閑話 2
目では追いきれない速度・殺気に対して人間は生存本能から、反射的にその危機から躱すことができる。熟練冒険者は、無数の戦いを経て、危機を学び、体に刻み付けたからこそありとあらゆる攻撃を躱すことができる。
ならば、どうだ。
先生は言う。
危機を感じられない、命の危険のない攻撃に対して生物は危機を感じることができるか?
【無我無心】
その心得こそが、必殺の技に通じると。
先生はいう。
ドラゴンだろうと。ベヒーモスだろうと。……たとえ神だろうとも。
虫だと思え。
何の価値もない道端の石ころだと思え。
そういって先生は巾着を僕に投げつけた。
それはずっしりと重い。
「俺の訓練を耐え抜いた報奨金だ。
三日後、俺は下界へ降りる」
あとは好きにしろ。
先生は訓練場を後にする。
僕は恐る恐る中身を確認する。
金貨だった。
はじめて見る黄金に輝くコインが、100枚以上…………
僕は貰った金貨10枚だけ課金して、装具や回復薬など冒険の準備を整えた。
残りは返そうと思う。
使ったお金も、いつの日か、立派な冒険者になったときに返そう。
◆
「来たのか」
先生は呆れた物言いで、僕を一瞥する。
「よろしくお願いします」
僕は深く頭を下げる。
「凄いじゃない、アルト君。この人の訓練に耐え抜いたのはあなただけよ」
と受付嬢のフィリアさんは微笑する。
「わかってるならお前も俺のところに新人を寄越すのはやめろ」
先生は大きくため息を吐き。
「受ける依頼は雑草除去と簡単なものだが、地形も知らない新人には難しい依頼だ。お前はまず冒険者一般の心得として、地形を知り、魔物を知り、戦闘を知れ」
「はい!」
「それではご武運を」
フィリアさんの見送りをしてもらい、転移装置により下界へ転移する。
はじめての転移に僕は思わず膝をつき、吐き気を堪える。
その傍らで先生は即座に動く。
無音。
風を斬り裂く音も聞こえない。
先生はいつの間にか抜刀し、眼前の魔物を斬り裂いた。
「……………」
転移装置の周りは強力な結界により魔物が寄り付かないようになってるんじゃなかったか?
「お前一人なら死んでいたな」
先生はそのまま魔物を持ち、リュックの中へと入れる。
周りを見渡せば、多くの骸と武器が囲まれていた。
「長年放置された場所は必然結界の効力が失われる。知性の高い魔物はそれを利用し、転移した瞬間の無防備な状態の冒険者を狙うことが多々とある。
この大陸はディネーブ大陸。あるいは太古の歴史を開けば魔国、ウェーゼル、あるいはアメリカ大陸と呼ばれていた地だ。
強力な魔物は少ないが、群れをなす魔物が多い。あるいは人型の魔物は遺物の兵器を使ってくることもある。難易度的に言えばC~Bランクくらいだろう」
先生は言葉を続ける。
「戦闘はすべてお前に任せる。死ぬ間際までいけば助けてやるが、片手片足程度の欠損ならば助ける気はないからな。
およそ3か月だ。依頼とお前の訓練をここで実施する。
五体満足で帰りたいなら必死で喰らいつけ」
先生は少量の魔力を纏い、パンと両手を当て、地につける。
その魔力に反応し、地面に魔法陣が紡がれる。
「………召喚魔法」
僕は思わず言葉が漏れる。
契約した魔物や魔獣を転移させ、呼び寄せることのできる空間魔法の一種。
空間を歪曲させるため膨大な魔力を使う必要がある………というのに先生が使用した魔力は、本来消費する魔力の1000分の1も使用していない。
目が眩みそうになるほど強烈な光が放たれる。
光が収束する。
次第に薄まる光の収束の中心には、一匹の子狐がいた。
子狐は召喚が終わるとすぐに先生のもとへ走り出し、抱き着く。
先生は「元気にしてたか?」といって、その子狐の頭を優しく撫でる。
………動物の召喚?
だから、少量の魔力の消費で済んだのか?
「申し訳ないが、お前にはこの小僧の面倒を見て貰いたい。やってくれるか?」
子狐は小さく唸ったあと、少し間を置き頷いた。
「すまないな」と先生は一撫で。
「先生、その狐は?」
「………ん? ああそうか」と一人納得し。
「こいつの名はイズナ。この3か月お前の面倒を見てもらう。人見知りが激しく、少々難しい性格をしてるが頼りがいのある俺の唯一無二の相棒だ。舐めた発言をすればお前程度瞬殺できるくらい強いからな。発言には気をつけろ」
こんな可愛い子狐が、そんな凶悪なのか?
◆
当初、先生の後をついていく。
子狐のイズナは先生の両肩に居座っている。
少し道を歩けば魔物が襲ってくる。
先生はまずお手本とばかりに、有象無象に斬っていく。
容易く。バターを切るかのように何の抵抗もなくすんなりと斬られるだけの魔物達を見る僕は、ここの魔物はこんなにも弱いのかと思ってしまうのは、僕の問題だろうか?
3時間ほど歩き、小さめの広場に出る。
先生は背負っていたリュックをおろし、四方に結界石を置いた。
「ここを宿営地とする。基本、休む時はここを使え。あとは自由にやれ」
先生はハンモックを広げて横になる。
迷うことはない。
「行ってきます」
僕はそう告げ、宿営地から出ようとすると、後ろからイズナが面倒だな。といった感じでトコトコついてくる。
「よろしくお願いします」
子狐にも一応頭を下げ、僕は冒険者としての第一歩を踏み出した。