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月光

作者: 通りすがり
掲載日:2025/06/30

男は一人山奥にいた。

今夜は満月のはずだが、生憎空は厚い雲で覆われ一筋の月の光も見られない。

足場の悪い中、男は必死にスコップを使い穴を掘り続けた。

やがてポツポツと雨が降り始めたと思ったら、あっという間に大雨となった。

ずぶ濡れになりながらも、やっと穴を掘り終えると、近くに止めてあった車のトランクを開いた。

中には若い女性の遺体が体を丸めるように収まっている。

トランクから女性の遺体を穴の中に移し土の上に寝かせると、さきほど穴を掘った時に出た土を、穴の中の女性を覆うように戻していく。

全ての土を穴に戻し終えた男は、スコップを放り出すと力尽きたように倒れ込んだ。

荒く息を吐き出しながら、他とは地面の色が違う場所を見つめた男は震える声で言った。

「恨むなよ。俺が悪いんじゃない、元を言えば俺のことを裏切ったお前が悪いんだからな」

重くなった体を何とか持ち上げるように立つと、男はスコップをトランクに放り込みその場を立ち去ろうとする。

いつの間にか止んでいた雨に気づき空を見上げると、雲の切れ間から満月が姿を見せた。

あたり一面が月明りで淡く照らされる。

「そういえば、お前と初めて出会った日もこんな満月の夜だったな」

男はそう呟いてから深くため息をつくと、なぜこんなことになってしまったのだろうと項垂れた。



男は一人夜道を歩いていた。

今日は友人の家で少し飲みすぎた。終電には間に合わず、仕方なくこうして夜道をひたすらに歩く羽目になった。

人気のない夜道は静かで、聞こえるのは自分の足音だけ。ふと見上げると、満月が煌々と輝いていた。

「今宵は月が綺麗ですね」

男は一人そう呟いていた。

すると、突然男の背後から声がした。

「そうですね」

驚いて振り返ると、そこにいたのは若く美しい女性だった。

長い黒髪に白いワンピース。まるで月夜に咲く白い花のようだった。

「こんな時間に一人ですか。 よかったら、途中までご一緒願えますか」

女はそう言って微笑んだ。

男はその美しさに惹かれ、警戒心を抱きつつも、誘いに乗ることにした。

女は男の隣に並び、二人で夜道を歩き始めた。

会話を交わすうちに、男は女にどんどん惹かれていった。

女は清楚だが、それでいてユーモアもあり、話していて飽きることがなかった。

やがて、男の家の近くまで来た。

「今日はありがとうございました」

男がそう言うと、女は微笑み返した。

「いえ、私も楽しかったです。あの、最後に一つだけ、お願いしてもよろしいでしょうか」

潤んだ瞳で男を見つめる女に、男は胸の高鳴りを抑えつつ訊いた。

「なんでしょう」

「もしよかったら、今度私の家に遊びに来ませんか。すぐそこなんです」

女はそう言って、近くの森を指差した。

男は少し迷ったが、彼女をもっと知りたいという気持ちが勝り、了承した。



男は一人夜道を歩いていた。

「こんばんは」

背後から声をかけられた男は後ろを振り返ると、目の前に若く美しい女が立っていた。

あの夜に会った女だった。

「あなたは先日の」

女は嬉しそうに笑った。

「覚えていてくれたのですね」

「もちろんですよ」

男も嬉しそうに笑って答えた。

「では、約束も覚えていますか、私の家に遊びに来るといったのを」

「ええ、覚えています」

男が即答すると、女は再び嬉しそうに笑った。

「これからいかがですか」

「えっ、今からですか」

まさかこんな時間に家に誘われると思わず、驚きで声が少し上ずった。

「ご都合悪いですか」

「いえ、そういうわけではないのですが。いいのですか、こんな時間にお邪魔しても。ご家族に迷惑ではありませんか」

「一人暮らしですので大丈夫ですよ」

そういうと女性に導かれるように二人は歩き出し、そして森の中へ続く道へと入っていった。

森の中は、木々が生い茂り、月明かりを遮って、1m先も見えないほどに暗い。

男は少し不安になったが、女は平然と歩いていく。

やがて、二人は森の奥にある古い屋敷にたどり着いた。

「私の家です」

女はそう言って、屋敷の扉を開けた。

中に入ると、そこはまるで時間が止まったかのように静かだった。そして普段人が住まない空き家のように空気が淀み埃っぽかった。

「どうぞ、こちらへ」

女は男を奥の部屋へと案内した。

部屋の中央には、大きなテーブルがあり、その上には美しいティーセットが置かれていた。

「温かい紅茶を淹れますね」

女はそう言って、紅茶を淹れ始めた。

男は部屋の中を見回した。

壁には古い絵画が飾られ、本棚には古びた本が並んでいた。

ふと、テーブルの上に置かれた写真立てが目に入った。

写真には、女とよく似た、幼い少女が二人並んで写っていた。

「これは…」

気づくと男の隣に女は立ち、そして少し悲しそうな表情を浮かべていた。

「私と私の妹です。でももう、妹はここにはいないんです」

「そうなんですか…」

男は訊いてはいけないことを訊いてしまったような気まずさを感じ、それ以上は何も言えなかった。

女は紅茶を淹れると、男に差し出した。

「どうぞ」

男は紅茶を受け取り、一口飲んだ。

温かくて、ほのかに甘くて、とても美味しい紅茶だった。

「美味しいですね」

男がそう言うと、女は微笑んだ。

「気に入っていただけて嬉しいです」

二人は紅茶を飲みながら、しばらくの間、静かに過ごした。

時間が過ぎ、そして男は家に帰ることにした。

「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

男がそう言うと、女は微笑み返した。

「私もです。また、いつでも遊びに来てくださいね」



男は屋敷を後にし、森の中を歩き始めた。

楽しい時間を過ごして男は上機嫌だった。

空を見上げると、今夜も満月が煌々と輝いていた。

月の光は人の心を惑わせるというが、今の俺の心は惑わされているのだろうか、男はそう思うと苦笑を浮かべた。

「今宵は月が綺麗ですね」

誰にともなく男はそう呟いた。

「ふふっ、本当にあなたはその台詞が好きなのね」

背後から聞こえた声は先ほどまで聞いていた女の声のように思えた。

男が振り返ると、そこにいたのはやはり先ほどまで一緒にいた女だったが、その表情は先ほどとは全く違っている。

冷たい笑みを浮かべ、そして睨むような鋭い眼光が男に向けられていた。

「妹が居なくなってからしばらくして、私は不思議な夢を見るようになった。夢の中で妹は私に訴え続けた。私は恋人だった男に殺され、そして山の中に埋められたと。でも私は妹からは付き合っている男のことは名前も何も聞かされていなかった。ただ一つ、その男の口癖が『今宵は月が綺麗ですね』ということだけを除いては」

女はポケットからナイフを取り出すと男に向けた。

「あなたも、可哀想な妹のところに行きなさい」

女はそう言って、手にナイフを持ち襲いかかってきた。

男は驚き咄嗟に交わす。そして必死で逃げたが、女は執拗に追いかけてくる。

やがて男は森の出口にたどり着き、なんとか逃げ切ることができた。

男は家に帰ると、玄関の鍵をかけて、ようやく一息つくことができた。

しかし、男はまだ恐怖で震えていた。

「あの女は本当に...いやまかさ、そんなことがあるはずはない」

男はその後一睡もすることができず、ただ悩み続けた。そして朝日が昇り始めた頃に、男は一つの結論を出していた。

あの女の言うことは本当なのだろう。

なぜなら、あの女は誰も知るはずのないことを知っていたから。そう、男が殺したあのかつての恋人だった女以外には知りようのないことを。



男は付き合っていた恋人に突然別れを告げられた。理由を訊いても答えない恋人に執拗に理由をたずねると、観念した恋人は他に好きな男ができて、もう付き合っていると言った。まさかの愛していた恋人の裏切りに、男は怒りを抑えきれずに恋人を手にかけてしまった。

その恋人があの女の妹だったとは。

遺体は人が滅多に来ることはない山奥に穴を掘って埋めた。男は恋人との関係を誰にも話していなかったため、男が疑われることはなかった。

逃げ切れたと安心する一方で、男はいっときの怒りに身を任せ恋人を殺したことを後悔し、ずっと苦しんでいた。

そして、その罪悪感から逃れるために、恋人の幻影を追い求めていたのだ。

あの夜、男はあの女に恋人の幻影に導かれ、あの森へと行ったのだ。

恋人の幻影は男に復讐するために、男の前に現れたのだ。

男は自分の犯した罪を償うために、恋人の幻影に身を委ねることにした。

男は、今度は一人で森の中へと入っていった。あの家を目指して。

男は木々の隙間から見える空を見上げた。

そこには何も見えなかったが男は言った。

「今宵は月が綺麗ですね」

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