第9話 長女イチノの場合
「大谷 一郎さん、私たち五つ子を花嫁にしてくだ……」
坊主頭の男の子が、ひょこっと布団から顔を出す。
「……さ、いぃ!?」
私は思わず言葉を噛んでしまった。
「イチノネェ、未成年だよ、彼」
イツハが冷静に注意喚起。
「わ、わかってます」
私たちの行動原理は、天使による人類救済計画。
つまり、人類の代表となる人物を世界中からかき集め、人類救済戦士となって戦ってもらうという地球規模プロジェクトであり、これには様々なルールがある。
一つ、天使と意思疎通するための潜在能力があること。
それは、ラノベ『転生したら五人姉妹の天使様が花嫁になっていた件』を見つけることで証明している。
言い換えると、天使との意思疎通能力を有していない人間は、あのラノベの存在に気付くことも触ることもできない。
一つ、暗黒大魔凶界にて暗黒大魔凶王“ダイサイヤク”と戦う能力、CPが少なくとも1,000万以上あること。
でなければ、敵と対峙した時に、一瞬で魂が消滅してしまうから。
CPを実際に計測し、該当しない場合は現実世界に戻している。戻された本人は夢だったと認識し、都市伝説が生まれた理由にもなっている。
一つ、未成年、世界標準として十八歳未満、は採用しない。
若者たちのためにこそ、私たちが地球の未来を守らないといけないのだから。
一つ、本人が断った場合、強制してはならない。
私は五人姉妹の長女。特にこういったルールには厳格に対処しなければ。
「イチノちゃん、た、大変よ……」
CP計測担当のシークンさんがCP測定器を手にしたまま震えている。
残りの姉妹、ニッキィさん、ミカさん、イツハさんがシークンさんを取り囲み、測定値を確認。
ミカさんが両手で頭を抱え、どうしましょ、と慌てふためく。
いつもクールなあのイツハが口に手をやり、フリーズしている。
極めつけは、プライドの高いニッキィさんが腰を抜かしたように尻餅をついた。
「どうしたのですか、はっきり教えてください」
誰も返事をしないので、私も測定値を確認。
「えっ? い、1兆!? 1兆CPですってぇ~!?」
私は卒倒し、そのまま意識が途絶えていった。
◆ ◆ ◆
薄っすらと意識が覚醒している。
ゆっくりと目を開けると、白い天井が視界に入る。
えっ?
驚いて起き上がると、私はベッドの中で寝ていたことを認識した。しかも、本来は召喚された主人公が寝ているべきベッド。
「し、信じられない……」
これは、長女として相当恥ずかしい。
「あっ、お姉さん、起きましたか? 大丈夫ですか?」
“野球少年”という言葉が似つかわしい坊主頭の少年、大谷一郎さんが、私を心配そうに見ていた。
「はい、大丈夫です。ありがとう一郎さん」
「お姉さん、君付けにしてもらってもいいですか?」
「はい、一郎君」
ベッドから降りて、他の姉妹を確認する。
尻餅をついて床に座ったままのニッキィさんを、ミカさんが介護している。大したことはなさそうだけど。
シークンさんとイツハさんがCP測定器を二人で抱えて茫然としている。
「皆さん、大丈夫なんでしょうか。僕、何か悪いことでもしてしまったんでしょうか?」
一郎君が申し訳なさそうに訊いてきた。
「いいえ、一郎君は全く悪くないですよ。安心して」
ちょっと腰を落とし、私より少しだけ背が低い一郎君の頭をナデナデした。坊主頭の感触がちょっと新鮮。中学生?
「ごめんなさい。お姉さんが倒れた後、僕がベッドに運びました。どうしても体に触らないといけなかったので、仕方なく」
私は益々驚く。
本来、人間は天使の身体に触れることはできない。天使が意識した時だけ肉体接触が実現するけども、一郎君が触れることができるのは、彼の強大なCP値に影響しているとしか考えられない。私にとっても初めてのことだから。
「一郎君」
「はい!」
「一郎君は何歳ですか?」
「はい、僕は15歳です。高校生になったばかりです」
「ここに来る前のことだけど……」
「はい。僕もここがどこなのか、どうして僕がここにいるのかわかりません」
「そうよね、お姉さんがこれから説明するわね」
「はい! よろしくお願いいたします!」
ハキハキと礼儀正しく話す少年。これが1兆CPなのね。
「私たちが描かれている本を、どこかで買ったの?」
「いえ、知らない大人の人が道端で落としまいましたので、拾って追いかけたのですが、タクシーに乗ってどこかへ行ってしまいました。それでどうにもできず、すみませんでした!」
少年が勢いよく頭を下げた。
「そうなのね。でも、謝る必要ないですよ、悪いことはしていませんから」
「だったらいいのですが……」
少年がシュンとする。
私がまじまじと見ていると、一郎君が頬を赤く染めながらジッと私の目を見る。
「あの、お姉さん、胸が飛び出しそうです! 良かったら、僕のシャツを着てください!」
一郎君が服を脱ごうとして、いつもの服装でないことに気付いた。
そして、申し訳なさそうにこちらを見る。
「この服、僕が脱ぐとお姉さんに裸をみせてしまうから、脱げないです。すみません」
またまた深く頭を下げる。
「本当に真面目な性格ですね、ウフフ」
この少年に恋しそうになるほど、心が惹かれてしまう。
「これから大事な話をします。聞いてもらえますか?」
「はい!」
彼は、背筋を伸ばしたまま私の話を聞いてくれた。
わずか2日後に人類が絶滅してしまうかもしれないという話をすると、少年の表情が徐々に暗くなっていくのがわかる。とても陰惨で絶望してしまう程の、それでいて普通であれば信じてもらえない話を、私は続けた。心を痛めながら。
「お姉さん、事情はよくわかりました。ですが、僕の父は入院中で、妹の世話を僕がしないといけません! 妹は8歳、妹一人で生活はできません!」
「お母様は……」
私は涙目になり、言いかけて途中で止めた。
「母は……、5年前に交通事故で亡くなりました。その後は、ずっとお父さんが、僕たち二人の面倒を一人で見てくれて……。お父さんは、過労で倒れて、それで……」
「ごめんなさい、私、私……」
天使は、その特別な能力で人間の思考を概ね読むことができる。わかりやすい相手と読みにくい相手とがいて、把握が難しい時もある。
特に長女の私はその能力に優れていて、妹たちよりも敏感。だから、彼の回答をおおよそ理解していた。
「お姉さん、泣かないで」
「だめね、私……。一郎君の方がしっかりしていて……」




