第33話 相反する者達(6)
「お嬢さん、これは一体どういうことだね?なぜ、ウィルダネス兵がここに来ているんだい?」
エマは背中をぴったりと扉につけながら、ぎりぎりと唇を噛んだ。握り締める拳には力が入り、悔しさからドンと扉を叩く。
アンソニーが自分の言うことなど何一つ聞かず、一人で飛び出していったことが、彼女には許せなかったのだ。
ーーーなぜ、一人でどうにかしようとするの?あいつらが狙っているのは私じゃない!
エマは腹が立って仕方がなかった。独りよがりなアンソニーにも、しつこいウィルダネス兵にも、そして何より、ただ何もせずに守られようとしている自分自身にも。
エマは人々をきっと睨みつけると言った。
「ウィルダネス兵は《嘆きの塔》で私達を襲ってきました。クローストン卿の差し金です。彼はヒルド族だけでなく、ウィルダネス家にも手を回していたの!」
人々は驚き、ざわめいた。扉の向こうでは馬の駆ける音や、嘶き、怒声、それに剣を抜くような音もする。
エマは両手で顔を覆った。怖くて涙が溢れてきそうだ。だが、アンソニーは扉を守れと言った。きちんと言う通りにしなければ、彼の命懸けの努力が無駄になってしまう。
ーーーどうしたらいいの?
雷鳴が轟いている。風も強くなってきた。古い建物のあちらこちらがガタガタと音を立てて暴れ出す。嵐が近付いているのだ。もう滅茶苦茶だ。
やがて、心乱れているエマが手を離し、ゆっくりと顔を上げると、目の前には三人の男達が立っていた。
「そこを開けてくれ。俺達も行く」
エマは目を見開いた。男達は安心させるように笑うと彼女の肩を叩いた。
「大丈夫、大した戦力にはならんかもしれないが、それでもあの方一人よりマシだろう」
「ヒルド族だろうと、ウィルダネスだろうと、この地を荒らす奴らは俺達が許さねえ」
そう言って、彼らは腰から短剣を引き抜いた。ウィルダネス兵の重装備に比べたら丸腰のようなものだが、男達は闘志満々としてそこに立っている。
エマは呆気にとられながらも、おずおずと後ろに下がり、
「皆さん、ありがとう…」
と、小さな声で返事をした。男達は片手を上げて、外に飛び出していった。
扉が閉まると、エマは息をついた。そうだ、くよくよしている場合ではない。外ではアンソニーが頑張っている。彼らも味方をしてくれた。自分だって出来ることをしなければ。
彼女は意を決したように顔を上げると、残された人々に訴えた。
「扉を封鎖しましょう!力に自信のある人は、こっちに来て扉を守って!それから、なんでもいいから武器になりそうなものを探して!万が一、襲撃された場合に備えるの!」
人々は顔を見合わせて頷いた。
「どきな!あたしらが扉を守るよ!」
そう言って、恰幅の良い女が数人やって来て、腕まくりをしながらエマを押しやると言った。
「石でもいい?」
マイケルは床に転がっている大きな石を両手に集め始めた。
「私達はこれ」
女達は次々に、なぜそんなものを持っているのか、鍋やら杓子やら棍棒やら、中にはかまどから灰をかき出す灰かき棒や、果物ナイフまで持ち出して、戦闘準備は万端といった様子であった。
「女だからって、ただでやられるわけにはいかないからね。敵に一泡吹かせてやりたいって思うじゃないか」
自慢気に鼻の下をこすりながら、一人の女がいった。
「ここは私達に任せて。あんたは、じい様方のお守りでもしておいておくれ」
ありがとう、エマはそう言うと、メアリーや、戦えない老人達を祭壇の近くに集めた。
古びた十字架が、闇夜にすっくと立ち上がり、人々を見下ろしている。彼らのちっぽけな命を長らえようとしているのか、それとも神の御許に連れて行こうとしているのか、彼女にはよく分からなかった。
老人達は身を寄せ合い、事の行く末を見定めようとしている。メアリーが不安そうにエマを見つめた。彼女は励ますように微笑み返し、今しばらくは愛する人達を天に召さないでほしいと、十字を切り神に祈った。
一方、外ではアンソニーが孤軍奮闘していた。威勢良く飛び出した瞬間に稲妻が走ったので、暗闇の中でもすぐに敵兵に見つけてもらえたのは運が良かった。
だが問題はその後で、騎兵隊にどうやって一人で立ち向かえば良いものか、とりあえずアンソニーは死なないようにする以外に作戦が思い付かなかった。
ーーーとにかく、上手く誘導して崖の下にでも落とせれば…。
彼は暗闇に紛れ、茂みや木に身を隠して時間稼ぎをしながら、機会を伺っていた。
「いたぞ!あそこだ!」
ウィルダネス兵が群れになってこちらに走ってくる。アンソニーは敵兵を引き寄せると、闘牛士のごとくさっと横にすり抜けてかわし、転がった瞬間に相手に向かって砂を投げつけた。
「くそっ…!!」
目を痛めた兵士が操縦を誤り、落馬する。それに何人かが巻き込まれ、隊列が乱れたのが確認できた。
「しめた!」
アンソニーは、枝葉を伸ばし生い茂るシュラブの中に飛び込み、走り出した。兵士達が当てずっぽうに矢を放つが、暗闇と茂みに紛れて当たらない。雷が鳴り、強風が吹き荒れているために、草木の動きも読めないのだ。徐々に隊列は彼の思ったほうに移動していく。
ーーーいいぞ、そのままこっちに来い!
アンソニーは、してやったりとほくそ笑んだが、隊の一人が立ち止まると叫んだ。
「騙されるな!そいつは囮だ!我々の目的を忘れたか!」
兵士達はハッとして、悔しそうな表情を浮かべながらも再び向きを変え、教会のほうへ向かい出した。
「ちくしょう!余計なことを!」
アンソニーは地団駄を踏んで、茂みから飛び出すと矢のような速さで騎兵隊を追いかけた。伸び盛りのバラのつるが身体中に引っ掛かり、まとわりついていたのを乱暴に引き剥がす。
絶対に中に入れるものか。こんなところで失敗するわけにはいかないのだ。主人達が炎の中で命懸けで戦っているなら、自分は必ずエマと教会にいる人々を守り抜く。
だが、全速力で走り続けるアンソニーの前に、兵士が一人立ちはだかった。先ほど落馬した男だった。
「小癪な真似しやがって!斬り捨ててくれるわ!」
兵士は大きく振りかぶってきた。アンソニーは舌打ちをして、仕方なく剣を抜いて受け止めた。
鋭い金属音が雷鳴の合間を縫って響き渡る。アンソニーは剣の腕なら自信があった。普段なら、一対一の勝負など何ということもない。
だが、今のアンソニーは気が散っていた。今にも教会に突撃していきそうな兵士達が気になって仕方がなかったのだ。早く決着をつけてそちらに向かいたいと、気ばかりが急いていた。だからかもしれない、隙をつかれたのは。
「よそ見している場合か!!」
からんと音を立て、剣が手からこぼれ落ちる。
しまった、そう思った時にはもう、剣を拾う手を地面にがっしりと踏みつけられていて、アンソニーは苦痛に顔を歪めた。
「これで終わりだ」
頭上から、兵士が剣を突き立てようと、切っ先を真っ直ぐこちらに向けてくる。一人で立ち向かうなど馬鹿だと、誰かが耳元で囁く。アンソニーは悔しさにぎゅっと目を瞑った。
だが、剣は降りてこなかった。目を開けると、兵士は教会のほうを見ていた。仲間の騎兵隊の様子がおかしいのだ。教会の前で何やら揉めている。
一瞬の隙をついて、アンソニーは咄嗟に反対の手で剣を取り、男の足を斬りつけた。油断していた兵士の男は、耳障りな悲鳴を上げてのたうち回る。
「よそ見はどっちだ!」
アンソニーは吐き捨てるように悪態をつくと、教会に走った。右手の甲からは血が流れている。
「くそっ、折れてるな」
ズキズキとした強烈な痛みが広がり、手に力が入らない。稲光が走った。ほどなくして雷鳴が響き渡る。冷たい風が吹き荒れている。
ウィルダネスの騎兵隊は、どこから来たのか、別の兵士と戦っていた。教会の扉の前では、中にいたはずの男達が剣を手に、しっかりと入り口を塞いでいる。
あの兵士達は誰だ?一体誰と戦っているのだろう。アンソニーが目をこらしてよく見ると、それは《嘆きの塔》に同行していた、サンクレール兵であった。
「旦那!ご無事でしたか!」
そのうちの一人がウィルダネス兵と剣を交えながら、馬上から声をかけた。ケネスと二人で別棟で縛り上げた、あの時の兵士だ。見ると、他にも応戦に来ている。きっちり八名、全員揃っているようだ。
「騎兵はこちらに任せて、教会をお願いします!」
仲間が大勢いるんですよね、とサンクレール兵は言った。彼らは屋敷に戻る途中で、短剣を持った軽装の男達が教会の入口を守っているのを見つけたのだ。そこへ現れたのが《嘆きの塔》でも対峙したウィルダネス兵だった。サンクレール兵達はすぐさま状況を理解して、加勢に来たというわけだ。
「助かった!」
アンソニーは左手で落馬した兵士達の攻撃をかい潜り、教会へ走った。短剣の男達が押されながらも必死に応戦している。扉はガタガタと揺れているが、中で女達が絶対に開けられまいと踏ん張っているのだろう。
一人の兵士が男に斬りかかった。アンソニーは素早く間に入り込むと、兵士の剣を振り払った。
「大丈夫か」
息を切らしながらアンソニーは尋ねた。男達は、面目ねえ、と冷や汗をかきながら苦笑いした。
だが、休んでいる暇はなかった。一騎のウィルダネス兵がサンクレール兵の攻撃を逃れ、こちらに向かって突進してきたのだ。
これにはアンソニーも、三人の男達も避ける他なかった。馬は教会の古びた木の扉を破壊し、中に飛び込んでいった。




