表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

猫の奇跡

作者: 逢河 奏

 猫は奇跡を信じた。

 生物のほとんどが死んで自分だけが生きているこの状況の中でも、きっと美味しいキャットフードがあることを。


 だから猫は歩いた。

 倒れた電柱を飛び越え、干からびた人間だったものを乗り越え、電車は来ないとわかっている踏み切りを、でもそわそわと辺りを見渡して耳を澄ませてから早足で渡った。

 軒先にぶら下がっている永遠に主の帰らない鳥籠を覗き込み、原形をとどめていない魚の残骸の匂いを好きなだけ嗅ぐ。

 誰も生きていない商店街は不気味だが、猫には関係ないことだった。迷わず目的の店に辿り着いた猫は、しかし直ぐに愕然とした。扉を開けてくれる人間がいないのだ。薄暗い店内に並ぶ、猫の写真がプリントされ、でっぷりと太った袋が透明の扉越しに見える。

 だがそれだけだった。猫は扉を引っ掻き、店の外周を一巡りし、窓という窓に飛び掛かったが芳しい成果はあがらなかった。

 猫は尻尾を垂らしてとぼとぼと、再び歩き出した。今度は宛もなく。

 少し進んだ時だ。突然何かが崩れ落ちたような音が轟いて、猫は毛を逆立てた。猫は暫くきょろきょろと辺りを確認し、耳を動かすと駆け出した。目的をまた見付けたからだ。

 猫の耳に届いたのは微かな人の声だった。


 猫は屋根がずり落ち、壁が崩れた建物にそろそろと入っていった。奥へ奥へと進むに連れ、雑音混じりの小さな声がはっきりしてくる。猫はたまらず走り出すと朽ちた棚の残骸に足をかけ、音の出所を覗いた。

 あったのは壊れかけのテープレコーダーだけだった。

 ジーやらガッガガという音と一緒に、人が吹き込んだ何かを吐き出している。猫は憮然とした顔で力任せにそれを前肢で叩いた。それが止めだったようで音がぷつりと消える。息を引き取ったテープレコーダーを物悲しげな瞳で猫は見下ろした。

 猫は動かない。諦めたように微動だにしない。

 不意に、その背後を何かが駆け抜けた。猫の尾がゆらりと動いて、髭はぴくんと跳ねた。猫の中、奥底にある何かが灯った。

 猫は身を翻すと本能のままに床を蹴り、腕を振るった。灰色のものはそれを辛うじてかわすと猫が通った道を逆走しだす。猫は気が付けば全力でそれを追い掛けていた。

 途中にあった襖の残骸を獲物がすり抜ければ、猫は考えなしにそのまま突っ込んでいく。幸い朽ちかけていた襖は容易く砕け散り、猫の行く手を阻むことはなかった。

 淡い暗闇に猫が躊躇することはない。一対の黄玉は爛々と煌めき、その瞬きは違うことなく灰色を見据えていた。

 猫が飛び上がる。

 灰色のものは必死に短い手足で前へ進もうとしていたが、無情にも猫のしなやかで凶悪な前肢は、今度こそその背中を正確に捉えていた。

 そうして小さな小さな断末魔の声が、世界の隅っこに生まれて消えた。

 猫は鼠を押さえつけていた。自分のしたことに疑問があるのか、猫は息を殺して灰色の小動物を見詰めていたが、やがて空腹を思い出したのだった。

 そうして猫は思った。

 奇跡が起きて、美味しいキャットフードが食べられることを信じた、願った。けれど本当に願った奇跡は、明日も元気に歩き回るための糧を得られることだったはずだ。だからこれは奇跡だ。まだ明日がある。

 だから猫は満足そうにナァと鳴いた。


 はじめましてお久しぶりです。

 ラノベから大いに影響を受けている逢河奏です。なので挨拶も無駄にそれっぽくしてしまいました。

 えー、この短編はAmebaブログで掲載したのを四回くらい微妙に修正したものです。大筋は全く変わっていません。

 Amebaにあるグルっぽ「【創作小説】ネット上小説を宣伝しよう!」の「テーマ小説書きませんか?」というトピックで挙げられていた“奇跡”というテーマで思い付いたのが、このキャットフード愛な猫が人のいない世界をさ迷う話です。

 “奇跡”のつもりで書いたのですが、あまりに伝わりにくそうだったので最後に言い訳気味な説明を入れましたが……未だにカットしたいような気分です。上手く書ければ良いのになぁ。

 書きたかったのは多分、最後に満足そうに鳴く猫の一文です。凄いバッドエンドちっくな案もあったんですが、猫に満足して貰うために、鼠が代わりに生け贄になって貰いました。ごめんよ鼠……。

 まあ何はともあれ謎な舞台設定をしてしまったヘンテコな物語をここまで読んでくださりありがとうございました。

 もし興味がありましたら、AmebaでID「kanade201」か、ブログ名「ネクラな魔法使いのぼやき」で検索するか、ホムペ「奏でる獣の世界」のリンクから飛べるはずなので、逢河のAmebaにも是非遊びに来てください。



 三月十一日の東北地方太平洋沖地震からまだ一週間程しか経っていません。投稿するか迷っていましたが、一応“奇跡”をテーマにしています。誰かがこれを読んでちょっとでも元気が出たらなと思い、投稿してみることにしました。

 一人が出来ることは少ないかもしれませんが、一人一人出来ることをして行けたらと思います。

 誰かの“奇跡”の一助になればと祈り、後書きを締めさせていただきます。


2011年3月20日 逢河 奏

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 文章も綺麗にまとまっていて、設定も面白いと思います。 [気になる点] ほんの少しですが、表現がわかりにくいところがあるように見受けられました。 [一言] 自分はこういった設定大好きです! …
2011/11/10 01:16 退会済み
管理
[一言] 拝読しました。 文章が綺麗で読みやすかったです。 Twitterで読了ツイートをお見かけしたので読みに来てみました。 冒頭から惹きつけられる感じで、素晴らしいと思います。 結末も読後感が良い…
[良い点] 「猫は奇跡を信じた。」 この出だしのつかみがとてもうまく、「どんな奇跡を?」と先を読みたいと思わせられました。 また、荒廃した街を一人生きる猫さんという設定はおもしろいですね。懐古主義者の…
2011/09/09 20:51 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ