第10話 フォース砦にて(1)
その後、何度か休憩を繰り返しながら歩みを進めていくと、だだっ広くどこまでも続く牧草地の先に、ようやく建物の影が見えてきた。
海は太陽の薄い光をきらきらと反射してオレンジ色に光り、崖の上に立つ小さな砦の姿を美しく照らしていた。朝日が昇り、昼になり、夕方になり、半日以上の長旅で、馬もエマもへとへとになっていた。
デイジーの花咲く丘をゆっくりと歩いていく。門兵はいない。跳ね橋は下ろされたまま、長いこと上げられていないようだ。遠慮なく渡らせてもらい、入り口まで来ても誰も出てこないので、大きな音でノックをすると、のろのろとどこからか使用人がやってきた。かつては戦のために建てられたこの堅牢な砦も、現在はほとんど意味を成していないようだった。
ハラルドソン司祭はアダム・ゴードンから託された書簡を彼に渡した。緩慢な動作で門が開けられ、一行は中へ足を踏み入れた。使用人に促され、アンソニーは自分達が乗っていた二頭の馬を馬屋へ連れていった。司祭とエマは砦の中へ入った。
「ようこそ、我が城へ」
老齢の男性が杖をついて現れた。
「私はジョン・サザーランド」
ハラルドソン司祭は歩み寄って答えた。
「聖アンドレアスの司祭シグルズ・ハラルドソンです。快く受け入れてくださり、感謝します」
ジョンは気だるそうに頷いた。
「アダム・ゴードンからの言付けだからね、無下にするわけにもいくまい」
そして、疲れただろうから部屋に案内しよう、夕食までゆっくりしているといい、そう言って、二言三言執事らしき男に告げると、年老いた主はまたすぐに戻っていった。
砦の中はまるで誰もいないかのようにとても静かだった。時の彼方に忘れ去られた、過去の遺物のようだ。人の気配がない。聞こえるのは鳥の鳴き声と、岩肌に叩きつける波の音だけ。
「小さな城なので、客室はひとつしかありません。こちらの衝立で仕切りますので、お二人ご一緒でも?」
部屋の前で執事が尋ねると、ハラルドソン司祭は目を丸くして、それなら自分は下で寝よう、と言った。
「古い小さなカウチしかございませんよ。貴殿には少々狭すぎるのでは」
かまわない、と彼は答えた。エマは慌てて引き留めた。
「いけません、それなら私が下へ降りますから」
彼は笑った。
「お気になさらず、このような時は女性が優先されるべきです」
「いいえ、あなた様にこれ以上ご迷惑をおかけするわけにはまいりませんもの。私が下へ」
「困ったな、これではせっかくの客室が誰も使えなくなってしまう」
ハラルドソン司祭は困ったように頭をかいて、エマの正面に向き直った。
「あなたは私のことを、レディを差し置いて堂々とベッドで寝るような、図々しい男だと思っているのですね」
エマは慌てて違います、と否定した。
「それならよかった。さあ、そろそろ落ち着こうではありませんか、このように、彼も困っていますよ」
扉の向こうでは、案内をした執事が黙って事の行く末を見守っていた。エマはため息をついた。
「わかりました、では、一緒に使わせていただきましょう。衝立もあるんですもの、よろしいですわね」
ハラルドソン司祭は目を丸くした。そして苦笑いをこぼして、まいったな、と再び頭をかいた。




