第5話 襲撃者(1)
ガンヒースはダルヘイム北部の他の地域とは違って、ほとんど平坦な地形で、森林もろくにない荒地だった。特に中心部にその傾向が強く、終わりなく真っ直ぐに広がる地平線が、まるで異世界に迷いこんで来たかのようだ。
一行はだらだらとしばらく道なりに進んでいた。変化のない同じ景色。行き交う人々は少なく、時折荷馬車が通り過ぎる程度だ。クローストン卿の反乱が尾を引いていると見え、商人達は今は様子を伺っているのだろうとシグルズは言った。
「道が悪いですね」
ケネスはため息をついた。
「見てください、荷馬車があんなに揺れています。あれでは、いくらストールヘブンに立派な港があっても、ティンカーに荷を運ぶ間に半分くらいは駄目にしてしまうでしょうね」
半分とはさすがに言い過ぎでは、とアンソニーは肩をすくめたが、たしかにこれでは王都で流行りの美しい模様の描かれた陶器や、繊細な金銀細工の類い、それから瓶や壺に詰められた砂糖やスパイス等は台無しになってしまうだろうなと思った。もちろん、ティンカーの人々がそんな贅沢品に用があれば、の話だが。
それに、荷を運び終えるより前に、馬車のほうが先にイカれてしまいそうだ。行き交う数少ない荷馬車はほとんどが粗末な作りで、あのぐらぐらとした心もとない車軸と車輪では、目的地に着くまでずっと冷や冷やしていなければならないだろう。それは商人にとって大きなストレスとなるに違いない。
「いずれジョージがその辺りにも手をつけてくれるといいな。さあ、そろそろ馬を休めよう」
シグルズがそう言ったので、アンソニーは休憩に良さそうな場所を探し始めた。その頃、周囲は荒れた大地から湿原に変わり始め、大きな湖が向こうのほうに見えてきていた。ふもとには小さな集落だろうか、家々の屋根がぽつりぽつりと顔を出している。
「あそこで休ませてもらえないか、聞いてみましょう」
アンソニーが様子を見に行くことにした。一人で先に馬を走らせ、帽子を取り、丁寧に挨拶をして、現地の住人と話をつけようとする。旅の司祭様一行とあっても、田舎の人々はあまり余所者を信用していないので、丁重に接しておくに越したことはない。
だが、いつもは上手く話をまとめてくるアンソニーが、誰かと言い合った末に、ただならぬ様子で馬を走らせ、戻ってきた。シグルズは、どうかしたのか、と彼に尋ねた。彼は切羽詰まった様子で答えた。
「シグルズ様、駄目です。急いで立ち去りましょう」
「なんだと」
そこには数名の銀色の兜を被った兵士達がいた。見たところはサンクレール兵ではない。こちらに向かって馬に跨がり、武装して追いかけてこようとしている。集落の人々は怯えた様子だ。
「どういうことだ、ウィルダネス兵は捕らえたのではなかったのか?」
シグルズが唇を噛む。だが、相手が誰であれ、とりあえず逃げたほうが良さそうだ。
「行くぞ!」
一行は全速力で馬を走らせた。兵士達は黒々とした体格の良い軍馬でどんどん追い上げてくる。間の悪いことに、シグルズ達の馬は長距離の移動で疲れてきており、しかも周囲はだだっ広い湿地が広がるばかりで逃げる場所がない。
十中八九、連中は自分とエマを追っているのだろう、とシグルズは考えた。それ以外に追われる理由がないからだ。だとしたら、ここは二手に分かれたほうが賢明だろうか。考えているうちにも、追手はあっという間に距離を縮めてくる。仕方なく、シグルズは心を決めた。
「アンソニー、エマを頼んだぞ!」
シグルズはアンソニーに指示を出し、ぐるりと大きく北へと向きを変えて走り出した。ケネスもその後に続く。
アンソニーは頷き、彼らとは反対方向に馬の鼻先を向けて加速した。エマは後ろ髪を引かれながらも、主人の指示に従い、しっかりと鐙を踏んで立ち上がり、アンソニーの後を追いかけた。
「止まれ!止まらなければ攻撃するぞ!」
追手が銃を向けてくる。カチャリと固い金属音がして、エマはサザーランドでの出来事を思い出し、胸がどくんと大きく鼓動した。
「まずい!エマ、先に行け!!」
アンソニーが声を荒げたが、それより先に銃声が響いた。弾はエマの馬の横腹を掠め、馬は驚いて前足を高くかかげて嘶いた。エマは体勢を崩し、体を地面に強く叩きつけて落馬した。
「エマ!!」
アンソニーが急旋回してエマに駆け寄る。追手はもうすぐそこだ。逃げられない。もう一人が照準をエマに合わせて迫ってきた。エマは咄嗟に腰から護身用の短剣を抜き、馬に向けて投げつけた。兵士が発砲する。アンソニーがエマを抱き上げた。
短剣の刺さった相手の軍馬は前足を大きく上げて傾き、追手はもう一人を巻き込みながらバランスを崩して落馬した。
「大丈夫か、飛ばすぞ」
アンソニーがエマを抱えたまま馬を猛スピードで走らせていく。エマは肩で大きく息をしながら彼にしがみつき、遠ざかる追手を見つめて、ハッとした。手にぬるりとした感触があったからだ。アンソニーの腕から血が滲み出ていた。
「アンソニー、腕が!」
「油断した」
彼は顔をしかめながら真っ直ぐ前を見据えている。その額からは脂汗が滲み出ていた。
「大丈夫、かすり傷だ」
そして、ちらりとエマに無理矢理笑みを浮かべて見せると、そのまま限界まで馬を走らせていった。




