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《狭間の国》のエマ ~捨て駒令嬢と蛇の神父様  作者: 夜中メグ
第二章

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第23話 流行り病(1)

ーーー夢を見ていた。子供の頃の夢だ。


 俺は兄上の背中を見ていた。幼い頃から繰り返し行われてきた厳しい鍛練によって、傷だらけになった兄の背中だ。

 兄は俺のほうを振り返ると言った。


『おまえは弱い、アンソニー』


 そして、こうも言った。


『この家のしがらみは私が終わらせる。だから、おまえは、おまえの好きなように生きよ』


 俺は父上に虐げられていた。父は子供の俺を蹴り飛ばし、姉は隣に立って俺を見下ろし、嘲っていた。

 父は俺を見下して言った。


『おまえは弱い、アンソニー』


 そして、こう言った。


『おまえのような男はメイウェザー家には必要ない。どこにでも好きなところに行くがいい』


 出来損ないめ。それが、逃げるように家を出た俺の背中にかけられた、最後の言葉だった。



***


 昨日のことだ。シグルズは道端で出会い、その後高熱で倒れたヴァイキングの男を医者のもとへ連れて行っていた。そこは病院ではなく、魔女と呼ばれる女達のすみかだった。

 まだ古い信仰の残る北の一部の人々は、彼女達を「賢女」と呼び、尊敬と畏怖の念を抱いていたが、時代の移り変わりとともに「賢女」は「魔女」となり、忌み嫌われる存在へと変わりつつあった。

 女達は法外な金額をとり、様々な薬草を組み合わせて病気の人々に薬を処方したり、怪我の治療をしたり、あるいは(まじな)いまがいのことをしたりして生計を立てていた。

 熱で倒れた若い男はサイモン、先に魔女のところへ運ばれていた彼の兄はポールといった。シグルズ達を案内したのはトルフィンという男だ。彼らが路地裏の妖しげなあばら屋に辿り着いたとき、ポールは苦しそうな様子で布団に横たわり、初老の女がつきっきりで看病をしていた。


「また病人かい」


 女はこちらを見ずに尋ねた。


「ああ、その男の弟だ。あなたは医者か?」


 シグルズは答えた。女はちらりとこちらを見て、嘲笑った。


「そんなわけないって、見れば分かるだろう」


 シグルズは息を飲んだ。むせかえるようなハーブの匂いが立ち込めている。薬草や怪しげな(まじな)いの数々で埋め尽くされた部屋は、さながら魔女か悪魔の巣窟のようだ。大鍋からは、一体何をそんなに煮込んでいるのか、ぐつぐつと湯気が沸き立っている。

 女は、さも可笑しそうに、イヒヒとそれらしい笑みを浮かべると言った。


「私をここから引きずり出して、裁判にでもかけるかい?」


 まるで、目の前の高貴な男二人が神に仕える者だと分かっているかのような言い方だ。ケネスはあからさまに目を逸らした。

 シグルズは首を横に振り、答えた。


「この男の病を治してもらいたい。ひどい熱なんだ」


 女はポールの額に乗せた冷たいタオルを取り替えてやりながら尋ねた。


「金はあるのかい?」


「ある」


 シグルズは金貨の入った袋を女に手渡した。女はそれを一瞥すると、やれやれと立ち上がり答えた。


「面倒を見てやってもいいがね、必ず治ると保証はできないよ」


 すると、一緒にいたヴァイキングの男トルフィンが怒鳴った。


「なんだと!?あれだけの金を取っておいて治せないって言うのか!?」


 女は眉を吊り上げると、静かな、だが力強い声で諌めるように言った。


「大きな声を出すんじゃない、病人の前だよ」


 そして、ずいっとトルフィンの前に出てくると、しわくちゃの額により一層皺を寄せて、カッと目を見開き、詰め寄った。


「金を出せば治るんなら、この世に治らない病気なんてないよ!私はできる限りのことはするがね、治るかどうかは本人次第なんだよ!ここにいさせてやってるだけでもありがたいと思ってもらわなきゃ、やってらんないよ!」


 女は小柄で、白髪の頭も口元も、全てスカーフや布で覆っていたが、物凄い剣幕で捲し立てた。大男のトルフィンも思わずたじたじになって後ずさるほどだ。

 トルフィンは慌てて弁解した。この老女の言う通り、病で宿を使わせてもらえないヴァイキング達にとっては、寝床を提供してもらえるだけでも充分なのだ。


「わかった、わかったよ、すまなかった。仲間をよろしく頼む」


 女はサイモンをポールの隣に寝かせるよう指示すると、吐き捨てるように言った。


「その金持ちのお友達に感謝するんだね」


 そうして、一行は病気の二人を預けて出てきたのであった。


「あれは魔女ですね?」


 路地裏から表通りに出ると、ケネスがトルフィンに尋ねた。トルフィンは頷いた。


「そうだ、そう呼ばれてる。俺達みたいな遍歴商人には、ああいうのしかないんだよ」


 ケネスは頷いた。


「この辺りには医療施設のある教会や修道院も見当たりませんしね」


 トルフィンは肩をすくめ、首を横に振った。


「あったとしたって、そんなとこに頼れるか。俺達は商人だ。船に乗って商品運ばなきゃ生活できん。病人はその場で置いていかれるのさ」


「あの二人を置いて出航すると?」


 今度はシグルズが割り込んで尋ねた。トルフィンは答えた。


「いや、ポールは親分だ。まずは回復を待つ。でなきゃ商売できないからな。他の連中はもう少し船で待機させておくよ」


 何にせよ、病人が二人だけでまだよかった、とトルフィンは言った。狭い船の中では、一人が発症するとあっという間に感染が広がってしまうのだ。

 トルフィンは両手を広げて、太陽のように笑うと言った。


「本当に助かった。二人が回復したら、この恩は必ず返す」


 シグルズとケネスはそこで彼とは別れ、引き続き馬を探し、昼食をとり、やはりヘルギまで徒歩で行くしかないかと決めた。エマとアンソニーは、自分達の到着を首を長くして待っていることだろう。もしかしたら、心配して探しに出ているかもしれない。それに、メイウェザー家の襲撃に合ったのだから、アンソニーの様子も気がかりだった。

 だが、そんな折だった。船で待機していたヴァイキング達が続々と倒れていると聞いたのは。そして、その対応に奔走していたトルフィンも、とうとう高熱に倒れたのであった。

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