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◆
殺しに殺した。
それはただ一人の人間では絶対に不可能な数の魔物を相手に俺は戦い続けた。
武器はない。
徒手格闘。
最初は拙い動きだった。
喧嘩の一つしたことのない殴りや蹴り。
それをひたすら繰り返す。
息を吐く暇さえない。
その瞬間、喉笛を噛み千切られる。
既に五体は満身創痍。
血を流していない箇所などない。
痛い。 辛い。
それでも止まることは許されなかった。
ただ、無心に敵を葬り去るだけ。
千匹以上、殺したあたりだろうか。
一匹殺すごとに動きが洗練されていく。
最短で、最速で、もっとも撃力が生まれる人体の構造というものを理解していく。
辺りは血の海だ。
それでも終わらない。
戦いは続く。
◇
(久しいな、人間)
直接、脳に語り掛ける老いた声。
(直接、会うのは五年振りってところか)
俺は立ち止まり、西の方角へ体を向ける。
そこから100メートルほど進むと、倒木の上に座る爺さんが一人。
(元気にしとったか?)
(それなりにな)
(お主ほどの男が忙しく動くというのは気味が悪くていかん)
(いつの世も金なんだよ)
(それは遥か古の時代より変わらんな)
俺はリュックから、献上品を差し出す。
秘蔵の酒。
王家直系の者しか飲むことが許されない洗練された【王酒】と各空中都市ご自慢の酒を4樽。
王酒は、その名の通り、王しか飲まされることを許されない幻の酒だ。先代、現代の王はあまり酒を嗜む人間ではないらしく、余剰品が密かに闇市場へと流された。
それを見かけた俺はコネを使い、大枚を叩いて購入した。
(おお、楽しみにしておったぞ)
以前、俺が手渡した杯に並々に注ぎ、それを一口で飲み干す。
(うまい)
(それは良かった)
(我は人間を好かんが、人間が作り出すものは好ましく思う限りだ)
(あんたが神として祭り上げられていたときはどうだったんだ?)
(そうさなぁ)と爺さんは思い出すよう悩み。
(毎年決まった時期に酒と贄が来よった)
(贄ね)
(ふむ。毎年若い娘が我のところにまできて、酌をしたのち喰らった)
(古い時代だな)
(人間なんぞ喰ったところで腹の足しにもならんのだが、若い娘が食べて下さい、食べて下さいと煩くてな。まぁ、話を聞くと、我が喰わずに帰せば、村で殺されると嘆いてもいたし、仕方がなく頂いていた)
(そんな人間が気付けば大空の上で生活している。ーーーいやはや末恐ろしいことよ)
長い話になりそうだ。
俺は断りを入れてから、煙草に火をつけた。
………………………………………………………………………
(お主は一体何なんだろうな?)
その唐突な言葉には、反応に困るものがある。
(太古から生きるあんたでもわからなければ誰にもわからないさ)
(―――――――――機械の人形か?)
(………意図が読めないが)
(時代をかなり跨ぐが、遠い昔、機械の王国と魔法の王国があった)
3度目の世界の話か。
(両者は犬猿の仲にあった。つまりは戦争なんだが、その戦争は一切妥協のない殲滅戦であってなぁ)
爺さんは懐かしむように目を細める。
(―――――最終的には魔法の王国が、辛勝したんじゃが………機械の王国の切り札が切られてはいなかったのだ)
(古文書に習うところの【核弾頭】か?)
(いや、もっと恐ろしい者たちだった)
(人間か?)
(元人間だった者たちだ。―――――――どの歴史を掘り下げようとも記録されてはいないだろうが、人間と機械を融合させ、なおかつ魔力を解析し、それを取り込んだ………所謂、サイボーグだと我は聞き及んだ)
(聞いたことねぇな)
(我も実物を見なければ信用しなかっただろうが、あれは我同様の実力を秘めていたはず)
(…………ただの改造人間にか?)
(うむ)と一つ頷く。
(名までは忘れてしまったが、まあ不労不死らしくてな。機会があえばあえるだろう)
(そんな危険物とは一生お会いになりたくはないけどな)
そもそも、神や竜でもあるまいし、人造品が生きているとは思えない。
話を戻す。
(俺がサイボーグだと?)
(―――――――我にもよくわからん)
(…………)
(お主に関してもようわからんのが実情だな。………たまに一世紀に一人は途轍もない魔力と才能を持つ【勇者】【英雄】候補の若輩者が生まれてくることはあっても……ふむ、お主のような異端児は我は正直、どの時代を遡っても見たことはない)
(異端児か)
その言葉を聞き、思わず笑ってしまう。
(魔力も才能もない。肉体的に優れているかと言われれば、並の人間の標準だろう。そんなお主がなぜ、我をも殺せる力を有しているのか)
興味が尽きぬなぁ。