第27話 嘆きの塔(10)
ブレンドン率いるウィルダネス兵が突入し、《嘆きの塔》はにわかに騒がしくなった。連中は無作法にも入口の扉を丸太で破壊し、泥まみれのブーツで塔の中を汚し回った。女と司祭を見つけるために、ありとあらゆる調度品をひっくり返し、扉を蹴破り、タペストリーや壁に掛けられた肖像画を引き剥がし、破壊の限りを尽くした。
「探せ!必ず見つけ出し、捕らえるのだ!」
ブレンドンは兵士達の粗暴さには嫌気が差していたが、あの罪人どもを捕らえるためには致し方なしと思っていた。
そんな連中を、階段塔の上から嫌悪の眼差しで見つめる者達がいた。エマとシグルズによって解放された、五人のサンクレール兵であった。
「なんと野蛮な連中だ」
頬にかすり傷を追った、一番年長の兵士が呟いた。
「あのような賊どもに、何故クローストン卿が手を回したのか理解できん」
兵士達はシグルズらとの戦いで弱ってはいたが、まだ十分に動ける状態にあった。だが、もしも、あのまま縄を解かれずにいたら、間違いなく自分達は殺されていただろう。
彼らにとって、もはや女と司祭が罪人であるかどうかなどどうでもよかった。ただ、せっかく助けられた命をここで失うわけにはいかないのと、ガンヒース地方でも最も美しく象徴的な塔を、このような形で踏みにじられたくない、その思いが彼らの次の行動を決めた。
「火を起こし、湯を沸かせ!私が階段で食い止める!」
年長の兵士がそう指示し、一人が援護のため彼につき、残りの三人は厨房に走った。
「塔のことは我々のほうがよく知っている!利はこちらにあるぞ!」
二人の兵士は階段の上で剣を抜き、ウィルダネス兵が上がってくるのを待ち構えた。
一方のシグルズ達は、厩舎で馬に跨がり、まさに今サンクレール家に向かって急行するところであった。
別棟で捕らえていた三人の兵士達も解放した。アンソニーは嫌がったが、エマが望むので仕方なく縄を切ってやったのだ。
「うちのお姫様に感謝しろよ」
アンソニーは慣れた手付きで、エマをひょいと馬に乗せながら言った。エマは塔を見上げた。今頃、上にいる兵士達はどうしているだろう、上手く逃げているだろうか。一抹の不安がよぎる。
ウィルダネス兵は数名の見張りを残してほとんど中に入ったようだった。塔の内部が騒がしい。
アンソニーは背中に背負っていた弓矢をシグルズに手渡した。彼の横から、助けたサンクレール兵達が騎乗して顔を出した。
「我々が見張りを引き付けます。その隙にあなた方は行ってください」
アンソニーは目を見開き、シグルズの顔を見た。シグルズは頷き、ここは任せようと目で訴えた。
「行くぞ!」
三人の兵士が先に飛び出し、堂々と見張りの前を駆け抜けていく。案の定、ウィルダネス兵は彼らを追い、塔の前から姿を消した。
タイミングを見計らい、シグルズ達は馬を走らせた。だが、塔の真下に来たとき、再びエマの前にあの緑色の光が現れたのだ。
「何するの!やめて!」
エマはもがいた。エメラルドのベールをまとった女が、彼女にしっかりと絡み付いて離れない。幽霊のくせに、なんて力なのかしら!とエマは苛立った。こんなところで立ち止まっている場合ではないのに。
「エマ!!」
異変に気が付いたシグルズが振り返った。不思議に輝く緑色の光を見るなり、考える間もなく彼は弓を引いた。今ほど神の御力にすがったことはなかった。ぎりぎりと弦を引いて力を蓄え、狙いを定めて矢を放つ。緩やかに弧を描きながら、矢は真っ直ぐに突き進み、亡霊の額を貫いた。
エメラルドの光は弾けて消えた。エマは恐る恐る目を開いた。何かぼんやりとしたメッセージのような声が彼女の耳に残った。
「下だ!!」
塔の大広間の出窓から、誰かがそう叫ぶのが聞こえた。ハッとして顔を上げる。茶色の巻き毛をした、貴族の男だ。男は身を乗り出して、鋭い目付きでこちらを見ている。
エマにはその顔に見覚えがあった。体格や髪質こそ異なるが、獲物を捕らえんとするぎらついた目や、独りよがりなその口元、顔立ち、雰囲気、全てがあの男に瓜二つだった。
ーーーブライアン!!
そんなわけはない、彼は死んだのだ。ということは、あの男は一体誰なのだろう。
「エマ!!」
シグルズの声に我に戻され、エマは慌てて馬を走らせた。考え事などしている場合ではない。窓の中から、男が殺気だった目でこちらを睨み付けている。
「女め…!追うぞ!!そんな残兵など捨て置いておけ!」
ブレンドンは確かに目が合った赤毛の女をしっかり脳裏に焼き付け、階段を下った。
ーーーエマ、エマというのだな!
ブレンドンは何度も心の中でその名を叫んだ。やっと見つけた。絶対に逃すものか。
抵抗する兵士がいたせいで、大切な戦力がだいぶ削がれてしまったが、罪人どもを捕らえるには十分だろう。見張りの兵士は一体何をしていたのか。役立たずめ。
ブレンドンはぎりぎりと歯を軋ませながら、残りの兵を引き連れ、塔から飛び出した。




