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第二章 砂漠の都市へようこそ

……神を馬鹿になんかするんじゃなかった。

レオンは、心の中で後悔しながら鋭い一撃を避けた。相手が怒りに満ちた破裂音を発する。隣では、スカイが悪戦苦闘していた。

戦い方として手本にするにはあまりにも酷い状況だった。知らず知らずに売っていた喧嘩は、相手にお高く買い取られてしまったらしい。レオンの無情な八つ当たりの犠牲となった、尊い仲間に対するトカゲ達の思いは強く、今までお払い箱にしてきたどのトカゲよりも強烈な攻撃を仕掛けてくる。先程まではいともたやすく断てた鱗が、今では鋼鉄の盾のようだ。おまけに、スカイのトカゲ達に対する悪態も凄まじく、清らかな乙女が聞けば赤面するような言葉もあった。

「あぁあぁあ!!もう、鬱陶しいんだよっっ!!」

悪態をつくのに飽きたらしく、次は叫び始めた。怒りに荒れた美しいテノールに、トカゲも一瞬だけ唖然とした。……単に声が大きかったからかもしれないが。

トカゲの無駄に長い尻尾をかわしながら、呆れた表情で見つめてくるレオンのことなど気にも留めず。柄は碧玉石、刃は高価な鋼でできた剣を振りかざす。

「隙ありぃ!」

高らかにそう叫ぶと、静止していたトカゲの首を狙う。そいつが迫り来る刃に気がついた時は遅かった。

金属と硬い鱗が触れる嫌な音がして、トカゲの首は白い道に放り出された。続いて、首なしの体が倒れこむ。紫の血液が、毒々しく道を彩っていった。

「やったな、スカイ」

「おう、このぐらい任せとけ」

仲良く会話を交わす二人を目の前に、同類の死体を見つめるトカゲが動きを止めた。

一瞬の空白があって、残りの二匹が鋭い奇声を発した。意気揚々と、剣についた血を振り払っていたスカイが、慌てて耳を塞ぐ。

「何だこいつら。声を出すことが出来るのか」

同じく、甲高く耳障りな鳴き声に苦痛を感じたレオンが、顔を歪めて返事を返す。

「らしいな。しかも、人を感動させる美声の持ち主らしいぞ」

途端、目の前の一匹が、彼の皮肉を断つように、深緑から真っ青にグラデーションした尻尾を振り下ろす。レオンは慌てるスカイを避け、トカゲの死骸を飛び越えて、相手の背後にまわった。そして、その鞭のようにしなる尾を掴み、ちょうど尻との境目であろう根元を、自らの剣で削ぎ落とす。

先程とはまた違った、身震いするような断末魔の叫びが砂漠に響き渡った。

「ちっちゃなトカゲは尻尾を切って逃げるが、大きなトカゲはそうじゃねえんだな」

口笛を吹き、スカイが遠回しな賛美を口にする。

「みたいだな。もう一匹の方を頼むぞ」

レオンは、胴体と離れてもなおくねくねと動く尾の残骸を捨てると、相手の鉤爪を剣で受けながら怒鳴った。砂漠の乾いた景色では目に染みるほど鮮やかな緑と、汚らしく黄みがかった白が、彼の眼前で止まる。痛みのせいでブレた攻撃だが、力は強い。

「了解」

背後でスカイの声がしたかと思うと、獣まがいの雄叫びが聞こえ、剣がぶつかる金属音が聞こえた。どうやら、彼がもう一匹のトカゲを片付けにかかったらしい。もちろん、雄叫びを上げたのはスカイの方だ。大声で相手を脅し、戦闘能力を低下させるという作戦らしい。果たして、トカゲが同じ方法に乗ってくれるほどおつむが小さいのかどうかは疑問だが、後ろは任せておいて大丈夫だろう。レオンは相手の鉤爪を押し返すと、剣で払った。それにしても、なんと鋭そうな牙だろうか。出来損ないの前足と同じ、悪趣味な緑色の鱗に覆われた口を見て思う。ニ叉の舌とともにちらちらと見え隠れしているそれは、迫り来る食欲の衝動を抑えきれていない。

安心しろよ。俺はお前に食べられる気などないから。ただ……。

「お前が消えてくれるのなら、考えてやってもいいぞ?」

にやりと笑い、言葉にする。右腕を無造作に上げると、力を加えた。

ほうら、お前の大好きな物だろう?ありがたく受け取れ、このクズが。

硬い鱗に触れた後、肉を絶つ嫌な手ごたえを感じる。背けていた顔を元に戻して見ると、目の前でぴたりと静止しているトカゲの顔から半分が、見事になくなっていた。ああ、どうぞ。魔物の怨念が残ることなく、この地が清らかになることを願わん。レオンは指で魔除けの印を作ると、胸の前で交差させて頭を垂れた。

「うっへぇ、だいぶ派手に殺ったな。脳みそ丸見えじゃねえか」

スカイが金の瞳を眇めて、さほど嫌そうじゃない口調で言う。もちろん、剣を持つ手はそのままだ。嬉々としてその剣を爪で引っ掻いているトカゲは、彼の大声作戦に驚くどころかむしろ活気づいているように見える。珍獣のような掛け声のスカイを仲間とみなしたのか、遊び道具と勘違いしたのか……。見かけほど中身が備わっていない人間が、スカイラー・ウェルテルだ。トカゲごときにそう思われても不思議ではない。倒すべき相手に好かれてどうするんだ、コイツは。レオンは、頭を抱えたい衝動を必死に抑えた。

「さあ、ラスト一匹だ。早めに切り上げよう」

「おうよ」

スカイが威勢の良い声を上げて踏み込む。レオンは、気配を隠そうともせずにトカゲの背後に回った。そいつは、先程に相手にしたトカゲより少し大柄なトカゲだった。うねる強烈な尻尾の攻撃を避け、後ろ足から繰り出される地味な嫌がらせに剣の刃をくれてやる。巨大な鉤爪に当たって跳ね返ったが、ろくでなしの集中をそぐことはできたらしい。反対側のスカイの刃にかかって、やむなく安らかな死の眠りに堕ちていった。

「あらまあ、なんて素敵な舞台だこと!」

スカイが、トカゲ四匹の無残な死体を見て皮肉をいった。そして、横で知らぬフリをするレオンを睨む。そして、そのお上品な口をゆっくりと開いた。

「何か言いたいことはあるか?」

ドスの利いた問いが、先程の皮肉を打ち消すように砂漠に響いた。

「よく出来た声だ。お前、その調子だと一流の劇団に入れるさ」

「お前がトカゲ野郎共に八つ当たりなんかしたから、こうなったんだろうが」

「はいはい、すみませんね。どうせ遭遇していたら戦う羽目になってましたけれど。なにせこちらには喧嘩っ早いスカイラー君がいますから」

いつもと立場が逆転していることに何ら苦悩を覚えないレオンは、至って懇切丁寧な口調で言った。文句ばかりを言って、自分に殴られる誰かさんとは大違いだ。

スカイは、その言葉に食ってかかることはなく、代わりに顔をしかめた。

「俺が言いたいことはそんなことじゃねえよ。日暮れ間際にこんなとこで考えなしに乱闘したらヤバイだろって。トカゲ伯爵達を倒したところで、奥方様が出てきたらどうするんだよ。腹いせに血祭りになっちまうぜ」

「なら何だ。公正な話し合いでもしたらよかったか?『やあ、トカゲさん。こんにちは』って?悪いが、俺は砂漠産のトカゲの公用語は分からないんだ。田舎生まれだから、生き血のワインも口に合わないし」

「レオン、俺が言いたいのは……」

「分かっている。俺が悪かったよ。さあ、この場を離れよう。奥方の顔を拝む必要はない」

 トカゲの死体を越えて、砂漠の旅は再開された。レオンとスカイは、焦げ付くような暑さから冷え込む夜になる最中を、不安とともに歩き始めた。景色が変わるついでに、太陽がゆっくりと傾いていく。日差しは濃くなって、辺りは日暮れの色に染まりつつある。砂丘は光を浴び、風景にはっきりと陰影をつけている。時折吹く生ぬるい風が、砂を巻き上げて見事な金紗を散りばめていった。

タンブル・ウィードの巣から抜け出した二人は、再び砂漠の空虚に放り出されていた。とはいえ、大分進んだことは間違いなく、時間が経てば白い岩の上で休養したり、足をほぐしたりしていた。スカイは、回転草の巣窟を抜け出してからは文句を言わなくなった。今では、残り少ない水を口に含んだり、麗しい黒髪の狭間に入り込んだ砂の粒を取り除くことに精を出している。また、レオンが剣の手入れをしている横で、例の役立たずの地図に落書きをしていることもあった。

「そろそろ都市が近いな」

革靴を調えるレオンに、スカイは言った。

「随分、自信があるようだな。なぜだ?」

「砂を見てみろよ」

促されて辺りを見ると、たしかにこれまでの砂とは違いのある砂が、ところどころ入り混じっていた。他のものとは少しだけ粒の大きいそれは、白くなっている。

「石灰を含んでいるのか」

「その通り。聞くところによると、ゴレアンの建物は全部白い壁でできているんだろ?石灰石で作られていると考えたら、必然的に答えは出てくる」

特に油っぽくもない干し肉に、驚くほど酸味の強いレモン汁をかけたものを口に放り込んで、スカイはいった。

「このまま歩いたら、夜のうちには辿りつけるかもしれないぜ」

「そうだな」

革靴の汚れを取り除きながら、レオンは返事をした。汚れといっても砂だから大したものではないのだが。しかし、指でぬぐってもなかなか取れやしない。やがて、汚れを取ることを諦めると、つぎは軽く磨き始めた。丹念に擦り、鈍い輝きが現れたところで足を入れる。そして、足に馴染むように踵を鳴らす。足の動きに合わせて小気味良い音が響く様は、母国の騎士たちの凱旋を想起させる。誇らしげな顔、喜びの笑み、引き締まった口元。騎士たちは皆、それぞれが違う表情をしているというのに、不思議と足並みだけは自然に揃っていた。パレードの音楽を思い出しながら、しばらく楽しげに足を揺らしていたレオンだが、急にその動きを止めた。革靴の音に混じって、微かに違う音がする。それは鈍くて、重々しい音だった。馬が走っている時の蹄の音のように一定の間隔を置いて音が刻まれている。耳を澄ませば、それは向こうから聞こえてくるようだった。

「スカイ」

「ああ。少し先からだ」

「何が見える?」

「黒い影。そんなに大きくはねえな。魔物か動物かを判別するんならもっと近づいて見ないと。見に行くか?」

「ああ。細心の注意を払って」

「おう」

剣を抜くと、一気に走り出す。白い道を音を立てずに走るのは至難の業だった。前方を見れば、スカイの言った通りうっすらと影が見える。頭の形から細い脚へと続くそれは、確かに動物の影に見えた。しかし、油断は禁物。動物の形をした魔物など、吐いて捨てるほどの種類がある。今まではトカゲにしか遭遇したことがないが、新しい種類の魔物に出会う可能性もある。

自らの足が機械的に動く中、隣を見るとスカイが黙って付いて来ていた。獣のように前傾姿勢をとり、足を回転させている。その姿ときたら音を立てないことはもちろん、突き出される動きは優美でしなやかだ。普段は口調も動きも粗野な彼だが、ふとした動作には気品が感じられるものだ。なるほど、ただ走っているだけだというのに、ここまで差が出るという事に不満を抱き、感嘆してしまう。彼に魅了される女は多いが、同時に彼に嫉妬する男が多いのにも理解ができた。だが、レオンはそういうことに関しては無意識に無関心主義を貫いてしまうので、かつての人々のように長々と彼に見入ってしまうことはなかった。存在だけを確認し、前を向く。影は段々と近づき、徐々にその全貌を見せ始め……。

「あ?」

「何だ。こいつ」

姿を現したそいつは、明らかに動物だった。馬のように筋肉質だが細い脚を持っている。体の色は黄土色で大きなこぶが二つあった。細長い顔は大きな瞳と縦長い鼻の穴が特徴的で、瞳は女が羨ましがりそうなほど長い睫毛に覆われている。

「おいおい、立派な登場だな」

スカイは、その動物に近付くとまじまじと見つめた。合わせて、動物も動きを止める。彼の肩の真上に顔が来るまで近付き、摺り寄った。そしてスカイをその大きな眼に写した途端、口から何かを吐いた。

「……」

その何かは、スカイの肩に滴り落ちた。スカイは動物を見、肩に落ちた何かを見つめる。そして、怪訝な顔をして鼻の穴を広げた。途端、彼の顔が歪む。


一瞬の沈黙が下りた。


「っっ!!くっせえーー!!」

美しい調べのテノールが、砂漠の空にむなしく響く。

「レオン、気をつけろ!コイツは何かの毒を俺にふりかけたんだ。魔物かもしれねえ!!」

肩に落ちた何かに触れないようにしながら、スカイは後ろを振り向いた。

「ラクダだ」

泡を食ってこちらを見つめてくるスカイに、レオンはのほほんとした様子で答えた。剣を鞘に収め、こちらへと歩いてくる。

「は?」

「こいつの名前。初めて見たがこんなに大きな動物なんだな。こぶもきちんと付いているし、脚もしっかりしている。授業で習った通りの物だ。唾を吐くとは聞いたことがないが、間違いない」

「へ?らくだって何だ……。それより、つばあ!?こいつ、俺に唾なんか吐きやがったのか」

「だろうな、口から出る透明なものといえばそれぐらいしか……」

「この似非馬公が。八つ裂きにして食ってやる」

「まあまあ、毒じゃなかっただけましだろう」

(まなじり)を吊り上げたスカイを、明らかに他人事のようになだめるレオン。当のラクダは、知らぬ顔で頭を垂れている。そして、殺気立つスカイを尻目に鼻腔を膨らませて地面を嗅ぎ始めた。

それを見て、ますます恨めしげな目つきのスカイ。

「何んだよ、コイツ。俺はこんな生き物知らねえぞ。……ああっ、くせえ。早く洗濯したいぜ、この戦闘服」

「お前は学校で居眠りばかりしていたからな。カーネル講師が一度だけ話してくれたことがある。砂漠には馬の代わりにこぶのある動物がいると」

「知るかよ、そんな授業」

悪態をつくスカイを脇に、レオンはラクダを見つめた。それにしても、不思議な生き物だ。どうしてこんな道を歩いていたのだろう。

馬の代わりにこぶのある動物。

馬の代わりに、馬の代わり……。

「スカイ、もしかしたらこいつに乗れるかもしれない」

「ああ?なんて?くそっ、臭いがとれねえな」

地図で唾を拭い取りながら、スカイはこちらを振り向いた。

「こいつに乗れるかも知れないんだ。もしかしたら都市からの使いかもしれない」

「こいつにってか?俺は嫌だぞ」

頭を垂れてレオンにジャレつくラクダに、鋭い一瞥をくれてやるスカイ。

「唾は臭ぇし俺との相性は(わり)ぃし。乗ったら大変なことになるだろうが」

「このまま歩くよりはマシだろう」

こちらに寄ってくるラクダを見上げてレオンはいった。馬のように乗馬用の器具も付いていないし、結構な高さがあるが、上れないということもなさそうだ。レオンは、手前にあったこぶを支えに、自らの体を持ち上げた。そのまま右足を反対側に下ろして胴体にまたがる。

「ほら、乗ることができた」

「お前、どうかしてるぜ。そんなデカぶつにまたがるなんて」

「文句を言わずに乗ってみろよ。いい景色だぞ」

たった少し高いだけの視線だったが、人の目線とはまた違った世界がそこには広がっていた。岩の上に上った時よりも砂漠を眺めることができる。金の砂漠が雄大に構え、太陽が血潮よりも鮮やかな色になって沈もうとしている。蜃気楼の揺らめく向こう側はこれまでの景色とは異なっており、遠くなるにつれて段々と白くなっていた。地質が変わってきているのだ。細かな砂から硬い石灰岩へと。目を凝らせば、わずかに光ってすら見えるほどその景色は白い。怪しく手招きしてくる陽炎の奥にうっすらと影が見えた。

「スカイ、向こう側に影が見える。きっとゴレアンだ」

「あ?チンケな嘘つくんじゃねえよ。何にも見えねえじゃねえか」

レオンの少し下から、気だるそうな低音が聞こえてきた。見下ろせば、スカイが手で庇を作って向こう側を見つめている。

「砂丘が点々とあるだけで何にもありゃしねえよ」

「本当だ。嘘だと思うなら乗ってみろ。向こう側が見えたらすぐに降りればいい」

レオンは歌うような口調でいった。スカイが目を細めてこちら側を見てくる。明らかにレオンを怪しんでいる様子だ。だが、単純なのがこの美少年の欠点。戸惑いながらも

「すぐ降ろすんだぞ」

といってしまった。レオンは内心でほくそ笑みながら「ああ」と頷く。かかったな、この単細胞が。乗ってしまえばこっちのものだ。

ニヤリと顔をひしゃげて笑う悪徳人とは露知らず。粗野だがいたって善良な遊牧民は、哀れにも罠にひっかかってしまった。こぶに両手を突いて体を持ち上げ、レオンの後ろにまたがる。そして全てが詐欺だということに気付かず、その光景に感嘆する。

「おお、いい眺めだな。で、どこに影が見えるんだ?」

「目を凝らしてみろ。そうしたら見える」

そういいながら、レオンはわずかに体を反らした。そしてそっとラクダの腹を蹴る。

ラクダの体が揺れた。

「おい、何にも見えないぞ」

スカイが疑り深い声を発する。ラクダは呑気な顔でクシャミをした。

「もっと目を凝らせ。蜃気楼の向こうだ」

平然とした声で、悪徳人は焦る。なぜコイツは動かないんだ。馬と一緒の扱い方じゃだめなのか?……仕方ない。

レオンは決すると、思い切り足を高く上げた。身を乗り出していたスカイがこちらを睨む。

「おい、レオン、何してるっ……うわあ!!」

「しっかり捕まってろ」

硬い革靴の踵で抉るようにして腹を蹴ると、ラクダは走り出した。どうやら馬より皮膚が大分強いようなので怪我はしていないだろうが、痛い目に合わせてしまった。ラクダの体はその皮膚同様屈強で、少しの痛みでは気付かないようだったから、加減の仕方が分からなかったのである。

「捕まっていろってどこに?」

スカイの半狂乱した声が風とともに耳に届いてきた。ラクダが走り出したことに対しての驚きが強いらしく、パニックに陥っているらしい。この先、ずっとそうであってほしいのだが。過ぎてゆく景色の変化に耐えながら、レオンは思った。スカイの逆恨みほど面倒で恐ろしいものはない。

「すまないな、無理に走らせて」

尻に火でも付いたかのように、慌てて走るラクダのこぶをそっと撫でながら、レオンは囁いた。

「俺はお前に何の危害も与えないさ。安心して走ってくれ」

もちろん、動物に人間の言葉が通じるなど思ってもいない。しかし、レオンはなおも語りかけた。そうすれば相手に自分の想いが伝わると信じているかのように。……一番哀れなスカイになど目もくれずに。

ラクダはレオンの心中を知ってか知らずか、少しだけ走る速度を落とした。両脚の動きをあわせて安定した足取りにする。おかげでレオンはこぶに抱きつかずにすんだ。伏せていた顔を上げ、景色を再び見渡す。そして、静かに呟いた。

「ゴレアン」

目の前に広がっていたのは黄金の砂丘と白い砂浜、そしてその真ん中にたたずむ白い城壁だった。その正体は紛れもない石灰岩、サルドで唯一の人の都市ゴレアンを守るものだ。ラクダの上で揺られながらの視界だが、城壁の向こう側の物見台から兵士が二人こちらを見ていたのが分かった。あれを見よ、砂漠の使いに乗っている剣士を。太陽に背を向け走るさまを。その勇姿を。これこそが我らの求めていた客人よ。

彼らはそう囁いているに違いない。囁かれていないと困る。こちらは命を懸けてまでここに足を運んだのだから。

「騙したな。この人でなし」

ようやく狂乱から目が覚めたのか、後ろから低い声が聞こえた。

振り向くと苦い顔をしたスカイがこちらを恨めしそうに見つめている。まるで恋人たちが抱擁しているかのように、こぶにしっかりと掴まっている様はなんとも滑稽なものだった。

レオンはその様子を鼻で笑うと、無表情のまま口を開いた。

「砂漠の都市へようこそ、スカイラー様。唾吹きラクダでは良い夢を見られたことでしょう。ひとまず、美味しいトカゲの生き血ワインでも飲みませんか。カブトムシのサラダもどうです?」

「貴様、覚えていろ」

今にも食ってかかりそうなスカイの返事に、レオンは今度こそ笑顔を浮かべてしまった。ああ、確かにここ一週間では一番面白いさ。ついにゴレアンにたどり着き、その前にはトカゲとの大合戦。何より、ラクダと張り合う親友を見れたんだから。

「まあまあ、そんな怖いことをいうなよ。記念するべき日なんだから。さあ、勇ましき諸君。愉快なゴレアンにようこそ!」

ラクダは、鼻を鳴らして走り続けている。

















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