第3話 過去と昔話 前編
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「はぁ……」
ため息。憂鬱になる。あの日、私は人を心の底から尊敬したはずのあの日から早1ヶ月が経過していた。新春の陽気は力を増していく今日このごろ。そろそろ暑いとも思える日が増えていくこの時期は運動するなら丁度良い季節でもあるし、外に出れば気持ちの良い時期でもある。
その気持ちの良い時期に、憂鬱になるのに充分な理由がある。手紙の山と、面会を求める書類の多さが私を憂鬱にさせていた。
それにこの部屋にある魔法技術装置の1つ、通信装置が引っ切り無しに呼び出しの音と光で自己主張していた。十中八九、私の部隊の部隊長宛の連絡なのだろうが、通信装置の魔力源を落として自己主張を黙らせるというなんとも子供みたいな拒否の仕方で解決していた。それを実行したのは当然アケミ少将なのだが、それで良いのだろうか。
「幾ら紙が安価だとはいえ、資源には違いないのだから無駄な資源消費は控えて欲しいものだね」
合同演習の目玉と言える実戦形式の集団戦闘演習で全勝の記録を叩き出した平民将官は、今や帝国軍内で話題の人物なのだ。最も、元帥閣下が一喝したおかげで結構早い段階で話題が興味と関心に変化という形で落ち着いたわ。
……その変化が、副産物として手紙と面会を生んだとも言えるけども。通信は陣形研究を行っている作戦本部からのものだろうがそれを無視して良いのだろうか……。
「私的な手紙は困るんだよね。一度食事をしながら少将の知恵を教えて欲しいとかさ。知恵なら所属先の上官か先輩に聞けば良い。私に聞く必要なんてないだろうに」
「単に、逢引のお誘いですよ」
手紙の殆どは、新人女性軍人からの物なのだ。この仕事っぷりというか怠け者の体たらくっぷりを見れば幻滅すると思うのだけれど、なかなか他部隊の仕事場に顔を出すなんて事は出来ない。仕事後なら会える可能性があるが、この人はこの部屋から出ないので出待ちしている人には、いつも私が丁寧にお断りを告げているのだ。そもそも、人に会う目的で図書館に来ていては司書達に迷惑がかかる。これもまた、ロッタ大佐が出待ちを禁止してくれたおかげで随分と助かった。
アケミ少将に言わせれば、私の名前を記憶しておいて軍務省人事部で、勤務先を調べる行動力をもっと別の事に使えば良いのに、である。
「レイノマンの所に行けば良いのに。あいつは平民で独身で出世頭じゃないか。それに軍人らしい軍人だ。指揮能力だって高い。情に厚く、部下の信頼も篤いし、人柄も良い」
男性らしい男性よりも可愛らしい男性の方が、若い新人女性軍人には人気が出るのだろう。それにレイノマン少将よりも、アケミ少将の方が若い。年の近い異性に興味津々と言った感じかしら。
「そんな事より、仕事してください。手紙の仕分けは終わりましたので、あと通信は出てくださいね。緊急の要件だったら困りますよ?」
朝の仕事というか、恒例になりつつある手紙の仕分けを終えて事務仕事に移ろう。魔法技術装置の提案書をまとめないと。
……そう言えば、アケミ少将は魔法技術装置で遊んでいるようで、遊んでいない。いや、まあ魔法技術装置を子供のオモチャとして市場に流そうと考えつくあたり、本気で子供に戻って遊んでいる気もするが。魔力を子供の頃から自然と使わせて魔力量の向上を狙う。なるほど、口は達者であるなぁと関心する。
黙々と仕事をしていたら、乱暴にこの部屋の扉が開かれた。ノック無しで、それもこちらにお構いなしといった感じで。
ロッタ大佐でさえ一応はノックするから、誰だろう? ついに、忍耐力が底をつきた通信装置の向こう側の人が来たのだろうかしら?
「頭ぁ! 随分と働き者になったでさぁな!」
開口一番がそれだった。ビッグベアー並の巨体、顔には大きな傷が残っていて、装備はまさに重装歩兵だ。その巨体を守れるほどの……更に大きな盾がその男の存在感を引き立てている。
……大きな、人だ。こんな人、見たことがないわ。全く、『歩く軍人名鑑』の名折れだ。
「やっぷー☆ 元気? レベッカちゃんのご帰還よぉ~♪ さっさと紅茶とケーキを用意しなさい」
琥珀色の髪を後ろで纏めた、胸の大きな女性だ。まともじゃない女性なのは言葉と心で理解した。早期的に『歩く軍人名鑑』の名折れは回復した。この人は、知っている。資料上で、という前置きが付くが。
……弓の達人。弓を使った速射と超遠距離からの攻撃が得意で、特筆すべき点は超遠距離……確か最高記録は5キロ先の的を射ている。弓聖の二つ名に最も近い人物だわ。
「あの、もしかしてこの人は――」
扉から視線をアケミ少将に戻したら、子供が少将に抱きついていた。女の子? ……金髪の髪からはみ出ている、長い耳が見えるわね……いや、まさかね。それにしても、いつの間に?
「抱っこ抱っこ~。アケミィ~。妾がいなくて寂しくなかった?」
酷い頭痛がした気がした。気のせいだった。早くも私は今月は驚愕しないという密かな目標に失敗した。
◆
「エイラ少尉に皆、自己紹介してくれ。顔を合わせるのは始めてだからね」
2ヶ月ぶりに全員集合か。エイラ少尉を含めるとこれが始めての特別第零部隊の集合になる。エドヴァルド……通称エドに、レベッカに、フラン。そして、ロッタ、俺、エイラ少尉で全員の少数部隊だ。
「あっしからいきますわ。エドヴァルドだ。階級は少佐でさ。まあ階級なんてのは所詮お飾りでさね。それに、頭のおこぼれで少佐の待遇を頂いた感じでさ。頭とは冒険者時代からの付き合いになりやす。見ての通り盾役でさ。頭の命を守る鉄壁の盾を目標としてますでさぁ。新人よろしくな」
「ハッ!」
生真面目に敬礼付きで返事をするエイラ少尉を見て、3人は笑いを堪えてやがる。およそ、帝国軍人らいし軍人は今までロッタくらいだったし、ロッタですら既にこいつら相手の影響を受けている。本人は自覚ないっぽいが。エドは相変わらず元気そうだ。
「レベッカちゃんで~す☆ 大尉だけどぉ~あまり階級に興味ないで~す♪ 特技は射止めることで~す♡ エイラちゃん、今日は一緒にお風呂に入ろうっ!」
「ハッ! よろしくお願いします! お風呂に入るのは遠慮しておきます!」
「断られてやんの」
エドが口を挟んだが、無視されていた。エイラ少尉は萎縮気味だな。どうにも、レベッカのことを知っているようだ。『歩く軍人名鑑』か。レベッカは弓聖の二つ名に最も近いとされているが、本人はそのことに対して興味が無い。そのデカい胸でよくもまあ弓が引けるものだと思うが。セクハラという概念はあるが、この世界ではセクハラで罰せられることは無いのだ。まあ、するつもりはない。それに、女性率が高いのでセクハラしたら多くの女性を敵に回すことになる。
「妾はフランじゃ。見ての通りの長耳が魅力的な魔族じゃ。種族はエルフ族なのじゃ。そしてアケミの嫁候補じゃ。あ、階級は中尉なのじゃが、威張っていい?」
「ハッ! お好きなように!」
もはや、投げやりだな。エルフ族を見ても驚いている様子がないあたり、エイラ少尉は大物になるやもしれん。西側諸国の人間が魔族を見る機会なんてほぼゼロだからな。敢えて可能性を考えるなら東側諸国のカムイ魔王同盟に観光に行こうって変わり者くらいか、高ランクの冒険者だろう。ああ、商人達を忘れていたな。だが、商人達でもあまり東側諸国に商売しにいく奴らは少ないが。
少しばかりフランの背丈が伸びたかな。見た目は10歳くらいだが、実年齢は圧倒的に年上だ。人間に換算するとやはり見た目通り10歳くらいらしい。
「エイラ少尉。いつも通りでいいぞ。むしろ、いつも通りじゃないと気が休まらない。馬鹿相手にそれなりに鍛えられてきたはずだ。こいつらはこの馬鹿に並ぶ癖の有り過ぎる奴らだ」
ロッタが言うならそうなんだろうな。ロッタは誰に対しても公平かつ、公正だ。そのロッタの人物評価は正しいと思うが、癖がある人物だと一括りにされたのは遺憾である。
「……魔族を見たのは始めてです。というか、本当に存在していたのですね。それもエルフ族に会えれば生涯幸運になると聞いていますが、本当ですか?」
「妾達を幸運の運び手と勘違いしておるのじゃな。出会える可能性が低すぎて滅多に会えないからそういう話になったのじゃろう」
「帝国としては、魔族でも亡命者を受け入れる体制はあるけど、フラン以外の魔族の亡命者はいないし、そもそも魔王同盟から遠路はるばる帝国に来る理由もないので、西側諸国の人間にとって魔族は言い伝えにしか出てこない存在ということが証明されたね」
魔族は殆ど人間と変わらない知性と理性を持っている者が多いのだが、どうにも帝国の一般的な常識としては、野蛮人だと思われている節がある。それに、言い伝えでしかその存在をしらないから、幾らでも勘違いできるわけだ。それが敵対視にならないのは、俺の感覚でいえば物語の中に出てくるファンタジー生物を敵対視しない感じに近い。俺としては野生のドラゴンや、ゴブリンなどのファンタジー生物が存在しているので、俺の感覚とこの世界の人間の感覚には大きな差異があると思う。
「アケミ~? 紅茶とケーキの腕を上げたわねぇ~♪」
「ケーキを素手で食うな。品性が疑われる」
「おお! 随分と真面目になりましたなぁ。頭、ついにロッタの調教に屈しましたか?」
「エイラ少尉を見習えよ馬鹿共。それはともかくだ、各自、馬鹿に報告しろ」
「はーい」
ロッタが仕切ってくれるので非常に楽だ。エイラ少尉は呆然としている。その理由は幾つか心当りがあるが、そっとしておこう。彼女にはこいつらに慣れる時間が必要だ。
「東側諸国……ネビスト連邦とカムイ魔王同盟はやはり、頭の睨んだ通りですわ。小競り合い……中小規模の戦争で軍事産業の消費を生んで経済を回しつつ、それでも全体の経済に負担がかからない程度に、なあなあで戦争をしてますわ。一方で内政を充実させて兵站を強化してまさ。中小規模の戦争で生まれた技術を生活に使える技術に適応させて上手く国力を向上さてましたでさ」
「魔法技術力で言えばやはり、妾のおった魔王同盟が抜きん出ておるのじゃ。特に付加魔法技術が大きく伸びておったのじゃ」
「連邦、同盟の食べ物は美味しかったわ☆ 大衆向けの酒場でも美味しいと思える食事を出してたくらいだったしねぇ♪ あと、奴隷の質が高かったわ。綺麗な女の子沢山♪ 男の子の方も身なりが良くて顔もそこそこ良かったのが沢山いたわよ~」
「街並みはどうだった?」
インフラが整っているとそれはつまり、生活基盤がしっかりとしており、同時に社会基盤が盤石であるということだ。ここ数年でどうなったのか、気になる事柄である。
……奴隷制度についても、この世界の奴隷制度はかなり高度だ。現代日本で社畜という言葉が生まれていたが、自分で勤務先を決める自由がある奴隷制度が現代日本の制度だとして、この世界の場合は能力にあった奴隷をその能力が欲しい買い手が買うので、勤務先を決める自由は無いが、能力にあった仕事を与えられる。それに、ちゃんと衣食住はしっかりと保証されるし、少ないが給料も出るし、自由時間や休日もある。奴隷同士の結婚や主人と奴隷の結婚も可能だ。妾を買う場合もあるが、美人、美男子は当然高い。それに奴隷を買う場合、身元の保証や資産などを奴隷商会に査閲される。奴隷商会はかなり厳しい規定の元、奴隷を売買しているのだが、それでも購入者は多い。その理由として人手不足があるのだが、人手不足が無い時代も奴隷売買の需要と供給は安定していた記録がある。それだけ奴隷は便利なのだろう。俺は買ったことがないから分からんが。
「綺麗じゃった!」
「公共施設の設備が充実しているように見えましたぜ。それに東側諸国の道路はなかなか整備が行き届いていましたでさ。それこそ地方、辺境地に至るまで道路が綺麗に整備されていやした」
「商人たちにとってありがたいわよねぇ☆ 地方の名産物とかが中央で売られてたしぃ~。あと夜のお店もなかなか上等だったわ。女の子のお店に私が入っても何も言われなかったしね♪」
やはり東側諸国は相当発展している。小競り合い、それも中小規模の戦争を、経済の消費場、魔法技術の実験場のような扱いにしている。恐らく東側諸国はそれを理解して戦争をしている。その証拠が、両国の人的被害の少なさだ。全く、あちらの国に俺が迷い込んでいたらかなり情勢が変わっていたかも知れないな。
……ダメだな。個人の力量で情勢が変わるなんて、過信だね。全く俺は何様だろうね。東側諸国はやはり、西側諸国に攻め入るという考えは今のところ無いようだが……。情勢は改革により変わることがある。可能性は低いが、一応対策は考えておくべきだろう。
◆
頭の痛くなる馬鹿共が勢揃いした。唯一の救いは多少マシになった馬鹿と、エイラ少尉だ。彼女の影響は少なからず良い方向に馬鹿を導いている。本人に自覚はないのだろうけど。
その馬鹿はソファーに仰向けに寝転がりながら、行儀悪く弧を描くように足を放り投げて、交差させていた。そして、その胴体にはフランが張り付いていた。父親の上に寝転がる娘といった感じにも見れるし、兄の上に寝転がる幼い妹とも見える。
久しぶりの光景だが、アレはアレで考え事をしている姿なのだ。
……見慣れた光景でもあるが、馬鹿はフランを女性として見ていないのが救いか? いや、フランは本気だ。なにせ、初対面で、『妾は、いずれアケミの子を孕むのじゃ』と言ってのけたのだから。
「――頭とあっしは、士官学校なんて上等なとこにいってませんぜ。冒険者上がりの軍人でさぁ。ま、今じゃ冒険者上がりで軍人になりたくても相当有名じゃなけりゃ声すらかからないですがねぇ」
「エドヴァルド少佐とアケミ少将は冒険者上がりの軍人だったのですか……どおりで私が知らないわけですね」
エイラ少尉はどうやら親交を深めているようだ。それは良いのだが悪い影響を受けないように私が何とかしなければいけないだろう。
……エドはやはりというか、当然のように身体の大きさに似合わず話が巧い。自然と会話が出来る能力が高いのだ。それも、初対面でも関係なしに、相手の心を開かせるような話術を持っている気がする。
「頭と始めて出会ったのは、頭が冒険者ギルドに冒険者として登録をしに来た時でしたかねぇ。なんだこのヒョロイ女みたいな野郎はって。武器も持たずに、身一つで来た場違いな冒険者がいるって感じでさ。ギルドにいた男女共に笑ってましたし、あっしも笑ってました。ま、その後に皆の顔が凍りつくんですがね」
その辺りの話は私も知らないな。馬鹿の冒険者時代の話は興味があるな。
……私の性格上、私的な過去を聞くなど出来ないことだからなぁ……。今ひとつ、踏み込むことが出来ない歯痒さがある。
「アケミ少将のことですから、どうせ悪口を堂々と言ったのでしょうね」
「ま、それもありますがね。冒険者ギルドに登録してそれが終わったら帝国憲兵がどかどかと入り込んできましてね。ギルドに不正資金ありって話で。それを事前に指摘して憲兵連れ込んだのが頭でしたねぇ。その後、可愛い顔して随分とえげつない事をするって酒場で持ちきりになってた所にまたまた頭が現れましてね。ここもまさかと思ったら、頭がこう言ったんですわ。――とある貴族に不正にあり、だ。冒険者として勇気のあるものは俺と来い。一緒に貴族の家に攻めこむぞ。なに、相手はたかだか100人程度の傭兵しかいない。命に見合った報酬はギルドから思うがままに出させる。勇気ある者は剣を取れ、臆病者は寝てろ。――ってね」
ほう、随分と煽るな。というか、そんな好戦的な一面があったのか。積極的な行動を取るとは今までのダラケぶりからは考えられないな。
「それでどうしたのですか?」
「それがまあ、詳しく仕事内容聞けば、その貴族は醜悪を絵に描いたような貴族でしてねぇ。それを聞いて動かない奴は男じゃねぇってんで、あっしが名乗りを挙げてそれに釣られて20人くらい冒険者が集まりましたわ。で、兵力差5倍。あっしがどうすんですかって聞いたら道中で説明するってんで皆移動しながら頭の説明を聞きました。後々になって思えば、逃げ道を無くす手でしたんですが。ま、あとの祭りというやつで」
無謀と勇敢を履き違えそうな冒険者を集めたのか? いや、そこまで馬鹿ではないだろう。そもそも、数で劣っているのだから実力ある冒険者を集めるはずだ。
「どこで知ったのか、初心者冒険者でしかもギルドの不正指摘と、貴族の不正は1日の出来事でさ。それに、あっしが言うのもなんですが、当時あっしはそこそこ名のしれた冒険者でしてねぇ。そう考えるとやはり、使える冒険者を集めたんですよ。で、それは良いとして、貴族のところに向かう道中での説明ですが、単純明快。知恵のない冒険者でも分かる。ただ、火を放てでした。ハハッ驚きやした? 平民、それも冒険者が貴族の家に火を放つ、それは不敬罪で処されてもしょうがないほどの大問題でしょうが、頭は全部計算尽くでしてね。傭兵たちが詰めている詰め所と貴族の家、この2つに火を放てと。夜襲の火計ですわ。普通なら火災に乗じて強襲ですが、頭は何を考えているのか、放火した後すぐに全員で逃げ出せって言うんですよ」
そう言えば、出会った当初の頃に馬鹿は冒険者時代は勤労だったとか戯言を抜かしていたのを思い出したぞ。エドの話を聞く限り破天荒な冒険者としか思えんが。
「いやね、面白いんですよ。あっし達を傭兵達が仲間だと勘違する。だから仲間が避難誘導してくれると勘違いして騙せるって。ま、夜襲の上に傭兵も冒険者も格好は似てますからね。で、避難誘導しながら兵力を分散させて各個撃破せよって見事にそれに嵌っていく。それに相手は傭兵、命あっての物種って考えがあるんで、半分くらいの仲間が捕まったり倒されたら逃げ出しましてね。まあ楽に勝てましたわ。その後は、放火で逃げ出してきた貴族を引っ捕らえて、消火活動。その頃には騒ぎを聞きつけた憲兵もいましたねぇ。でもって、出るわ出るわの不正事実。1番の成果はあっし達がほとんど無傷で、相手さんも軽い火傷と怪我くらいでさぁ。まあ、その貴族が1番の被害を受けましたがね」
馬鹿のことだから、ある程度の情報を憲兵に流していたはずだ。夜にそれほど早い段階で憲兵が駆けつけてくるなんてそれしか考えられない。そして、自分の過去を話しをされているのに、よほど熟考しているのか、口を出してこないわね。
レベッカもその話に興味があるらしく、珍しく黙って拝聴している。
……よくよく考えてみれば、かなりの集中力があるわね。自分の話題が話されているのに、気付いていないのかしら……。
「なんだか今のアケミ少将とは別人の話に思えますが……」
「いやいや。その1日の出来事の後は平民向けの図書館にこもってましたぜ? あっしは随分と苦労して探しだしましたから。まあ、そこで頭と組んで行きたいと申し出たんですがね。この人に付いて行けばきっと面白いって感じでさぁ。その後はあれよあれよといろんな出来事があって、いろんな国に行って今に至るというわけですわ」
省略された部分についても是非聞きたいところだ。今度、馬鹿本人に聞いてみるか。
「大陸全土で有名人~♪ 大盾のエドと朱炎のアケミは私が士官学校通ってた頃に超有名冒険者だったわねぇ~。レベッカちゃんはてっきり噂話には嘘が混じってると思ってたけどぉ~」
……! 思い出したわ! 私が士官学校卒業して間もなくの頃にその名を聞いた覚えがある。所詮は冒険者だと聞き流していたが、軍人になってからも何回か聞いた覚えがある。というか、名前で気付けよ、私……。エドなんて見たまんまじゃないか。
いや、大盾のエドは小柄で大盾持つ女で、朱炎のアケミは炎の魔法と炎を好んで使う大柄な女の女2人組みの冒険者だと聞いていたから一致しなかったんだ! そもそも、アケミは大きな魔法が殆ど使えないはずだ。クソッ、情報操作か。それほど有名な冒険者が軍に入ったとなれば嫌でも噂になるはずだ。それが私の耳に入っていない。つまり、馬鹿が何かしたということか。
「わ、私の士官学校時代でもその名前は聞き及んでます! でも大盾を持ってた小柄な女性と炎を使う大柄な女性だと聞いてました!」
「そりゃあ随分と面白く湾曲しましたなぁ。あっしと頭の役割が逆な上に性別まで違うとは、いやはや……情報を騙して流すってのはこうも妙な話になるんですなぁ。あっしの名前なんて短縮されてるほうが広まってますなぁ」
やっぱりか。それにしても、意外なところに意外な人物がいるものだ。
「大盾のエドが炎竜の業火を防いだという噂はホントですか? それに、連邦と同盟の戦争を一時的に止めたという話は? トーテ公国に捕らわれた帝国の姫様を助けだしたという逸話は?」
エイラ少尉が興味津々といった顔で質問を投げつけていた。そりゃそうか。今も伝説的な冒険者が目の前にいるのだ。3年前ほどからピタリと活動を聞かなくなったのは、ここにこの馬鹿が住み着いたからか。
それに、エイラ少尉の聞きたがっている話以外にも多くの伝説的な冒険譚を聞き及んでいる。
……およそ、大陸全土の全ての冒険者が羨望する冒険者。大盾のエドと朱炎のアケミ、か。その仲間たちも有名人ばかりだったはずだ。その辺り、是非とも聞いてみたい。
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はて、どこまで話していいのやら。頭は寝てんのか、考え事してんのか本を顔に被せてるから分からんでさ。フランは完全に張り付きながら寝てやがる。これから話す内容は、冒険譚としてはそこそこの内容だから問題ないはずでさ。
特に女性関係の話をするわけじゃないさね。恋愛感情の機微に疎い頭と、あっしから見ればべた惚れの女。そう、その女は、頭の女性関係について知りがっているだろうでさ。しかし、そのあたりを話すのはあっしの役割じゃないでさ。
「全部事実でさぁ。炎竜の業火は大盾に燃焼し難い油を染み込ませた物を上手い具合に取り付けて、燃やすならこっちを燃やせって感じで。頭が言うには、大盾溶ける前に別の物燃やしとけばなんとかなるって適当言ってましたが、それを何とかするのが頭の仕事でしたわ。炎竜討伐に集めた20人からなる冒険者達を上手く使ってましたなぁ。あっしは業火を防ぎ、注目させる役割でしたんで。何をしたかは盾で見えなかったのですが、話を聞く限り、炎竜をこけさせたとか。業火が止まった後にあっしが見たのは地面に転がって腹を見せている炎竜の無残な姿でしたので」
そう、当時の仲間達から話を聞けばそのまま発言の通りなのだが。頭の説明だと、火を吐く際に後ろ足で踏ん張っているみたいだから、その地面に魔法をかけて転ばせたとか。最重要なのは、炎竜の目の前に立ち、その業火を受ける度胸と受けきれる能力だってんであっしがその役割を喜んで受けた。当時は箔がつくと勇んでいたが、今思い返すと相当危ないものだと思える。それでも、不思議と何とかなるだろうとも思っていたでさ。
「ほんの数秒稼げれば20メートルを超す炎竜を倒せると豪語した頭の言葉は事実でしたがねぇ。20人の冒険者達も聞いた当初は疑ってましたが、結果は大喜びと。魔法を使える冒険者中心に集めたんで案外正面から戦っても頭なら勝てたかもしれませんわ」
頭の恐ろしいところは、戦う前から用意周到に適切な人員と道具を揃える所だと思う。まずは炎竜の生態を徹底的に調べあげて、その後は弱点を探し出し、弱点が見つかったらそれを活かせる人と道具を集める。まあ、初期投資で随分と金は飛んだが、結局は報酬でプラスになった。むしろ、人脈こそ宝だと頭は言ってましたっけ。
「戦争を止めた話は、正確には止めざるをえない状況が起こったから勝手に止まったんでさぁ。早い話、両国に疫病が流行った。それを両国の王様に伝えただけですわ」
「国の王様に? そう簡単に国の王様に会えるとは思えませんが?」
「正々堂々。王城の正面入口から疫病が流行っているぞって声高らかに叫びながら行ったら入れましたがね。あっしが連邦、頭が同盟で同じことして同じように入れたんで、国の王様はそれなりに疫病が流行りつつあるのを知っていたが、戦争を優先したと頭は言ってました。えー、たしか……他国の人間が客観的に見てとても酷い疫病が流行っているのにも関わらず、またそれを承知しているのにも関わらず、戦争をするなど民を犠牲に戦争をしたいとしか考えられない、といった内容で叫べと言われましたねぇ。それも病に冒されている子供を持つ家族やら友人を引き連れてね」
示威行為とか頭は言ってたか? 忘れたでさ。とにかく疫病関係者を集めるだけ集めて、王城へ騒ぎつつ向かえって指示でしたなぁ。既に病魔に侵されていて、それでも動けるから参加したいと言う者が多かったでさね。でも、感染拡大阻止のために参加を拒否されていましたな。
「そんときに集まった人間は1000人以上でしたかねぇ。本気で疫病が流行ってて、それ以上に拡大感染する恐れありだからヤバイぞって、頭がいつもの柔和で、すっとぼけた顔じゃなくて、本気の顔してたんで張り切りましたがね。それにその疫病は帝国の方で昔流行ったやつでして、薬は帝国にあったわけですわ。いやぁ、本気の頭を見たのはその時が始めてだったかもしれませんねぇ。普段は人として全くのダメ人間ですが、無辜の民が無能な国の所為で沢山死ぬと思ったんでしょう。薬が帝国にあると知った頭はあらゆる手を使って迅速に薬を輸出と輸入させて、東側諸国の民には無償で薬をバラ撒いた」
いやはや、あの時の頭は男のあっしから見ても格好が良かった。
……情報を集めるために、駆けまわったり、人手を集めたりと、ともかく的確に動いていたでさなぁ。
「あらゆる手とは? それに、帝国の方ではそんな話聞いたことありませんが……」
「そりゃあそうでさぁ。何せお国が出来なかったことを一介の、冒険者にやられた。メンツってもんがありますからねぇ」
「疫病の名は? 帝国で昔流行ったとなると幾つか思いつくが」
「1番最悪なやつでさぁ。ロッタ。その怖さは士官学校で教わったんだろ?」
「魔瘴痘か! 皮膚が爛れて、そこから体内の魔力が体外に流れていく死の疫病じゃないか!」
そう、それでさ。あっしが見た限りじゃ皮膚が爛れるってもんじゃない。皮膚が溶けているように見えた。それに魔力が拡散していくから、回復魔法が通じない。いや、遅延させる事ができるが根本的な解決は出来ない。魔力の消費は体力の消費にも繋がる。徐々に魔力と体力が衰退して最終的には皮膚が爛れて衰弱死だ。時間をかけて、自分の皮膚が溶けていく様を見せつけられる、最悪の疫病でさ。
「帝国じゃ冒険者はギルドで、国民は病院で、軍人は軍で予防してくれるが、万が一があるとかで全て終わった後に病院いきやしたがね。頭の心配性は中々に高い」
「帝国から東側諸国へ行くとなるとどんなに馬を飛ばしても片道10日はかかるぞ。魔瘴痘は人によるが平均2~3週間で死に至る。子供ならなおさら早いが、どうなったんだ?」
恐る恐る、といった感じでロッタが聞いてきた。そりゃあそうだ。ヘタしなくても何千、何万単位で人が死ぬ。
……だからこそ、金に糸目をつけずに人を雇い、情報を買い、場所を一時的に借りるために病院や教会にも金をバラ撒いてましたなぁ。あの時ほど、金の力というものを知ったでさ。
「頭の本気を舐めちゃいけねぇ。頭は同盟の冒険者ギルドにこの出来事を伝えて緊急クエストってことでクエストを発令させてやしたね。ああ、そうそう。魔族でも、疫病に侵されるとしったのはこの事件の時でさね、っとあまり関係の無い話でしたわ。あっしは頭の指示で、西側諸国と東側諸国を往復するには避けては通れない……リング王国に緊急特別通行許可証をもらいにいきやした。そこから頭は、魔王同盟に乗り込んで、飛竜部隊と足の早いユニコーン部隊などを借りて……相当強引だったと聞いてますがね。その時に、東側諸国全土から回復魔法使える人間をかき集めて病魔の遅延をさせろとか、24時間交代制で働き続けろとか無茶苦茶言ったらしいですが、疫病が疫病だったんでその通りになりやしたね。ここまでで、1日。2日目はあっしは帝国にいやした。何がどうなったか説明すると、リング王国で通行許可証もらって、宿で寝てたら飛竜に跨った頭に拉致されたんですわ。いやぁ飛竜を10体以上使い潰しての強行移動は中々に辛かったですわ」
「夜間の飛行って危ないのでは?」
「地面が見えるほどの低空飛行ですわ。それに、深夜の帝国についてからは帝国の冒険者ギルドで冒険者をかき集めて大騒ぎ。冒険者達は魔族部隊を恐れてましたが、それ以上に頭を恐れてましたね。薬を集めろ、保存食を集めろ、医療品を集めろと冷淡に言ってのけて、その足で帝城へ乗り込んで、帝王に薬買い占めるからよろしくとか、挨拶してさっさと冒険者ギルドに戻って集まった薬やらを飛竜で運びましたからねぇ。半日くらいでリング王国についてそこからはユニコーン部隊に乗り換え。3日目の昼ごろには1度目の薬を届け終えるって感じですわ」
頭は移動中に寝てたが、それでもほとんど働きっぱなしでさ。それに、事前に東側諸国の冒険者達も動かしてたんで、リング王国から東側諸国への運搬は随分と楽で速かったでさな。
「またまた、アケミ少将とは思えない、別人の話に聞こえますね。結局どうなったんですか?」
どうやらエイラ少尉は結末が気になるらしい。
「奇跡的にというか、アレは奇跡としか言いようがないでさぁ。無事に薬は届けられて疫病に冒されていた人々は誰一人死ぬこと無く助かった、と。濃厚な10日間でしたわ。病魔の進行速度と患者の体力を完璧に計算して遅延及び治療を行えって提案というか脅迫が上手く事を運んだと言えるでしょうなぁ」
アレだけ働いが、ほとんどタダ働きだったな。その代わりと言えば代わりになるだろうさねぇ。あっちに行けば英雄扱いだ。頭なんて、民の英雄とか言われているが、他の国の部隊を使い潰すまで使ったので国からは良い顔されない。しかし、軍人の中にも疫病患者は結構いたから形式上は良い顔されなくても、感謝はされている。情勢聞いた時に普通に答えてくれたわけだしなぁ。
……頭の献身的な働きは東側諸国の民の心を掌握するためのものだったとしたら、それは末恐ろしいものだが、それは無いだろう。あの時は軍人になるなんて思ってもいなかったでさからねぇ。