第28話 相反する者達(1)
サンクレール家の館では、兵士達と反乱軍が揉み合いになっていた。クローストン卿が内側から門を開けたので、謀反者達は簡単に侵入することができた。屋敷に仕えていた使用人達は驚き、怯えて逃げ回り、それらを嘲笑うかのようにクローストン卿はあちらこちらに火をつけて回った。
ようやくこの時がやって来たのだ。名ばかりの当主が小賢しく動いたために、急遽今夜実行に移さねばならなくなったが、この日のために何年も前から準備は整えてきた。不足はない。
クローストン卿をここまで駆り立てさせたのは、今までの彼の不幸な境遇と、五年前、偶然手元に転がりこんできた、幸運とも不運とも言える出来事だったーーー。
誰もが知るところであるが、彼は先々代当主の私生児である。当時、下女であった母がお手付きとなり、生まれた子供がオリバー・クローストン、現クローストン卿であった。
オリバーは不遇な少年時代を過ごした。いくら父親が立派な伯爵であっても、愛人の子、それも、身分の低い平民の子供では屋敷の敷地内には入れてもらえなかった。
子供を身籠ったと知った途端、伯爵は愛人の女を屋敷から追い出した。それどころか、冷遇された妻子が変な気を起こさぬようにと、遠い、スズリという小さな漁村に追いやってしまった。それはガンヒース地方の最北端、つまり、ダルヘイム王国の中でも最も北に位置する、作物のほとんど育たない貧しい村であった。
母は栄養失調から病気になり、オリバー少年が十歳にも満たぬ頃に亡くなった。死ぬ間際まで、母は高貴な生まれの父の幻影にすがり、あなたは伯爵の子、こんなところにいてはいけないと、何度も何度も呪いのように言葉を吐き続けた。
母を弔った少年は、幼いながらに、この女の人生とは一体何だったのだろうと思った。恨み言ばかりでは生きてはゆけぬ。彼にとっては、姿の見えない立派な父より、目の前にいる衰弱した母のほうが何百倍も大切だったのに。
それからオリバー少年は生きるためにがむしゃらに働くようになった。大人になり、自然と妻子をもうけ、慎ましくも幸せに暮らしていた。
そのうちにグリトニー連合王国との戦争が始まり、人伝に、どうやらサンクレール伯爵も死んだらしいと聞いた。だが、国の最北端に住む彼にとっては、戦争も、父の死も、他人事のような話であった。
その後、さらに15年の月日が経った頃。懸命に働いたおかげですっかり暮らしは安定し、子は立派に成長した。だが、相変わらずスズリの村は貧しかった。彼にとって、村は故郷だった。息子のためにもどうにかしたい。
そんな折、伯爵家からの使者だという男がやって来た。男は、どこからか、彼が先代伯爵の落とし子だという事実を聞き付けて、ウォーデン諸島での内乱に参加するよう、伯爵直筆の通達を持ってやって来たのであった。
彼は突然の知らせに驚愕し、腸が煮えくり返る思いだった。伯爵からの通達は、すなわち命令である。拒否すれば自分の命はおろか、家族の生命も危ういかもしれない。
今まで長らく放置され、存在しないものとして縁を切られて過ごしてきたのに、戦で人手が足りなくなった途端、血筋を理由に召し立てようとする。許せなかった。
だが、同時にこれはチャンスだと思った。既にサンクレールの一族は先の戦争もあり瀕死の状態だったので、ここで自分が功績を上げれば取り立ててもらえるに違いないと考えたのだ。そうすれば、家族も、スズリの村も、この先ずっと暮らしに困ることはないだろう。
そのような経緯で、彼は戦地へ旅立った。初めて見る腹違いの弟は、似ているところなど一つもなく、彼にとってはただの他人であった。
戦地は地獄のようだった。敵地であるウォーデンでは明らかに相手のほうに分があり、兵士としての訓練すらまともに受けたこともなかった彼は死に物狂いだった。
本土のサンクレール軍はほとんど壊滅的だった。あまりの状況に、魔女が何かしたのではないかと突拍子もないことを言い出す者も現れた。だが、彼は指揮官である伯爵が悪いのだと思っていた。勝機のない無茶な戦争ほど惨めなものはない。
ところが、事態は思わぬ方向に転がった。伯爵が流れ矢を受け、彼の目の前で落馬したのだ。数人の部下が駆け寄り、助けようとした。だが、痛みに呻く義弟を前に、彼がとった行動は、誰も予想だにしないものだった。なんと、彼は伯爵の胸を槍で貫いたのだ。
ーーーこの男が死ねば、戦は終わるではないか。
彼は義弟の亡骸を敵の将軍に突き出した。相手の男は、何も言わず伯爵の首を切り落とし、晒し者にして戦は終わった。
それからはとんとん拍子で事が進んだ。圧勝したウォーデンのサンクレール家の当主は、無謀を起こした張本人でありながら、内乱が続くことを恐れた国王により、ウォーデン諸島における権利を与えられた。同時に、彼もまたサンクレール家のはからいにより騎士の称号を授けられ、長いことただのオリバーだった彼は、クローストン卿となり、利益のためなら裏切りも残虐行為も厭わぬ非情な男として恐れられるようになった。
サンクレール家の屋敷に初めて足を踏み入れたときのことを彼は決して忘れない。誰もが、先代の私生児で、忘れられた存在であった自分を蔑むような目で見つめ、あんな男をなぜ伯爵は招き入れたのかと好き勝手に噂した。
だが、伯爵は死に、状況は変わった。私生児の男はクローストン卿となり、未成年の当主の息子に代わって一番の権力者となった。もう誰も彼を軽蔑の眼差しで見る者はいない。実力と、時の運でのし上がった、本物の指導者だ。
それに比べ、伯爵の後継者だというこの子供はなんと幼くもろいのだろう。両親を失ったことには同情するが、同じ年の頃、自分は既に生きるため働いていたし、自分の息子でさえ、もっと小さい頃から仕事を手伝っている。恵まれた境遇に甘んじて、日々を泣いて暮らすことに何の意味も感じないどころか、侮蔑の情すら沸いてくる。
ーーーこのような血筋だけの愚かな統治など、終わらせねばならぬ。
そしていつしか、クローストン卿の野望は、サンクレール家という無能な貴族を根絶することへと向かっていったのだ。
炎は一層の勢いを増し、辺りを包み込んでいく。
気の遠くなるような長い年月ここに建ち続け、権勢を奮い、受け継がれ、維持してきた古城が無惨に燃え上がっていく様子は、あまりに虚しく惨めだ。
背後ではかき集めたヒルド族の傭兵達が、少しの迷いもなくサンクレール家の人々に剣を突き立てていく。悲鳴は騒音にかき消され、重なりあった亡骸は、もはや口も聞けずに館とともに炎に飲み込まれていく。
何もかも、燃え尽きて灰と化してしまえばよい。クローストン卿は容赦なく燃やし続けた。彼の狙いはただ一つ、若き当主の首だ。そのためには、たとえ悪魔に魂を売ろうと、地獄の使者になろうと、構わなかった。全てはこの領地のため、愚かな政治を終わらせるため。勝機のない戦はせぬ。
「ジョージ!どこにいる!ジョージ!!」
クローストン卿は叫んだ。
「出てこい!おまえの首をとってやる!!」
恐ろしい笑い声が屋敷中に響き渡った。




