第16話 それぞれの思惑(4)
「何を企んでいるのか、腹のうちを聞かせてもらいましょうか」
当主の部屋で、シグルズはジョージに詰め寄った。
「何のことだ?」
ジョージはシグルズの来訪を受け入れたが、予想外の彼の様子にたじろいでいるようだった。
「急に私の侍女を連れて行ったり、幽霊退治をさせようとしたり。あなた方が何か企んでいると考えないほうがおかしいでしょう」
シグルズはいつになく苛ついていた。エマの赤く鬱血した肩を見たからだろうか。あの時、目の前の少年が声を荒げていたのは聞こえていたが、まさかそこにエマが飛び出していくとは思わなかったのだ。もっと早く自分が行っていれば、彼女に怪我などさせずに済んだのに。
ジョージは馬鹿にするように鼻で笑った。
「あったとしても聞かせるわけがないだろう」
シグルズは見下すように顎を上げ、腕を組んだ。
「そうですか、では今宵の祈祷は取り止めます」
そう言って、話は終わりとばかりに踵を返す。ジョージは頭にきて、食らいついた。
「無理だ。既に町中に触を出してある」
そして、挑戦的な物言いで、
「それに、言うことを聞かなくていいのか?こっちはおまえ達が何者か知っているぞ」
と、稚拙な脅しをかけてくるので、思わずシグルズは笑ってしまった。
「だから何だと言うのです」
ずかずかと、シグルズはジョージの目の前まで迫った。ジョージは身構えた。
間近で見ると、シグルズはクローストン卿と同じか、それ以上に背の高い男だ。それに、彫刻のように整った顔がかえって不気味で、瞳はまるで獲物を狙う蛇のごとく妖しく光っている。美しいプラチナブロンドの長い髪でさえ、だんだん蛇の尾のように見えてきた。
シグルズはジョージを見下ろすと言った。
「私が何者か知っているとおっしゃいましたね。では、私さえその気になれば、このような弱った辺境の地などどうにでもなることもよくご存知でしょうね」
ジョージはたじろいだ。
「…知ってどうするつもりだ」
シグルズは肩をすくめ、
「それは教えていただいた後で考えます」
と、答えた。
「おまえには関係ないだろう」
「関係ありますとも。私の侍女をどうこうするつもりならね」
シグルズは不敵に微笑んだ。
「私は、私のものに手を出されるのは大嫌いなのですよ」
ジョージは忌々しげに笑った。ハラルドソン家を上手く利用してやろうと思っていたのに、こんなに真正面から脅しをかけてくるとは。
この男にとって、つまらない根回しや策略などは、そよ風のようなものらしい。黙らせるのは簡単だ。それよりもっと強い風で吹き飛ばしてしまえばいいだけなのだ。
ジョージはぎりぎりと拳を強く握り締めた。同じ伯爵家のはずなのに、自分には全くそんな力はない。それどころか、未成年であるために伯爵の称号すらまだ与えられていない。
ジョージは自分の未熟さが歯痒かった。もっと、誰にも侮られないくらい強くなりたいのに。
「神に仕えるお方はもっと寛大なのかと思っていたんだがな」
諦めたように言葉を吐き出す。シグルズは吹き出した。
「ははは、なんと純朴な少年でしょう!あなたも領主となるなら、高位の聖職者ほど恐ろしいものはないと肝に命じるべきです」
ジョージは苛立ったが、ひとつ大きなため息をつくと、観念したように、ぽつぽつと話し始めた。
「クローストン卿の様子はおまえも昨日見ただろう」
五年前、ジョージの後見人となったクローストン卿は、瞬く間に権勢を奮っていった。彼は従来の貴族のやり方にことごとく反発し、サンクレール家の資産を次々売り払い、平民に力をつけさせ、自分の味方につけた。
彼は金儲けにおいては天才的だった。貴族になどならなくても、サンクレール家の資本さえあれば、十分に自分の力だけで富と権力を築くことができる、そう思ったのかもしれない。
次第に彼は、サンクレール伯爵の正統な後継者であるジョージを疎ましく思い始めた。今はまだ未成年だから何の爵位も持たないお飾りの当主だが、あと数年すれば伯爵に叙され、領地での決定権は自動的に彼のものになるだろう。クローストン卿が、ジョージが権力を持つのを甘んじて受け入れるはずがない。
「あの男は、私を邪魔に思っている。私さえいなければ、領地は死ぬまで奴の思うがままだからだ」
ジョージは言った。
「奴は伯爵位には興味はなかったかもしれない。だが、伯爵になった私は目障りだ。だからそうなる前に、あの男は私を殺そうとするだろう」
シグルズは黙って聞いていた。
クローストン卿は邪魔なジョージを殺したい。それは、あり得ない話ではない。
今宵、あの狡猾な男が《嘆きの塔》で自分とエマを捕らえんとするのは、間違いなくウィルダネスに突き出すためだ。だが、はっきりしないのは、あの男が見返りに何を求めるか、だ。
当初は、領地のために金を得るか、協定を結び、隣接したサザーランドと対立を深めるか、はたまた五年前に仲違いしたままのウォーデンに再び攻め入るか、そのどれかだろうと思っていた。だが、彼の言い分を信じるならば、当主殺害のため、ウィルダネスに反乱を共謀させるというのも、一つの選択肢としてあるのではなかろうか。
「では、今夜の祈祷で、とにかく我々は逃げ切り、無事に帰ってくればいいわけですね」
シグルズは言った。だが、ジョージは厳しい表情を崩さず、首を横に振った。
「それでも、奴は既にヒルド族を味方につけている」
シグルズは目を見開いた。
「《嘆きの塔》は廃墟なんかじゃない。随分前からヒルド族が巣食っている。散り散りだった連中を、再びあの塔に集めたのはクローストン卿だ」
ジョージは悔しそうに言った。二、三年前、あの男が倒壊の危険を理由に《嘆きの塔》を立ち入り禁止にしたことがあったのだ。当時のジョージはまだ家族を失った悲しみで落ち込んでいたし、疑うことを知らない子供だった。だから、《嘆きの塔》は危ないから入れませんよ、と言われれば、悲しいけれども、そうかなと思って受け入れることしかできなかった。
だが、今思えば、あの時からもうクローストン卿は準備を始めていたのだ。いたいけな、何も知らない子供を前に、圧倒的な軍事力でもって誰にも「ノー」と言わせぬ状況をつくり出そうと企んでいたのだ。
「困りましたね、さすがにクローストン卿の私兵と、ヒルド族全員でかかってこられたら、私達も太刀打ちできません」
シグルズは思案した。クローストン卿の数名の私兵だけなら、アンソニーもかなり剣の腕が立つし、自分もそれなりに動けるから何とかなるだろうとは考えていた。だが、それが大勢となると、さすがに多勢に無勢だ。勝ち目はほとんどない。
「わかってる。だから、私も手は尽くしている」
ジョージは呟くように言った。
「どんな?」
シグルズは尋ね返した。
ジョージはしばらく逡巡した末に、「あの娘には言わないでくれ」と一言前置きをして答えた。
「ガン族に援軍を要請している」




