第7話 五女イツハの場合
「北島 美波さん、私たち五つ子を……」
イチノネェが、お決まり文句を途中で止めた。
それもそのはず。ベッドで目を覚ましたのは、20歳くらいの美少女、まるで『眠れる森の美女』なのだから。
「今回はイツハで決まりね!」
ニッキィネェからのご指名。これは断れない。
「うん。ボクに任せて」
ボクたちがやりとりをしていると、眠れる森の美女こと、ミナミが飛び起き、ニッキィネェに飛びついていった。
「キャ~、なにこれ、素敵ぃ~」
案の定、ニッキィネェの身体を素通りして、床に倒れ込む。
それでも彼女はササッと起き上がり、ボクたち五人姉妹を品定めするように見て回った。まるで、レディスショップやファッションブティックでマネキンが着ているコスチュームセットを確認して回っているみたいに。
「みんな翼があるぅ~。噂通り、天使なのね。本買って良かったわ! なに、これぇ~、きゃわいぃ~、このコスチューム最強! ミナミもこれ着たぁーい!」
目の前で騒がれて、ミカネェが戸惑ってる。
仕方なく、遮るように彼女に近づき、話しかける。
「ボク、イツハ。ヨロシク」
右手を差し出して握手を促す。
すると、彼女がこっちを見てソッと手を握り、素直に握手に応じてくれた。
「なんかよくわかんないけど、あなた、私の担当なの? 私、ミナミ、よろしくね。同い年くらいかなぁ~、ミナミでいいわよ」
「じゃ、ミナミ、色々と説明することが……」
彼女の目がうっとり、ボクのコスチュームを見ながら触ろうとする。
「ゴメン、触れないんだ」
えっ? といったような驚いた顔になるミナミ。
「キミは……」
「あー、きちんと自己紹介した方が良さそうね。私、レイヤーなの。コスプレイヤーね。コスプレわかる?」
「うん。一応、知ってるよ」
「そう、良かった」
ミナミが笑顔になった。
「それでね、アナタたちのコス、もう最強じゃん!? ミナミもマネしていいかな?」
「かまわないけど、ここじゃ難しいかな」
「いいのよ、自分でなんとかするから」
と言いながら、自分が知らぬ間に着せられている白装束を見て、は? という表情に豹変した。
天使雲界に来た人間はみな、白装束になってしまうけど、説明できていない。
「こ、これダサ過ぎる……」
ミナミが失神するように倒れた。いや、本当に失神したらしい。
「うわぁー、ガチだわぁ~、ミナミちゃん」
シィネェがボソッと呟いた。
◆ ◆ ◆
ミナミをベッドに戻し、再び目を覚ますのを待っている。
しばらくして、彼女の目がゆっくりと開いた。眠たそうにボォ~っとしている。
一瞬、目を大きく開き、上半身を起こす。そして自分の置かれている状況を把握しようと、周囲を見渡す。
動きが止まった。しばらくの間、ボクを見つめる。
「えっと、イツハ、イツハさん!」
ベッド脇に座っているボクをガバッと抱き締めてくるので、そのまま受け入れる。すると、彼女がワァ~と声を出して泣き始めた。
「こんなんじゃなかったよぉ~、こんな訳わかんない場所で白装束とか、ありえないよぉ~、コスプレしたいよぉ~」
「ミナミ……」
メソメソする彼女をキュっと抱き締めて、頭をナデナデする。
すると彼女は、母親に甘える幼女のように静かに泣き止んだ。
瞳から零れる涙を拭いながら、彼女がこっちを見る。
「ありがとう……、イツハさん。ようやく落ち着いたわ」
「呼び捨てでいいよ、ミナミ」
「イツハ……。ねぇ、私、これからどうなるの? “転生”って、やっぱり異世界に飛ばされるの?」
「うん。本当のこと、きちんと話すよ」
彼女がまじまじとボクの顔を眺めている。
「ここは天使雲界。現実世界と霊界の狭間、天空と大地の間に存在する別世界。そしてキミには地球救済戦士となって、暗黒大魔凶王“ダイサイヤク”を倒しにいってもらうんだ」
急に、プッと吹き出すミナミ。
「なにそれぇー、本気で? もうラノベの世界そのまんまじゃん! まぁ、私もオタクだからさぁ、そういう冒険もの、よくわかるんだけどね」
「本気なんだ、ミナミ。ちょっと待って、今、シィネェがCP計測しているから。シィネェ?」
「ほいきた☆ って、ス、スッゴーい、1億CP! 最高値更新!」
「ミナミ、凄いじゃないかぁ! これ、とっても素敵なことだよ! ボクは、猛烈に感動しているよ!」
「ホ、ホントに?」
「もちろんだよ! だから、キミの力が必要なんだ。キミに助けてもらいたい。地球のために、人類のために、そしてキミ自身のために」
ミナミが視線を外し、考え込むような顔をしている。
そして、ゆっくりと首肯した。
「いいわ。イツハのためだったら、ミナミも頑張る」
「ありがとう」
「その魔王っていうのを倒したら、また、イツハに会えるの?」
「うん。また、会えるよ」
「わかったわ。でも、約束してほしいの! 帰ってきたら、ミナミと一緒にコスプレしてくれる?」
「うん、約束する」
「ホント? じゃ、私、あの娘のゴールドブラとミニスカが
いい! あの娘に頼んでもらえるかな、コス貸してって」
と言って、ニッキィネェを指差した。
「わかった。必ず説得する」
「私にはね、ファンの人たちが沢山いるの。みんなとても大事な存在。彼ら、彼女たちが私のコスプレを見てくれる。私を幸せにしてくれる。だから、私もみんなに恩返ししないといけないの。みんな、幸せになってほしい。そう願いながら生きてるの」
「そうなんだ。それがキミの魅力なんだね」
ミナミが照れたようにテヘッとベロを出した。
それから、CPとは何なのかとか色々説明をし、いつものように五人で彼女を送り出す。彼女はにこやかに手を振りながら、あちらの世界へと旅立った。
ミナミは最後までボクを見ていた。ボクも、彼女にまた会えることを願った。
しばらく余韻に浸っていると、シィネェがボクをつつきながら冗談を言う。
「さすがイツハよねぇ~。ガチで惚れさせちゃダメだゾ! この乙女キラー!」
「シィネェ、ひどいこと言うなぁ……」