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《狭間の国》のエマ ~捨て駒令嬢と蛇の神父様  作者: 夜中メグ
第二章

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第35話 別れ

 翌日、ポールの葬儀がストールヘブンから少し北に離れた海辺で執り行われた。

 葬儀は彼らの風習に則って、小舟に死者を乗せて見送る形で行われた。船はあの世へ向かうための大切な乗り物だ。それから、向こうの世界へ着いてからも困ることのないように、たくさんの供物も一緒に乗せておく。エール、干し肉、チーズ、果物。そして、馬。馬は彼らにとって大切な交易品である他に、来世への旅路の重要な案内役でもある。

 商人達は、自分達の親分があの世で不自由することがないよう、充分すぎるほど手厚く彼を弔った。トルフィンは自分の帽子を彼に預け、サイモンは最後まで別れを惜しんでいたが、とうとう仲間達に促され、最愛の兄にさよならを告げた。シグルズが祈りの言葉を捧げ、ポールを乗せた船は死者の国へと旅立った。


 一晩が過ぎても、サイモンは全く立ち直れなかった。ほとんど眠れなかったというのもあるかもしれない。泣きすぎて頭痛がして、鼻が詰まって息が苦しくて、おまけに病み上がりで体調は最悪だった。

 それでも、サイモンは兄のことを考えずにはいられなかった。そして、自分達のリーダーが死んだというのに、次の日には早速、いつも通り商売を始めようとする大人達が理解できなかった。


「みんな、自分さえ助かれば、兄貴のことなんてどうでもいいんだ。ちくしょう…!」


 サイモンはストールヘブンの港で、王都に向かって再出港しようとしている仲間達を見て悪態をついた。

 もともとストールヘブンには、物資の供給と馬の休憩のために立ち寄る予定ではあったのだが、この病のために予定より長く滞在することになってしまった。

 商人は信頼が第一だ。こうなったら、一刻も早く支度を整えて顧客の元へ急がなければならない。それはポールの弟であるサイモンにも本当はよく分かっているのだが、いかんせん彼はまだ若すぎた。

 背後からトルフィンがやって来て、サイモンの肩を掴んだ。


「おい、いつまでしけたツラしてやがるんだ?ずっとここでそうしてるつもりか?」


と、トルフィンは言った。サイモンは自分より背の高いその男を睨みつけ、声を荒げた。


「うるさい!兄さんがいなくなったら急にリーダー気取りか!?」


トルフィンは眉間に皺を寄せた。


「おまえ、それでもポールの弟か?一体ここに何をしに来た。兄貴の分まで働いてやろうっていう気概はないのか?」


 サイモンは首を横に振って、トルフィンの手を振り払った。その顔は真っ赤だった。まだ些細なことでも激昂して、涙が溢れそうになってしまうのだ。

 こんなに悲しいのに、働くなんて無理だ。兄貴の死より大事なことなんてあるわけない。


「兄さんが死んだっていうのに、何が商売だ!仲間はどうだっていいのか!?」


と、サイモンは叫んだ。トルフィンも負けじと怒鳴り返した。


「そんなわけないだろう!だが、いつまでもめそめそしたところでポールが喜ぶと思うか?馬は売れないし、回復した連中だって故郷に帰れない!金がなきゃ生きていけない!そうだろう?」


 サイモンは何も答えなかった。トルフィンは気持ちを落ち着かせるように、腰に手を当て、ため息をついた。


「まあ、いいさ。おまえの気持ちも分からなくはない。今回の商談は俺に任せろ。また帰りにここに寄るから、それまでに少しは反省しておけよ」


 と言って、トルフィンは去った。そして、その日の午後、病を乗り越えたヴァイキング達は、本当にサイモンを一人残して、王都フォートヒルへ向かって出発してしまった。まるで、使えない奴は用済みだと言わんばかりに。

 サイモンは兄の船が小さくなって離れていくのを、港の建物の影からずっと見つめていた。


「彼、大丈夫かしら」


 町を一人でぽつりと歩くサイモンを横目で眺めながら、エマは隣にいるアンソニーに呟いた。

 ポールの葬儀を終えて尚、シグルズら一行はストールヘブンに留まっていた。

 ヴァイキング達が次の地へ旅立った今、彼らもまた旅を再開せねばならなかった。だが、残された魔女達やサイモンのことが引っ掛かって、すぐには腰を上げることができなかったのだ。

 それに、彼らもすっかりくたくただった。思えばティンカーを出て追手に追われてからずっと働き詰めだ。エマとアンソニーには不運な誘拐事件もあった。その時に負った傷はほとんど治りかけていたが、これだけ疲労困憊でヴァイキング達の病がうつらなかったのは奇跡としか言いようがない。


「二週間後にはまた戻ってくるというし、しばらくは女達が面倒を見てくれるから大丈夫だろう」


と、アンソニーはため息をついた。そんな約束はしていないと、またもやアデルの怒鳴り声が飛んできそうではある。だが、女達も今や堂々と町中を歩くのは危険だったし、サイモンがお使い役でもしてくれれば助かるだろう。彼にその気があれば、の話だが。


「行こう。俺達はこれからのことを考えなくちゃならない」


 そうね、とエマは頷いた。彼の言う通り、考えなくてはならないことは山ほどあった。謎の追手のこと、旅の目的のこと、それから、あの誘拐犯の商人バーナードが言っていた、呪いのこと。ーーーそれは、名もなき教会の司祭、ロイ・アダムスが言っていた言葉でもある。


『ーーー次は是非、あなた方のご主人様と一緒にいらしてください。呪いについて、知りたいことがあるようだから』


 あの人は本当にシグルズ様のことを知っているのかしら。それに、呪いっていうのはもしかして、ハラルドソン家とメイウェザー家に関係すること?バーナードが言っていた?

 エマの頭の中は再びぐるぐるし始めた。だが、一人で考えていても分からないものは分からない。シグルズが何もかも話してくれればと思ったが、話したくないならそれはそれで仕方がない。彼はご主人様で、彼女はただの侍女の一人、それもまだ正式に雇用されたわけでもないのだから。

 だが、警備兵の宿舎に戻ると、シグルズはアンソニーの言葉に目を丸くして耳を傾けた。


「本当に、そのアダムス司祭が、私に会いに来るよう言っていたのか?」


 ストールヘブンの片隅にある、サンクレール家の警備兵の宿舎で、シグルズは信じられないという面持ちで両手を広げた。

 今や、彼らの拠点はすっかりこの宿舎となり、ブロンドの司祭一行がこの場所にいるのを不思議に思う兵士は誰もいなかった。エマはシグルズの上着を脱がせて壁に吊るしながら、二人の会話に聞き耳を立てていた。


「そうです。まるで俺の主人が、シグルズ様だと分かっているかのような口振りでした」


と、アンソニーは答えた。シグルズは神妙な面持ちでベッドに腰掛け、アンソニーは主人が動くのを目で追った。ケネスはいつものローブを脱いで窓際にもたれて立っていた。こうして四人が揃うのは随分久しぶりのような気がする。

 小窓から差し込む陽光はとても眩しく、ほとんど夏の日差しのようだ。もうすぐ夕方になるというのに、外はまだ真昼のように明るい。アデルが言っていた通り、夏至が近付いているのだ。夜はまだ寒いけれど、昼間は直に日に当たっていると、それだけで汗ばんでくるほどだ。


「おかしな男です。急にエマの祖父のことを尋ねたり、突拍子のないことを言い出すのです。信用できる相手ではありません」


 ロイ・アダムス司祭のことを思うと、アンソニーはいつも妙な気分になっていた。あの手の人間は苦手なタイプなのだが、それでも、普段の彼ならその人付き合いの良さで何とか上手くやっていけた。なのに、どういうわけだか、あの男に限ってはそれができないのだ。彼を前にするとどうにもぎこちなくなってしまって、まるで自衛のために被っている皮が全て剥がれて、むき出しのちっぽけな自分に戻ってしまうような感覚だった。

 アンソニーは口ごもった。あのいかにも怪しい男を自分の主人と会わせるのは嫌だ。だが、シグルズはもともとヘルギに行きたがっていたし、まさか教会だけ避けて通るわけにもいかないだろう。黙っているのも気が引ける。


「どうした?何か他に言っていたのか?」


 シグルズが怪訝な顔でアンソニーを見上げた。ケネスは黙って聞いていた。

 アンソニーは一瞬ちらりとエマを見た。エマは何も言わず、真剣な眼差しで彼らのことをじっと見つめていた。

 アンソニーは息をついた。もう黙っているのは無理だ。彼女には隠し事はしたくない。それに、少々不気味な話をしたって、きっと彼女は受け入れてくれるし、やたらと人に喋り回る性格でもないはずだ。

 そう考えると、アンソニーは意を決したように再びシグルズを見て、話を続けた。


「呪いのことです」


 シグルズはエマを見た。エマは遠慮がちに、だが真っ直ぐに彼を見つめていた。


「あなたが知りたかったことを、あの男は知っているかもしれません」


 アンソニーははっきりと言った。あの男は信用ならないが、少しでもシグルズの助けになるなら伝えるべきだ。何か嫌なことが起こるような予感しかしないのだが、それでも黙っているよりマシだと思った。

 シグルズは二人の顔を交互に見比べて、もはや隠してはいられないのだと理解した。もともと、いつかは話すつもりだったのだ。黙っていたところで、いずれどこかで彼女の耳に入ってしまうなら、今、包み隠さず教えておいたほうがいいだろう。話すべき時が来たようだ。


「そうか」


と、シグルズはため息をついた。


「それなら、どうしてもその男には会わなければならないようだ」


 それから、エマのほうをじっと見つめ、その透き通ったエメラルド色の瞳が自分をとらえたまま離さないことを確認すると、シグルズは穏やかに微笑んだ。

 この真っ直ぐな瞳に、いつまでも隠し事をし続けていられるなど、どうして思えるだろう。今となっては、むしろ知ってほしいとさえ願ってしまう。何重にも扉に鍵をかけてしまい込んだ心の内を、全部さらけ出してしまえたらーーー。しかし、今から話すのは、ハラルドソン家と自分の過去と現在、それから旅の目的だ。


「ヘルギへ向かう前に、言っておくべきだった。これは私の家と、私の家族に関わることなのだ」


 シグルズは静かに口を開いた。

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