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《狭間の国》のエマ ~捨て駒令嬢と蛇の神父様  作者: 夜中メグ
第一章

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第17話 それぞれの思惑(5)

 ガン族に援軍を要請している。それはシグルズにとって、思いがけない言葉だった。

 ジョージとの面会を終え、シグルズは急ぎ足で廊下を客室へ向かい、歩いていた。彼から聞いた言葉を頭の中で反芻する。クローストン卿はヒルド族と手を組み、反旗を翻そうとしている。そして、自分とエマを捕らえることで、ウィルダネスの支援も得ようとしている。

 アンソニーとケネスはもう部屋に戻っているだろうか。一刻も早くこのことを二人に伝え、身の振り方を考えたい。


「ケネス、アンソニー、いるか」


 シグルズは客室の扉を勢いよく開けた。小さな控えの間では、アンソニーが椅子に腰掛けて剣の手入れをしていた。


「おかえりなさいませ。ケネス様なら奥にいらっしゃいますよ」


そう言って、アンソニーは親指で奥の主寝室を指し示した。


「よかった。二人とも話がある。奥へ」


 アンソニーは剣を鞘に収めて置き、主寝室のほうへ入った。


「エマがまだ戻っていませんが」


 いいんだ、そう言いながら、シグルズは寝台の上にどっかりと腰を下ろした。ケネスはちらりとこちらを見上げたが、黙って手元に視線を戻した。

 ケネスは亜麻色の髪をゆったりと横に流し、リラックスした様子で様々な道具類を手入れしていた。銀の十字架や聖書はいつも肌身離さず持ち歩いているが、およそ教会には関係なさそうなおぞましい呪術用品や、得体の知れない凶器の数々は、見る人が見れば異端と誤解しても仕方がなさそうだ。実際、彼が本当に聖職者としてふさわしいかどうか、シグルズもアンソニーも自信を持って「はい」とは答えられなかった。


「何かあったのですか」


 ケネスは手元に視線を落としたまま尋ねた。シグルズは頷き、事の顛末を二人に話した。

 クローストン卿の策略、ヒルド族のこと、ジョージがガン族に援軍を求めたこと。二人は多少驚いた素振りを見せたものの、大方は納得した様子であった。


「昨夜、ジョージ様はエマがガン族の血縁者だと確認したのですね」


 壁にもたれて立ったまま、アンソニーが言った。シグルズは頷いた。


「そうだ。クローストン卿がヒルド族と手を組んでいるのなら、こちらはガン族を味方につけたいと、そういう考えだろう。今までウィルダネスにしか目がいっていなかった。私の落ち度だ」


シグルズは続けた。


「ジョージは、エマがガン族の族長の血縁者だと、どこかで気がついたのだろう。理由は分からない。ただ、昨夜、宴会の際にそれが確信に変わった。そして運の良いことに、彼女は殺人事件の容疑者でもある。彼女をある意味人質のように引き合いに出すことで、義理堅いガン族なら必ず動くと見込んだのだ」


「返答はあったのですか?」


アンソニーの問いに、シグルズは首を横に振った。


「ない。本当に来るのかどうか、賭けのようなものだ」


 彼は額に手を当て、ため息をついた。ウィルダネス家に生け贄のように差し出されることばかりを危惧していたが、ガン族の血を利用されることになるとは想定外だった。結局のところ、彼女は双方にとって、手のひらに転がり込んできた金の卵、そして格好の餌食であったのだ。


「では、彼女だけ置いて我々は退散すれば良いのでは?」


 ケネスの言葉に二人は顔を上げた。彼は銀の細工が施された道具類をきれいに磨き上げながら、表情一つ変えずに言った。


「彼らにとって重要なのは、彼女の身一つでしょう。祈祷など建前なのだし、彼女だけ引き渡して堂々と退散すれば良いのです。あの娘のせいで、あなたの旅はこんなところで足止めを食らっているのですよ」


 ドンと壁を叩き、声を荒げそうになったアンソニーをシグルズが制した。アンソニーは不服そうな顔でシグルズを見下ろしたが、主人が真っ直ぐな瞳でじっとこちらを見ているので、何か言うのは諦めた。その代わり、大袈裟にため息を吐き出して、窓の縁に肘をついた。


「ケネスの言うことももっともだ」


 シグルズは言った。アンソニーはちらりと目だけ動かした。美しい主人は両手を膝の上で組んで肘をつき、大切な部下のほうをじっと見ている。


「だが、我々の目的を忘れたわけではあるまい。国王陛下の密命を忠実に遂行するなら、この戦いは最後まで見届ける必要がある」


彼は続けた。


「《嘆きの塔》は行く。クローストン卿とヒルド族の動向を探る。このまま反乱を成功させて、伯爵家を潰すわけにはいかないからな」


 ケネスはため息をついた。


「あなたならそうおっしゃると思いました」


アンソニーは半ば不貞腐れながら、「それって司祭様の仕事ですかね」と悪態をついた。シグルズは笑い、


「残念ながら私の仕事なのだ。()()()()()()()()では波風が立つだろう」


と肩をすくめた。


「でも、一体なぜクローストン卿は反乱を起こそうなどと考えたのです?失敗したら処刑ですよ。わざわざそんな危険を冒してまでジョージ様を排そうとしなくても、今のまま操り人形で権力を握っておけばいいじゃないですか」


シグルズは、ふむと考え、


「もしかしたら、五年前のウォーデンの件がくすぶっているかもしれないな」


と、答えた。ウォーデンですか、とアンソニーは言い返した。シグルズは頷き、


「五年前、ウォーデンのサンクレール家は本土、つまり、このサンクレール伯爵家に対し、無謀を起こした。ウォーデン諸島もフリッカ諸島も、古来より《北の大陸》のノース人の影響を強く受けてきた地域だ。こことは歴史も風習も大きく違う。表向きは、本土に一方的に搾取されることを嫌がり…、ということだったが」


シグルズは脚を組み替えた。


「無謀を起こしたウォーデンのサンクレール家を、国王は不問に付した。それどころか、彼らに騎士の称号を授けたのだ。事実上、ウォーデンとフリッカに対する連中の主権を認めた形だ」


 アンソニーは頷いた。

 今、ダルヘイムは諸侯の対立激化により、あちらこちらで内戦状態となっている。北はノースガルド帝国、南はグリトニー連合王国と、ただでさえ強敵に挟まれた危うい国家なのに、国を構成する権力者達は己の利権しか眼中にないようだ。内憂外患という言葉がぴったり当てはまるような状態である。

 そのような国情においては、王も身内揉めなどで必要以上に国土を疲弊させるわけにはいかなかったのだろう。それに、ウォーデン・フリッカ諸島は、ノースガルドの脅威を考えると、国防の要となる軍の拠点でもある。ガンヒース地方も然りだが、隣国に近い地域でいざこざが長く続くことを避けたかったのだ。

 クローストン卿は、そのような国王の思惑を五年前に身を持って実感したのだろう。たとえ命をかけて戦っても、大義の前に正義はなく、結局はやったもの勝ちなのだと。


「それがあるから、反乱を起こし、ジョージを殺害したとしても、最終的には自分に利があると踏んだのかもしれん」


 王家もなめられたものだ。シグルズの目が厳しく光った。


「さあ、頭の痛い話はここまでにしよう。おまえ達、今夜は荒れるぞ。よく準備をしておいてくれ」


 そう言い残し、シグルズは立ち上がった。


「どちらへ?」


 アンソニーが尋ねる。話はまだ終わっていないだろう。シグルズは振り返り、


「お見舞いだ」


と答えた。アンソニーは眉をしかめた。

 やっぱり、何だかんだ御託を並べながらも、エマのことが放っておけないんじゃないか。気になるなら素直にそう言えばいいのに。アンソニーは心の中で不満を漏らした。

 そんな彼の心中を知ってか知らずか、シグルズは意地悪そうに笑うと言った。


「そうそう、塔に行ったら二手に分かれて行動するぞ。おまえ達はなるべく私とエマから離れ、分散した敵を片付けてくれ」


「ええっ!?」


 アンソニーは思わず声を上げた。


「私とエマが囮になる。良い作戦だろう」


 なるべく早く片付けて、良いタイミングで合流してくれよ。それだけ言うと、彼は片手をひらひらと上げて出ていってしまった。


「無茶苦茶な…」


 アンソニーは額に手を当て、再び大きなため息をつくと、だらしなく椅子に座り込んだ。


「働いてくださいよ」


 磨き上げた道具類を綺麗に片付けながらケネスが言った。アンソニーはじろりと彼を睨みつけると、頭の後ろで手を組んだ。


「で、どうします?相棒殿」


 ケネスは心底嫌そうな顔をして、目の前の男を見た。アンソニーは脚を組み、ずり落ちそうなくらい浅く背にもたれて、全くやる気のない様子だ。


「あなたも分かりやすい男ですね」


 そりゃ、どうも。アンソニーは欠伸をした。朝からよく働いたので疲れたのだ。出立前に今一番必要なのは昼寝だ。剣も弓もピカピカに磨き上げてある。馬の準備も万端だ。あとは腹ごしらえして、身体を休めるだけだ。


「シグルズ様だけずるいな。俺もお見舞い行こうかな」


「作戦会議はしないのですか?」


アンソニーは立ち上がった。


「ええ、もともとチームワーク悪いですから、俺達」


 窓の外を見る。今朝の素晴らしい陽光が、今や徐々に傾き、夕暮れの時間が迫ってきていた。薄い水色の空を切るように、鷹が一羽、また一羽とやって来て、群れとなって旋回し、高く舞い上がっていく。まるで、それぞれの思惑を乗せて、どこかへ運んでいくように。

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