第8話 次女ニッキィの場合
「国丸 邦夫さん、私たち五つ子を花嫁にしてください……って、聞いていらっしゃいますか?」
アタシたち五つ子天使の目の前で、図体の大きい男がデ~ンとベッドに横たわっている。布団から手足がはみ出し、とにかくデカイ! 肉の塊というか、ハンバーガーをそのまま人型にしたような図体。
美少女が5人も揃っているというのに、見向きもしない。
「あ~、ウチ知ってる! あの有名なおっちゃんじゃん! え~と、肥満超人ザ・ハンバーガーマン? みたいな?」
シークンが相も変わらず、思っていることをズバズバ言う。
「ちょっと、シークン、そんなこと口にすると、不機嫌になってしまうわ。止めなさい!」
アタシは右端に立っている四女のシークンを叱った。
「ニッキィー、今回はニッキィーのお出番ですわねぇ~、オホホホ」
シークンがアタシのマネをして、ふざけた口調で切り返してきた。確かに、こういう手合いはアタシの担当。仕方ないわ。
四女の言う通り覚悟を決め、ふん! と返す。溜息を見せないように。
「いいわ、アタシが口説く。イチノ、いい?」
「お願いします、ニッキィさん」
長女イチノの了解を得た。
「シィネェ、どういうこと?」
末っ子のイツハがシークンに訊いている。
「二次元少女至高主義? ウチら三次元美少女に興味を示さない、的な? ぶっちゃけ、ウチは苦手~」
「僕は三次元でもフィギュア限定だけどね。リアルは苦手だね。めんどくさいからね」
「きゃ!」「ひゃ!」
肥満ちょ……、もとい、邦夫がボソッと言うので、三女のミカとシークンが抱き合った。イチノが一歩下がり、イツハがクールに腕組みをしている。
「はいはい、ここはアタシに任せて。散って散って」
右手を振ってあっちへ行けのサイン。四人が離れていく。
さて、どうしたものか。アタシの担当といっても、決して好きなタイプじゃない。
邦夫が寝転んでいるベッドの頭側に近寄って、顔を覗き見る。
「あっち行け」
なっ、なんですってぇ~! アタシの美貌を前にして、その態度ぉ! ありえないわ!
「ニッキィー! 大変、大変! ひま……、もとい、クニオちゃん、100億CPぃ! ガチ史上最強なんだが?」
シークンが後方で騒いでる。
ちょっと待って、ひゃ、100億? 100億? 100億CPぃ~!
これは燃えてきましたわ。プライドがどうとかもう関係ない、ですわ!
さて、どうしたものか……。
「邦夫さん? 邦夫さんは、どうしてアタシたちのラノベ買ったのかしら?」
やや顔を引きつらせながらも、冷静に話しかける。
「知りたい?」
「えぇ、是非聴かせてちょうだい」
「ジャケットが気に入った」
「そうなの? 他には?」
「それだけ」
「そう。それじゃ、五人姉妹の天使に興味湧いたの?」
「フィギュアがほしい」
フィギュア……、そんなの無理だわ。
「わ、わかったわ。だったら、アタシが丸一日、人形のようにいい娘ちゃんになって、一緒にいてあげる。それで、どう?」
「興味ない」
ぬぐぐ……、手強い!
「ちょっと待って。人形が作れるか訊いてみるから」
ちょっと悔しいけど、イチノたちに相談。
それから五人で作戦会議をするが、やっぱり自分たちのフィギュアとか準備できない。
いったいどうすれば……。
でもどうして100億なんていう途轍もない数値になるのかしら。
人間の思考を読む能力はアタシにもあるけど、なぜか彼の思考は読みにくい。わからないから、訊く。
アタシは一人、ベッド脇に戻って邦夫の隣に座った。
「ねぇ、邦夫さんは、いつも何してるの?」
「知りたい?」
「はい。是非聴かせてちょうだい」
「僕はね、ネットで人の悪口する奴が大嫌いなんだ。事実を何も確認せずに予想したことだけ書いて、見も知らん相手を平気で傷つける奴とかいるだろ? そういう奴を片っ端から成敗してる」
……。
「そういう、ネットの匿名を隠れ蓑にして、他人を誹謗中傷して満足してるクソ虫どもを捕まえちゃ、天罰を下してる。ぼかぁ~、プログラマーで結構稼いでるからね。ネット上で犯人特定すんの楽勝なんだ」
衝撃を受けた。
「全然自分と関係ないことでも首突っ込んで、クソ虫どもを裁判で懲らしめる。ほとんど有罪までできちゃうよ。ネットでいくらでも見つかるから、そういうの。僕の本来の仕事じゃないんだけどね」
アタシはこの人のことを誤解していた。
「もちろん、ものごとが平等になるように考えてる。両方悪いケースは手を出さないし、事実に関するコメントにも関わらない。事実と違うことが明らかで、一方的に誹謗中傷されて自殺まで追い込まれた場合に首を突っ込む。傷つけられた方に裁判の話をすると、だいたい喜んでくれる」
涙がスゥーっと零れてきた。
この人は、まさしくアタシたちが探している逸材。人類を、地球を救ってくれる、そういう人。
邦夫が初めてこっちを見た。
急いで涙を拭う。
「悪意を持って人を傷付け、他人の不幸をヘラヘラと笑ってるクソ虫が多すぎる! だからね、ぼかぁー、リアルな人間に関わりたくないんだ」
うんうんと首肯する。言葉が出ない。
「この話、ネットで告白なんかしたら大勢から“何様のつもりだぁ”って猛攻撃されるよ、間違いなく。だから、こっそりやってるんだ。僕の趣味だよ」
「素敵……。素敵です、邦夫さん」
「証拠集めはきっちりやるからね。どっちみち裁判では勝つんだ。僕自身がどんなに誹謗中傷されようとも」
「きっと、助けてもらった人たちは、心の底からあなたに感謝していると思います」
いつの間にか他の四姉妹もベッド脇に集まり、彼の話を聞き入っていた。誰もが静かに涙を流し沈黙する。
そして、アタシが重要な話を切り出す。
「地球は、人類は、あなたのような人を必要としているわ。もう、3日後に迫っているのだから。人類が絶滅するか、救われるのか、その最終審判が」
イチノが続ける。
「悪意、邪念、怨念、憎悪、苦悩、狂気、嫉妬……。人類が長い歴史の中でずっと溜め込んだ心の闇のエネルギー。歴史上存在した全人類、地球上で生存している全人類が蓄えてしまった暗黒エネルギーが、地球の最深部、太平洋の深海に積もり積もって渦巻いています。今は天使の力で異世界に封じ込めていますが、もう限界なのです」
シークンが号泣を抑えながら、必死に涙声で続ける。
「それが“大災厄”となって襲ってくるの。3日後に。暗黒のエネルギーが噴き出せば、太平洋だけじゃない、地球全土を覆い尽くして人類は絶滅するの。だから、異世界に封じ込めている今しか人類を救えない……」
イツハが涙を拭きもせず、話を続ける。
「キミの力を貸してくれないかなぁ。必要なんだ、人類を救うために」
泣き顔で真っ赤になっているミカが、祈るように声を出す。
「お願いします……」
アタシが布団からはみ出している邦夫の手を握ると、残りの四人も彼の手を握った。
邦夫が面食らったように上半身を起こした。
アタシたちの顔を見ながら、考えるように沈黙。
「わかった」
五つ子全員の顔に喜びの表情が浮かぶ。
「ありがとうございます」
全員で感謝の気持ちを言葉にした。
涙を拭き取って気持ちを落ち着かせると、アタシは残りの必要なことを彼に告げる。
そして、いつものように全員で彼を異世界へと送り出した。