第3話 晩餐会(2)
「まったく、これだから北部の女は」
応接間から出てきたスチュワート大司教は、先程までのへりくだった態度はどこへやら。肩をすくめて、あからさまにげんなりして見せた。サザーランド女伯爵との応酬の後はいつもどっと疲れるのだ。
「まあ、気の強い女は嫌いではないがね」
老齢の司教はにやりと笑った。ハラルドソン司祭は肯定とも否定ともとれない笑みを浮かべ、黙っていた。上司がこういう物言いをするときは、黙って聞き流すに限る。二人の後をついて歩く従者達も同じように口を閉ざして無表情だった。
「何にしても、今宵は晩餐会だ。久しぶりだろう、おまえも楽しめ。酒を飲み、旨いものを食って、女と遊ぶんだ。たまには羽目を外したって誰も文句は言わん。おまえが相手なら、女達も喜んで服を脱ぐ」
下卑た物言いに、従者達は顔をしかめたが、大司教相手に物申せる立場にはない。ハラルドソン司祭も涼しい顔をして聞き流していた。
「そうだ、あの男爵には娘もいたろう。あの娘などどうだ。成人して随分たつのに、まだ婚約もしていないらしい。下級貴族の娘は狙い目だぞ」
さすがの司祭も眉をひそめ、たしなめた。
「ご冗談を。私は女と遊びに来たわけではありませんので」
「だがあの娘、おまえのことを見ていただろう。少なくとも、その顔は気に入っていたはずだ」
「おやめください。誰だって初めて会う人間の顔くらい見るでしょう」
なんて不毛なやり取りだろう。従者達は肩を落とした。しかし、これが聖職者達の現状なのだ。昨今の教会は汚職とスキャンダルにまみれ、にわかに人々の支持を失っていた。特に高位聖職者達の品位の乱れが深刻で、独身の誓いも何のその。この老齢のスチュワート大司教も多分に漏れず女好きで、金と権力の影をちらつかせては女達をはびこらせていた。
「私もおまえのような顔だったらなあ。これでも若い頃はなかなかのものだったのだが」
スチュワート大司教は過去を懐かしむように言った。ハラルドソン司祭はため息をついた。
「とにかく、私は晩餐会には出席しますが、それだけです。あなたのご期待には沿えないと思います」
「そうか、残念だ。では、あの娘は私が頂くとしよう」
舌なめずりをするように大司教が言う。ハラルドソン司祭はぎょっとして尋ね返した。
「冗談でしょう。婚約者の姉ですよ」
「構うものか。少し痩せすぎだが、見た目はまあまあだ。後見人なのだから、話しかける口実もある」
「それに…」と大司教はにやりと笑いながら付け足した。
「赤毛の女は最高だぞ」
ハラルドソン司祭はがっくりと肩を落とし、頭を抱え、首を横に振った。
「どうぞ、ご自由に。私は赤毛の女など興味はありませんから」
しかし、間の悪いことに、司祭達は当の本人と鉢合わせしてしまった。エマがちょうど目の前に現れたのだ。きっと自分達の会話が聞こえていたに違いない。顔を真っ赤にして眉を吊り上げ、鬼のような形相でこちらを睨んでいた。
「あ、これは、モレイ男爵のご息女…」
ハラルドソン司祭は、しまったという顔でしどろもどろになった。エマはドレスの裾をぎゅっと握りしめ、すんでのところで手を上げそうになるのを抑えた。
ーーー赤毛の女が何ですって?
なんと無礼で恥知らずな連中だろう。こんな人達が聖職に就いているなんて身の毛がよだつ。
「神父様方は随分晩餐会を楽しみにしていらっしゃるようですね」
エマは敵意を隠すこともなく、刺のある口調で物申した。
「そのように女性を品定めしていらっしゃったとは、わたくし全然知りませんでしたわ!」
きっぱりと言い捨てて、ふん!と顔を背けると、エマはドスドスと音を立てながら反対のほうへ去っていった。
「…本当に北部の女性は苛烈ですね」
従者の一人がひそひそと、もう一人に耳打ちした。ハラルドソン司祭は額に手を当て、ため息をついた。スチュアート大司教は肩をすくめ、若い司祭を励ますように言った。
「がっかりするな、女は一人だけじゃないさ」




