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異世界で引きこもり軍人してます  作者: 多聞天
第一章 怠惰な軍人生活
1/16

第1話 新人


 ◆


 ……大陸歴が大陸全土に生きる人々の紀年法として使われ始めてから1000年以上の月日が流れていた。この世界には、魔法が存在し、魔族が存在し、魔物が存在する。

 そして、人間が存在する以上、人と戦争は切っても切れない関係にある。およそ、どのような世界でも、人間が人間である以上、大なり小なり争いは発生するのだろう。地球とは異なる世界――異世界でも戦争は起こっていた。

 大陸歴1455年……アリイ帝国とトーテ公国の間に政治的な摩擦が生まれた。その摩擦の解決方法として武力による解決を選ぶのは、戦争と共に生きてきた人間にとっての当然の方程式だったのかもしれない。

 アリイ帝国とトーテ公国の間で会戦された戦争――後世で200年間戦争という名称――は、夥しい流血を、大陸に吸わせることになる。そもそも、既にこの時代から魔法は戦場での活躍を期待されていなかった。戦場で飛び交い、戦場で使われる多くの魔法は、抵抗、対抗、相殺される。つまり、魔法を魔法で打ち消す技術が、確立されていた。よって戦場での戦い方は、魔法で打ち消すことが難しい己の身体を強化する"身体強化魔法"と"剣"で戦う古来よりの戦い方に帰結していた。

 もちろん、新しい魔法は発明された。だが、新しい魔法もすぐに研究し尽くされ打ち消される。よって、新しい魔法よりも信頼ある剣、槍、弓などに研究の目が行くことになる。その過程で、魔法を技術的に扱う魔術の発達と一定の魔法と魔力を宿し、その効果を発生させる装置、魔法技術装置の発達が起こった。

 その結果として、有人で行っていた戦場での魔法を打ち消す作業が、魔法技術装置が代行することになり、ますます魔法は戦場で使われることが少なくなった。斥候を放ち、相手より多くの兵力を集め、陣を敷き、正々堂々と正面からぶつかり合うしかなかったし、それがもっとも効率が良かった。ただし、その当時は、という前置きが付く。後世から見れば、人的被害が莫大になる要因にしか思えないのだ。そして、人的被害の拡大が200年間戦争の終結につながっていく大きな原因となる。

 ……200年間戦争で残されたのは、会戦当初は両軍合わせて10万人を越していた軍人達が、終戦時には1万人を下回る数になっており、数多くの発達した戦争技術……主に魔法技術装置などが多く残された。人は残らず、技術は残った。同時に、人手不足という問題が現代に残された。だが、戦史に残るであろう英雄達も多く現代に生き残っていた。

 大陸歴1652年。アリイ帝国、トーテ公国の間で起きた、200年間戦争の最終決戦――正確には197年間の戦争だが――勝利の女神は、帝国に微笑んだ。1人を殺すことにより、戦争は開始できるが、1人で戦争を終わらすことは出来ない。だが、200年間戦争の最終決戦までに至らせ、帝国を勝利へ導いたのは1人の人間が築き上げてきた数多くの功績が、勝利の女神に笑顔を向けさせた。しかし、その事実を知る者は少ない。

 そう、この世界とは異なる世界――異世界からこの世界に迷い込んだ1人の人物が、帝国に勝利の女神の笑顔を振り向かせたなど、誰が信じるだろうか……。

 

 ……大陸歴1655年、新春。アリイ帝国、帝都中央にある帝国城は、新たな人員で賑わっていた。長きに渡り続いてきた戦争が終わり、束の間の平和を約束されているのにも関わらず、軍務省の門を叩く者は多かった。

 真新しい軍服に身を包んだ少女……エイラもその1人である。長い時、200年ものあいだ戦争が続いてきた為に、あらゆるところで人材が不足していた。近年では、成人前から士官学校に入学でき、卒業と同時に成人したばかりの15歳でも士官……少尉として働くのが常になっていた。もっとも、それは終戦が見えてきたからこその、成人してからの士官なのだが。激戦時は、未成人……二桁に届かない年齢の少年少女すらも戦場に駆り出されていたこともあるが。それは昔のことであり、悪しき制度はすぐに撤廃された。それさえ無ければと過去の制度を悔やむ声もあるが、過去は過去であった。



「はぁ……」


 私はため息をついた。私の希望していた所属先は、帝城の近衛兵士だったのだ。栄えある帝国近衛兵士は優秀な人材が集まるのだ。儚いものだ、と思う。士官学校を主席で卒業したのに、希望所属が通らなかった。それは私が女だから、という理由じゃないのはわかっている。

 ……男性の方が、確かに希望所属が叶いやすいけどね。近年の人手不足は社会問題として常に話題に出るほど、人が不足しているけど、軍も同じ問題を抱えているわ。それでも、士官学校主席という手札は結構良い札だと思っていたんだけど……。

 貧乏貴族の次女という理由でもないはずだ。何せ昔よりはマシになったとはいえ、慢性的な人手不足だ。栄えある帝国近衛兵士の枠だって空いていると聞く。それでも適性が無かったのだろうと諦めるしかないわね。仕方ないわ。普通なら武勲を立てて転属希望を通すか、数年働いて条件を満たした後に転属するかが一般的なのだけども……武勲を立てる機会は戦争が終わってしまったので、かなり難しいだろうし、数年働いてからの転属希望するとしたら相当の働きが要求される。それこそ、上官以上の働きと活躍をして、引き抜きをしてもらわないと難しいわね……。

 何度も目を通した配布された資料を見る。


「なに、特別第零部隊って? 今年できたばかりの新設部隊じゃない……」


 はてさて、一体どんな部隊なのやら。そもそも、上官がいるのかも怪しい。他の皆は所属部隊の上官に集められて勤務先へ行ったわ。任官式場にはまだ沢山の軍人がいるが、新人で残っているのは私だけだ。取り残されている気分になるわね。時間を守らない上官なのだろうか……。それは軍人にあるまじき行為だわね。事情があって遅れているのかもしれないし、勝手に行動してはいけないわ。

 平和になったのを機に、軍務省の規模縮小の噂はちらほら聞くけどいくら平和でも常備軍は必要だし、過去の繁栄期に比べると現在は衰退期と言えるわ。それこそ、軍人の数がその事実を物語っているしね。常備軍の軍人でも1万人以上は確保しておきたいはず。いえ、数を回復させたいはずよね……。大昔は5万人以上の軍人がいたと習ったけど、現在の軍人の数はあやふやなのよね。戦争が終結して退役したり、予備役として一般社会の生活に戻ったりとで、終結時にごたごたしたらしいわ。過去の人々は、現在の現役軍人の総数、約1200人――私達の世代が追加されてやっと1200人なのだ――ってのが信じられないでしょうね。終戦時でも3000人だったらしいけど……。


「君がエイラ少尉で間違いないな?」

「はい!」


 考え事をしていた私の背後から現れた女性……軍階級章を見て驚く。が、身体に染み付いている行動が自然と私の身体を動かし、敬礼をした。

 ……若い……! 私とそんなに変わらないか、多く見積もっても10代後半に見えるわね。どこかで見たような顔でもあるわ。若いと驚いたけど、軍務省は全体的に年齢が若いと聞いていたのを失念していたわ。特に大尉以下の階級には10代後半から20代前半が集まっている。でも、大尉の1つ上の階級……少佐になるには、大きな壁があるわ。指揮官としての能力がいるから、指揮官試験や実技訓練を合格する必要があるのよねぇ。数年前までは実戦で武勲をたてれば、それだけでよかったのに……。無論、平和が訪れたことは嬉しいけども、指揮官の試験は厳しいと聞いているのよね。年々追加項目が増えていくって先輩たちが言ってたなぁ。


「エイラ少尉の上官になるロッタだ。特別第零部隊の副部隊長だ。見ての通り、階級は大佐だが。歳は今年22歳になる。エイラ少尉は今年16歳。6歳ほど年上だが、遠慮無く口を聞いてくれたまえ」

「ハッ!」

「公式の場では、軍規を正す為にそれでも良い。が……特別第零部隊……というより、部隊長は堅苦しいのを嫌うのでな。普段通りの口調で構わんよ。では勤務先へ行こうか」


 敬礼をやめて、ロッタ大佐のあとを付いていく。さすが、軍人。中々に早足だ。

 ……しかし、普通は部隊長が迎えに来るものだろうに。どういう訳だろう? それに、部隊? 大佐の階級を持つ軍人が部隊に属している? 人手不足の問題はそこまでなのかしら? それに、ロッタ大佐を従わせているとなると、相当階級の高い人物なはずだが。たかだか、部隊長? 問題有りの部隊な気がしてならないわね。ロッタ大佐か……自己評価ではあるけれど、私は帝国軍人の名立たる人物の顔と名前のほとんどを覚えているわ。通名、恥ずかしいから嫌だけど、『歩く軍人名鑑』の名は伊達じゃない。その私の記憶違いじゃなければ、あのロッタ大佐本人だとしたら……私の上官は確実に戦史に残る英雄ということになるわ。


「これから向かうのは、帝城図書館だ。そして、そこにいる人物は非常に癖のある人物だ。気をつけたまえ」

「えっ? は……! ハッ! 了解しました!」


 第一声、自分でも素っ頓狂な声が出たと思う。なんで、図書館? 何故図書館に行き、人に会うの? 特別第零部隊は新設の部隊よね……。まだ部隊部屋が無い、とか? 恐らく高級将校がいる部隊なのに? いや、でも私に割り当てられた宿舎の部屋は、ちゃんとある。他の新人とは違って、個室だったのが、未だに謎だけどね……。余計な詮索はしなかった。藪をつついて蛇を出すことになりかねないしね。


「特別第零部隊……トクゼロか、トクブかとあの馬鹿は名付けようとしていたが、まあそれは関係のない話だ。これから会う人物の為に今年、急造され新設された部隊と言って良いだろうな。人員は私とエイラ少尉……と、あと数人だ」

「それは……重要人物の護衛任務を中心にした部隊ということでよろしいのですか? それとも特殊任務を中心にした部隊なのでしょうか?」

「……任務内容についてはこれから会う奴に聞くと良い」


 非常に歯切れの悪い口調で答えてくれた。幾らなんでも、ロッタ大佐が馬鹿と呼ぶ人物が、部隊長じゃないわよね?

 ……ほんと、どうなることやら。しばらく施設内を早足で移動して、図書館にたどり着く。


 図書館独特の匂いは好きだが、ロッタ大佐は一直線に、図書館の奥に向かって行く。それについていくと、図書館の最奥に真新しく見える扉があった。その扉をロッタ大佐はノックしたが、無反応。すると返事が無いので、どうするかと思えば、いきなり扉を開いたのだ。

 その扉を開くと、そこはまるで貴族の一室だった。


「おい! いるか!」


 ロッタ大佐は、広い部屋を慣れた様子で進む。……魔法で拡張されているわね。その室内全体に聞こえると思える大音量で叫んだのだ。

 ……部屋を魔法で拡張、改装するのは金持ち貴族の特権とも言えるのよねぇ。次々と、視界に入ってくる物を、見る。……最新の魔法技術装置を使った自動湯沸かし装置? あっちは、士官学校にあった戦略、戦術訓練装置だ。あとは、嗜好品の数々が見える。その1つ1つが、私のもらえる予定の新人軍人の初任給よりも高い逸品が多い気がするわ。貧乏貴族の私でもそれくらいは分かるわ。

 しかし、なんて部屋よ……。魔法技術装置の置き場だったのかしら? そう思える位に古今東西の魔法技術装置が多いわね。ガラクタ同然の魔法技術装置から、最新の魔法技術装置に、見たこのもない魔法技術装置まであるわ。それに、本棚に本が敷き詰められているわね。図書館の貯蔵本置き場だったのを改装したのかしら? いったい帝国金貨何枚分の費用がかかっているのやら。

 ……帝城図書館に費用がかかっているのは、理解できるが。この部屋はまるで私室みたいね。


「ベッドがあるし。あっちはお風呂にトイレ……? それに本の山……魔法技術学者でも住んでいるんですか?」


 そう、図書館が家のようになっていた。いや、家が図書館になっているのだろうかしら? どちらにしても、ここには人間が生活している生活感があるのだ。特に大きなテーブルに本やら書類が散乱しているし、床も同じような感じに散らかっている。


「ああ、そうだな……エイラ少尉。ここは魔法技術学者なら楽園だろうよ。チッ」


 苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちした。ロッタ大佐の私人としての一面が垣間見えた気がする。


「エイラ少尉、ついてこい。多分、奥のソファーだ」

「? ハッ!」


 言われた通り、付いていく。大きなテーブルの上には、やはり仔細に見ても様々な種類の本と書類、メモが書かれた紙などなどが、散り散りに置いてあるわね。誰も整理しないのだろうかしら。

 

「おい! いるんだろ! ったく人を動かしといて昼寝か!」


 ソファーに寝転がっていた人物を、ロッタ大佐は思い切り蹴り上げた。

 ……巧い。相手に傷を負わせるためじゃない蹴り上げだ。手加減が絶妙だとも言えるけど。


「――いてて、おはよう。ロッタ」


 その人物は、一般的な平民が着るシャツとズボンに、司書であることを示すローブをまとっていた。そして、この国では珍しいと言われている……黒い髪に黒い瞳――少なくとも私は始めて見た――をしていた。立ち上がったその人物は、軍人には見えない体躯……細いわね。それに、ロッタ大佐よりも若く見える。私と同い年か、それ以下……? そんな訳がない。それにしても、白皙はくせきの肌とはまさにこのことだろう。男性用のシャツ、ズボン、シャツの上に軍服を着崩していて、その軍服を覆うように司書のローブを着ていた。そしてそれらの衣服が性別を男だと主張しているが、男装している司書に見えるのが自然だと思える。辛うじて軍人を示す軍階級章が、彼――恐らく男性のはず――が軍人であることを主張していた。

 ……ロッタ大佐にも驚いたけど、この人……見た目の年齢と違って雲の上の人だわ。まさか、少将とは……。確かに長らく続いてきた戦争……近年では若者が戦場に赴く事が普通となっていたが、それでも、将官まで出世、生き残れる軍人は数えきれるほどしかいないわ。年齢は分からないけど、若い。その若さで、少将まで、駆け上がるにはどれほどの功績、或いは武勲を残しているのだろうかしら。人を見た目で判断してはならないわ。たとえ、冴えない魔法技術学者にしか見えない人物だろうが、少なくとも現状証拠的に彼は軍人なのだ……。


「なにが、おはよう、だ! この馬鹿。無能。体たらくが。特別第零部隊の新人を連れてきたぞ」

「新設されたばかりだから、俺を含めて全員新人だ……いてっ!」

「うるさいわね。他のメンツは?」

「哨戒任務中だって。ああ、俺を含め皆、書類でエイラ少尉の事は知ってる。まあ、近いうちに会うよ。嫌でもね」


 どういうことなのだろう。下官が上官を殴る、暴言を吐く、態度が悪いなど許されることではないはずだ。

 ……ロッタ大佐は、随分と想像とは違うわね。どう見ても、軍人の上官、下官の関係ではなく、仲の悪い兄妹……いや、姉弟? それとも、長年連れ添った夫婦? ともかく2人のやりとりは帝国軍人のやりとりには見えないし、上官と下官のやりとりではない。


「質問してよろしいのですか?」


 私は、ロッタ大佐に許可を得る形で、聞いた。何故、少将に許可を得なかったのかは、簡単だ。少将はティーポットセットを用意していたからだ。上官が動いているのに下官がそれを意味もなく止めては何を言われるか分からない。


「好きにすると良い」

「では、この部隊の任務は何ですか? それに、このお方は?」


 私の事は会話から察するに書類で知っているはずだ。しかし、私はこの人を知らない。『歩く軍人名鑑』と通名を名付けられた、私が知らないのだ。士官学校時代に図書館に来たこともあるが、この部屋の存在すら知らなかった。いや、その時この部屋はあったかも知れないが、図書館には本を借りるか、調べ物をするという目的があるので、目的外の事に目が行かなかったのだろう。


「あれ? ロッタ。説明してないの?」


 この人物の為に設立された部隊であること以外は何も知らない。そもそも、階級が高い2人が新設の部隊員? 嫌な考えをすれば、吹き溜まりというか、左遷先の部隊なのだろうか? いや、ロッタ大佐は私が知る限り、非常に優秀な功績と武勲を残しているわ。


「してないわね。部隊長がすれば良いし、勤務内容はそれこそ部隊長が決める事だろうが……腹を決めろ、もうお前は軍人なんだからな。年貢の納め時って奴だわ」

「やれやれ。好きで軍人になった訳じゃないのに……」


 心底嫌そうな顔だ。近年、トーテ公国に戦争で勝利したアリイ帝国軍人は今や帝国中の憧れの的なはずなのだが。それに、人手不足が問題になっているし、男性なら尚更、軍に欲しいところだと思うわ。それに、なりたいと思っても簡単に帝国軍人に成れる訳じゃないのに。


「そもそも、3年前からずっと軍に所属しろと言われ続けていただろうが。2年間。待ちに待った時がきたな」

「……」


 上官達の会話に口を挟めない。私は少尉、この場の誰よりも階級が下なのだから。


「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は……いや、仕事中か。私はアケミ・アオキ。司書の格好をしているが、司書だ。それと、特別第零部隊の部隊長でもある。階級は少将だったっけ?」

「そりゃ、副隊長の私が大佐だからなぁ。部隊長はそれ以上の階級ではあるだろうよ。人事指令書を読んでないのか、はぁ……」


 帝国軍人の少将が自分の階級を分かっていない? それに、少将となれば師団長を務めてもおかしくないのに、部隊長?

 ……いや、師団はあるにはあるけども人手不足で本来必要な人数を集められないと聞くわ。それに、やっぱり名前を聞いてもピンと来ないわね。『歩く軍人名鑑』の名折れだわ。別に誇ってないから折れてもいいんだけどね。

 アケミ少将ねぇ……。司書の資格を持っているような発言があったから頭は良いのだろう。柔和で優しそうな雰囲気と顔をしているので、見た目から感じる人柄は悪くないと思うわ。それに、家名を持っている。貴族の力は弱まっているが、それでも軍に影響力のある貴族は多くいる。私の予測では、アケミ少将の実家は軍に影響力のある貴族で、何かしらの力を使って軍属になった、と思う。どう見ても、戦場で活躍できるような猛者に見えない。


「特別第零部隊の任務を聞きたいんだっけ? 質問に解答すれば、帝都護衛任務になるのかなぁ?」


 いや、聞かれても……。印象としては、かなり失礼だが、この少将はズボラだ。抜けているとも言えるし、適当とも言える。駄目人間の匂いが嗅覚では捉えられないが、感覚的にわかってきた。

 ……少将を駄目人間だと思っても良いのだろうかしら。理想、というか私が考えていた少将は少なくとも、もっとしっかりとした人間像だったのだが。このアケミ少将が特別おかしい人物なのかしら……。そう思いたいわね。


「わざわざ、士官学校主席を引き抜いた理由を忘れるなよ。それに魔法技術研究所への技術提案を忘れたのか? そのための士官学校主席でもあるだろうが、馬鹿」

「そうだった。なんだ、勤務内容は私が決めるものだとか言っておいて、ちゃんと決めてあるじゃないか。エイラ少尉、君は頭脳労働担当ね」


 それは良いとして、結局明確な仕事内容が良く分からないわ。私としては、最低限、ちゃんと仕事があり、ちゃんとお給料が払われるならば……納得はできるわ。


 ◆


 全く、この馬鹿は軍人としても人間としても最低の部類だ。軍人としては、剣の腕は士官学校生以下だし、魔法はそれこそ子供同然の実力だ。人間としても日常生活に関しては全く頓着せず最低限の生活が出来ればそれで良いといった感じだ。どこぞの誰かが、見るに見かねて帝城の新人メイド達を毎年こいつの面倒を見ることを訓練として採用したくらいになっている。将官、それも大将以上の軍人ならこいつの醜態を知っているが、それ以下の階級の人間はそもそもこいつが軍人であることすら知っていないだろうな。

 平民でしかも、最年少の将官なのだが、それが喧伝されないのには幾つかの事情があるが、それでも軍内部のみでいいから噂を流してくれと思う。周囲の環境から追い詰めないと、こいつは働こうとしない。普通なら軍を首になるが、この馬鹿……アケミは天才だ。認めたくないが、確かに戦争の天才なのだ。


「――特別第零部隊の成り立ちは、軍上層部が私を働かせようと新設した急造の部隊らしいよ。全く、頼んでもいないのに、勤労に働くものだよ帝国軍人は。やれやれ、引きこもり生活がたったの1年か。そして、頼んでもいないのに士官学校主席を引き抜いて連れて来るとはね」

「アケミの要望だった、魔法技術に造詣が深い、戦闘能力が優秀である、情報収集、解析、補給、その他、もろもろ有能な人物となると嫌でも士官学校主席か次席に絞られる。万能で使える新人なんてそうそう生まれてくるもんじゃないぞ」


 非常識も甚だしいが、こいつの要求を達成して鼻を明かしてやろうと躍起になってしまった結果が、エイラ少尉なのだ。彼女は非常に優秀だ。士官学校主席なのは勿論のこと、人柄も優れている。正しく帝国軍人としての在り方を体現できるだろう人材だ。

 ……現に、今も上官同士の会話に入ってこないし、直立不動だ。身の丈をわきまえている辺り、他のメンツとは大違いだ。


「まあまあ、エイラ少尉も楽にして良いよ。というか、適当な椅子に座っていい。紅茶でも飲もう、そうしよう。茶請けのお菓子などもあるしね。ダラダラとして親交を深めようじゃないか」

「……それが命令ならば従います」


 これだよ、これ。このお固い帝国軍人らしさが特別第零部隊には皆無だ。いろんな意味で部隊長の影響を受けまくっている特別第零部隊には良い刺激になるだろう。


「うっ……」


 紅茶の香りで分かるらしい。エイラ少尉は恐る恐る紅茶を飲んだ。なんか、可愛いなぁ。初々しい。他の馬鹿共はガブガブと紅茶を飲むし、ガツガツと茶請けの菓子を食うからな。気品の欠片もない。百万歩譲ってこの室内なら品性の欠片も無い有様を許してきたが、やはり、新人に習って初心に立ち返るべきだな。そうしよう。

 ……馬鹿自身は気品は無いが、上品ではあるのが納得出来ないわ。


「エイラ少尉の口にあうかな? 私が紅茶淹れたんだけど、どうかな? クッキーとケーキも私が作ったんだ。魔法技術装置はこうやって使われるべきだね」


 ああ、忘れていた。確かにこの馬鹿は、戦争の天才だ。それ以外の取り柄は美味い紅茶と菓子を作れるところだな。というか、料理全般に造詣が深すぎる気もするが、自分が満足するためなら労力を惜しまない奴だからな。その労力を仕事に使わないのが問題なのだ。


「軍用補給魔法装置を日常生活の為に使う馬鹿がいるか……全く軍の所有物をなんだと思ってやがる」

「お古を譲ってもらって有効活用してるだけだよ。それに、軍用の魔法装置で日常生活に使えそうな物は、規定を定めて徐々に日用品として市場に流すってさ。日常生活をより楽にしていこうって考えだ」

「エイラ少尉。自由に発言して構わない……何か言ってやれ」

「ハッ。不肖の身ながら、軍用の装置を日用品として流す、それもきちんと規定を作って日常生活に役立てる発想は素晴らしいと考えます。ただ、それが高価では平民にとっては手が出せないものになるかと」


 なんというか、無難な発言だな。それもまた良しだ。むしろ闇市で軍用品が市民に流れるくらいなら馬鹿の考えのほうが遥かにマシか。


「安く市場に流すさ。生活が便利になれば時間に余裕ができる。そうなれば、余った時間を他事に使える。家事手伝いに従事していた女性達が外に出て異性と出会う時間が増える。その結果として夫婦、また家庭を持つ人口が増えて、人手不足の解消に繋がるのさ。大昔のように、有人で行っていた作業を、魔法技術装置で代行させようってことだね」

「そうやって誰を騙したのだ?」

「騙したなんて言い方が悪い。人手不足を何とか出来んかと聞かれたから、答えた。それだけだよ」


 相変わらず、聞かれなきゃ答えないのか。それに……。


「アケミ少将は、その……どういった任務をしているのですか?」


 それに、誰からの問いだ? こいつの交流関係は、なかなかに謎が多い。元冒険者だからなぁ。人手不足の問題は、軍務省の管轄ではないものの、全ての行政機関と民間機関に影響のあるものだ。どこの誰がこいつに解答を求めたのかは分からない。それを知らないエイラ少尉が疑問を感じた理由は、軍務省の仕事ではない仕事をこの馬鹿がしたとでも考えたのだろうか。


「特に何も。ああ……、今後は特別第零部隊の運用があるな。面倒だなぁ。やりたくないなぁ。働きたくない。ダラダラと生活して適当に生きたい。この1年間が私の理想的な生活だったのに」

「諦めろ。そして、仕事中に堂々と働きたくないと言うな。士気が下がる。お前は部隊長だ。部隊の事を考えて働けばいいんだよ」


 ほら見ろ、エイラが呆れた顔しているじゃないか。


 ◆


「軍人はタダ飯ぐらいだと嘲笑されて、馬鹿にされているくらいが丁度いいのさ。それは戦う相手がいなくて、平和である証拠だからね。こうやって、紅茶飲んで、ケーキでも食べて1日の仕事が終わる。まさしく理想的な軍人の仕事だね」

「しかし、それではいざという時に困りますが?」


 新人のエイラ少尉は戸惑った様子で、俺の発言に答えた。徐々にではあるが、親交が深まってきている……と思う。始めは発言を許可しないと発言しなかったけど、1時間もティータイムで会話をしていれば普通に話すようになる。他の奴らは違ったけど。それは置いておこう。このお固い帝国軍人らしさを崩して、本来の姿をさらけ出させるのが、今日の俺の仕事だろう。

 書類上の彼女は確かに優秀の一言だ。人柄も良いのは感じる。が、それが信頼に繋がる訳ではない。

 ……人を疑う訳じゃないが、同じ職場で働く人間の為人ひととなりは知っておきたい。


「そう、そのいざという時に動いていは遅い。常に相手の行動を予測、または情報を入手して相手が動けないようにあらゆる嫌がらせをして、軍事的行動の自由を奪う。そうすれば、いつまででもダラダラとできると言う訳だね」

「はぁ……」

「これが駄目人間の思考だ。参考にするな、学ぶな。こいつから得られるものは、美味い紅茶と菓子くらいだ」


 酷い言われようだ。太らせるぞ。無理か。必要以上にケーキやらクッキーを食べないし、訓練してるからなぁ。


「それで話が脱線したけど、私の任務というか、特別第零部隊の任務としては先に述べた、軍用の魔法技術装置を日用品としてどう使うかの提案を魔法技術研究所に提出することと、諸外国の情勢を収集することの2つ。体裁を整えて言えば、魔法技術研究所との協力任務と哨戒任務ということになるはずだ。言い方を変えれば、魔法技術装置で遊んで、外国へ観光旅行いったり、国内を観光するお気楽な仕事が中心になるね。たぶん」

「……言い方を考えろ。戦闘訓練もあるだろうが」

「それは各個人の自主性に任してる。他の部隊が行っている訓練なんて、帝国民と諸外国への私達帝国軍はちゃんと訓練してます宣伝(アピール)だし」


 訓練は必要だが、必要以上の訓練は不必要だ。ようは、適度にこなせということだ。それに、現段階で戦争を行うということは自殺行為に等しい。長年の戦争による消耗と疲弊感は、もう二度と戦争などやりたくないと思わせるには充分過ぎる程の流血を大地に吸わせてきた。戦場で死に、戦争のために働くのはもう御免だという雰囲気が、終戦後に広がった。しかし通常、国というものには、ある程度の武力……軍事力は必要だ。歴史的に考えても、常備軍の軍人は最低でも1万人は欲しいと帝国政府は考えているのだが。人手不足の問題は、そう簡単に解決できる訳じゃない。時間が必要だ。人手不足解消も、再び戦争をやろうという気概を取り戻すのにも……。ぜひ、後者の方は永遠に取り戻さなくても良いと思う。

 永遠の平和などという理想的な世界は、人間が存在する限り訪れない。断言できる。俺の生まれた長い歴史を持つ日本でさえ、戦争が全く無かった時代は、徳川家が日本を支配していた、たかだか数百年間だ。有史以降の歴史から考えれば、数百年間はとても短い。もしかしたら、地球全体で考えたら戦争の無い時代など無かったかもしれない。だが、ここは異世界で現在では仮初めの平和が訪れている。


「魔物の討伐だって軍の基本的な仕事だろうが」

「……士官学校時代に魔物討伐の実技がありましたので、この辺りの魔物ならば対応できますが……」


 なんだか言いたいことを我慢している様子。まだ軽口を叩ける程ではないか。


「この馬鹿は上官だが、遠慮無く発言していいぞ。口を慎め、ちゃんと働け、とな。上官を誹謗中傷する発言で何かしらの罰を与えられるということは、この部隊に限り無い」

「……」


 紅茶を飲んで、口を潤して、何を言ってくるんだろうね。この娘は。


「正直に申し上げまして、アケミ少将がどうやって少将まで出世したのか全く分かりません。そのような振る舞いで、それも平民であるアケミ少将がどのようにしたらそこまでの地位を得られるのでしょうか?」

「言い方はアレだが、お前のような者にはその地位が相応しくないってよ」


 好き好んで少将になった訳じゃないんだがね。この部屋を手に入れるための条件だっただけだ。それに、俺が提示した条件を譲歩無しで飲み込んで、俺すらも飲み込んで、軍人にしやがったのは苦い思い出だ。


「地位なんて物は組織を円滑にするためにあるもので、必ずしもその地位に見合った能力がある人間が地位を得ている訳じゃないってことさ。帝国が戦時中から行っていた改革により、平民でも相応しい能力が有り、有能ならば将官になれる。しかし実際はこの数年で私を除けば平民出で将官になったのは1人だ。私の方は諸事情により、喧伝されてないが、あちらさんは大々的宣伝されているから、エイラ少尉も知っているだろう」

「はい。『平民の英雄』レイノマン少将は有名人ですから。それで、その、諸事情とは?」

「この通り、体たらくで口が悪い。そのくせ軍人には見えないし、レイノマン少将みたいに立派な身体をしていないから、宣伝には使えんってね」

「っ……」


 どうやら笑うのを堪えているようだ。ロッタなんて爆笑してるのに。帝国軍人の笑いのツボはよく分からんな。


「それに付け加えて、顔がダメだ。男らしくないからな。ハハハッ」

「プッ……アハハッ。ハッ! ……失礼しました! しかし、アケミ少将を始めて見た時、失礼ですが、男装した女性司書だと思いました!」


 正直者だな。心の中に留めておけばいいものを。外見的特徴についてはもう諦めている。


「気にしちゃないさ。他に何か思ったことがあれば言ってみると良い」

「……正直に言えば、新設部隊配属で不安でした。私の希望は栄えある帝国近衛兵士でしたので。その為に士官学校を主席で卒業したとも言えますが、それが運悪くヤル気のない上官の部隊に配属されてしまいました。帝国軍人として国の為に働きたかった」


 エリート中のエリートが集まる帝国近衛兵部隊はエイラ少尉とロッタみたいなお固い帝国軍人ばかりだからなぁ。それに、女性ばっか。子煩悩の帝王め。娘を守るためだけの帝国近衛兵部隊とも言われてるが、ぶっちゃければ男の兵士、それも優秀な男の兵士が圧倒的に足りていないから女性ばっかになっているのだが。


「やる気も何も、普段からやる気を出していたら疲れる。必要なときに必要なだけやる気を出せばいいのさ」

「このように口ばかり達者な怠け者上官の元で私は働かなければいけないのです。ああ、可哀想な私。家にお金も入れないといけないのに……」


 やっと素の言葉を聞けた気がした。


 ◆


 ハッ?! しまった。つい本音が。いくらロッタ大佐が上官への誹謗中傷が許されるとはいえ、それは大佐だからという制限があるかもしれない。それに、言われた側の気持ち次第で変わる。


「給料については、帝国近衛兵部隊の新人が貰うよりも、私の部隊の方が払いは良いよ」

「ホントですか!」


 朗報だ。家に入れるお金は多ければ多いほど、家族が楽できる。私は軍の施設……軍宿舎住まいだから生活費はあまりかからない。

 夢にまで見た貯金ができるかもしれない。正直、実家からはお金が無くて士官学校に入れられたという思いがあるが、無料でご飯が食べれて勉強もできる上に、帝国軍人に憧れがあった私には丁度いい話であったのだ。そして、私のような人間は結構いた。どこもかしくも人手不足なので仕事を選ばなければ食べては行けるだろうが……。


「給料が良い理由はいくつかの要素が絡んでくるが、主に毎月の部隊運営費が部隊員の給料に上乗せしている感じだね。部隊員全員分の必要な装備品などに関しても、実質はエイラ少尉の分しか使ってないしね。それに、戦争が終わって経済も活性化しているし、景気はほどほどに良い」


 まだ短い時間しか話していないが、(ようや)くわかった事がある。経済の話をするあたり、アケミ少将は軍人だが、政治屋の考えもできるようだ。政戦両略の軍人は少ないと聞く。怠け者なのに、働き者という矛盾を抱えているようにも思えるが――。


「給料分の働きはしても給料分以上の働きはしなくていい。よって、私の給料は安い。その分、部隊員に回してるわけだよ」

「少将が少尉並の給料しかもらってない方が軍として問題なんだ。が、その給料を他の隊員に分配するという体裁で文句を言わせなくしているんだ、この馬鹿はな」


 ――そう、ただの面倒くさがりなのだ。それも質の悪い方の面倒くさがり。


「それでも、お給料が多く貰えるのなら、文句はありません。が、私はその給料分の働きができるのでしょうか……」

「その働きをさせるのが、この馬鹿の仕事だ。あまり深く考えなくていい。給料分の働きが出来ていないと思ったら、全てはこいつのせいにしろ」


 気分は楽になったが、しっかりと働いて稼ぐという考えは出鼻を挫かれた思いだ。


「とは言われたものの、このご時世じゃ大半の軍人は給料分以下の働きしかできてないけどね。――ッてぇ」

「うるさいんだよ、余計な発言が多いぞ、馬鹿」


 平然と上官を殴る下官の光景も多少慣れてしまった。

 新春。新人軍人としての新しい生活が始まろうとしているのに、幸先がどうなるのか全く分からない。それでも、この美味しい紅茶とケーキが度々出されるのなら、それは文字通り美味しい仕事なのだろうと思う。


 この部屋の窓の外に見える黄金色に染まる夕空。『歩く軍人名鑑』の異名を持つ私が想像していたロッタ大佐の像よりも遥かに違った印象を受けたロッタ大佐が、目の前にいる。厳しい人であることは、想像通りなのだが。


「今日の業務は主に新人歓迎なのだから、書類整理なんてしなくても良いと思うのだよ」

「普通の部隊は新人歓迎に実践形式の訓練やら、戦闘訓練するのが一般的だぞ」

「他は他だよ。それに、エイラ少尉の相手ができるのは、ロッタだけだし」

「……アケミ少将は戦闘能力が高くないのですか? いえ、平民の出だということは、ティータイムの時に聞きましたが」


 平民だろうが、貴族を超える実力者はいる。むしろ名ばかり貴族の方が多いという印象があるけども。


「この馬鹿に戦闘能力を期待はしない方が良い。士官学校入学したばかりの生徒でこいつに負ける者はいないだろうな。ただし、命を賭けた戦闘になると話しは変わるだろうがな。それに、指揮官としての能力は私が保証しよう」


 驚いたわ。ロッタ大佐は、指揮官として優秀な記録を残している。そのロッタ大佐が、アケミ少将の能力を保証している。それに、言葉の節々に付き合いの長さを感じる。

 ……それにしても、アケミ少将はどう見ても、可憐な乙女的な顔と男性にしては小さな可愛らしい口で紅茶を飲んでいるなぁ。中性的な容姿、というより女性よりな容姿と言ったら怒られるだろうか。性別については、ロッタ大佐が確実に男だと言っていた。まあ、物的証拠を見せろと言えばそれは変態な発言過ぎる。


「買い被り過ぎだよ」

「……全く、自分の実力を過小評価する癖は相変わらずだな。いつも客観的意見は主観的意見に優るなどと言っているくせに」

「というか、数年前に私とロッタで戦闘訓練をして私が負けたじゃないか」


 そんな過去があったのか。高級士官同士の戦闘訓練の内容が気になるところだわ。


「結果を知ってしまいましたが、内容が気になります。よければどういった感じだったのかお聞かせください」

「剣と魔法を使った基本的な戦闘訓練の条件だ。それで、まあ結果はこの馬鹿の降参で終わったのだが……」


 ロッタ大佐は語る。近接戦闘、それも魔法剣士として上位実力者のロッタ大佐と未だ実力不明のアケミ少将との戦闘訓練内容を――。


「当時というか今現在もだが、こいつは常時、剣を持たない。どうしても使わなければならない状況が発生したら好んで使うのが、刀という種類の剣だ」

「確か、帝国極東方面の武器ですよね?」

「良く知っているな。その認識で間違いない。私も刀を使ったことがあるが、アレは脆い上に扱いづらい。まあ、物理強化魔法を使えば良いのだが、結局相手も同じ魔法を使うから武器の性能差が出てしまうのは知っての通りだ」


 魔法を使って武器を強化したところで、魔法で打ち消し合ってしまうのは常識ですからね。武器自体の性能が良い方が有利といえば有利だけど。剣術の実力が大きくあればその有利は無くなる場合もあるわ。


「この馬鹿が好んで使うものはまだある。小細工を効果的に使う。それも相手が最も嫌がる方法でな。ただ、戦闘訓練の条件的に小細工は難しいと思っていたのだが。都合10分を下回る戦闘訓練になるとはその当時、思いもよらなかった……。期待外れも甚だしいとは、あの事だ」

 

 ――戦闘訓練が開始され、始めの5分は睨み合いが続いた。ロッタ大佐は、アケミ少将の出方を見てから後の先を狙っていたのだが、それを見抜いていたアケミ少将は刀の柄に手を添えたまま動かなかったのだ。徐々にというか、始めからやる気のない顔をしていたアケミ少将に対して、ロッタ大佐は一切の隙を見せなかった。だけど、先手を譲ろうとしたが受け取ろうとしない相手に業を煮やして、ロッタ大佐は先手を取ることにした。


「抜刀はほぼ同時だったが、先手は私だ。頭から真っ二つにするつもりで、振り下ろした私の剣をこいつは、鞘で捌いた。こう、縦の攻撃を横からの攻撃で剣筋を逸らせた。当然、踏み込んでいればいるほど身体の重心は崩れる。その瞬間的な隙を狙って、馬鹿は一撃で気絶させるよう攻撃を仕掛けてきた」


 だが、ロッタ大佐は思い切って前のめり気味の状態から武器を捨てて前方に飛んだ。その結果、アケミ少将の攻撃を避けることができた。意外にも鋭い攻撃と思い切りの良い行動に感心したと、見物人の客観的意見があったとロッタ大佐は言った。


「そして、渾身の一撃を躱されたこの馬鹿は呆気無く降参したんだ」

「しょうがないよ。私は魔力量が少ないし、剣術もロッタに遠く及ばないからね。むしろ、避けられたことに驚いたよ」

「私自身、剣術と近接戦闘には自負があるが、私以上の実力を持つ相手を想定して挑んだからな」


 たった一太刀交えただけで、終わってしまったことに残念がっている様子だ。もしを考えてもしょうがないが、その続きがあったとしたら、どちらが勝者になったのだろうか……。


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