第31話 相反する者達(4)
「先程の男が、例の司祭ですか?」
大広間に向かって走りながら、ガン族の男は尋ねた。四方八方から襲いかかってくるヒルド族の兵士を軽くあしらい、はね除けながら、彼らの目的はただ一つ、族長の首だった。
「ふん、まるでごろつきの寄せ集めだな」
ガン族の長であるトールは、部下の質問には答えず、まるで相手にならないといった様子で、次々と兵士達をなぎ倒しながら、正面突破で大広間に向かっていた。
この老人の機嫌はすこぶる悪かった。大切な孫娘が濡れ衣を着せられ拐われたというだけでも一大事なのに、あろうことかその司祭はいけ好かない気取った美男子で、しかもこんな落ちぶれた一族の揉め事に巻き込まれている。孫娘の身が心配でならない。
「どいつもこいつも、話にならん!」
トールは感情に任せて敵兵を片手で振り払った。まるで怒れる雷神だ。部下の戦士達がほとんど役に立っていないような有り様だった。鬱憤は戦いで晴らすとは、誰が言った言葉だったか。
だが、ヒルド族が寄せ集め、と評価されてしまうのも無理はなかった。何十年も昔に起こった長い戦の果てに、一族はみな散り散りになって、ほとんど滅亡の危機にさらされていたのだから。
しかし、それはガン族も同じだった。ヒルド族と違ったのは、ガン族は自らの意思で再結集し、新天地でまたやり直したということだ。それが結果的にサザーランド領に逃げ込むような形であっても構わなかった。ガン族にとっては、一族の血を守り抜くことが何よりも大切だったからだ。
だが、ヒルド族はそうではなかった。ガンヒースの地にこだわり、生まれ故郷から動けぬまま月日が流れ、クローストン卿の出現によってようやく各地に散らばった一族が集められた。
ヒルド族の長とは言っても、血筋だけが頼りの名ばかりの長だ。統率力もなければ、財産も地位も何もない。兵士も、昔とは違い、ろくに訓練されていない素人ばかりだ。個々の攻撃ばかりが目立ち、一つの隊としての自覚がないのだ。
大広間の前に着いた。血に濡れた剣を振り払い、トールは入口の前に立った。下級兵はほとんど一掃しただろう。何の罪もない、ただのサンクレール家の使用人達が巻き込まれたのは哀れであった。
「だが、これで終わりにしてやろう」
噴き出す炎の熱を背中に感じながら、トールは部下達に合図した。司令官が来るのを待ちわび、通路で待機していた仲間の戦士達もぞろぞろと集まってくる。
「ゆくぞ!愚か者の首を斬り落とせ!!」
ガン族の戦士達が怒号を上げて、大広間の中に雪崩れ込んでいった。
シグルズ達は、その声を階段塔の中で聞いていた。長い階段を駆け上がるのはこれで今夜は二度目だ。馬を全力疾走させてここまで来たこともあり、さすがに疲労の色が見てとれる。
炎は上へ上へと昇っていくが、この辺りはまだマシなように思えた。だが、採光の少ない狭い階段塔は煙も充満しやすく、ひとたび火の手が回ったらとても逃げ場など見つかりそうにはなかった。
「急げ!ジョージの寝室は最上階だ…!」
口元を覆いながらシグルズはケネスを励ました。ケネスは時折咳き込み、顔をしかめながら、
「私はあなたのように、体力が有り余っているわけではないのですよ」
と答えた。
居住塔は四階建てだ。さすがに上の階のほうは、人々も逃げおおせていて誰もいない。炎のごうごうと燃え上がる音と、バチバチと弾ける音、それから下から聞こえてくる怒声や悲鳴にかき消されて、上の様子が伺い知れない。
クローストン卿は、もう恐らくジョージのところにいるだろう。火の手が回りきる前に決着をつけたいのは、あの男も同じなはずだ。
大急ぎで駆け上がっていくと、突然目の前に剣が突き付けられた。シグルズはパッと立ち止まり、背後にいるケネスを手で制した。
「なんと、司祭ではないか!奴らめ、失敗したな」
シグルズの目前に、クローストン卿の側近と思われる兵士達が立っていた。どうやら階段塔の入口で見張りをしていたらしい。ということは、やはりクローストン卿とジョージはここにいるのだ。
シグルズはじりじりと下がりながら剣の柄に手をかけた。
「ケネス、下がれ」
背後のケネスに耳打ちをすると、シグルズは少し間合いを取り、剣を抜いた。
「死ね!!」
兵士も剣を振りかざし、襲いかかってきた。シグルズは素早くそれを受け止め、振り払っていく。
だが、《嘆きの塔》でも階段塔での駆け引きがあったように、このような右回りの狭い螺旋階段では、下にいる者のほうが不利なのだ。多分に漏れず、シグルズも右利きなので、利き手で剣を扱うとどうしても内側の壁が邪魔になってしまう。一方で、上に立つ者は、より広い外側のほうで剣を持つことができるので、圧倒的に動きやすい。視界もクリアだ。
そういうわけで、シグルズは押されていた。いくら力が強くても、体格が良くても、状況的には不利なのだ。それに、シグルズの持つ剣は父から譲り受けた1メートル以上もある長剣だ。ますますこのような環境では戦いにくい。
「シグルズ様!」
背後でケネスが叫んだ。先頭で立ち回っている兵士の背後からもう一人の兵士が顔を出したのだ。シグルズは咄嗟に後退し、壁の陰に隠れた。
「くそっ!」
顔の前を吹き矢が飛んでいく。もう少しで当たるところだった。どうやら敵は色々な武器を仕込んでいるらしい。次々と矢が飛んできて、シグルズ達は三階まで下がってこなければならなかった。
「ここは通さんぞ!」
兵士達が勝ち誇ったように囃し立てる。シグルズとケネスは一旦、三階の出入り口に身を潜めた。連中は四階を守ることに徹しており、ここまで追ってくる様子はなさそうだ。
「仕方がない、これを使いましょう」
シグルズが振り向くと、ケネスは上着の胸元に手を入れ、ごそごそと何かを取り出した。ずらりと並んだ小さな赤い筒の束だ。蝋でなめした導火線のようなものもついている。
「ここまで無事に持ってこれてよかったです。少し冷や冷やしていたのですよ」
そしてシグルズに下がるよう促し、階段塔の様子をちらりと伺って、まだ兵士達がいることを確認すると、導火線に火をつけた。そして、すっかり油断しきっている兵士達に向けてそれを放り込んだ。
「うわあ…っ!!」
激しい火花を散らし、バチバチと油がはぜるような凄まじい音を立て、階段塔の中から灰色の煙がもくもくと降りてきた。シグルズは咄嗟に身を屈め、口元を覆った。中はきっと、もっとひどく煙っているだろう。
「こんな狭い空間では、効果てきめんですね」
ケネスは、にやりと笑った。
「何をしたのだ?」
シグルズは咳き込みながら尋ねた。
「爆竹ですよ、知りませんか?東の国では悪霊を追い払うと言われているのですよ」
ケネスが得意気に答えた。
「役に立ってよかったです。この火事の中、ずっと持っているのは嫌ですから」
シグルズはそろりと階段塔の様子を伺った。兵士達はむせ込みながら四階へ引き返したようだ。今なら隙をついて突破できるだろう。
「よくやった、行こう!」
シグルズとケネスは、まだ煙る階段塔を、口元をしっかり覆いながら、再び最上階へ向かって駆け出した。




