第7話 生け贄の娘
サザーランド女伯爵は自分の城で殺人事件が起こったことに憤っていた。
「なぜこんなことに。せっかくの祝いの席が台無しではありませんか」
アダムはふらつく妻を寝台に横にさせると、全くだと同意した。
「あの娘が犯人ではないことなど分かっています。ただ、彼女を生け贄にするようなことが心苦しくてたまらないのです」
女伯爵はじっと夫を見据え、言った。
「あの男は一体どこから入り込んできたのでしょう。侵入を許した挙げ句、捕らえることもできないとは、兵士達は何をやっていたのか…。やはり何者かが手引きしたのでは」
アダムは首を横に振った。
「滅多なことを言うものではない。犯人が分からぬ以上は、公平を期すためにも治安判事に任せる他あるまい」
それが見た目上の公平であっても。そう言って、アダム・ゴードンは妻にもう休むようにと言った。老齢の女伯爵は近頃体調が思わしくなく、アダムは心労が彼女の体を蝕むのではと心配していた。二人には息子がいたが、数年前に親よりも先に他界し、未亡人になった息子の妻とその子供は再婚相手の家に身を寄せている。今はまだエリザベスがこの屋敷に住まい領地を治めているが、自分が死ねば義理の娘夫婦が正統な後継者たる子供を連れて、我が物顔で戻ってくるだろう。
妻が寝入ったのを確認すると、アダムは書斎へ移動した。そして紙を出し、ペンを手に持つと何やら書き記した。扉がノックされたのはその時であった。彼は一瞬動きを止めたが、急いで畳んで封蝋に印璽を捺すと、客人を室内に招き入れた。
ランス家の人々が大きな広間に集められている一方で、エマは一人、真っ暗な塔の小部屋に閉じ込められていた。まるで刑が確定した犯罪者のごとく扱われ、エマは絶望に身をすくめていた。
ふいにガチャリと金属音が聞こえ、扉が静かに開けられた。もう治安判事が来たのかとエマは身を震わせたが、現れたのは闇夜でも目立つ美しいプラチナブロンドの男、シグルズ・ハラルドソン司祭だった。彼は高い背を屈めるようにして扉をくぐり、静かにこちらへ近寄ると、不憫そうにエマの顔をじっと見つめ、ため息をついた。
「司祭様…」
エマは泣き出しそうな顔で呟いた。
「うら若き女性に対し、なんという扱いでしょうか」
ハラルドソン司祭は、そっとタータンのショールを彼女にかけてやった。塔の中はすきま風がひどく、冷え込んでいる。彼は彼女の手を取り、言った。
「残念ながら、あなたはもう故郷へは帰れません。ここで殺人犯として不名誉な人生を終えたくなければ、私と共に来てください」
エマは困惑した様子でハラルドソン司祭を見つめ返した。大きな緑色の瞳が怪訝そうに揺らいでいた。
「なぜあなた様は私を助けてくださるのでしょう。世間知らずの小娘であっても、私が投獄されるしかないことは分かっています」
ハラルドソン司祭はこのような状況でも毅然として賢明な物言いの彼女に感心し、言葉を返した。
「だったらなおのこと、あなたはここから出なければなりません。逃げれば間違いなくあなたは犯人扱いされるでしょう。ですが、このままここにいても、間もなく治安判事がやってきて、名目上の取り調べを行い、ランス家の人々は解放され、あなたは投獄される。逃げても逃げなくても、あなたは犯人にさせられるのです」
「ですが、逃げれば家族やあなたにもご迷惑がかかります」
「モレイ男爵は全てご存知です。承知の上で、あなたの命を助けてほしいと私に託したのです。サザーランド伯爵もあなたが逃げることを望んでいます」
だからこのような人目につかない場所にあなたを閉じ込めたのです。そう言って、ハラルドソン司祭は握る手に力をこめた。エマは恐る恐る顔を上げた。闇夜に濃くなった彼の美しい瞳が、彼女をしっかりと捉えていた。
「さあ、まいりましょう。あなたは不埒な神父にたぶらかされ、殺人現場から逃げ出す哀れな田舎娘になるのです」
ハラルドソン司祭は彼女のほっそりとした手を引き、立ち上がらせた。
「でも、あなた様の名誉に傷がつきますわ」
なお、言いつのるエマに対し、司祭は小さく笑うと、
「罪のない女性を見捨てることのほうがよほど不名誉です」
と言って、とうとう彼女を部屋から連れ出した。




