第6話 殺人事件
すぐに何事かと衛兵や人々が集まってきた。そして倒れているブライアンを発見し、悲鳴やら、驚きの声やら、死んでいるのか、兵士達が追っていたのではなかったのかと騒ぎになった。そのうち、一人がこちらを見た。
「あなたは、モレイ男爵の娘ではないか」
エマはどきりとして何も言えず、胸の前で両手を握り合わせた。ハラルドソン司祭は既に彼女の顔を覆い隠してはいなかったが、守るように彼女の肩をしっかりと抱き寄せ離さなかった。
人々はざわめきながらこちらを見ている。晩餐会のときに騒ぎを起こしていたご令嬢ではないか。足元に銃が落ちている。モレイ男爵の話ではあの男に言い寄られていたとか。まさか困り果てた末に殺したのか。そもそも何故あの男はまだここにいたのだ、逃げ出したはずでは。何故ハラルドソン司祭が共にいるのか。
エマは恐ろしくなり、震えていた。頭の中が真っ白で何も考えられず、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
そんな彼女をおもんばかり、背後からハラルドソン司祭が人々の前に出た。
「お待ちください、彼女は関係ありません」
彼は落ち着いた口調で優美に前へ出ると、彼女の足元に落ちていた銃を拾い上げ、群衆に向かって放り投げた。人々は驚き、恐れおののいた。
「私達は不運にも居合わせてしまっただけです。二人でここで密かに語り合っていたら、銃声が聞こえ、その銃が足元に転がり込んできて、この男が倒れているのを見つけたのです」
ハラルドソン司祭は自然な手付きでエマを抱き寄せると、そう話した。人々は皆、この見目麗しい若き司祭が田舎娘をたぶらかしていたのだと思い込んだことだろう。彼は続けて、
「このような美しい細工の銃は、そうそうお目にかかれるものではありません。一体どなたのものでしょうね」
と言った。一人の紳士が勇敢にも銃を拾い上げると、彼は真っ青な顔をして言った。
「これは、ランス伯爵のものではないか」
次々と人だかりができ、銀の銃の回りにはあっという間に人が集まった。そして皆口々に、そうだ、これはランス家の家紋だ、間違いない、このような豪華な銃は大貴族にしか持てないだろう、など言いつのるのだった。また一方で、なんと無礼な、我々の一族が殺人犯だというのか、と反論する声も聞こえてくる。ランス家の家系の者であった。
騒ぎを聞き付け、サザーランド女伯爵と、夫のアダム・ゴードンもやってきた。女伯爵は状況を目の当たりにして、小さく呻くと頭を押さえた。アダムは妻を支え、これは一体どういうことだと人々を問い詰めた。
「ご覧の通りです。晩餐会で騒ぎを起こしたウィルダネスの男が殺されたのです」
アダムは妻を使用人に任せ、人々の中に割って入ると、血まみれの男の顔を見た。既にこと切れている。ウィルダネス家の息子ブライアンで間違いないだろう。ため息をつき、十字を切ると、落ちている銀の銃を手に取った。
「これはランス家のものではないか。この銃が使われたのか」
ハラルドソン司祭は答えた。
「わかりません、私達は偶然発砲音を聞き、足元にそちらの銃が転がってきたのです」
アダムは、ふむと考えた。野次馬の一人が、それを使ってあの娘が殺したのだ、と言い、もう一人が、いいや、ランス家がやったのだ、長いことウィルダネス家とは揉めていただろう、と言った。人々が騒ぎ出し、アダムは手で制した。
「殺害した瞬間をたしかにその目で見た者はいるのか」
人々は押し黙った。
「では、憶測で物事を決めつけるものではない」
アダムはハラルドソン司祭とエマのほうを向いた。司祭はずっと励ますようにエマの肩をきつく抱き寄せていた。彼女の顔は蒼白で、すぐに物を言える状況ではなかった。モレイ男爵とフィリップ、マーガレットも群衆を押し分けるようにやってきて、男爵は自分の娘が血を流した死体と向き合っているのを見て青ざめ、フィリップは若き婚約者には見せまいと、彼女を胸の中に抱き寄せ、隠した。
「ハラルドソン司祭、ミス・モレイ、あなた達が何故二人でこのような場所にいたのかは後で話を聞くとして、まずはレディの身柄をこちらに渡していただかなくてはならない。わかるかね」
エマはびくりと肩を震わせた。ハラルドソン司祭はますますきつく彼女の肩を抱き寄せ、なぜ私を疑わないのか、と尋ねた。
「痴情のもつれから、私があの男を殺したとはお考えにならないのですか」
挑戦的な物言いにアダムの口端が少しつり上がったが、老齢の紳士らしく、威厳のある声色を一つも変えずに答えた。
「拘束されることをお望みならそうしよう。だが、我々は善意で立ち寄ってくださったハラルドソン家の方を敵に回そうとは思っていない」
アダムは人々のほうに向き合った。
「それから、ランス家の方々も一時的に身柄を預からせていただきたい」
ランス家の者達は身を震わせた。フィリップの腕の中で話を聞いていたマーガレットも同様だった。リチャードは執事の男に二言三言指示を出すと続けた。
「治安判事に連絡をして、公平な判断をお願いしよう。すぐに犯人は分かるだろう。心苦しいが、それまでの間辛抱してほしい」
銃を持ったまま踵を返すアダムに、フィリップはマーガレットは関係ありませんよ、と主張したが、彼女は気丈にも、大丈夫です、私もご命令に従いますと答え、ランス家の人々とともに衛兵達に連れていかれた。
その後ろをとぼとぼと、エマが一人、衛兵二人に付き添われて歩いていく。姉さん、とフィリップが声をかけるが、彼女はちらりとこちらを見るだけで、俯いたまま黙って立ち去ってしまった。残りの衛兵は手際よくブライアンの遺体に布を被せ、数人がかりで持ち上げ運んでいく。
モレイ男爵がよろよろと座り込んだ。人々はひそひそ話しながらそれぞれに去っていった。
「父上、姉さんは大丈夫でしょうか」
フィリップは父のもとに駆け寄るとひざまずいた。モレイ男爵は青白い顔で気落ちした様子だった。額には脂汗が滲み出ている。
「フィリップ、ああ、どうしたら良いのだ」
モレイ男爵は混乱していた。絶望にも近い顔つきだった。
「父上、姉さんが人殺しなどできるわけがありません。銃なんて持ったこともないのですから。治安判事が来れば、きっと真犯人が分かりすぐに釈放されるでしょう」
フィリップは励ますように父の肩をさする。二人を大きな影が覆った。ハラルドソン司祭であった。
「彼女は釈放されることはないでしょう」
親子は顔を上げた。先ほどまで饒舌に弁論していた美しい司祭は、顔を曇らせて話した。
「状況から見て、治安判事は彼女を犯人に仕立て上げるでしょう。サザーランド伯爵も、ランス家全体を敵に回したいとは思っていません。族長の息子が死んだと知れたら、ウィルダネス家が兵を挙げて報復に来るのは時間の問題です。彼女一人に罪を被せたほうが事が丸く収まるので、治安判事が判断するまでもなく彼女が犯人ということになるでしょう」
そうですよね、とハラルドソン司祭はモレイ男爵に同意を求めた。フィリップは、そんなと動揺したが、男爵は思い至っていたようで、青い顔のまま何も反応しなかった。
「ああ、こんなことなら早く結婚させておくべきだった。結婚して、主人の領地に引きこもっていれば、あんな男につきまとわれることも、こんな恐ろしい事件に巻き込まれることもなかったのに」
モレイ男爵は頭を抱えて呻いた。亡くなった妻の遺言だったのだ。エマには心から愛する男性と出会い、結婚してほしいと、このような小さな町の貴族の娘など、政略結婚の駒にもなりはしないのだから、貧しくても愛のある人生を送ってほしいと。
当時男爵は瀕死の妻のいまわの言葉を神に誓って守ると受け入れたが、今となってはいくら後悔しても足りないくらいだった。
「結婚していないからこそ取れる選択があります」
ハラルドソン司祭は膝をついてモレイ男爵に向き合った。
「私にお任せいただけませんか」
背後から彼の従者が口を出した。
「シグルズ様!」
ジョンソン司祭は無言で彼を制した。
「任せるとは?」
「あなた方には辛い決断になってしまうかもしれませんが、それでも彼女の命が奪われるより良いでしょう。悩んでいる暇はありません。治安判事はすぐに来ます。私がアダム・ゴードン卿と話します」
トマスは頷いた。苦渋の決断であった。ハラルドソン司祭は励ますように彼の肩を叩き、微笑んだ。
「大丈夫、必ずやご息女をお守りしてみせます」
トマスはハラルドソン司祭の足元に崩れ落ちた。




