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《狭間の国》のエマ ~捨て駒令嬢と蛇の神父様  作者: 夜中メグ
第二章

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第21話 お喋りな商人

 ストールヘブンへ向かう間、二人はしばらく沈黙していた。ロイ・アダムス司祭の言葉が頭から離れないのだ。エマは、何故司祭が自分の主人のことや呪いのことを持ち出したのか気になって仕方がなかったし、アンソニーも同様に、司祭が何か知っているのではと勘繰った。

 代わりにぺらぺらと喋り続けていたのは、荷台のバーナードで、彼は二人が黙っているのを良いことに、自らの生い立ちや、商売のこと、それにクローストン卿とサンクレール家への不満などを延々と語り続けていた。他の男達は、少しは黙ればいいのに、と半ばうんざりしたような目で、共犯者を眺めていた。


「にしても、胡散臭い神父様だぜ。あの貼り付けたような笑顔がかえって不気味なんだよなぁ」


 それに関してはアンソニーも同感だった。


「呪いだの何だのって訳の分からんこと言って、金儲けでもするつもりなんだろう。まったく、良いご身分だよな!」


 バーナードは元は酒商人であった。どの家庭でもエールは作っているが、それらはアルコール度数も低く、日持ちしなかった。先程教会で恵んでもらったもののように、数日経つと発酵が進んで酸味が出てしまうのだ。

 一方で、バーナードが売っていたのは、もっとアルコールの強い酒ーーー教会で使うようなワインや、修道院が独占的に作っている「生命の水」と呼ばれるようなものだった。戦争により、教会も修道院も荒れたこのガンヒースでは、ひそかに「生命の水」の蒸留技術を手に入れた者達が、それを模して独自に新しい酒を作り出していたのだ。サンクレール家の晩餐会に出席していた成金達の中には、このような手法で財を成した者も大勢いたはずだ。


「良い酒はたくさんあるんだぜ」


 バーナードは自慢気に言った。


「クローストン卿は、新しい産業を奨励していたからな。高い酒もこれからどんどん売りに出そうって!」


 だが、急に肩を落とし、天を仰ぐと、嘆くように叫んだ。


「だが、そいつももう反逆者になって死んじまった!俺はちょうど店を大きくしようとしてたところだったのに。借金だけが残っちまった!」


 もう、道中、何度も聞いた言葉だった。アンソニーは額に手を当て、呆れたように首を横に振った。エマも気まずそうに目を逸らした。

 バーナードは更にお決まりの台詞を投げ掛けた。


「俺達みたいな平民は、いつもあんた方お偉いさんに振り回される!そっちの都合で、俺達の生活まで滅茶苦茶だ!」


 これも、何度も聞かされた言葉だ。エマはため息をついた。アンソニーがちらりとこちらに視線を送って、無視しろ、と目で言っているのが見える。

 だが、根っからの商売人であるバーナードは、どうやら喋らなければ死んでしまう病にでもかかっているらしい。ふと、声色を変えると、今度は別の話題を持ち出した。


「呪いといえば、ハラルドソン家とメイウェザー家だよなぁ」


 ふいに、馴染みのある名前が耳に飛び込んできたので、エマは思わず振り向いてしまった。バーナードは彼女の反応を見ると、馬鹿にしたように笑って言った。


「北の果てのお貴族様はご存知ないか!フォートヒルでは有名なんだぜ、因縁の名家、ハラルドソン家とメイウェザー家の呪い、ってな」


「どういうこと?」


 エマが眉根を寄せて尋ねると、バーナードはまるで「俺は商人だから何でも知ってる」と言わんばかりに、得意気に、殴られて曲がった鼻をつんと上に向けて答えた。


「両家には呪いがかかってるのさ。ハラルドソン家には蛇の呪い、メイウェザー家には狼の呪い。どちらも当主が不遇の死を遂げる、っていう薄気味悪い言い伝えでな」


 エマはじろりとバーナードを睨んだ。そんな話は初耳だ。歴史の古い名家にはつきものの噂話だろうか。

 ちらりとアンソニーを窺うと、彼は無視を決め込んで、黙ったまま前を向いていた。

 バーナードは続けた。


「実際、先代のハラルドソン伯爵は身内に裏切られて殺されてるし、先々代もその前も暗殺されたっていうじゃないか。現伯爵も長いこと昏睡状態だし、誰かに毒を盛られたんじゃないかって噂だぜ」


 エマは目を丸くした。


「跡継ぎの長男も、呪いに恐れをなして、継ぐはずだった家督は全て次男に譲り、自分は聖職者になって逃げたって話だ。押し付けられたほうはたまったもんじゃないよなぁ!それに、メイウェザー家は…」


「もういい、黙れ!!」


 たまらずアンソニーが怒鳴り上げたので、バーナードは肩をすくめた。まだまだ喋り足りないのに、とそんな様子だ。アンソニーはため息をつき、早足で隣に寄ってきたエマをちらりと見ると、「気にしなくていい」とぶっきらぼうに呟いた。

 エマはもう少し話を聞きたいような気がしたが、どこまで真に受けて良いものかーーーもしかしたら全くのでたらめかもしれないし、彼の機嫌がこれ以上悪くなっても困るので、大人しく従うことにした。

 それからストールヘブンへ着くまでの間、もう誰も口を開かなかった。ただバーナードだけが、時折もごもごと聞き取れないほど小さな声を発しているだけだった。空は白み、朝が近付いていた。


***


 ストールヘブンに着いたのは、夜明けと同じ頃だった。朝のお告げの鐘が鳴る少し前で、人々はまだ活動を始めていなかったので、通りに入ってすぐ、一行は警備兵に呼び止められた。

 サンクレール家の警備兵は《嘆きの塔》で一戦交えたアンソニーにすぐに気が付いた。彼の剣の腕前に感心した兵士達は、彼が屋敷に顔を出す度に時間を見つけては模擬戦のようなことをして、親睦を深めていたのだ。兵士は事情を聞くと、感嘆の声を上げた。


「お手柄です、メイウェザー卿!」


 聞き慣れぬ名に、エマがアンソニーのほうを振り向いた。彼はこちらとは目を合わせることなく、淡々と兵士と会話を続けている。聞き間違いだろうか。いや、そんなはずはない。たしかにこの兵士は、アンソニーに対してメイウェザーと言ったのだ。

 アンソニーはあからさまに鋭い視線を投げ掛けてくるエマの気配を感じながら、兵士とのやり取りを続けた。


「頑張ったのはエマだ、俺じゃない」


 アンソニーはため息をついて言った。彼女の視線が痛い。彼は後ろの荷台に親指を向けて指し示すと言った。


「すまないが、こいつらの身柄を頼む」


 警備兵は頷くと仲間を呼び寄せ、バーナード達を連行していった。バーナードは引き摺られるように歩いていったが、もはや派手な抵抗はしなかった。だが、最後に彼はふん!と鼻を鳴らすと、


「帰ったらよくご主人様に伝えておけよ!おまえらのせいで善良な市民が苦しんでるってな!」


と、悪態をついた。そして、ようやくうるさかった荷台は空っぽになった。

 やれやれとアンソニーはため息をつくと、残った一人の兵士に尋ねた。


「ところで、ハラルドソン司祭を見なかったか?」


 兵士は答えた。


「はい、昨日お会いしました」


 その言葉に、二人は顔を輝かせた。やはりここへ来ていたのだ。ここまでの苦労も無駄ではなかった。


「今はどこに?」


 アンソニーが尋ねると、警備兵は首を傾げた。


「最後にお会いしたのは昨日のお昼くらいです。どこにお泊まりになっているかは聞いていませんが、町から出ていったのなら我々のうちの誰かは気付くでしょう」


「そうか、ではこの町のどこかにいるんだな」


 まだ鐘も鳴る前だ。この国では朝の鐘が鳴る前に家の外に出て仕事を始めるのは良しとされていない。シグルズとケネスもまだ宿かどこかで休んでいるのだろう。

 警備兵は頷き、言った。


「それよりお二方とも、少し休まれてはいかがですか?私が言うのも何ですが、ひどい格好ですよ。何があったかはここで問い詰めるつもりはありませんが、特に、その…」


 彼はエマを見て、言葉を濁した。アンソニーは肩をすくめ、エマは顔を背けて身をよじった。


「そうだな、うっかりしていた。頼む」


 アンソニーは苦笑いしながらそう言った。

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