第13話 再び、二人の高貴な男達、そしてヴァイキング
明朝、二人は早速ストールヘブンへ向けて出発した。何しろ馬が一頭しかないのだ。早く動き出さないと今日中にヘルギまで辿り着けない。
男同士で二人乗りは不可能だ。ケネスは上司に乗り物を譲ろうとしたが、シグルズは頑なに一人だけ乗ることを嫌がったので、結局、長旅の間ずっとお供をしてきたこの良馬はただの荷物運びになってしまった。
途中、彼らは海沿いに、打ち捨てられた城跡を発見した。地理的に考えて、このガンヒース地方がノース人によって統治されていた時代の伯爵の館で間違いないだろう。ケネスは調査していくかと尋ねたが、シグルズは首を横に振り、ヘルギへ行くのが先だと答えた。
午前中かかってようやく辿り着いたストールヘブンは、サンクレール家の晩餐会でたくさんの商人がいたように、この辺りでは一番大きな港町だ。ちょうどノースガルドから商船が到着したところと見え、港は活気に満ちて、たくさんの人や荷がぞろぞろと船から陸へ、陸から船へと行き来していた。
「ヴァイキングですね」
ケネスが言い、シグルズは頷いた。色白だが血気盛んで、山のように背が高く、太陽のように眩しい金髪や赤毛の男達。
彼らはその昔、ヴァイキングと呼ばれ、海を荒らし回り、陸に上がっては略奪行為を繰り返す海賊として恐れられていた。だが、それも今ではノースガルドからの商人を現す言葉にとって代わり、古い海賊の時代は終わった。今や彼らを恐れる者はほとんどいない。
ダルヘイムのもっぱらの敵は、南に接するグリトニー連合王国で、フォートヒルや大部分の人々は北から物を売り付けてくる異国人をやや侮蔑的な目で見ていた。まさか、彼らによって経済が回り、自分達の暮らしが成り立っているとは思いもよらず、我々が物を買ってやっているのだと、高いところから彼らを見下していたのである。
だが、このガンヒース地方では少々違った受け止め方をされているようだ。エマを含め、サザーランドや北部の人々は、フォートヒルなど平地の人々と異なり、ノース人に対してあまり抵抗はないように見える。それは遥か昔からずっと、この地域の人々が《北の大陸》と強い繋がりがあったことと決して無関係ではないだろう。改めて、この地域がダルヘイムの安寧にとってなくてはならない重要な地であることを、シグルズは確信せざるを得なかった。
ぽつぽつと降り出した雨の中を、軒先を利用しながら歩いていると、ヴァイキングの男が一人、仲間に担がれてどこかへ連れていかれるのが見えた。いかにもぐったりとして具合が悪そうだ。
「熱病でしょうか。関わると厄介です、早く行きましょう」
ケネスは言った。シグルズはその男達が路地裏に消えていくのを目で追いながら、頷いた。
続いて、彼らはジョージが派兵した警備兵にも遭遇した。自分達よりも先にストールヘブンまで来て、既に仕事を始めていたとは、ジョージの即断即決の行動力には驚くばかりだ。
「今のところ、怪しい者は見当たりません。が、例の件から町の治安も良いとは言えませんので、引き続き警備に当たります」
と、兵士の男は言った。《嘆きの塔》で同行した一番年長のサンクレール兵であった。彼は名をマックスといって、この警備隊の隊長を任されたのであった。
シグルズは彼にヘルギのことを尋ねたが、自分達はストールヘブンの治安維持に努めるよう命令されただけなので、そちらは知らないとのことだった。だが、必要があればガンヒース中どこでも派兵することはできるから、何か異変を感じたら教えてほしいとマックスは言った。
その後、シグルズとケネスは馬屋を尋ね、一頭借りられないか尋ねたが、今は大人の男が乗れる馬は一頭もないと断られてしまった。
宿屋の下男は申し訳なさそうに、空っぽの馬房を指差して言った。
「ちょうど昨日、あなた方のようなお金持ちのご一行がいらして、全て連れていってしまったんです」
シグルズは頭を抱えた。ここだけではない、町に数軒ある全ての厩舎が空なのだ。こんなことがあるのだろうか。
ケネスは肩をすくめた。
「仕方ないですね。歩いていきますか?ここからなら時間はかかりますが、歩いて行けなくはないでしょう」
シグルズは首を横に振った。
「数時間はかかるぞ。いつまた道中で追手に遭遇するか分からないのだ。馬は必要だろう。だが、おかしいな、こんなにいっぺんに全ての馬がいなくなるとは」
考えながら歩いていると、通りの角で誰かにぶつかってしまった。
「おっと、これは失礼」
慌ててシグルズが謝罪すると、ぶつかった相手はシグルズを睨み付け、罵声を浴びせかけた。
「ぼーっと歩いてんじゃねえ!ここは田舎じゃねえんだぞ!」
シグルズより一回り以上若そうなその男は、凄い剣幕でこちらに詰め寄ってきた。日に褪せたオレンジ色の髪が雨に濡れて、ぴったりとそばかすだらけの顔に張り付いていた。
ぎょっとしたシグルズが、なんと言葉を返そうかと考えていると、彼の背後から別の男が顔を出して言った。
「まあまあ、落ち着けよ。すまねえな、旦那。こいつちょっと気が立っててな」
男は人の良さそうな笑顔を見せながら、困ったように謝罪した。
「ああ、いや、大丈夫だ。私こそ考え事をしていて、すまなかった」
若い男はふん!とそっぽを向いた。もう一人の男は笑いながら彼をなだめ、ふとシグルズの姿を見ると言った。
「おや、おまえさん、ノース人かい?」
シグルズはケネスと顔を見合せると、肩をすくめた。
「いや、私はダルヘイムの人間だ」
「そうか、この辺じゃ帰化した連中も多いからな」
シグルズは素っ気なく頷くと、尋ね返した。
「あなた達はヴァイキングか?」
男は笑って答えた。
「ははは!そうさ、そう呼ばれてる」
「立派な船だ。何を積んで来たんだ?」
「馬さ」
シグルズはケネスと再び目を合わせた。これは渡りに船かもしれない。
「ノースガルドの馬は上等なんだ」
ヴァイキングの男は得意気に胸を張って答えた。今やダルヘイムは本当に様々な物をノースガルドから輸入していた。彼らの言う馬や、穀物、魚、塩、木材、それに毛皮や琥珀などの贅沢品まで。庶民でもお金持ちでも、ダルヘイムに暮らす人々は知らず知らずのうちに北の帝国の恩恵を受けているのだ。
かの国は、厳しい気候に関わらず豊かな国だ。商業が盛んで、人々は広大な大地にのびのびと暮らし、男も女も皆背が高く、美しい。グリトニーやダルヘイムのように教会の布教活動が行き届いていないので、いまだに古い信仰が残り、噂によると魔女が迫害も受けずたくさん暮らしているという。
シグルズはノースガルドのまだ見ぬ大自然に思いを馳せながら、改まって申し込んだ。
「実は、私達は馬を探しているのだが、どうか一頭売ってくれないだろうか。どこの馬屋も今はないと言われてしまって、困っているんだ」
ヴァイキングの男は口を開き答えようとしたのだが、先ほど怒鳴り付けてきた若い男が遮って言った。
「駄目だ!兄貴の大事な馬なんだ!そんなどこの誰だか分からんやつに、そう簡単に売れるもんか!」
男は彼を手で制した。
「やめろ、言いすぎだぞ」
そして、まるで困った子供を見るかのような目で盛大にため息をつくと、金色の頭を抱えて彼は言った。
「旦那、すまんがこいつの言い分ももっともでな。俺らの馬は、伯爵様や王家にも卸せるくらいの上等な軍馬なんだ。こいつの兄貴が俺らの親分でさ、許可無しに勝手に売ったら怒られちまう」
シグルズは頷いた。そして、若いほうの男に向き合うと言った。
「そうか、それは無理を言ってすまなかった。では、あなたの兄上はどこに?」
彼は目を逸らして俯いて、まるで嫌なことを思い出したかのように口をすぼめて見せた。
「船で熱病にかかったんだ。今は医者のところにいるよ」
彼らはリーダーが病気になってしまったために商売もできず、困っていたのだった。
シグルズは「お気の毒に」と同情すると、肩を落としていた若い男の腕を励ますように優しく叩いた。
そういう事情なら仕方がない。シグルズとケネスは仕方なく立ち去った。雨が落ち着いたら歩いて向かいますか、とケネスは肩をすくめて言った。
だが、離れてしばらくすると突然、背後から大声が耳に飛び込んできた。
「おい、大丈夫か!」
先ほどの若い男が倒れ込んでいたのだ。シグルズとケネスは慌てて駆け寄った。息遣いが荒く、ぐったりとしている。
「熱病だ。船でずっと親分の世話をしてたから、うつったんだ」
通行人が彼らを見下ろし、何事かとざわめいている。シグルズは地面に膝をつき、真剣な様子で言った。
「兄上と同じ医者のところへ連れて行こう」
だが、弟は首を横に振った。
「駄目だ、さっき有り金全部使っちまった。俺は診てもらえない」
ヤブ医者か、とケネスは勘ぐった。
「シグルズ様、行きましょう。一緒にいてはあなたもうつります」
だが、シグルズは彼の言葉を遮ると言った。
「息遣いが荒い、ひどい熱だ。放っておいたら死んでしまう」
「ですが」
「医者のところへ案内してくれないか。金なら私が出す」
「シグルズ様!」
ケネスは声を荒げた。シグルズは立ち上がって彼に向き合うと、声を一段低くして言った。
「ケネス、皆が騒ぎだしている。このままでは町の者にも病が広がるかもしれん。大事になる前に連れていったほうがいい。頼む」
ケネスはぐるりと目を回すと、腰に手を当て、いかにも迷惑そうにため息をついた。だが、上司の言うことには逆らえない。それに、自分だって一応は聖職者の端くれなのだ。
仕方なく、彼は頷いた。
「わかりました」
ヴァイキングの男は「ありがたい!」と顔を綻ばせて感謝して、倒れた仲間を担ぎ上げると、シグルズ達を路地裏へ案内していった。




