第24話 嘆きの塔(7)
「下がれ、エマ!」
「覚悟!!」
罵声とともに、兵士達が雪崩れ込み、先頭の男が斬りかかってきた。エマを部屋の隅に下がらせ、シグルズは剣を抜き、受け止めた。
「…やはり来たか!」
シグルズは男と睨み合いながら、わずかに口の端を上げた。重なり合う剣がぎりぎりと軋む。
「たとえ我々の計画が知られていようと、ここで引くわけにはいかん!必ず捕らえよとのご命令なのだ!」
兵士は必死にシグルズを押しやろうと踏ん張った。だが、たかが司祭と侮っていたものの、彼の力は予想以上に強く、男は持ちこたえるだけで精一杯だった。
「そうか」
シグルズは一振りで兵士の男を押し飛ばした。
「その忠誠心には恐れ入る。だが、おまえら五人だけか?ヒルド族はどうした!」
軽々と重装備の兵士達をねじ伏せながら、シグルズは尋ねた。体格も力もシグルズのほうが勝っていたが、狭い部屋の中で五人を相手にするのはいささか分が悪い。
エマは邪魔にだけはなるまいと、壁にぴったりとへばり付き、じりじりと奥へ奥へと移動しながら、息を殺して見守っていた。
「おまえらなど、我々だけで十分だ!」
兵士の一人が隙をついてエマに襲いかかろうとする。シグルズはハッとしてそちらに目を向けるが、自身も他の兵士の剣を受けており間に合わない。
エマはしゃがみ込み、ぎゅっと目を瞑った。
「おまえの相手は俺だ!」
威勢の良い声とともに、打撃音が聞こえ、剣を振り上げた兵士はのけ反り、倒れた。
「アンソニー!」
黒髪の青年が、息を荒げながら剣を携え、そこに立っていた。
「ナイスタイミングだ!」
「当然でしょう」
シグルズが敵を振り払いながらそう言うと、アンソニーは得意気に答えた。いつだってこの忠実な従者は、主の期待に応える男なのだ。
そこからは早かった。兵士達は力任せに襲いかかってきたが、腕の立つ二人の男達は難なく避けながら、剣の柄で急所を突いていく。
先頭をきっていた一番年長の男だけがしぶとく、何度も立ち向かってきたが、最早クローストン卿に対する忠誠心なのか、やけっぱちになっているのか分からなかった。
「しつこい男だな」
シグルズは性懲りもなく襲いかかってくるその男をさっと屈んで避け、腹に体当たりして寝台に押し倒した。ぶわりと埃が舞う。男の剣が音を立てて床に転がり落ちた。
シグルズは馬乗りになり、剣を男の顔の横に突き刺した。それは皮膚を裂くすれすれのところを掠め、汗でべっとりと濡れた茶色い髪を何本か切り落とした。兵士の男の額からひやりと汗が流れ落ちた。
「男を押し倒す趣味はない。降参しろ!」
兵士は顔をひきつらせ、肩で息をしながらおずおずと両手を上げた。
「まったく、派手に散らかしましたね」
背後ではいつの間にいたのか、ケネスが気絶した男達の足をずるずる引きずりながら、縄を持ってせっせと縛り上げている。
「私だって、男を縛る趣味はないのですよ」
アンソニーは剣を鞘に収めながら、苦笑いした。シグルズはまだ男に馬乗りになったまま、氷のように冷たい目で見下ろし、尋ねた。
「クローストン卿が謀反を起こそうとしているのは本当か?ヒルド族はどこにいる?」
星屑のようなプラチナブロンドの髪が、さらさらと肩にこぼれ落ちる。兵士の男は、まるで人ではないような彼の美しさに、背筋がぞっとする恐ろしさを感じながら、なんとか首を横に振った。
「…言うものか」
シグルズは膝で男のみぞおちを突いた。内臓をえぐるような一撃に、男の口から粘液が噴き出す。男はあえぎ、手先が震えている。
「私の足を汚すな」
シグルズは無表情だ。さらに問い詰めようとしたが、
「シグルズ様」
ケネスが彼の名を呼んだので、そちらに振り向いた。
「あの娘はどちらに?」
シグルズはハッとして部屋の隅のほうを見た。彼女の姿がなかった。消えている。先程までそこで、怯えて小さくなっていたはずなのに。
「エマ!?」
慌ててアンソニーが駆け寄った。薄気味悪い灰色の壁の前に、彼女が持っていたランタンが床に落ちている。焦って部屋の中を見渡すが、兵士が五人いるだけだ。忽然と姿を消してしまった。背中にひやりと冷たいものが流れ落ちる。
「どういうことだ?いつの間に…!」
シグルズは寝台から下りた。本当にどこにもいないのか。どこかで怯えて震えているのではないのか。
アンソニーは部屋の外に出てみたが、月明かりの差し込む薄暗い廊下はがらんと静まりかえっていて、まるで人気はなかった。
「…グリーン・レディの呪いだ」
ケネスによって仲間達と共に縛られながら、兵士の男は言った。
「まだ、そんなことを言うか!」
シグルズが怒鳴る。男は表情を変えずに続けた。
「やはりこんな塔…、いくらクローストン卿のためとはいえ、使うべきではなかったのだ。今頃、ヒルド族も…」
その時、聞き慣れた声が耳を掠めて、顔をそちらへ向けた。
「この声は…」
柔らかな女の歌声だった。壁の向こうから聞こえてくるようだ。子守唄だろうか、優しく囁くように歌うその声は、どこか悲しげで不思議と胸に突き刺さった。
「やはり…!噂は本当だったんだ!あの女の幽霊だ…!」
兵士の男は明らかに動揺し、ガタガタと震え始めた。シグルズは怒鳴った。
「幽霊だと!?これはエマだ!彼女の声だ!」
そして震える男の胸ぐらを掴むと、シグルズは顔を近付け声を荒げた。
「言え!隣の部屋にはどうやって行く!?」
男は真っ青な顔で答えた。
「こ、ここからは行けない、下に降りなければ…」
シグルズは舌打ちした。四階の廊下の突き当たりにあった、あの開かずの小さな扉。やはり、あれがこの向こうにある部屋につながっていたのだ。
「シグルズ様!」
突然、アンソニーが大声を出した。視界に、エメラルドのように輝く緑色の光が飛び込んできたのだ。それは石造りの部屋の壁を縫うように、奥から手前へと波になって押し寄せ、端まで行くと消えてしまった。誰もが息を呑み、ぴたりと動きを止めた。
「ははは…、これでもまだ疑うか?」
兵士の男が呆けたように笑う。シグルズは立ち上がると、急いで駆け寄り、壁に耳をぴったりと付けた。まだ声が聞こえる。だが、徐々に遠く、小さく、離れていくような気がする。悩んでいる暇はなかった。
「何を…!」
アンソニーが声を上げた。シグルズは壁から離れると、急ぎ、寸刻前にエマと引き出しを開けていた、どっしり上等なオークの執務机に手をかけた。大の男が三人か四人でやっと運べるような代物だ。
シグルズは全身全霊をかけ、その重たい執務机を持ち上げようと力を込めた。誰もが無理だと思った。鍛えた戦士でもないただの神父様にそんなことができるわけがない。普通なら。
だが、シグルズは持ち上げた。月明かりに青い目が鋭く渦を巻くように光り、一瞬、肩から両腕にかけて蛇が走ったように見えた。兵士の男は竦み上がった。
彼は持ち上げたオークの執務机を力一杯、壁に向かって投げつけた。ひどい騒音とともに壁は崩れ去り、隣の部屋へと続く穴ができた。
「ば、化け物…」
男は消え入りそうな声で呟いた。




