形戦に限った話だが、密集陣形が主流であり、200年近くそれが変わっていないのだ。いや、アレンジはあっただろうが、正々堂々と戦うという謎の精神が培われている……長年の習慣、騎士道精神みたいなものなのだろう。地球の歴史で言えば、紀元前の戦術が、この世界では主流であり、それ以外の戦術を使おうとしていないのだ。
どうにも剣と魔法の世界というのは歪な歴史と文明が発達しやすいらしい。その原因の1つは、魔法の世界なのに、科学が存在しているということだろうが……。それは置いておいて、戦場で使われる戦術的な陣形は紀元前のものが主流なくせに、魔法技術装置は近代技術に匹敵しているのだ。例えば、通信装置。ぶっちゃけ電話と無線を合わせたような装置だが、動力が電気ではなく魔力で動いている。そう、エネルギーの違いがあるが、科学と同じような技術が沢山あるのだ。湯沸し器とか、トイレとか、お風呂とか。
水道関係に関して言えば、現代日本人である俺が困らないくらいには進化していると考えるとそれはかなり凄いと思うが、技術発達がバラバラで困るのだ。移動は馬を使ったものが中心で車のようなものは無い。時計はあるのに、目覚まし時計はないとかな。
本に関してもそうだ。普通に紙が使われている。それも質は悪くない。魔法で保護されているので、全く傷んでいない200年前の本があったりする。いや、それ以上前の年季の入った本さえ普通にあるからなぁ。
……それにしても、運命というものがあるのなら随分と奇妙な運命だな。大学生が異世界に迷い込んで、冒険者に、そして軍人になっているんだもの。
「――おい、おい! 朱炎のアケミ!」
顔に乗せていた本が取り上げられた。しかしまぁ、懐かしい通名だ。別に俺が自分で名乗った訳じゃないんだが、気付いた時には朱炎という二つ名が付いていたなぁ。炎を使いすぎたか。しょうがないだろ、魔物だって生物だ。炎を嫌う魔物は多いし、炎を嫌う生物も多い。しかし、流石にファンタジーな異世界では炎を好む魔物もいるが。
「考え事をしていたか。やっぱり寝てなかったな。で、朱炎のアケミの頃の話をエドから聞いていたのだが、やはり当人にも聞きたいとの要望だ」
「頭、すいません。止めたんですがねぇ。あ、炎竜の業火を防いだ話、連邦と同盟の戦争を一時的に止めた話まではしましたが、後はトーテ公国に捕らわれた帝国の姫様を助けだした話が残ってるんで……」
その感じだと冒険者時代の始めから話してそうだな。まあいいけど。というか、随分とお喋りだな。エドは人がいいからなぁ。聞かれたら話すだろうね。別に口止めなどしてないし。話したくない事は話さないだろう。それにしても、フランは俺が起き上がって紅茶を淹れて、椅子に座っても引っ付いてやがる。器用に寝るなぁ。
「考え事をしていても、耳から入った情報は脳に蓄積されているものだね。エイラ少尉がきっかけか。そう言えば昔話など聞かせた事なかった気もする。エイラ少尉、ロッタ大佐、レベッカ大尉、と寝てるフラン中尉はトーテの話というか、冒険者時代の話をしていなかった気もするし、何か話した気もする」
どうだったかな。冒険者時代の勤労を話すと勤労青年だと思われてしまうから、話すのはやめておこうとか考えてたかな? 過去の俺は。最近エイラ少尉が俺に冷たくなってきているので、威厳を取り戻そう。
「昔々あるところに、王位継承権第3位になるお転婆お姫様がおりました」
「そういうの良いから」
「せっかくおもしろおかしく話そうとしたのに。セラス姫……あの、男勝りで活発過ぎて、そろそろ自重を覚えた方が良い姫様の話でもするか。あれは丁度春先の出来事だ。暇を持て余したセラス姫は成人を終えたのにも関わらず、1人と1匹……使い魔の鷹と、郊外へ鷹狩に出かけました。困ったことにこの頃、トーテ公国は帝国の帝王暗殺の計画を企てており運悪く、トーテにしては運良く、姫が1人で出かけるではないかと……獲物を取りに行ったはずの姫は獲物だったとさ。そして見事に姫はトーテの暗殺部隊に誘拐されました。さて、問題です。何故、帝王暗殺の為の暗殺部隊がこの時、姫を暗殺しなかったのでしょうか? 正解するまで続きは話さないぞ。エドも同じだ。黙ってろよ」
少しは頭を使わせないとな。ロッタ達は考えている。その間に紅茶とエドの作ったケーキを食った。
……相変わらず、見た目とは裏腹に綺麗で繊細な作りなケーキだ。それに、美味い。
「久しぶりにエドのケーキを食ったが、腕を上げたね」
「そりゃそうでさぁ。東側諸国の甘味処には大分お世話になりやしたから」
この巨体で顔に大きな傷があり、戦うために生まれてきましたって感じの男の趣味は乙女だ。料理から裁縫までなんでもござれ。お菓子作りは店を出せるくらいにレベルが高い。メイドに生まれていたらきっと歴史に名前を残す名メイドになれただろうに。
「最近じゃアクセサリー作りにはまってやしてね。同盟んとこのドワーフに習いましたが、これが奥が深い。熟練と腕次第でアクセサリーにも付加魔法を付けられるそうで。まあ、それなりの効果がある付加魔法を付けたかったらバカ高い魔法石か宝石が必要ですがね」
「魔法技術的に装置で職人の仕事を代用することは可能?」
「加工に魔法技術装置を使う人間はいましたが、ドワーフ達は全部自分の手先、工具でやってましたわ。出来が良いのはやはりドワーフ達の品で。加工程度なら魔法技術装置で何とかなるでしょうが、全てを魔法技術装置で代用は無理だと思いますさぁ」
職人芸というやつか。アクセサリー作りに魔法技術装置が役立つなら用意しても良かったが、加工くらいなら必要ないかな。
「王位継承権第3位の姫様を誘拐した方が有利だと思ったから? もしくは姫様が女性であり、殺す必要性がなくて、むしろ人質交渉で帝王を交渉のテーブルにつかせて暗殺か?」
「ロッタ大佐の正解。姫様を殺された……それを大義名分に大攻勢をかけられる恐れがあると考えた暗殺部隊は、姫様を人質として、指定の場所へ帝王を呼び出すつもりでした」
「暗殺部隊の運は良かったとも悪かったとも言えまさぁ。男勝りの姫様が大暴れして物凄い抵抗をした。それを運悪く、頭に見られた」
むしろ、セラス姫の幸運に驚くがね。帝都の端にある郊外でよくもまあ、現場を目撃したもんだ。鷹狩の帰りだったらしいが、運悪くその時、ちょうど目撃したのが俺だったな。後々に来たが、流石に1人で出歩いた事を咎められるのを恐れてとある人物に助けを求めようとしていたのだ。
「その時、私は郊外にある住宅地でとある人物に呼び出されてた。その帰りに目撃したわけだが。姫様が目の前で攫われていくのを見たが、その時は姫様だと知らなかったし、助けようにも私は1人。相手は目視で5人。そのまま私を呼び出したハゲ。ビノス元帥の自宅へ逃げたね」
「王族ってのは、強運にも恵まれているんですかねぇ。頭に目撃された。そして、その頭を呼び出したのは元帥だ」
「むしろ、馬鹿1人で何とかしてみなさいよ。勇敢に向かっていこうとか思わないわけ? か弱い女の子が攫われていくさまをみて逃げ出したって……」
そうは言われても。
「目視で5人だよ。それも結構な装備をしているじゃないか。そして誘拐となれば、必ず誰かが利益を得る事になるわけで、その場で全員を叩きのめしても再び時期を見て誘拐を行うだろうと考えた。郊外とは言え、元帥の自宅がある割りと高級な住宅地だ。そして、帝国の人間だったら元帥の自宅がここにあると知っている。そうなると誘拐犯は帝国の情報に明るくない。もしくは危険を犯してでも大きな利益がある人物達が行ったのではないか、と元帥に言った」
ハゲは自宅に軍用の通信装置を置いてやがるからな。根っからの仕事人間が功を奏した結果になる。これもまた、幸運だと言えるだろうな。
「で、元帥の自宅には軍用の通信装置が置いてあって、元帥が軍に聞いたわけさ。誰かの娘が誘拐されたかもしれぬ。全員家族と連絡を取るようにって。しばらくすると、血相変えた帝王が護衛引き連れて元帥の自宅に来やがったわけだ。娘が見当たらないってね。で、帝王が第一目撃者である私にロッタ大佐と同じような事を言ってきたから、元帥に言った言葉を多少アレンジして言い返した。――そもそも、姫様とは言え、抜け出せるような警備体制、護衛体制を容認してきたのはお前だろうがって」
悔しい顔をしていたような記憶がある。あと、怒るに怒れない顔に変わって元帥がなだめてたはず。
「口の慎みのなさは昔からね」
「現実を突きつけてみた。悔しがって怒って、そして泣くという表現豊かな帝王が見れたから笑ったね。流石に元帥に怒られたが。深刻な顔してれば事態が良くなるなら幾らでもしてやるけどって言ったら黙ったな。で、まあ私が朱炎のアケミだと元帥が帝王に紹介したせいで、姫様誘拐事件を解決せよという有り難くないクエストを強制的に受けさせられたのだった」
「驚いたことに、頭から帝国元帥の自宅に来なさいって連絡を帝国の使者があっしのとこに伝えに来ましたからねぇ。それで、元帥の自宅に到着したころには、姫様はトーテ公国の暗殺部隊に誘拐されたところまで判明してましたわ」
そりゃ、元帥のとこに帝王が来ているのを姫様を誘拐した奴ら以外の暗殺部隊の人間が、手紙で伝えてきたからな。騎士道精神といえば聞こえが良いが、馬鹿正直とも言える。いや、暗殺部隊が騎士道精神とか意味が分からないがね。
「――ということで、誘拐を実行した暗殺部隊の人間は5人。残りは現場近くで様子を伺っていたらなんと帝王が護衛を引き連れて元帥の自宅に来たではないか。これ幸いと、誘拐しましたので、どこそこまで姫様を引き取りに来てくださいと石に取り付けた手紙を窓から投げ入れてきたわけです。私が懸念していた、5人以外の人間がいましたが、何か言う事は?」
「け、結果論ね。くっ……必要以上に目視って言葉を強調していたのは私を嵌めるためか……」
「私なんて全く分かりませんでしたよ」
レベッカは完全に会話に参加する気がないな。どうせ放って置いても話が進むと考えているんだろう。
「頭に付いて行けばきっと面白いってあっしの勘は、間違いじゃなかったでさぁ。炎竜、疫病ときて、姫様の誘拐。さて、今回はどんな解決方法をとるのかと楽しみにしていやしたねぇ……」
「帝王が強制的にクエストを受けさせた事による、やる気の消失があったが、人命が託されている以上、それなりに真剣だった私は、暗殺部隊の人数を10人以下であると考えました。そして私が使える人員は4人。当然、帝王も元帥も使います。さらに、暗殺部隊の性質を考えました。暗殺者というのは、相手の隙や不意打ちを狙って殺害をするわけです。また、誰が殺したのか証拠を残さないようにしなくてはなりません。これは誰が殺したか分からないようにして、味方に疑心暗鬼を生ず為の物です。何よりも予め明確な計画がありそれを実行するための作戦が無くては計画が成功することはありません」
つまりは、この暗殺部隊は始めから計画を失敗している。そして、教師っぽく語る自分の説明口調が面倒になってきた。
「それはつまり、本来の帝王暗殺の計画だったのに、姫様が隙だらけだから誘拐したけど、姫様の誘拐計画じゃないから、本来の計画に支障を来すわね」
「そういうこと。私は暗殺部隊が手紙を寄越してきた時点で、ほぼクエストの成功を感じてた。そもそも、何故か、手紙に暗殺部隊よりって末尾に書いている辺り、相当増長していたのか、計画が成功したとでも勘違いしていたんだろうね」
暗殺部隊よりと手紙に書いた理由はたぶん、姫様の暗殺をこちらに想像させて確実に帝王を呼び出すためだと思うが。その当時も、暗殺部隊が誘拐して人質交渉のテーブルに帝王が来いと要求しているので、おかしいと思ったのだ。こいつらの本当の目的は帝王の暗殺だとすぐに理解できた。
「それで、手紙を読んだ後に、これはトーテ公国が帝王暗殺を狙ったもので、姫様がたまたま1人で馬鹿みたいに彷徨いていたから誘拐されたようですと、言った。その数分後にエドが到着。事情を説明して4人で堂々と呼び出された場所へ向かうことにした」
「ああ、偵察している暗殺部隊にこちらには何か策があるぞってわざとらしく見せつけたのね。本当は何も無いのに」
「正解。エドは見ての通り巨体で大盾を持てば更にデカく見える。そして、その時の元帥は完全装備だ。私はいつも通り。まあ多少の武器は持ってたけど。帝王は威風堂々とするように伝えてあったから、客観的に見れば、凄腕の冒険者と現役の元帥が帝王を護衛しながら自信満々に敵地に赴くように見えただろうね」
「結末が読めたわ」
ロッタの想像通りだろうね。俺は一応周囲を警戒してたけど、あいつら襲ってくる様子も無かった。戦争が末期に近かったのもあって、おそらく人手不足の影響があったのだろう。現状でも多くの場所でベテランは少ないし、腕の良い軍人ほど早く死ぬからなぁ。
「どうせ、こうね。暗殺部隊の人間は、10人以下で、それも暗殺者の性質上、相手の隙を突くか、不意打ちを狙う。しかし、向かってくるのは隙がなく不意打ちを狙う事は出来ない。たとえ暗殺部隊が10人だったとして、2人は凄腕に見える上に、1人は不気味なほど軽装だ。何かあるに違いないと思ったでしょうね。10対3で数では有利だ。1人1殺すれば7人は生き残れると考えはするが、どうやら相手の3人は只者ではない。果たして全員生き残れるだろうか。そもそも、当初の計画は帝王の暗殺ではなかったのか。何故安易に誘拐などした。と内部分裂するわね。帝王の暗殺を依頼されてたのに、何故か姫様の誘拐。それも確実に3人は死ぬか、それ以上の被害が本来の計画じゃないのに出る。暗殺部隊として訓練されてきているが、無駄死には嫌だってね」
「蓋を開けてみれば、呼び出された場所に姫様が縛られて置き去りにされてたってことで。なんとも面白い結末だったわけでさぁ。しかも、姫様は随分と暴れたらしく、5人の誘拐した暗殺部隊の人間に大きなダメージを与えてやったわって言ってやしたので、撤退の要因としてはかなりの部分、姫様の功績ですわ」
誘拐されている際の大暴れを見ていたので、誘拐犯達の体力を奪っていてくれていたらラッキー程度の計算だったが、予想外に姫様は活躍していたのだ。
「もしもの話だけど、その5人が元気で、暗殺部隊10人が襲ってきたらどうしたつもり?」
ロッタの予想通り、暗殺部隊の人間は全部で10人だったらしい。姫様の証言と俺の目撃した人数を合わせればそうなる。暗殺部隊は早々と逃げ去っていたから実際の数は知らないが。そして、ロッタの想定した状況の解決方法は俺が用意していた。
「閃光音魔法石を使った。室内でこれを使えばどうなるかは知ってるね?」
「どうせ、予め3人には伝えてたんでしょ? 何? 逃走用の道具はその当時から持ってたわけ?」
「何分、戦闘能力は低いんでね」
剣はダメ、魔法は殆ど使えない。授業で習った程度の柔道じゃどうにもならん。だったら戦闘はスッパリ諦めて逃げる方法を取る。とは言え最低限身を守る程度の技術はあるが。
「頭は体術に関して言えば、変わった物を使うんで、本気で訓練すれば結構行けると思うんですがねぇ」
「将官……というか指揮官が戦場で直接敵と戦う時点で、その戦争は負けに等しいよ。逃げるか潔く降伏して捕虜になったほうがまだ生き残れる」
◆
変わった人だと思っていたけど、こうも変人だとある意味尊敬できちゃうわね~☆
「レベッカちゃんとしては、まだまだ美味しい物食べて、可愛い子を愛でたいからアケミに賛成~♪」
「ですが、帝国軍人として名誉の戦死を選ばず敵前逃亡、ましてや降伏は……」
「死にたかったら死ねばぁ良いけど~♪ 生きていればいつか逆転できるかもしれないしぃ~? 降伏して処刑されるまでの間でぇ~助かる可能性だってあるわけでぇ~☆ 捕虜交換の可能性もあるしねぇ~☆ 名誉の戦死なんて下らないわよ。それは戦う事を諦めた人間の考えね」
おぉ、良い事言った感じぃ~♪ ちょっと素が出たけど、可愛いエイラちゃんは真摯に言葉を受け止めて考えてくれているわねぇ~。
……素直で良い娘だわ。ロッタちゃんが連れてきたらしいけど、アケミは入隊を拒否することもできたはずだから、能力と為人は合格なのねぇ。
「レベッカ。個人の主義主張に口を出さない。このご時世で戦死することは少ないだろうね。死ぬことに名誉を感じるより、もっと他の物に名誉を感じた方が健全的に生きれると思うよ。何より、余計な事を考えずに済むし。生き方は自由だけど、死に方は不自由なものなのさ」
むぅ~。個人の主義主張に口を出すなと言って置いて、自分はしっかりと出してるじゃん~。
……それにしても、たった5歳年上なのにアケミは妙に大人びている。いやまあ、歳相応の考え方なのだろうけど、見た目はかなり若く見えるから、誤解しがちだけれどね。それでも、アケミと同世代の男性よりも遥かにいろいろと考えていると思うわ。
「死に方は不自由ぅ~?」
「軍人なんて特にそうだね。戦場では何が起こるか分からない。剣で死ぬか、魔法で死ぬか、槍で死ぬか、弓で死ぬか、全ては相手次第で死に方は選べない。だから死に方は不自由」
「レベッカちゃんは愛する人と死にたいなぁ~☆」
「それもまた個人の主義主張だからね。レベッカのその愛する人も口では同じことを言ったとしていても、同じ事を思っているかは分からない。人の気持ちや心を完全に読み取る事は出来ないからね。まあ、同じことを思える人を上手く探しだすか、自分色に染めてしまうか、これまた個人の主義主張さ」
なんというかぁ~。エイラちゃんは呆れ返ってるし、ロッタはこの馬鹿がって顔だしぃ。エドは無関心でぇ。フランは寝てる。私は、アケミの事は好きか、嫌いかで考えると好きな方だけどぉ。アケミの悪いところは本心は絶対に隠すんだよねぇ~。
「じゃ~アケミは好きな女の子いないわけぇ~?」
「――!」
「――!!」
おやぁ~? おやおやぁ~??
2人ほど関心があるみたいだぁ。
「……思えば、異性を意識した事が無かったな。以後、留意しよう。それにしたって、私のような口が悪くて怠け者をはっきりと好きと言ってくれるのはフランくらいじゃないか?」
「そうかなぁ~? レベッカちゃんもアケミの事好きぃ~」
わざとらしく、アケミに抱きついてみる♪
「――!」
「――!!」
ニヤリ♡ なるほどぉ~、なるほどぉ。分かりやすくて良い感じ。片方は、まだ自分の気持ちに気付いてないけど、モヤモヤ~。片方は、自覚アリでメラメラ~。
前々から分かっていたけど、やっぱり素直じゃないわね。
「ンガッ? 何じゃ? おっぱいか」
フランちゃんが起きたわねぇ。私の胸の衝撃で起きたのか、好きという言葉で起きたのか。謎ねぇ。
「おはよう」
「おお、おはようなのじゃ。なんじゃ? 妾のアケミにその無駄に大きなおっぱいを押し付けて何をしとるのじゃ? ここは妾の領域じゃぞ」
「胴体取られちゃったわぁ~。それで? ねぇねぇ、好きな女の子のタイプは?」
「? 妾? 妾に聞いておるのじゃ? 生憎、妾はオナゴじゃ。スマンが他を当たってくれなのじゃ」
「そういや、頭の浮いた話ってのは聞いたことないでさぁねぇ。冒険者時代に娼館に誘ったことありますが、断られましたわ。金の無駄って。ありゃ驚きましがね。冒険者なんていつ死ぬか分からない稼業でさぁ。仕事前と仕事後は金があれば仕事前に、金がなけりゃ稼いで仕事後にってのが普通なんですがね」
「私の場合、知恵と道具で戦わなきゃならんので、無駄に金を使えなかったのさ。高級娼館は確かに情報源としては魅力的だが、そういった行為をしなくとも金さえ払えば高級娼館の女は情報を喋る。必要な情報を必要なだけ得られたらその他の行為は時間の無駄なのさ。何より、情報は早い者勝ちだからね。先に行動を起こしたほうが圧倒的に有利だよ」
「はぁ~。女を覚えた方が良いですぜ?」
なんともまぁ、初いのねぇ♪ そっちの経験は無いのかしらぁ? ま、私も人のことは言えないけどぉ。
「必要があれば覚えるし、必要が無いなら覚えても意味が無い。全く意味が無いとは思えないが、男女の関係と言う奴はいつだって複雑なのさ。精々後ろから刺されない程度に止めておく事を進めるよ」
「その辺りは気を使ってますんで。頭なら笑顔1つ振り向ければ何人かは落とせると思いますがねぇ」
そう言えば、アケミは余り笑わない~。とうか、笑顔など見たこと無いかもぉ~☆ 微笑なら見たことあるけどぉ~。それに、結構胸を押し当ててるのに、表情1つ変えない。なんか頭にくるなぁ~。魅力ない~? まさかぁ~。まさかね。男が好き、とかじゃないわよねぇ……。
「! 妾は落ちておるのじゃ! ほれ、接吻の1つくらいよこせなのじゃ」
アケミはどうするかと思えば、軽くオデコにキスしてた。なにこれ。ちょっとありえないわ。
「小さい子好き~?」
「こうしないと駄々をこねる。エルフの力で暴れられたら死ぬ」
ああ、そう言えば見かけは10歳くらいのとてつもなく可愛らしいフランだけど、普通に剣とか盾を素手で砕くわね~。
「あ、あの! エルフというのは力が弱いと聞いてますが!」
おや、1人が耐え切れなくなったみたいねぇ~。
「そんな事ないのじゃ。鉄の剣やら盾くらいならば素手で砕けるのじゃ」
「気をつけた方が良いぞ、エイラ少尉。フランは常人の何十倍も力がある。エイラ少尉が聞いたエルフ像というのは正しくないな。認識として、ドラゴンが1匹そこにいると考えればいいわ」
「あの柔いトカゲか。久しく食っておらんのじゃ。のうアケミ、肉が食べたいのじゃ」
「夕食は肉にしてもらおうね。それと野菜も沢山食べような」
「えぇ~」
割りとアケミってばフランを甘やかすのよねぇ~。
「フ、フラン中尉はどういった経緯でアケミ少将を、その、す、好きになったんですか?」
「それを語るにはちと長くなるのじゃが、聞くのじゃ?」
「是非!」
何気にロッタも頷いている。知らないのかぁ~。私は任務中に聞いてるからねぇ~。
「エルフ族というものは、カムイ魔王同盟の端っこの方に里を作り、そこで暮らしておる大人しい種族の魔族なのじゃ。他の魔族と比べて、身体能力が非常に高いのじゃ、知識と知恵に富んでおるのじゃ、強力な魔法を使うのじゃ。そのせいか、高慢ちきで高飛車でエルフ族以外を見下しておるのじゃ。魔王にすら文句をいうし、魔王の言うことも聞かんのじゃ。それでもって自分たちは大人しい種族じゃと言うのじゃ」
まあまあ、エイラちゃんもロッタも呆れているわねぇ~。
「エルフ主義というのかのぉ。まあ、威張り散らして追ったのじゃ。しかしのぉ、とある時、ただの人間がエルフ族の里に来た。そりゃもう皆が皆、訪問者自体が珍しい上に、人間じゃ。あっという間に里中のエルフが集まったのじゃ。その中の1人が妾じゃな」
帝国育ちで普通の神経してたらエルフ族の里に単身で乗り込む、というか、魔族の国に人間が1人で乗り込むなど考えもしないわよねぇ~。その時、アケミはエドと別行動中だったって言ってたわねぇ。エドは連邦に観光という名の乙女趣味全開で服作りを学びに行ってたとか。アケミはなんでか同盟に1人で観光。
「始めて見た人間は、黒い髪で黒い瞳をしたそれはもう、弱々しいと思ったのじゃ。エルフ族の中にも冒険者はおるので、この人間は冒険者なのじゃなぁというのが始めの印象じゃったかな。それにしても、剣も無ければ、盾も無い冒険者が人間の有り様なのかと思ったのじゃが。完全装備してエルフ族の里に来たらそれは腕試しと思われてもしょうが無いのじゃ」
どうせ~、エルフ族の情報を知り尽くした上でエルフの里に行ったのねぇ~。
「それでじゃの、開口一番にエルフ族の秘宝を見たいと抜かしおったのじゃ。エルフ族の秘宝は神聖なもので、妾も見たことないじゃ。里の掟で、200歳になったエルフは秘宝に導いてもらうとは聞いておったが、秘宝がどういったものかは絶対に教えてもらえなんだ。で、まあそんな事をいう人間に驚きと怒りを覚えたエルフ族達は殺気だってのぉ。若いエルフなど武器を取ってきて威嚇すらしておった。しかしながら、エルフ族以外を見下しておるが故に武器を持たず、無防備な人間を一方的に、大多数で攻撃するなどエルフ族の矜持が許さなかったのじゃ」
その辺りまで計算尽くなんでしょ~。たぶん。その話を聞いた時はアケミはいなかったから聞いてみよぉ~。
「アケミは全部計算尽くぅ~?」
「武器は普段から持たない主義でね。盾なんて重いからもっと持たない。その時も道具は一式あったよ。まあ、戦いを回避できる公算は高かったけど、やばくなったら逃げる用意もしていた」
「まあ、それは後になって聞いたのじゃ。して話を戻せば長老と話がしたいと言うのじゃ。しかし、そう簡単に長老を出せるほど、寛容ではないのじゃ。戦うに戦えないので罵詈雑言を投げかけるエルフ達にアケミは困った様子を取りつつも、思考を巡らせておった。まるっと罵詈雑言を無視してなんと、地面に寝転がったのじゃ。そして、言いたいこと言い終わったら起こしてねって言うたのじゃ。そうなると、もう罵詈雑言は怒声になって皆が大声をだしておるもんじゃから、外で異変があったと思った長老が自らの足で出てきてしまったのじゃ」
間抜け、というか嵌められたわねぇ。やっぱこの話は面白いわぁ。
「長老から見れば皆が何かを囲い込んで大声で怒声を浴びせておる。そこに何があるのか気になるのは当たり前のことじゃな。で、長老が出てきた事に気付いた皆は事情を説明したのじゃ。この人間がエルフ族の秘宝を見たいと、長老を出せと言って聞かないとな。じゃが、長老から見れば、寝転がった無防備すぎる相手に殺気立って怒声を浴びせておる光景は酷く醜悪な物に見えたのじゃろう。アケミを長老は客人として迎えよと命令したのじゃ。まあ、その後ちゃっかり、アケミは長老宅へ呼ばれて何かしら話をしたらしいのじゃが……」
その内容はフランも知らない。だけどぉ、その後アケミはエルフ族の秘宝を見たのだ~。それがどういったものか、フランはやはり知らない。
「悪いが私とエルフ長老との間で話した内容と、エルフの秘宝については口外を禁じられてる。例え相手が誰であろうと話す気も無い」
おやぁ。珍しく強い口調~。これは聞かない方がいいみたいねぇ。
「それでまあ、長老宅から出て、秘宝を見たあとは、客人なのじゃから自由にしておったのじゃ。エルフの里から出たことのないエルフはアケミの話に夢中。罵詈雑言を浴びせておったのじゃが、それを忘れて仲良くなっておったのじゃ。アケミの冒険譚と、学者的な考えと語り方がエルフ族の知的好奇心を擽ったのじゃな。2日もおればエルフ族の人気者じゃ。妾も懐いておったし、同世代のエルフも懐いておった。5日間ほど滞在して、帰ると言うた時の落胆の声は、初日の怒声よりも大きかった気もするのじゃ。それで、長老から妾にお達しがあったのじゃ。この者の生き方を見てまいれとな。んで、エルフの里を出て甘やかされまくって惚れたのじゃ」
あ、やっぱ惚れた経緯は力抜けるわよねぇ。もっと恋物語があると思うのが女の子だものねぇ。
「あっしは頭と合流した時に思いましたよ。エルフの子供を手玉に取ったとね。いやはや今では仲の良すぎる兄妹にしか見えませんがねぇ。しかし、エルフの力強さは聞き及んでいたので、物は試しに大盾をぶっ叩いてもらったときゃ、死ぬかと思いましたわ」
「エドの大盾は中々の逸品じゃ。妾がぶっ叩いても壊れんかったのじゃ! アケミが見込んだ男はそうでなくてはな!」
「特注ミスリルで作られたあっしの大盾を壊されちゃたまらんですよ。修理費用はバカ高いでさぁ」
「私としてはフランを甘やかしてないと思ったが、教育はやはり、飴と鞭か……?」
「妾、育てられてるのじゃ? しかしなぁ、アケミの戦争の才能は幾つかの機会で見たがどうにも違和感があるのじゃが。気のせいじゃろう」
その違和感を私は感じていない。どういうことだろうか? 今度聞いてみよぉ。勿論、2人きりになってじっくり、ねっとりとねぇ。