第50話 いなくなった司祭(2)
「通してくれ、道を開けてくれ」
涼やかな声を響かせながら、シグルズは群衆に向かって突き進んでいった。人々は突然、位の高そうな一行が騎乗してやって来たので、何事かとざわめきながらも引き潮のように道を開けた。
シグルズは馬から降りると鉄の門越しに少年に尋ねた。
「私達はロイ・アダムス司祭に用があって来た。司祭は今どこにいる?」
少年は真っ直ぐにシグルズを見つめ返すと答えた。朝なのに、まるで暗闇のような光のない瞳だった。
「知りません」
シグルズは仲間達と顔を見合わせた。そして、少年のほうに向き直ると、柔らかい笑みを見せて穏やかな口調で話しかけた。
「できれば中に入れてもらえないだろうか。私達は旅人で、昨日アダムス司祭から非常に興味深い話を聞いたので、今日もまた話がしたいと思っていたのだ。出発前に、司祭が大切にしていたこの教会で、祈りを捧げる時間をいただけないだろうか」
少し迷った末に、少年は黙って頷くと門を開けた。群衆がざわめく中、シグルズ達は馬を引き連れて門の中へ入った。四人が中へ入ると、少年は再び門をしっかりと閉じた。人々ががっかりしたように声を漏らすのが聞こえた。
「あなたが、ナル?」
馬を繋ぎ、建物の中へ入りながらシグルズは尋ねた。
礼拝堂の扉をくぐると、そこは別世界だった。アーチ型の天井は首が痛くなるほど高く、ステンドグラスは最近のものほど華美ではないが、それでも朝日を受けて色とりどりの光が差し込む様はとても美しい。祭壇には聖母の彫像が鎮座し、両サイドに規則正しく配置された巨大な天井を支える柱は緻密な彫刻で飾られている。
だが、なるほど、たしかにところどころ劣化して崩れかけているようだ。破損した天使の羽、顔の取れた聖人。彫刻師が必要というのはあながち嘘ではなさそうだ。本当に呼ぶ意志があったかどうかは別として。
「私はナルではありません。ヴィーといいます。ナルはあちらに」
と言って、ヴィーと名乗る少年が指差す先には、全く同じ顔の、同じ姿かたちの少年がいた。
少年ナルは、礼拝堂の隅に立ち、黙って一行に会釈した。
「双子?」
アンソニーは目を丸くした。二人いたとは気づかなかった。下男は一人だと思っていたのだ。
「私達は二人ともあなたのことを知っていました。なぜなら、エールを届けたのがナル、馬を替えたのが私だからです」
ヴィーはエマが誘拐された夜のことを示して言った。アンソニーもエマも開いた口が塞がらなかった。
「気にしないでください。町の人々も、私達が双子だということにほとんど気がついていませんから」
「そうだったのね」
と、エマは言った。
「ナル、あの時は助けてくれてありがとう。私、死にそうなくらい喉がカラカラだったけど、あなたのおかげで助かったのよ」
だが、奥にいるナルは黙ったまま、微動だにせず暗い瞳でこちらを見るだけだった。
「彼は話せないのです。声を失っています」
まあ、とエマは驚いた。
「でも、あの晩はたしかに話していたわ」
ナルは静かに踵を返すと、奥の通用口を通って礼拝堂から出ていった。
「昨日です。昨日、突然声を失ったのです」
「風邪か?」
アンソニーが肩をすくめた。ヴィーは首を横に振った。
「私達は風邪なんか引きません。奪われたのです」
「奪われたって、誰に?まさか、魔女なんて言わないよな。おとぎ話じゃあるまいし」
ヴィーはじっとアンソニーを見つめた。暗い、闇のような、ぽっかりと空いた穴のような瞳だった。
「…魔女なのか?」
アンソニーは頭を掻きながら、ためらいがちに聞き直した。ヴィーは黙ったままだった。なんとなく、責められているような気がしてアンソニーは居心地が悪くなった。
「祈りたいのでしょう。どうぞ」
話を変えるように、ヴィーは手で奥へ向かうよう差し示した。シグルズは仲間と顔を見合わせ、祭壇の近くへ進むと、聖母の彫像と高々と掲げられた十字架をじっと見上げた。
エマはヴィーの横を通りすぎながら、そのまだ幼さの残る顔に目を向けた。彼女は違和感を感じていた。ほんのわずかな、それでいて、大きな違和感だ。
シグルズに合わせ、他の三人も膝をついて両手を胸の前で組む。ヴィーは旅人達が祈りを捧げる様子を、黙ってじっと見つめていた。跪き、神に思いを馳せる最中も、エマはヴィーのことが気になって仕方がなかった。
「それで、司祭の行き先に心当たりは?」
十字を切り立ち上がると、シグルズはヴィーに尋ねた。ヴィーは目を逸らすと感情の読めない声で答えた。
「知りません」
アンソニーは肩をすくめた。
「やっぱり逃げたんですよ。昨日の話も全部作り話だ。こうなってくると、本当に司祭かどうかも怪しいな」
すると、ヴィーは少し怒ったような口調で答えた。
「あの人は嘘なんかつきませんよ」
「じゃあ、なんだって逃げたりなんかしたんだ?金を持っていなくなったら、誰だって怪しいと思うだろう」
「逃げたんじゃありません、出掛けたんです。出掛けるにはお金がいるじゃないですか」
「それを持ち逃げって言うんだろう。いつ帰ってくるんだ?町人は遊びに行く金を渡してやったわけじゃないんだぞ」
「分かりません。一週間後かもしれませんし、一年後かもしれません」
「やっぱり逃げたんだ」
アンソニーは肩をすくめた。ナルは腹立たしそうに唸り声を上げた。
「二人ともやめてちょうだい」
間に割って入ったのはエマだった。彼女は通用口の先の人影に目をやりながら、二人を落ち着かせるように言った。
「喧嘩は駄目よ。向こうでナルが見ているわ」
二人が目をやると、通路に接した扉の向こうから、去ったはずのナルが心配そうにこちらを見つめていた。それを見て、ヴィーはぐっと唇を噛むと、仕方ないとばかりにこらえ、肩を落として言った。
「言っておきますが、あの人は本当の本当に司祭様です。お疑いなら、こちらへ来てください。証拠をお見せします」
ヴィーは困惑した様子のナルとともに、一行を別の場所へと案内した。シグルズ達は、どこへ連れていかれるのだろうと首を傾げながら、それでも、いなくなった司祭の痕跡について何か得られるものがあるならと、双子についていくことにした。




