第2話 ティンカーの町にて(1)
ティンカーの町は粗末な家が目立つものの、エマの故郷ローランよりはるかに大きな港町で、町の中央を東西に横切る川が湾に注ぎ込み、その一帯を中心に漁業や交易で栄えていた。
「5年前に戦があったわりには栄えていますね」
アンソニーが言った。
「戦いがあったのはウォーデンだからな、ここが戦場になったわけではない。ただ、兵士はかなり犠牲になったと聞いているから、働き盛りの男達は減ったかもしれないな」
なるほど、とアンソニーは頷く。たしかに家屋はどれも粗末で手入れが行き届いているようには見えず、藁葺きのような簡易的なものばかりだった。人々はよく働いているが、女や子供の姿が多い。
辺りを見渡していると、人々がこちらに目をとめ始めた。ただでさえ目を引くシグルズの背格好だ。その上、身なりの良い神父様である。
「神父様だ!」
一人の子供が声を上げたのを皮切りに、あっという間に人々が集まってきて、ありがたがったり、慰めを得ようとしたり、勝手に身上を話し始める者もいたり、てんやわんやの大騒ぎになった。
シグルズはあまり無下にしないように愛想よくしていたが、人だかりの先に見知った顔が現れて、助かったとばかりに手を上げた。
「ケネス!」
目深にフードを被ったその男は、サザーランド伯爵の館でシグルズらと行動を共にしていたケネスであった。
「失礼、連れを見つけたもので。お話はまた後程ゆっくりと」
シグルズは群衆をかき分け、ケネスのほうへ向かった。エマはぎゅうぎゅうに押されて息もできなくなっているところを、すんでのところでアンソニーに助けられ、脱出した。ケネスも一応は聖職者なのだが、フードを被った怪しい容貌に近寄る者は少ない。
「助かった、急に囲まれたものだから。二人とも、大丈夫だったか?」
ケネスは頷くエマを冷たい目で見下ろした。びくりと肩が震える。シグルズは笑いながら彼の肩を叩いた。
「おい、あまり恐い顔をするな。エマ、彼はいつもこうなのだ、気にすることはない」
ケネスは、ふんと目を逸らすと、やはり連れてきてしまったのですね、と悪態をついた。
「アダム・ゴードンに彼女を託されたのだ、仕方あるまい。それに、フォートヒルに戻ったら彼女には職を手配してやるつもりだ」
ケネスは何も言わず、シグルズに付き従って歩き出した。
エマは居心地の悪さを感じた。やはりついてきたのは間違いだったのだろうか。
なぜシグルズが危険をおかしてまで自分を助けてくれたのかーーーそれは、神父様の正義感と良心ゆえと思い込もうとしていたが、実際はサザーランド伯爵の依頼だからそうしただけなのだ。それは分かっていたのに、それでも、迷惑をかけて申し訳ないという罪悪感と、自分は彼らにとってお荷物なのだという疎外感を感じずにはいられなかった。フォース城に置いていかれなかっただけありがたいと思うべきなのに。
エマの様子など気にも止めず、シグルズとケネスは二人並んで会話を続けている。
「ところで、伯爵邸の様子は?」
シグルズが声を潜めて尋ねると、ケネスは、サンクレールのほうか、それともサザーランドのほうかと尋ね返した。サンクレール伯爵の館も、このティンカーの町のすぐ近くにあるのだ。
「どちらも気になるが、まずはサザーランドだ」
シグルズが答えると、ケネスは肩をすくめた。
「問題ありません。あの時屋敷にいた連中は、全員あの場で足止めさせています。ランス家に対してはスチュワート大司教が上手く言いくるめているでしょう。治安判事もアダム・ゴードンの指示で形ばかりの捜査活動にとどめています」
ケネスはちらりとエマを見やるとそう話した。
「もちろん真犯人が見つかればそれが一番良いのですが、あまり期待はしないことです。状況だけで犯人にされてしまうのはよくあることですし、真犯人が誰かによっては、やはりあなたが罪を被っていただくのが一番良いということにもなり得ます」
エマは俯いた。権力者達にとっては真犯人が誰かなど実はどうでもよく、ただ、いかに事を大きくせず収めるか、それが最優先事項であった。
エマの様子を見たアンソニーが、ケネスに何か反論しようと口を開いたが、ケネスはじろりと冷たい目でこちらを見据え、続けた。
「そんなことよりも、今一番の懸念事項は、ウィルダネスの出方です。屋敷にいた人々をいつまでも閉じ込めておくわけにはいきませんし、族長の跡取り息子が殺されたことを隠すのは悪手です。伯爵は慎重に今回の件をウィルダネス側に伝えるつもりですが、状況によっては…」
「まさか、戦争に?」
エマは冷や汗をかいた。
「そうならないために、皆が努力している」
シグルズが力強くエマの肩を叩いた。
「私達はもうできることをやった。あなたは一族のために、やってもいない不名誉な罪を被った。もう十分すぎるくらい役割は果たしている。あとは伯爵に任せておけばいい」
エマは小さく頷いた。その様子を横目で見ていたケネスが口を挟む。
「ですが、油断は禁物です。ウィルダネスは全面戦争ができない代わりに、報復として犯人の引き渡しを要求してくるかもしれません。なかなか犯人が捕まらないとなれば、独自に追ってくる可能性もあります」
シグルズは肩をすくめた。
「おまえは本当に人を脅すのが得意だな。我々がここにいることを知っているのは、大司教とアダム・ゴードンくらいだぞ。そう簡単に見つかりはしない」
ケネスは表情の読めない顔でシグルズを見据え、
「人の目と耳はどこについているか分からないものですよ」
と、釘を刺した。
「それで、サンクレールは」
シグルズが強引に話題を変えると、ケネスは一層声をひそめて答えた。
「噂通りです。まだ未成年のジョージ・サンクレールには伯爵位もなく、後見人だというクローストン卿が全ての実権を握っています」
そうか、とシグルズは答えた。
「ガンヒース地方は疲弊し切っています。働き盛りの男はほとんどが戦地で亡くなり、行政はまともに機能せず、土地は荒れ、飢えに苦しむ者が路頭に溢れています。町の入り口で揉みくちゃになったでしょう、ここには神父すらいないのですよ。伯爵家に一番近いティンカーでさえこうなのです。他の集落はもっとひどい様子だと思います」
シグルズは頷いた。
「少し町中を見ていこう。それから我々の身の振り方を決めようではないか」
ケネスは恭しく頭を下げて、黙ってシグルズの後に追従した。アンソニーはエマの背中をぽんぽんと叩いて励ました。エマは彼の顔を見上げると、ほんの少し微笑み返して、前の二人に続いて静かに歩き始めた。




