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《狭間の国》のエマ ~捨て駒令嬢と蛇の神父様  作者: 夜中メグ
第一章

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第10話 サンクレール家の晩餐会(3)

 なぜ、こんなことになってしまったのだろう。まだ宴会は続いているというのに、エマはジョージ・サンクレールと二人きりで別室に入ってしまった。

 席を勧められて、おずおずと腰を下ろす。背中を冷や汗がだらだらと伝っていた。今、自分がどんな顔をしているか分からない。

 別室で話がしたい、と言うジョージに、クローストン卿は苦言を呈した。


「当主が席を外して女性と二人になるとは、いかがなものですかな」


だが、そんなクローストン卿に、ジョージはとりつく島もなく、


「もともと、いてもいなくても変わらんような当主だ。私がいないほうがおまえものびのびと彼らと話ができるだろう」


と、答えた。強引に連れていこうとするジョージに、アンソニーが「私もお供します」と言い、ついていこうとしたのだが、「使用人風情がでしゃばった真似をするな」と一蹴されてしまった。


「お待ちください」


 すると、女性達をかき分け、慌てた様子でシグルズが現れた。ケネスは自分の席に座ったまま、ちらちらとこちらに目を向けながら事の顛末を見守っている。


「私の侍女をどちらへ連れていくおつもりですか?」


 シグルズはエマの肩を抱き寄せ、ジョージを強く牽制した。ジョージは自分より一回り大きな背格好のシグルズを見上げ、一瞬むっとした表情を見せたが、すぐににやりと口の端を上げると答えた。


「侍女一人に随分慌てたご様子だな。そんなにこの女が心配か?」


シグルズはエマの肩を抱く手にぐっと力を込めた。


「主人として、当然のことです。宴会中にこのように堂々と抜け出すなど、褒められたことではありません」


シグルズはジョージをたしなめたが、若く反抗的な当主は決して引こうとしなかった。


「何も取って食おうというわけではない。ただ、話を聞きたいと思っているだけだ。宴会が終われば返す」


 おまえの世話が必要なんだろう?とジョージはひきつった顔のシグルズを見て笑った。

 宴会場は異様な雰囲気に包まれていた。その場にいる誰もが固唾を飲んで、当主やハラルドソン家の高貴な客人が言い争うのを見ている。これはスキャンダルになりそうだと、表では心配そうな素振りを見せながら、内心はどこか期待しているような、好奇の目を感じる。

 そんな周囲の視線を主人から逸らすべく、彼らの間に入ったのはエマだった。


「シグルズ様、わたくしジョージ様とお話させていただきとう存じます。サンクレール家のご当主ともあろうお方が、わたくしのような者のためにお時間をつくってくださるとおっしゃるのです。どうか、お側を離れることをお許しください」


これにはシグルズも反論することはできなかった。ジョージは笑った。


「決まりだな。お堅い司祭様よりこの侍女のほうが余程道理を弁えているようだ」


ーーーそして、この状況である。


「《嘆きの塔》を知っているか?」


 コポコポと音を立ててグラスに酒を注ぎながらジョージは尋ねた。エマは、我ながらなんと大胆なことをしてしまったのだろうと、今更自分の言動を後悔していた。


「はい、存じております」


 なぜ《嘆きの塔》の話を?不思議そうなエマの顔を見て、ジョージは小さく微笑むと、自分も向かいの席に腰かけた。

 小さな個室には本当に二人だけだったが、シグルズの指示で扉の前にはアンソニーが待機していたし、他にはサンクレール家の使用人も数名外にいるようだった。誰かが扉のすぐ向こうにいると思えば、エマも少し安心だ。何か身の危険を感じたら、大きな声を出せばいい。

 だが、宴会場では、まるで鷹のようだと思っていたジョージの目は、ここへ来てから不思議と柔らかく、リラックスしているように見えた。大勢でいるのが苦手なのかしら、とエマは不敬にも思ったりした。目の前のジョージは、威圧的で挑戦的なサンクレール家の当主ではなく、普通の十五歳の少年のように見えたからだ。


「飲めよ。俺は飲めない、分かるだろ?」


 ジョージは屈託なく笑った。調子が狂うなと感じながら、エマはグラスに口をつけた。


「うまいか?」


エマは咳き込んだ。


「わかりません、私の故郷のお酒よりだいぶ強いです」


ジョージは笑った。


「そうらしいな!俺もまだこの酒のうまさは分からん」


 これには思わずエマも笑ってしまう。ちらりと彼の顔を伺うと、本当にただ面白がっているだけのように見えた。もしかしたら、思ったより恐い人ではないのかもしれない。


「おまえの故郷はフォートヒルなのか?」


 ジョージはカウチの肘置きに頬杖をつくと尋ねた。エマはぎくりとしたが、小さく咳払いをすると答えた。


「いえ、厳密にはフォートヒルではありませんが…」


「ふうん」


幸か不幸か、ジョージはあまり興味のない様子である。


「それなら、血縁者にガン族の者がいたりしないか?」


 エマはぎょっとして目を見開いた。なぜ分かったのだろう。もしかして、実は身辺調査は何もかも済んでいて、尋問するために別室に呼ばれたのだろうか。それなら二人だけで話したいというのも説明がつく。

 すっかり顔に出でてしまっていたのか、ジョージはエマを見て笑った。


「当たりだな」


 エマはたじろいだ。


「なぜお分かりになったのです?」


 ジョージは頬杖をつく手を外し、座り直すとエマに向き合った。そして、エマの顔をじっと見つめ、おもむろに彼女のほうに手を伸ばすと、


「あ、ジョージ様!」


彼女のきっちりと結い上げられた長い髪をほどいた。豊かな茜色の巻き毛が弾むように胸元まで落ちてくる。やっぱり、とジョージはほくそ笑んだ。


「何をなさるのです!」


 エマが非難の声を浴びせるが、ジョージは満足そうに笑うと、


「あの肖像画の女にそっくりだ」


と答えた。

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