第11話 サンクレール家の晩餐会(4)
肖像画の女とは、《嘆きの塔》に出てくると噂の幽霊ヘレナのことであった。
ジョージはエマの髪をほどき、満足げな様子でカウチにゆったりと腰掛けると話した。
「《嘆きの塔》が分かるなら、ヘレナの話も知っているだろう。この辺りじゃ、グリーン・レディと呼ばれているんだが」
エマはおずおずと頷いた。見た者によると、緑色の影を帯びているのでそう呼ばれているらしい。真偽のほどは定かではないが。
「あそこは今は立ち入り禁止の廃墟になっているが、中はまだ当時のまま残っている」
ジョージが言うには、《嘆きの塔》には屋上から身を投げたヘレナのための部屋がまだそのまま残されており、そこには彼女の肖像画も飾られているという。
まだ立ち入ることができた幼い頃、よく姉達と塔へ出掛けて遊んでいた。そこで偶然見つけたヘレナの肖像画が幼心によく記憶に残っており、先日エマと町中で遭遇して、あまりに似ているので驚いたのだった。
「それで、私と話がしたいと…?」
そんな理由だったとは予想だにできず、エマは困惑した。たしかにガン族の母からヘレナの話は聞いていたが、そんなに自分と似ていたとは思わなかった。母もきっと肖像画のことは知らなかったのだろう。
「もう一度会って、よく見て確かめたかったのさ」
ぽつりとそう話すジョージは、幸せだった幼い頃を思い出していたのだろうか、どこか寂しげに見えてエマの胸はぎゅっと締め付けられるようだった。
「おまえ、名は何と言う?」
頬杖をついたまま、ジョージは視線をこちらに向けて尋ねた。エマは正直に名乗っていいものかどうか思案しながら、どうせ正体がバレているなら、と腹をくくって答えた。
「エマです。エマ・ジェーン」
「ジェーンが家名か?」
ジョージは尋ねた。エマは首を横に振り、
「家は出ました。ジェーンは母の名です」
と、答えた。「そうか」とジョージは端的に答えた。そして、気怠そうに座り直すと、手を上げて合図した。
「用件はそれだけだ。もう出ていっていいぞ」
エマは立ち上がり、一礼すると静かに部屋を出た。
「おまえがガン族だと分かってよかったよ、エマ」
背後で呟くジョージの声は、エマの耳には届かなかった。
部屋の外に出ると、だらしなく壁にもたれて腕組みをしていたアンソニーが、ぱっと体を起こしてエマのほうを見た。
「あれっ、おまえ、髪…!」
アンソニーは、きっちり結い上げていたエマの長い髪がすっかりほどけて下ろされていることに驚き、声を上げた。
「まさか、おまえ、あの方に何か…!」
言いかけたアンソニーの口をエマは慌てて手でふさぐ。
「しいっ!大きな声出さないでよ、聞こえるでしょう!これは、その、アクシデントがあってこうなっただけ。大丈夫、何も起こらなかったわ」
早口でエマは説明した。アンソニーは納得したわけではなかったが、周りのサンクレール家の使用人達が怪訝な目でこちらを見ているので、引くしかなかった。
「分かったよ、とりあえず客室を用意してもらったからそっちに行こう」
「客室?どうして?」
エマが訝しげに彼を見る。
「おまえが席を外している間、こっちも面倒なことになった。部屋で説明するから来いよ」
宴会はまだ続いているが、どのみちその頭じゃ戻れないだろう、そう言ってアンソニーはサンクレール家の使用人と何やら話すと、エマを客室へ連れていった。




