第18話 嘆きの塔(1)
ーーー思い出す、フォートヒルでの王の言葉を。
『私の目となり、手足となれ。それならおまえ達の旅を許そう』
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ヒルド族が長年所有していた《嘆きの塔》は、ティンカーの北方に位置するサンクレール家の館より、もう少し西側に進んだ場所に位置し、同じように海沿いに建てられた五階建ての大きな塔だった。
サンクレール家と違うのは、切り立った崖の上ではなく、なだらかな海岸線上に建っているというところだろう。潮風の心地よく吹く穏やかな浜辺に、整った長方形の形をした塔が品良くおさまっている様は、昼間なら幽霊屋敷のことなど忘れて見入ってしまうだろうなとエマは思った。
星が出て、茜色の空は徐々に紺色に染まりつつあった。東のほうに目を向けると、教会らしき建物がぽつんと建っているのがわずかに見える。何十年も前にガン族とヒルド族が血生臭い争いをしたという、聖タール教会だろうか。ぶるりと肩が震えて、エマはそちらを見ないように、目の前の端正な五階建ての塔に顔を向けた。
「これが《嘆きの塔》ですか。とても幽霊が出そうには見えませんが」
アンソニーがぽつんと呟いた。
「油断大敵ですよ、美しい場所が好きな幽霊かもしれません」
ケネスがぬけぬけと意地の悪いことを言うので、アンソニーは怖じ気付いて縮こまってしまった。彼は本当は幽霊が怖かったのだ。だが情けない姿を皆に知られたくなくて、平然を装っていたのだが、ケネスには隠せていなかったようだ。
「祈祷は屋上で行うのがよろしいでしょう」
見送りのために、ここまで同行してきたクローストン卿が言った。彼は、塔の中は崩壊しかかっているところもあり危険だからと、ご丁寧に兵士を数名帯同させてくれるという。この、手柄を立てようと野心に燃えた目をした連中が、自分達に襲いかかってくるのだなと、シグルズは心の中で嘲笑った。
「階段塔は狭くて窓もほとんどない。前後には十分気をつけろ」
ジョージが馬上から忠告した。クローストン卿がじろりと彼を見たが、彼は肩をすくめてにやりと笑った。
「なんだ、子供の頃の経験談を語っただけだぞ」
シグルズは塔を見上げた。一見すると、特にこれといった特徴もない、単純な構造の建物に見える。五階建てというだけあって、たしかに高さはあるのだが、横幅も奥行きもそれほど広くなく、1フロアにせいぜい二部屋くらいしかなさそうだ。その代わり、塔の横には木造の別棟があり、主に使用人が使っていたであろう作業小屋や、馬屋、納屋などがあった。
「ただ祈祷するといっても、状況が分からねばやりようがありませんから、少し中を調査してもよろしいですか?」
シグルズはいかにもといった理由を述べて、クローストン卿のほうに向き直った。
今日の彼は司祭らしく黒いローブを着込み、首から銀のロザリオをぶら下げている。そのほうが雰囲気が出るだろう、と彼は笑っていたが、実際はその下に剣を隠し持っているのだ。
同様に、ケネスもいつものフード付きのローブの下に、あのおぞましい品々を隠し持っていた。アンソニーは護衛という名目で、堂々と腰に剣をぶら下げ、背中には弓矢まで背負っている。
「構いませんよ」
クローストン卿は、険しい顔をほんの少し歪ませて答えた。
「どうぞお気の済むまで調べていただければ良いでしょう。ただ、中は危険ですから、供の兵士と離れることのないように」
シグルズは口の端を吊り上げると、
「ほう、まるで何度も行ったことがあるような口ぶりですね」
と、けしかけた。
「もちろん行ったことはありますとも。ここを立ち入り禁止にしたのは、他でもない、私ですから。この目で見て、危険だと判断したからそうしたのです」
クローストン卿は見下すような冷ややかな目で答えた。
「さあ、そろそろ行かれたほうがよろしいでしょう。遅くなればなるほど、闇が深まり、悪霊が力を得て暴れ出すかもしれませんぞ」
シグルズはジョージのほうに目を向けた。彼はシグルズの目をしっかりと捉え、わずかに頷くような素振りを見せた。
ジョージはちらりとエマのほうにも視線を向けた。エマも彼と目を合わせたが、何も言葉を口にすることはなかった。彼に蹴られた肩はまだ痛んだが、それについてはお互いに何も言うことはなかった。
「健闘を祈る」
そう言うと、ジョージは馬に合図を出し、踵を返した。クローストン卿もそれに続く。彼が残された兵士達に意味ありげな視線を送るのを、シグルズら一行は見逃さなかった。




