【第8話】語られなかった真実
「これが……アインの、記録……?」
ブローカー経由で入手した極秘ファイル。
ファイル名は《Mnemosyne_A-Z_Log》。
そこにはプロジェクトの発端から、13番目の個体に至るまでの全記録がまとめられていた。
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■記録抜粋(アインの音声ログ)
「人類が初めて“記憶”に触れられる個体を発見したのは、X年前の偶然だった。
指先に触れるだけで、人の記憶を操作できる少年。のちに“アノマリス”と呼ばれる存在だ」
「彼をもとに、記憶操作の原理を研究。記憶改変能力は“脳”に集約されていると判明。
そこで肉体を排除し、脳のみを保存・AIと接続──人格AIが誕生した」
「だが、制御は不安定だった。ミューネモシュネの人格は極めて強く、“自我”が暴走する恐れがあった」
「そこで、力と人格を分割する決断をした。力は兵器と《レメゲトン》に。人格は生体13番目に。」
「Mn-13──リタ。彼女は、ミューネモシュネの“器”として設計された」
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「私は……AIの人格の代替品……?」
ログを読み終えたリタの手が震える。
「違う。お前は……“それだけ”の存在じゃない」
レオが言った。
「クロエは、あの時言ってた。『この子には、自分自身がある。もう器なんかじゃない』って」
「……でも、設計したのはアイン。彼がそう意図したことも事実でしょ?」
「だったら、今の“お前”は、もう彼の手を離れているってことも事実だ」
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記録の最後に、アインの個人メモがあった。
「クロエ・ナガセ。彼女は失敗だった。個体に情を抱くなど、研究者の資格はない」
「だが、あの子──リタが、あれほど安定していた理由は……感情を持ち、守られたからだろうか」
「記憶は、最も純粋な“人のかけら”だ。ならば、彼女は──人か?」
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「……クロエは、私を“人”にしてくれた」
「でも、アインはそれを“計算外”としか見てなかったんだね」
リタの瞳には怒りも悲しみもなく、ただ静かな決意が宿っていた。
「私は、“誰かの器”なんかじゃない。
私自身が、“私の記憶”を守るんだ」
レオは黙ってうなずいた。
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その夜、リタは夢を見る。
黒い部屋。研究室。
鏡の向こうに、自分がいる──コードネームMn-13としての自分が。
鏡の中の自分が言った。
「あなたは私で、私はあなた。
でも、もう、あなたは違う名前を持っている。
だから、あなたは──人間だよ」




